12 ポーの告白

 

 

 

 

 

「信じられない」



「うん。だと思った」



夕ごはんのあと、イルミとともに彼の自室に戻った私は、さっそくとばかりに問いただされて、さっき話すと約束したこと――私が、別の世界からこの世界にトリップしてきたこと――を、告白したわけなんだけど。



イルミの反応は予測していたとおりだった。



だから、この世界が私にとってはハンター×ハンターという漫画の中に存在する世界である、ということまでは言わなかった。



言える雰囲気じゃなかったからね。



トス、とベッドに腰を下ろして、イルミはいつも以上に無表情でいる。



怒っている感じはしないけれど、迷ったり困ったり、ようするに困惑しているんだろう。



ややあって、私を見上げた。



「ポー」



「先に言っておくけど、お医者さんは必要ないからね。というか、私だってなんでこんなことになったのか分かんないんだから。でも、何ヵ月か暮らしてみて思ったんだけど、この世界って私がもといた世界によく似てるんだ。違うのは、念や、ハンターって職業があることと、大抵の国で共通した言語を使用している点。便利だよねー、すごく」



「……」



「あ!あとあと、生物の進化の仕方も違うな。これは面白かった!人が念能力として活用している生命エネルギーを、生き物の場合は念の概念とよく似た方法で自らの形態変化に利用していて――」



「待った。それを聞くと長くなりそうだから、今はいいや。大事なのは、ポーが別の世界から来た可能性があるかもしれないとは言えなくもないかもしれないってこともなくはないってことだよ」



「……要するに、ちょこっとは信じてくれてるんだ?」



それは、意外である。



「ほんのちょこっとはね。ポーの素性が一切知れないってことを、父さんやじいちゃんに指摘されたんだ。ミルキが色々調べてみたけど、ポーの身元どころか、ハンター試験を受ける以前に、この世界にポーがいた痕跡がひとつもなかったんだってさ」



「それはそうだよ。だって、いなかったんだから」



くりっと首を傾げると、イルミもくりっと首を傾げた。



――あ。



でも、まてよ。



「まあ、このことは信じてくれなくてもいいや。どっちにしても変わらないし。私……もとの世界に帰りたいとは思ってないからさ」



帰っても一人だし。



呟いたとたん、イルミの手が伸びて腕をつかんだ。



そのまま、ベッドの上に引き倒される。



「イ……イルミ!!?」



「なるよ」



「……え?」



「俺がなるよ。ポーの家族。そしたら、俺の家族もポーの家族になるよね。一気に十人。多すぎるくらいだ」



イルミの目の中に私がいる。



泣き出しそうな顔の私。



ありがとう、と伝えるのが精一杯だった。



ぼろぼろと涙をこぼす私を、イルミは抱き締めてくれる。



大きな腕。



温かい、殺し屋の腕の内が、こんなにも安心するものだなんて。



幸せな気持ちになるものだなんて、知らなかった。



「……イルミ」



「ん?」



「あのね、もうひとつ教えてあげる。私の名前、『ポー』っていうのはアダ名なんだ。ニックネーム。本当は海月っていうの。漢字で書くと、海の月。蓬莱海月(ほうらいみつき)。でも、蓬莱も海月も呼びにくいし、いつでもポーっとしてるから、『ポー』。酷いでしょ?」



「うん、酷いね」



ギリギリギリギリッ!!



「ひはいひたい!!なんれほっぺた摘まむの!!」



「今の今まで教えてくれなかったからだよ。ほんとに酷いね、俺はヒソカに勝手に明かされたのにさ。俺の本名知ったとき、どうして教えてくれなかったの?」



「う……ごめん。正直、あのときは自分の名前のことなんて、少しも考えてなかったんだー。というか、このことを話したのは今が初めてだから、私の本名を知ってるのはイルミだけだよ!だから、許して。ね?」



「……」



あれ。



イルミ、固まっちゃった。



「イルミ?」



「……それ、本当?キルやゴンにつけられたアダ名じゃないの」



「違うよ。私がもといた世界のクラスメイトたちにつけられたアダ名。だから、キルアもゴンも、私がポーっていう名前だと思いこんでるよ」



ぎゅうっと、抱き締める腕に力がこもった。



苦しいけど……いいや。



なんだかイルミ、嬉しそうだから。



「……黙っててね。それが条件」



「許す条件?」



「うん」



「わかった……」



目を閉じると、薄いシャツを通してイルミの鼓動が伝わってくる。



大きくて、速くて、力強い響き。



それで、また安心した。



ああ、イルミもやっぱり一人の人間なんだなあって。



私と同じなんだなって素直に思えた。



表情にはなかなか出してくれないけれど、この鼓動が彼の気持ちを全部教えてくれる気がした。



緊張も、喜びも。



「海月」



初めて、名前を呼ばれた。


目を開けたとたんに塞がれた唇を、イルミの好きなようにさせようと思った。



構わない。



もう、どうなっても構わない。



心はとっくに決まっているのだから――










       ***











「ポー」



「……ん」



「おい!ポー!起きろよ!!」



「う~ん……もう……お腹いっぱいで食べられないよ……でも……誰も食べないんならもらう」



「……っ!」



「ポー姉さま、起きて下さい」



「カルトくん!?」



ガバッ!



「なんで俺だと起きないのに、カルトだと一発で目ぇ覚ますんだよ!?ケンカ売ってんならぶっ殺すぞ!!」



「……ミルキくん、ごめんってば。それより、こんな真夜中に二人してどうしたの?あれ、イルミいないし」



どこいった?



首を傾げる私の腕を、ミルキがつかんだ。



闇の中で、ちょっと細めの、イルミによく似た眼差しが私を睨みつける。



「いいから、俺たちに黙ってついて来い。これはイル兄からの命令だ」



「イルミの?」



引きずられるようにして部屋を出た。



ミルキもカルトくんも、そのあとは何を言っても一言も答えてくれなかった。



石造りの廊下をずいぶん歩き、たどり着いた先は大きな飛行船がいくつも停泊する飛行場だった。



天井は高く、ドオムになっている。



そこに、すうっと亀裂が入ったかと思うと、音もなく左右に開いた。



澄み切った紺青の星空から、冷たい風がするりと頬へすべり落ちる。



私たちは、どことなくブタの顔を彷彿とさせる飛行船の前にやって来た。



「乗れよ」



「ミルキくん、飛行船操縦できるの!?」



「当たり前だろ?こんなの五才の時にはハンドル握らされてたっての」



「行き先を入力すれば、自動的に目的地付近の飛行場に到着しますから。ポー姉さまでも運転できますよ」



「へえ、便利!」



「俺はオート操縦じゃなくて、ちゃんと五才の時には手動で運転できてたんだからな!!……チッ、もう、いいから早く乗れよ!」



「うん!あ、でもどこ行くの?イルミもこの中にいるの?」



「目的地は言えない。そういう命令なんでね」



「ふーん」



丸い、ピンク色の飛行船を見上げていたら、くい、とカルトくんの細い指が小指をひいた。



「行きましょう。ポー姉さま」



「……うん」



なんだろう。



なんだか、変な胸騒ぎがする。