4 幕間1 ひょっこり現れたニャンコと遭遇!!

時刻はお昼。
 
 
 
目の前には例のレトロなご飯屋さん。
 
 
 
稼ぎ時とあって、店内は大賑わいだ。
 
 
 
お客さんの出入りも頻繁になってきた。
 
 
 
でも、中にはとてもじゃないけど今から楽しくランチタイム、という面構えじゃない人たちもちらほら混じってる。
 
 
 
今頃、この店の地下では……ううっ。
 
 
 
ヒソカさんに手渡されたブラックカードを眺めれば、不安いっぱいの顔をした私が見つめ返してきた。
 
 
 
ぴったり、手のひらに吸い付いてくるカードの重さと冷たさが、今の心境そのまんまだ。
 
 
 
「絶対に試験を受けてね★ って言われはしたけど……」
 
 
 
現在進行中で悩んでるんだよなあ~。
 
 
 
だって、ハ、ハンター試験って言ったらアンタ、原作で読む限りでも沼あり谷あり、命がけのバトルありの超難関試験じゃないの!!
 
 
 
無理無理!!
 
 
 
だって、この私、西岬ともは、自慢じゃあないが生まれてこのかた23年間、体育という体育を風邪気味&サニタリーで回避し続けてきた女なのよ!
 
 
 
無理だって!!
 
 
 
いっくら、あのヒソカさんが手を貸してくれたとしても、しょっぱなの五時間マラソンでぶっ倒れるのが目に見えてるやん……!
 
 
 
帰りたい!
 
 
 
できることなら今すぐにでも帰りたい!
 
 
 
帰ってお部屋に鍵かけて、一人で黙々と絵を描いていたい!!
 
 
 
今さっきナマで見たヒソカさんの絵を、ウハウハ描いていたいのに……!!
 
 
 
「でも、考えてみたら帰り方なんて、全然見当がつかないしなあ……」
 
 
 
大体、なんでこんな世界に来ちゃったのかもわかんないし。
 
 
 
ああ……どうしよう、どうしよう。
 
 
 
「なあ」
 
 
 
「それに、約束だけならまだしも、こんな物々しいカードまで貰っちゃったし……去り際のヒソカさんの顔、ちょっと怖かったしなぁ……エロかったけど……イヒヒ」
 
 
 
「なあってば!!」
 
 
 
「うげっ!?」
 
 
 
――っくりしたあ!!
 
 
 
誰かと思ったらキルアか。
 
 
 
いきなり後ろから声かけるのやめて欲し――
 
 
 
「キルアあ!?」
 
 
 
「へ!? おねーさん、なんで俺の名前知ってんの?」
 
 
 
「おああ!! すごい……本物のキルアが喋ってる!! 声は伊瀬茉莉也さんか。浪川さんといい、伊瀬さんといい、どうやらここは新盤アニメの世界観なんだなあ」
 
 
 
「はあ!? わけ分かんないこと呟いてないで、質問に答えろよ! ……はっ、まさかお前、うちの新しい執事見習いで、家出した俺のことを連れ戻しに来たんじゃあ……!!」
 
 
 
ザッ、と体勢を低く、キルアは間合いをとる。
 
 
 
ふわふわした銀色の髪が、陽の光に明るく照らされる。
 
 
 
どこかしら、ニャンコを思わせるその風貌。
 
 
 
でも、青い瞳は肉食獣みたいに鋭く光ってる。
 
 
 
アニメで見たとおり、ゆったりした薄いパープルのシャツにハイネックのトップス。
 
 
 
下はもちろん半ズボン。
 
 
 
丸くてつるっとした、白い膝小僧がこれでもかとむき出しになっていて――
 
 
 
んぬわああああああああああああああああ――っっ!!
 
 
 
描きたい!!!
 
 
 
「くそおおおおっ!! ここに……今ここにペンタブとパソコンがあったら!!」
 
 
 
「だ、だからヨダレ垂らしてないで、なんで俺の名前を知ってんのか答えろってのっ! 女といえどフザケてるとぶっ殺すぞ!?」
 
 
 
「キルアに殺されるならそれも本望……はっ!?」
 
 
 
いかん!
 
 
 
欲望に我を忘れてた!!
 
 
 
しかも今、わりと大事なことばかり口走ってた気がする。
 
 
 
どうしよう。
 
 
 
「逃げるっ!!」
 
 
 
「させるかあっ!!」
 
 
 
例のご飯屋さん前から広場に向かって逃亡を企てる私。
 
 
 
思いっきり踏み込もうとした足の真下に、何かがサッと滑り込んだ。
 
 
 
スケートボード!!?
 
