「心の準備が!心の準備がああああああああああーーーーっっ!!!」
「はいはい☆」
有無を言わさず連れてこられた仮眠室。
部屋に入って即行、お風呂場へと向かうヒソカさんである。
このままでは本当に危ない!!
「無理……!!無理です!!本当に、コレ以上は無理……!!」
「でも、トモはさっき言ってたじゃないか☆」
「……はい?」
「ボクの湯上りスッピン、前髪下ろしたところが見たいって」
声に出てたーーーーーーー!!!
「そ、そそそそそそそれはそのう……!!」
「クックックッ☆大丈夫。ちゃんと、タオル巻いてあげるから。一緒に入ろう?今日は一日走りっぱなしで、しかも、屋外で料理なんかしたから煙の匂いがついちゃった。人もいっぱい殺しちゃったし。血なまぐさいの、嫌だろう?」
「それはそうかもしれませんけどおおおおおおっ!!!」
「だろ☆はい、じゃあほら、バンザイして」
にーっこり笑ってバンザーイ、なんて真似されたら、やってしまうのがわたしなのである。
ううわもう、バスタオルー!!!!
白いタオルを巻きつけて、脱衣所の隅っこでミノムシみたいになってるわたしに見せつけるように、ヒソカさんは戦闘服を脱いでいく。
……あ。
あの、下に着てたピンク色のソーセージみたいな服はあれですか。
脇のところにチャックがついてるんだ。
へー。
なんて!!
それどころじゃないよ!!
ヒソカさんの手が着々と妖しくズボンにかかっ……。
……。
うわあああああああああああああああああああっっ!!!
「ヒソカさあああん……!!」
「よし。準備完了☆背中は二人で流しっこしようね」
ナニの準備が完了ですかヒソカさん!!
人の話なんて聞いてくれないヒソカさん……!!
ゴーイングマイウェイ……ヒソカさんて実は特質系なんじゃ、なんて思ってる間に、風呂場のタイルの上にマットを敷き(そもそも、なんでこんなものが)、あぐらをかき、膝の上にわたしをチョン、と座らせてしまった(タオル巻いていてくれてて本当によかった……!!)。
おまけに、顔に貼りつけていた“薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)”をぺりぺりっと剥がせば、あっという間に壮絶端正なスッピン顔が……!!
それってそういう仕組だったんですかーーー!!!
一連の動作が早業すぎる……。
というかもう神業じゃないですか……!!
ジャ●プなんて少年誌で掲載してる少年漫画だから若干影を潜めてるけど、ヒソカさんて戦闘以外にも興奮するアダルトなんじゃないですか……!!
なんってエロい人なんだーーーーッッ!!
「トモ……今夜はこれ以上何もしないから、そんな泣きそうな顔しないでおくれよ★」
シャワーのコックを捻りながら、ヒソカさんはちょっと困ったように眉を下げた。
でも、相変わらず口元は笑ってる。
「だって……!!ヒソカさんが全然話を聞いてくれないから……!!」
「ごめんね。トモと一緒にお風呂に入ってみたかったんだ☆ほんとに、それだけなんだよ?」
髪留め外すね、と断ってから、ヒソカさんは二つくくりにしていたわたしの髪を、シュルシュルっと解いた。
「トモの髪って、ほどくと結構、長いんだね☆」
「はい……わっ!?」
熱いものに触れられたと思ったら、シャワーのお湯だった。
「熱すぎた?」
「だだ、大丈夫です……あのぅ、ヒソカさん。頭くらい自分で洗えますけど」
「ダーメ。トモの髪はボクが洗うの。かわりに、トモにはボクの髪の毛を洗わせてあげる☆」
そっ、それはかなり嬉しいかもしれな……いやいやいやいや、ダメダメ!!
大人のペースに乗せられちゃダメーッ!!!
