11 家族

 

 

 

 

 

「……あれ?」



その夜。



夕食の支度を終えて食堂に入った私は首を傾げた。



シルバさん、ゼノさん、キキョウさん、イルミ、ミルキ……。



カルトちゃんがいない。



「キキョウさん、カルトちゃんは一緒じゃないんですか?」



「ええ、昼食の後からずっと姿を見ていません」



「そうですか……」



「ポー、どこ行くの?」



「カルトちゃん探してくる」



「無理だよ。今、気配を探ってみたけど家の中にはいないみたいだ」



「じゃあ、森か。ありがと、イルミいだだだだだだっ!!」



ぱっちん、と、摘まんで伸ばしていた頬っぺたを放し、



「ありがと、じゃないよ。だから無理だって言ってるんだ。夜だし、外は真っ暗だよ?広大な森の中で小さなカルトを見つけるなんてポーにはできないだろ」



「……は?」



カッチ――――ン!!



なんだね、今の言いぐさは。



「イルミ……私をなんだと思ってるの」



「なにって、ポーはポーでしょ?」



「職業は?」



「幻獣ハンター。海洋生物専門の」



「うん。そんな私の研究対象は、主に水深300メートル以上の深海に生息する生き物だってことは知ってたかな?」



「知らなかった。そうなんだ?」



くりっ。



だからなに?



そんな顔をしているイルミに、人差し指を突きつける。



「光と海についてお話ししようか。赤い光は青い光より早く水分子に吸収されるから、10メートルより下では物は全て青く見える。200メートルで人は色を感じられなくなり、400メートルを限界に、人の視覚では知覚出来ない世界になる」



「……」



「でもそこは、すでに私の庭みたいなもんなんだよね。食うか食われるかの闇の世界で半年間。がんばってハンター生活してきたわけ。このことを踏まえて、もう一度さっきの言葉を言えるかな」



「……」



「……」



「俺の知らないところで、勝手にイカになるのやめてくれない?」



「なってないもん!!とにかく、カルトちゃん探してくるから。皆さんは、先に食べててくださいね!」



バタン!











       ***












「やれやれ……参ったな。ポーったらなまじ実力がついてきた分、ますます俺の言うことを聞かなくなってる」



しつけなきゃ、真面目に考えていると、ミルキが携帯電話をいじりつつ声をかけてきた。



「なに?」



「ポーについて調べてみたんだけどさ。あいつ、バカなふりしてかなりすごいよ。すでに念を覚えてるからってのももちろんあるけど、ハンターとしての功績は、ルーキーどころか既存の幻獣ハンターの中でも群を抜いてる。たった半年間で約18500種類、ポーの見つけた新種の海洋生物の数だぜ。しかも、その全てが深海魚。中には、100メートルをざらに越える獲物もいる」



「そう」



「驚かねーのかよ!すごいことなんだぜ?おかげで、ポーはハンターなりたてたった三ヶ月で、シングルハンター昇格候補にリストアップされてるんだ!」



「それは知らなかったけど、そうなることは予測してたよ。ポーは海が好きだし、好きなことや興味を惹かれたものに対しては、これまでも驚くほど早いスピードで成長してきた。彼女の研究対象が人類の未開域である深海の生物だとすれば、闇と高い水圧に阻まれていた世界が、急速に開拓されていくことになるね。シングルハンターどころか、ダブルハンターに昇格するのも時間の問題だよ」



いただきます。



黒い塗り箸に手を伸ばす。



今夜は全員のメニューがカツオのお刺身だ。



普段はタタキでしか食べないけど、新鮮さ故の刺身。



この辺りの海では今が旬だから、とポー自ら港に連絡して、わざわざ取り寄せたらしい。



うん。



こだわってるだけあって美味いよ。



「ポーのことだが」



ピタッ。



立て続けに刺身を口に運んでいた箸が凍りついた。



うわべだけは平然として、なに、と問い返す俺を、親父はじっと見つめてくる。



ガキのころから、この目が苦手だ。



「素性が一切知れないというのは、どういうことだ?」



「ふむ。ハンター試験を受験する依然は、学生をやっとったと聞いたが、ミルキに調べさせたところ、在学していた大学もわからん。それ以外にも、それまで住んでいた場所、出身地。全て不明じゃ。ま、だからといって、ポーが賞金稼ぎや、ましてやわしらと同業の殺し屋だとは思わんが……なにかわけがあるのかの?」



「……それは、俺にも分からないな。そう言えば、ポーは俺が結婚を迫っても、家族の話は少しもしなかったんだよね。だから、まだ向こうのご両親に挨拶にも行けてないよ。ポーのことだから、聞けば話してくれると思うけど」



うーん。



改めて言われると、俺ってポーのこと全然知らないよなー。



「ポーってさ、実は自分が一番謎の多い生き物だってことに気づいてないよね」



「あっ、どこ行くんだよ兄貴!」



「聞いてくる。ついでにカルトも探してくるよ」



イル兄ってさ、実は自分が結構ポーに似てるってことに気づいてないよな。
ボヤくミルキに針を投げ、俺は食堂を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                       ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「カルトちゃん見っけ!」



「!」



円をつかって、森の中を探し回ること10分。



カルトちゃんは湖の畔に一人きりで立っていた。



昼間、私とシルバさんが壮大な鬼ごっこ……もとい、水中戦を繰り広げたあの湖だ。



「夕ごはんだよ!今夜は特別メニュー。パドキア海産地直送、とれたてピチピチ、本ガツオのお刺身魚体盛り!!」



「……それで、わざわざ僕を呼びに来てくださったんですか?」



「うん」



「ありがとうございます……でも、僕、遠慮します」



「えっ!?な、なんで?」



もしかして、私のごはんがおいしくなかったとか……!!