 
 
つるんっ!
 
 
 
「ぅいやああああああーーーーーーーーーっ!!?」
 
 
 
視界、180度回転!
 
 
 
でも硬い地面に頭を打ち付けることはなかった。
 
 
 
ポスンと収まったのは、小さな胸の中。
 
 
 
「はい、俺の勝ち。動かないでね」
 
 
 
「ひっ!?」
 
 
 
チクッと、喉元に突きつけられたのはキルアの指先だ。
 
 
 
ということは、あれか!
 
 
 
ビキビキ爪を伸ばすやつか!?
 
 
 
私ってば、今アレでキルアに脅されてるわけ!!?
 
 
 
んにょほおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!
 
 
 
「赤くなんなよ!調子狂うだろ!!」
 
 
 
「ご、ごご、ごめんなさい!なな、なんか感激しちゃって……」
 
 
 
はあ?と怪訝な顔をするキルアの猫っ毛が、広場を吹き抜ける風に揺れている。
 
 
 
ああ、作画……綺麗……!
 
 
 
「またヨダレ垂らしてるし。まあいいや、で、おねーさん何者? なんで俺の名前を知ってたんだ?」
 
 
 
「え? えと……わ、私はなんの変哲もない一般市民で、なんで君の名前を知っているかと言うと……」
 
 
 
漫画で見た。
 
 
 
アニメで見た。
 
 
 
サイトで見た。
 
 
 
「サイトで……!」
 
 
 
「サイト?ああ、電脳ページね。そっか、そういや兄貴のやつが、暗殺者マニアが作った俺たちゾルディック家の紹介サイトがあるって言ってたっけ。なーんだ、警戒して損した」
 
 
 
セーフ!!
 
 
 
ありがとう暗殺者マニアの人……顔写真だけでも一億近い懸賞金がかかっているというゾルディックファミリーの紹介サイトを立ち上げるとはなんて財力と愛情だ!!
 
 
 
そこにシビれる憧れるぅ!!
 
 
 
「そ、そうそう!! キルア君は五人の兄弟の中でも一番かわ……かっこよかったから、一目でファンになっちゃって。だから、思わず感激しちゃったわけです」
 
 
 
「ふーん」
 
 
 
「えー……なので、そろそろ下におろして欲しいなあ、なーんて」
 
 
 
「ダメ」
 
 
 
「なんで!?」
 
 
 
「まだ誤解を解く気はないってことさ。何が一般市民だよ。触ってみて分かったけど、おねーさんの着てる服、戦闘用の暗部服じゃん。しかも、かなりの一級品だぜ。
体格や動きのくせにもぴったりってことは……もしかしてオーダーメイド?」
 
 
 
ヒソカさんめーーーーっ!!
 
 
 
トリップしたての善良な一般市民になんつーシロモノを!!
 
 
 
わたわた慌てる私を、キルアは青い目を光らせてニヤニヤ見下ろしてくる。
 
 
 
「ちち違うっ! これには深いわけがあって、でも、それはキルアくんの家出とは何の関わりもなくてですね!!」
 
 
 
「怪しー。怪しすぎるね、おねーさん。よし、決めた! こうなったら手取り足取りじっくり聞き出してやる。ちょうど飯屋の前だし、昼飯でも食いながら尋問させてもらうぜ!」
 
 
 
「ぎゃああああーー!! 分かったから、せめて下におろしてくらさい!! 23にもなってお姫様だっことかないからああああ!!」
 
 
 
「23歳?マジで、同い年くらいかと思った」
 
 
 
悪かったなあチビで童顔でーーーーっ!!
 
 
 
精一杯の叫び声も虚しく、キルアは私を腕に抱えたまま、例のレトロなご飯屋さんに入っていったのでありました。
 
 
 
 
 
                                ☆ ☆ ☆
 
 
 
 
 
 
 
 
「ヒソカに助けられたあ!?」
 
 
 
「そーなんです! この服を用意してくれたのもみんなヒソカさんなんです! だから私は、ホントにキルアくんともゾルディック家にも
一切関わりなんかないんよう……」
 
 
 
「ふーん。で、トモ自身は、高いところから落っこちたショックで、それまでなにをしていたのか、自分が何者なのかも分かってないんだ。
一時的な記憶喪失ってやつ?」
 
 
 
「うんうんうん!!」
 
 
 
やっぱりそういうことにしてしまいました!
 