フンフン、と楽しそうに鼻歌なんか歌いながら、手際よくシャンプーしていくヒソカさん。
はあ……それにしても、なんというか、この人がここまで頑固だとは思わなかった。
うるさく騒いだら、面倒くさがってあきらめてくれると予想してたのに……ほんと、マンガやアニメではわからない一面が、いっぱいあるんだなぁ。
ああ……でも、頭洗ってもらうの気持ちいい……ヒソカさん、手も大きいし指も長いからーー
はにゃー……。
「おや。やっといい子になってくれたね☆」
「だって……ヒソカさんのシャンプー、気持ちいいんですもん……」
「もっと悦くしてあげようか……?」
「えええ遠慮しときますぅっ!!」
「残念★」
い、今、一瞬だったけど妖しいオーラが滲み出てた……ゆ、油断大敵!!
「あ!ちびヒソカさん」
「え?」
ちらっとバスタブの方を見たら、どこから出したのかちっちゃいタオルを頭に乗っけたちっちゃいヒソカさんが、一足お先にビバノンしていた。
『☆』
わたしの視線に気がついたら、やあ、とばかりに片手を挙げてくれる。
可愛いなあ……。
「……愛情を込めれば込めただけ、念能力は強力になる、か。トモはボクのことが好きなのかい?」
「はへ……!?」
ど。
どどどどどどどおどどどどドストライク質問!!
「へへ変化系のくせにそんなド直球な聞き方って反則ですヒソカさん!!」
「恋に念の系統は関係ないと思うんだけど……だって、あの小さなボクって、かなり強いじゃないか☆一丁前に、ボクと同じ念能力まで使ってるし。だから、あの爺さんの話を聞いて、トモはボクのことが好きなのかなって自惚れてみたんだけど」
「う……自惚れなんかじゃ、ない、ですけど……」
「じゃあ、好きなんだ……☆」
「ひ……!?」
ヒソカさん!?
一瞬で詰まる唇の距離。
叫び声もなにもかも飲みこまれて、わたしの身体から力という力が抜けるまで、ヒソカさんは許してくれなかった。
最後に、さっき広場でしたときみたいに、軽く唇を吸い上げ、わざと音をさせて離れていく。
目の前にあるヒソカさんの顔。
三日月の形に吊り上がった口元から漏れだしたのは、謝罪の言葉なんかじゃなく、あの低い笑い声だった。
「……っ!」
プツン、と何かが切れた。
途端、わたしの目から涙が溢れ出す。
これまでも散々泣いた後だったけれど、関係ない。
ぼろぼろと、胸からこみ上げる嫌なものが、水滴となって次々と頬を落ちていくのだった。
--バカにされた。
そのことが堪らなく悔しかった。
「トモ……?」
「……ヒソカさんの馬鹿ッ!!」
筋肉質な胸板を思いっきり突き飛ばし、浴室を飛び出したわたしは、構わず、そのままの格好で仮眠室のドアを押し開けようとした。
「トモ!!」
ドアは動かなかった。
凝をしなくってもわかる。
“伸縮自在の愛”だ。
「……」
開かないドアを睨みつけたまま振り向かずにいたら、背中から覆いかぶさってきたのは、ヒソカさんの身体--じゃなくって、離れているのに聞こえるくらいの、ため息だった。
「そんなに嫌がられると、悲しいよ……」
「……っ」
ふざけないでください。
振り向きざまに啖呵を切ってやろうと思ったのに、出来なかった。
泣きそうな顔をしていたから。
あのヒソカさんが。
でも、口元だけ笑ってるんだ。
ピエロみたいに。
「……い、嫌がってなんか……いません、け、ど……!!ヒ、ヒソカさんが……わた、わたしのこと、からかって、あ、遊ぼうとするから……!!」
「遊ぶつもりなんかないよ。ただ……トモの気持ちを、確かめたかっただけなんだ」
ゴメンね。
なんて、そんな寂しそうな顔して笑うの、やめて欲しいよ。
反則だ……。
もう、色々と反則すぎる……。
深く、空気を肺の底まで吸いこんで、わたしは身体の中で暴れ狂っているものを、一息に吐き出した。
「好きです……!!好きだから、ヒソカさんには遊ばれたくないです!!言っときますけど、わたしの好きは生半可な好きじゃないんですから……!!この気持ちを馬鹿にされて笑い捨てられるくらいなら、殺されたほうがマシなんですから!!!」
「……トモ」
……言っちゃった。
……。
あああああああああああああああああもう!!!!!!
