よぉし!
服も着替えて町の大通りにも出た。
落ち着いて状況を整理してみようか。
どうやら私は、ハンター×ハンターの世界に突然トリップしてしまったらしい。
町の景色や、看板の文字などを見てもそれはもう間違いない。
そして、何故か私にもそれが読めるようになってるし、言葉も通じている。
それから現在、私と行動をともにし、仲よろしげにお手てなんかを繋いでいる美形のお兄さんは、なんとあのヒソカさんらしい。
うん。
結論。
「落ち着いてられるかああああんああああおおおぉう―――――!!!」
「コラ★トモ。纏だよ、纏」
バッシュウ!!
と、勢いよくほとばしっていたオーラを、深呼吸してなんとか抑える。
ス、スーパーサイア人にでもなったみたい……なにこの高ぶる感じ。
こんなの久しく覚えがなかったわ~。
私が気を静めるのを見届けて、赤髪のお兄さん……ヒソカさんは、歩いている人たちが思わず振り返るほどのカッコいい立ちっぷりで、ピッと通りの反対側を指差した。
「あの大きな建物――の、隣にあるレトロな小さなご飯やさんが見えるかな?」
「は、はい……」
レトロ……。
「あれが、今年のハンター試験の試験会場だ☆中に入って、店主にあるメニューを注文すれば、案内して貰える。覚えてね。“ステーキ定食。弱火でじっくり”」
「ス、ステーキ定食、弱火でじっくり……」
「うん。いい子だ☆ボクはこれから友達と約束があるから、ちょっとの間だけ離ればなれになっちゃうけど、先に試験会場に行っててくれれば、また会える☆合言葉は、絶対に言い間違えちゃダメだよ?ああ、あと、トモは高いところから落っこちたショックで一時的な記憶喪失になっていて、どこから来たのかも、自分がなぜここにいるのかも、よくわかってなかったんだったよね」
そういうことにしてしまいました!
だって別世界から飛んできたとか、言って信じてもらえるわけないし。
知ってるんだ……ヒソカさんは誰よりもリアリストだってことおおお――うおおおんおんおん………!!
「泣かないでよ★ボクが力になってあげるから……とりあえず、はい、コレ」
「トランプ?」
ピッと、渡されたのは一枚のカードだった。
模様的に、トランプかなあと思ったんだけど、なんか違う。
裏は真っ黒。
それに、固くて手のひらにずっしりくる。
「これはね、なんでも買える魔法のカード☆魔法は何回でも使えるけど、なくさないように気をつけてね☆」
「ぶは!!?」
そせそはそそせそそそそそそそそ!!
「それって、ブ、ブ、ブラックカードってやつじゃないですかっ!!?だ、ダメ!ダメダメダメダメです絶対!!知り合ったばっかりの他人に、こんなもの軽々しく渡さないで下さいっ!!」
「いいじゃないか☆ボクのなんだから、ボクが誰にあげようと勝手だろ?」
「ダメです!!!」
カードを押しつけるように返そうとすると、ヒソカさんはちょっと困ったようにため息をついて、しゃがんで私と目線を合わせた。
頭をなでる優しい手。
小さな子供に言い聞かせるみたい……。
「じゃ、無理に使わなくていいよ。そのかわり、お守りとして持っておいてくれるかな?トモ、お金は全然持ってないって言ってたよね。お金がなくて困ってるときに、さっきみたいなゴミクズが集ってきたら嫌だろう?ボクがいつでも近くにいてあげられたらいいんだけどね……だから、ボクの代わりだと思って☆」
「……」
そんな……。
「……わかりました。あ、ありがとうございます……」
そんな………そんなええ声で言われたらあああああはああんはああああああああ――――――っ!!!!
「トモ。纏★」
「あ、すみませ……」
ギュッ。
「~~っ!!」
「……なんだか、トモのこと見てると放っておけないんだよね。本当は離れたくないけど、少しの間だけだからいい子にしてるんだよ?」
わかったね?と、耳元に声。
耳元に吐息がああはああふわああおおおう……っっ!!
「トモ★」
「うわっ!は、はい、纏ですよね、纏!」
ホントに大丈夫かなあ、と、ヒソカさんは苦笑して立ち上がる。
それから、約束の時間だからと立ち去りかけて――振り向いた。
「とうとう聞いてくれなかったね★」
「な、なにをですか!?」
「ボクの名前」
あっ。
「ああああ!!?ほ、ほんとだ聞いてない!!」
「……」
「お、おし、おしおし教えて頂けたりなんか――」
「ヤだ」
ですよね――――!!!
「そ、そこ、そこをなんとか!!ごめんなさいすみません、お伺いするタイミングがないまま勢いでここまできてしまったので……!!けっして興味がなかったわけじゃなかったんです……!」
「仕方ないなあ……じゃ、キス一回」
「へ……」
「キス一回で、教えてあげる☆」
「え」
うおうえええええええええええええええええええええええええええええええええええ~~~っっ!!??
「えっ!キ、キスって、うええっ!?」
「嫌ならいいけど……★」
しょぼんとされた!?
ヒ、ヒソカさんって、そんなキャラクターだったんですか……?
この人が傷ついたり、ショック受けたりするイメージ、全然なかったのに……ものに執着しない性質っていうか……。
……。
なんか、意外。
「……あ、の」
「ん?」
「さ、さっきみたいに、しゃがんでもらえたらなー……なんて……」
「☆」
ギュッと、目をつぶって。
グッと息を止めて。
……いざ。
チュッ!
「はい終わり!さあ名前!!名前教えて下さいっっ!!」
「ほっぺたなんだ……まあ、いいや。ボクの名前はヒソカ。死神ヒソカって、呼ぶ奴もいるけど」
「ヒソカさん……」
知らんでか――――!!!
でもやっぱり本人から聞きたかったんだ悪いかコラ――――ッ!!!
うっひょおおおう!!
……あ、纏、纏。
真っ赤になりながらも必死でオーラを抑えようとする私を、ヒソカさんはニコニコしながら見つめていたけれど、ふいにスッと笑みを消した。
「トモ……」
「――っん!」
くい、と、本当に軽く腕を引かれただけだった。
それなのに、私の身体は目の前にしゃがんだヒソカさんの胸に、吸い寄せられるようにおさまってしまう。
なんで、と顔を上げたとき、ヒソカさんの本当の意図を知ったのだけれど。
遅かった……。
「●☆※@ー?▽※☆>!!??」
く…………………………!!
唇にキス!!??
し、しかも、こんな真っ昼間の往来でなんてうろぁぁおおおぅおおうう!?
嘘おおおぉう……!!恥ずかしい!
恥ずかしいいいいいいぃぃいい~!!
「……ククッ!ダメだよ、トモ。このくらいのことで動揺してちゃ、この先やっていけないよ?」
いやいやいや、今のは間違いなくどんな驚きをも凌駕するトップクラスの動揺でしたけども!
ぱくぱく口を動かすけれど、声が出ない、声が!!
ヒソカさんは金色の目を光らせて、そんな私をどこか満足そうに見つめた。
「じゃあ、名残惜しいけど。そろそろボクは行くよ☆これ以上約束に遅れたら、友達にエノキを生やされそうだし」
「エノキ……?」
「うん、エノキ。食べられないけどね☆」
ぽんぽん、と、私の頭をいい子いい子して、ヒソカさんは去り際に、一度だけ私を振り向いた。
うっすらと、口元に笑み。
「……絶対に、試験を受けてね。トモ」