 
 
だって、別世界から飛んできたとか、言って信じてもらえるわけないし。
 
 
 
知ってるんだ……キルアはヒソカさんとどっこいどっこいのリアリストだってことおおお――うおおおんおんおん………!!
 
 
 
「泣くなよ……トモってほんと泣き虫だよなぁ。ほら、ハンカチ」
 
 
 
「うう……ありがとう、うう……っ!」
 
 
 
お昼前とあって、店内は満員。
 
 
 
椅子に座って順番待ちをしている間に、私は自分が何者かということを更に詳しく、そして、ヒソカさんと出会ってからのことを、そっくりそのまま白状させられた。
 
 
 
尋問、なんて言ってたけど、手荒な真似をされることは一切なくて。
 
 
 
それどころか、あくまでも真摯に、慌てまくる私を落ち着かせるように話を聞いてくれるものだから、ついつい私も甘えてしまい、気がついたらハンター試験を受ける約束をしてしまったことまで話してしまっていたのである。
 
 
 
恐るべし、暗殺一家ゾルディック家の尋問術!!
 
 
 
耳に囁かれるボイスは低音の伊瀬茉莉也さん。
 
 
 
それに加えて、あんなくりくりしたニャンコ目にじいっと見つめられたら誰でも話すわ!!
 
 
 
あること無いこと全部話すわーーーーーっ!!!
 
 
 
「だから泣くなって。それにしても、厄介な約束しちまったもんだよなぁ。ハンター試験って、命がけだって聞くぜ?すんげー難関だから、おもしろそうって思って、暇つぶしに受けてみることにしたんだけどさ」
 
 
 
「う……じゃあ、やっぱりキルアはこのお店がハンター試験の試験会場だってことを――」
 
 
 
「モチロン。知ってるに決まってんじゃん!」
 
 
 
ニタ―っと微笑まれましても!!
 
 
 
「ひ、酷い! 私にはそんな難関、受ける勇気も若さもないのに……!」
 
 
 
「だってさー、受けるっきゃないじゃん。トモ、ヒソカと約束して、去り際に念まで押されたんだろ? 戦闘用の衣装まで揃えてもらってさ、それでドタキャンなんかしたら、ヒソカの奴、ぜってー怒んぜ? トモ、あいつに殺されるかも」
 
 
 
「う……っ!」
 
 
 
「ま、俺もヒソカに直接会ったことはないんだけどさ。ヤバイ奴って噂だけは聞いてる。通ったあとには死体しか残らない、死神ヒソカって言ったら有名だもんなー。興味本位で、去年のハンター試験の記録見たんだけどさ。あいつ、気に入らない試験官半殺しにした上、受験生の何人かも殺して失格になって――」
 
 
 
「わあああ――っ! わか、分かりました!! 分かったからもう言わないで怖い…‥っ!!」
 
 
 
うううわああああっ! 
 
 
 
路地で会った時には、目の前でバッサバッサ人殺しされてもそんなに怖いと思わなかったけど、あの殺気が自分に向けられるかと思うと、やっぱダメだ!
 
 
 
怖いよ!!
 
 
 
「んじゃ、決定な」
 
 
 
「へ」
 
 
 
「お二人でお待ちのキルアさまー、トモさまー。お席が空きましたのでご案内いたしますー。ご注文はお決まりでしょうかー?」
 
 
 
いかにもアルバイト、という感じの店員さんが、下げた食器類を両手に私たちを席に案内しようとする。
 
 
 
「はーい」
 
 
 
キルアがひょいと身軽に待合席を飛び降り、にんまり笑った。
 
 
 
「注文は、ステーキ定食二つ。焼き方は弱火でじっくりね」
 
 
 
「……かしこまりましたー。奥のお席へどうぞー」
 
 
 
こるあああああああああああああああああああっ!!!!??
 
 
 
「ちょ、ちょ、ま、ままままま……!!」
 
 
 
「だ~いじょうぶだって! なんかあったら、俺がばっちりサポートしてやんよ」
 
 
 
「無理無理無理無理!! 無理だって絶対ーーーーーっ!!」
 
 
 
何が嫌って走るのが嫌あーーーーーーーっ!!
 
 
 
精一杯の叫び声も虚しく、私はキルアに背中を押されるがまま、ご飯屋さんの奥のお部屋へ連れ込まれていったのでありました。