「帰ったぞ」
「た、ただいま戻りまし――」
ズドドドドドドドドドドドドドドドド
「ああああ貴方あああああああああああああああああ―――っっっ!!!全く!こんな出来の悪い嫁見習い一人捕まえるのに、一体何時間かかっ…………………………………………………………………………………………………………キャアアアアアアアア―――――!!!!ど、どうなさったの、そのお顔は!!??」
「ちょっとな。それより、ポーのことは咎めるな。俺と親父の暇潰しに付き合わせていたんだ」
「あれが……暇潰し?」
本当に付き合いきれないこのひとたち……。
結局、まともに入れられたのは最初の一撃だけ。
しかも、それができたら庇ってくれるという約束だったのに、そのあともなかなか放してもらえなくて何度も何度も……うう!!
怖かったよ死ぬかと思った!!!
おかげでオーラも体力もスッカラカン。
最後には足腰立たなくなって、なんとシルバさんにお姫様だっこされて本邸に戻ってきたという羞恥!!
ライトを白黒点滅させるキキョウさんをスタスタ行きすぎ、ゼノさんが遠慮なく笑った。
「ダッハッハッハ!!それにしても派手にやられたのー。シルバ、お前が顔を腫らすほど殴られたのは何年ぶりじゃ?」
「ガキの頃、親父に殴られて以来かもな。全く、無害な顔をして恐ろしい奴だ」
「まさか……まさか、その怪我をポーが?」
「もー……疲れてお腹ペコペコですよぅ……」
ギュウウウン……!!
「……ポー。ところで、さっきから言おうと思っていたんだが」
「……なんですか?」
「俺のオーラを吸いとるな」
「そんなこと出来るわけないじゃないですか~……」
「しているぞ。見ろ」
「え……っ?」
見ると、いつの間にやら触手の先がシルバさんの腕や首に絡み付き、ぐびぐびと何かを燕下するように動いている。
心なしか、それに合わせて身体が楽になっていくような気もする。
そういえば……なんか美味しい。
「うわあ!!」
「……全くお前には驚かされるな」
シュルン、と慌てて触手をひっこめる私を、シルバさんは呆れ顔で見下ろしてくる。
びっくりした。この触手って、こんなことも出来たんだ……。
「す、すみません!お腹空きすぎてつい……!!」
「ダッハッハッハ!!面白いの~、オーラを吸いとるか。一体どんな味がするんじゃ?」
「味……?そ、そうですね、なんかこう……すっごい高そうな、熟成されたブランデーを一気飲みしているような…………………………………………………………シルバさんて美味し」
スコーン!!
「いたい!!」
「ただいま。ポー、親父に抱かれてなにしてるの?」
振り向けば、珍しいことに私服姿のイルミの姿が……しかし、ジャケットの下にはエノキがびっしり。
「ひい……!イルミお帰り!!」
スココーン!!
「いたいいたい!!」
「俺の質問に答えてね」
「え、えーっとね!シルバさんに、水中戦で一発入れないとイルミと付き合っちゃいけないって言われたもんだから……!!」
「しゃあしゃあと。そもそも、お前がミケにかまけて昼飯の手伝いをすっぽかすのが悪いんじゃねぇか」
「ミケに?なんでそんなことしたの」
「いや~、あの毛並み見てたらふこふこしたくなって」
「……」
はあ~~。
うわーあ、深いため息。
「――で、母さんとの約束忘れてミケを追い回してたんだ?どうせその後、父さんに庇ってもらおうとでも思ったんだろ」
「うう!」
「分かるよ。ポーの考えそうなことくらい。だいたい、それくらいの条件がないと、父さんとなんて闘わないだろ。たとえ水の中だとしてもね」
「…………てへ」
ガシッ!