恥ずかしすぎるううううううううううううううっっ!!!!
小学生かわたしは!!
恥ずかしすぎていたたまれんわーーーーー!!
「ト、トモ、トモ!!落ち着いて!!そんなにガンガンドアにぶつけたら、額が割れちゃうよっ!?」
「もういいんですほっといて下さい---っっ!!!」
「……放っとけないよ☆」
ぐいんっと、身体が引っ張られたと思ったら、強制的にヒソカさんに抱っこされていた。
くっそおおおおおおおおおおおっ!!
おのれ“伸縮自在の愛”……!!
ギロリと睨んだら、コラ☆とばかりにチョン、とおでこをつつかれた。
「そんな顔しないでってば☆トモ、今ボク、スゴく嬉しいよ……もう、どうにかなっちゃいそうなくらい幸せだよ☆☆☆」
「むぐう……っ!!--っぷはっ!!ちょ、ちょっとヒソカさん!!だから、わたしで遊ぶのやめて下さいって言ってるじゃないですか……!!」
「だから、遊んでないってば。ボク、トモのことは本気で本気だよ」
「~~!!い、今はそうでも、ヒソカさんは飽きたらポイってする派じゃないですか!!変化系は気まぐれで嘘つきで、大事なものがある日突然ゴミに変わるんでしょ!?」
「うん☆そうかもしれない」
「……っ!!」
「--でもね、トモ。そのことを怖いと感じたのは、初めてなんだよ★」
濡れたバスタオルを巻いたままのわたしを膝に座らせる格好で、ヒソカさんは仮眠室の寝台に腰を下ろした。
「ボクはね、トモへの気持ちが冷めるのが怖い。いつか、トモを殺してしまうかもしれない、そんなボク自身が怖くて堪らないんだ★おかしいなぁ……なにかに恐怖を感じたことなんて、今までなかったのに」
「ヒソカさん……?」
「怖いけど……それでもキミへの気持ちを止められないんだから。きっと、これは本気の恋なんじゃないのかなぁ……」
自分のことなのに、ヒソカさんの口ぶりは、まるで人事のようだ。
でも、それはどうでもいいようなことっていうんじゃなくて、混乱する自分の気持ちを、必死で整理しようとしているみたいだった。
あの、自信家のヒソカさんが。
「トモ……?」
「……」
なんとなく、自然と手が動いて、気がついたらこの人を抱きしめていた。
初めて会った時や、ヌメール湿原のときみたいに。
この人がときどき見せる狂気は、生まれついてのものなんだろうか。
……。
……知りたい、な。
この人のことを、もっと。
「……じゃあ、わたしは、興奮したヒソカさんに殺されないくらい、強くならなきゃいけないですね」
「え……?」
「大丈夫ですよ!ヒソカさんがそんな風に思っていてくれるなら、わたしも頑張ります。だから、よろしくご指導お願いします、ヒソカ先生!!」
「……」
ポカン、としたヒソカさんの顔が、満面の笑みに変わる--その瞬間、視界がぐるんと一回転。
寝台に縫いつけられているわたし。
「はれ?」
「トモオオオオオオオオオオオーーーーッッ!!!!☆☆☆☆☆」
「いやあああああああああーーーっ!!だからっ!心の準備がまだだって言ってるじゃないですか―――――っっ!!」
助けてちびヒソカさーん!!!
そ、そんなこんなで、波瀾万丈のトリップ一日目は、幕を閉じたのでしたっ!!