それは……それは盲点だった―!!



「ごめん!ほんっとごめん、カルトちゃん!!」



「え……」



「私、これから毎日皆の味覚のデータとって、美味しいって信号を舌から脳に送ってもらえるようなごはん、作れるようになるから……!!幸いにも今夜はお刺身だし、お刺身なら味付けは関係なく食べてもらえると――あ、毒は、お醤油とワサビに盛ってあるから気をつけてね」



「あ、あの、なにか誤解をされているようで恐縮なのですが……」



「誤解?」



「はい。僕は、ポー……さまの料理に不満があるわけではないのです。不満があるとしたら、僕自身の未熟さに……あの毒は、今の僕には強すぎます。体内を巡るオーラを上手くコントロールできず、副作用で全て吐き戻してしまう。だから……申し訳なくて」



「……しまった」



いまにも途切れてしまいそうな声でカルトくんは言い、きゅっ、と唇を結んで項垂れた。



なんで……なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。



「そうか。そうだよね……朝ごはんのときのリベンジにと思って、シルバさんとゼノさんをコロッといかせることばっかり目標にしてた。迂闊だった。カルトちゃんはゾルディック家で一番若いんだもん。まだ、普通の毒に対する抵抗力も完成されてないのに、毒成分を直接脳内で合成、なんて、負担が大きいはずだよ……ごめんね、無理させちゃって」



「ポーさまが謝られることなんて、何一つありません。僕が悪いんです。僕に、才能がないから……キルア兄さまのような、殺し屋としての才能が……」



「キルア?キルアだって最初から平気だったわけじゃないでしょう?色々聞いたよ。全部食べたふりして、あとでこっそり吐き出した話とか、それをシルバさんに見つかって、ぶん殴られた話とか」



「……キルア兄さまが?それ、本当ですか」



「うん。昨日の歓迎会が終わったあとに、ここで暮らしてた頃の話を聞いたんだ。散々文句言われちゃったけど。あの服毒料理を一発で食えるようになって、しかもステーキ七枚もおかわりするなんて、ズルいってさ」



「ポーさまは」



「ポーでいいよ。カルトちゃんは、カルトちゃん?それともカルトくんって呼んだ方がいい?」



設定を見て男の子だっていうのは知ってるけど、いまいちどっちか分からないから迷ってたんだよね。



カルトちゃんはちょっと迷うように瞳をさ迷わせ、「……くん、で」と呟いた。



「わかった。カルトくんだね」



「はい……ポー…………姉さま」



ズギュ―――――ンッッ!!!!



…………はっ!?



今、ヒソカさんになりかけた。



あっぶない。



「ポー姉さまは、嫌ではありませんか?その……この家のこと」



「ゾルディック家?全然嫌じゃないよ。死ぬほど怖いけど」



「……そう、ですか」



カルトくんはしばらく考えこんだあと、困ったように私を見た。



「それって、すごく矛盾してますね」



「そ、そうかな?でもさ、シルバさんもゼノさんもキキョウさんも、なんだかんだで、いきなり転がり込んできた私のこと、面倒見ててくれてるでしょ。いい人たちだよね、殺し屋だけど。慣れれば楽しいかなって。あ、あと、ミルキくんもね」



「……楽しい?」



「うん。私、こっちに来てハンターになる前は、長い間一人暮らししてたから、あんなふうに皆でワイワイ言いながらごはん食べたりするの、すっごく楽しいんだよね。作るのだって、自分のためじゃなくて、おいしいって言ってくれる誰かのために作る方が、何倍も嬉しいし楽しいよ。家族がいるって、こういうのかーって。なんか新鮮」



「……あの、ポー姉さまは、どうしてお一人で暮らしておられたのですか?」



「うちは、お父さんもお母さんもいないんだ。お父さんは私が生まれる前に亡くなってるし、お母さんは私が二十歳のときに身体を悪くしてね。親戚もバラバラだから、身請けがなかったっていうか……まあ、私もいい大人だったし」



「す、すみません!僕……」



「え?ああ、大丈夫、大丈夫。もうずいぶん前の話だから気にしないで。私の方こそごめんね、あんまり気分のいい話じゃなかったね」



「……」



「でもさー、家族っていいよね!」



「え……」



「血の繋がった皆が一緒の場所で生きて、守りあったり、心配しあったり、安心しあったりしてるの。どんな風なのかなって、ここに来る前に色々想像してたけど出来なくてねー。だから、今すーっごくいいなって実感してるとこ。ねー、イルミ」



返事のかわりに、闇の中から深いため息。



「バレてるなら言ってよね」



「ごめん。カマかけてみただけだったいたい!!」



スコーン!



と、イルミの投げたエノキがいい音を立ててヒットした。



「いたたた……なんだよぅ、盗み聞きしてたくせして態度が大きいんだから……」



「ごめん。でも、ポーも酷いよ。そんな大事なことを俺より先にカルトに話すなんてさ」



「だ、だって、話すタイミングがなかったじゃない!嫁に来いって言い残して自分は半年もいなくなって――」



「まあ、それはそうだけど」



でも酷い。



と、イルミは無表情にむくれている。



「はいはい。すみませんでした。でもほんと、改まって話すことでもないじゃない。反応に困るだけでしょ?」



「まあ、それはそうだけど」



イルミは無表情にむくれている。



はあ……仕方ない。



「分かった!じゃあ後で、イルミにだけすごいこと教えてあげる。信じられないようなこと」



「うん。約束だよ?」



くりっ、と首を傾げるイルミに笑って頷いて、私たちは三人そろって、家に向かって歩き出した。