イルミが真顔で(いや、いつも真顔みたいなもんだけどさらに真顔で)私の腕をガッチリ掴む。
「おいで。俺の部屋でたっぷりお仕置きしてあげる」
「いやあああ――っ!!助けてシルバさ――んっ!!」
「知らん。俺に泣きつくな」
「一発入れられたら庇ってくれるって言ったじゃないですか!私、32発入れたんですからね!あと31回庇ってもらいますからね!!」
「……」
「……」
「……」
ぽんっ、と、ゼノさんが拳を打った。
「なるほどのー!あの一撃は一発ではなかったのか。ポー、ミケを追うとき、わしに見せた念波の球。あれを攻撃に応用したな」
「ご名答!」
つまりはこうだ。
一発だけだと、どうせシルバさんの念のガードに阻まれて、ダメージなんてろくに与えられない。
だから、触手の先を何十層にも厚くして、その層の一枚一枚にオーラを集中させたのだ。
まるでそう、ミルフィーユのように。
私の念は触れたものを跳ね返す。
勢いをつければその弾力は衝撃となる。
一発一発は弱くても、一点に集中させ、しかも連続して放てば――
「……あの一瞬で32発、この俺の顔にぶちこんだか」
「は…………ひゃあああっ!!?」
ゴウ、とどす黒いオーラを吹き出すシルバさん。
疲れなんか一気にふきとんだ私は、一目散に逃げようとした――それを、イルミが腕をつかんで引き留める。
「放してえ―――っっ!!!」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない!怖いの逃げるの止めないで!!!」
「大丈夫。ポーは、俺が守るから」
「……へ?」
ぽかん、と口を開く私を、イルミは抱き寄せた。
日向のにおいがする。
「だから、あんまり俺のいないところで、危ないことするなよ」
「……うん、ごめん」
そんな。
そんなこと、面と向かって言われたら、私、あやまるしかないじゃない。
「イルミ……イルミ、私」
「なに?」
グギュルグギュルルルウ~~!
「……」
「……お腹すいた」
ギュウウウン……!!
「ちょっと、やめてよ。今朝も思ったんだけど、ポーってお腹空くと他人のオーラを無意識に吸いとるよね?母さんも、それでぐったりしてたんだよ?」
「うわあ!!濃厚なのに舌触りのいい上品な酸味があって美味しい!高級な果物みたい、イルミ美味しギヤアアアアアア痛い痛いごめん!!」
「母さーん。ポーの昼ごはんは抜きでいいからね」
「そのようね」
「だな」
「え―!!シルバさんまでずるい!話しが違うじゃないですか!庇ってくれるって約束したのに、うそつき気まぐれ変化系!!」
「……なぜ俺が変化だとわかる」
「だって、戦ったとき水が甘くなってましたもん」
「……」
「ダッハッハッハ!!全く、ポーには敵わんの―!!」
***
そのころ、この様子をこっそり監視カメラでチェックしていたミルキの部屋では――
「おい、カ……カルトっ!」
「……」
「どーなってんだよ、一体!花嫁修業をサボるなんて、絶対ぶっ殺されると思ってたのに、親父もママもじいちゃんも、ポーに甘すぎるよ!!」
「……知らない」
「知らないってことはないだろ?どうなんだよ、ママの評価は。お前、いつもママにベッタリなんだから、花嫁修業の途中経過がどうかくらい分かるだろ」
「……文句ばかりだよ。あの花嫁候補の女の前でも、部屋に戻ったあとも……最後に、いつも僕におっしゃるんだ。“あの女は殺し屋には向いていない。絶対にあんな風にはなるな”って」
「……それってよ」
「……」
「お前がポーの影響を受けることを怖れてる……ってことだよな」
「……」
瞳を張りつめ、沈黙するカルトにミルキは背を向けた。
椅子の背が悲鳴をあげるほど、丸い身体をいっぱいに反らせる。
「あはははっ!それってつまり、影響されるほど長く置く可能性を考えてるってことだぜ……?よし。イル兄とあいつらに報告だ。もしかすると、俺達のしようとしてることは、無駄足に終わるかもしれない……!」
「……ミルキは」
バシッ!!
ミルキが振り返ると同時に、その手から鞭が飛んだ。
カルトはとっさに、飛び退いてかわす。
頬に、つうっと一筋。
赤い線が走った。
「――ミル兄さまは、どう思われているのですか。イル兄さまが、あの女を伴侶とされることについて」
「反対か賛成かってことなら、俺は別にどっちでもいいぜ。決め手になるものがあるとしたら金だな。今回イル兄の側についてるのも、それなりの報酬があるからさ。そうじゃなきゃ、あんな女、殺されようが犯されようがどーでも――」
スッ。
まっすぐに、ミルキの目の前に突きつけられたのは彼の携帯電話だった。
待受画面に映っていたのは、リビングのソファでうたた寝しているポーの姿。
「どーでもいい女を隠し撮りして待ち受け設定するんですか、兄さま」
「か………っ、カルトお前……っ、か、返せ―――――っっ!!!」