「よっしゃあ、完食!!」
バンザーイ、と喜ぶキルアと、小さなゴンと小さなヒソカ。
天にそびえるウエディングケーキの次は、池のように並々としたプリンだった。
カスタードでなかったのが幸いしたが、カラメルソースが手強かった……。
キュッ、と、ナプキンで口元を拭うギタラクルである。
おーい、と、真横から声。
キルアとギタラクルが視線を向けると、10メートル向こうの足場に渡ったレオリオとクラピカが、手を振っていた。
二人とは、ひとつ前の試練をクリアーした後、二手に分かれたのだ。
「完食おめでもとう!ちびゴンとちびヒソカに余力があるようなら、こちらも手伝ってもらえるよう、頼んでくれないかー!?」
「了解!ちなみに、そっちのメニューはなんだったんだよー!?」
「聞いて驚け!!綿菓子だ!!!しかも、キングサイズのベッドよりでっかいんだぜ!?」
「腹には貯まらないが、なにぶん、甘すぎてペースが落ちてきたんだ!!」
「オッケー!……だってさ。どうだ、お前ら。行けそうか?」
『☆!』
『!!』
こくこく、頷くちび二人に、キルアはにかっと笑った。
「うし!なら、行ってこいよ。こっちは次の試練に進んどくぜ!」
「カタカタカタカタ……(次は、いよいよ32分の1の道か)」
ぴゅーん、と飛んでいくちびヒソカとちびゴンを見送って、ギタラクルは思案気に続けた。
「カタカタカタカタ……(俺、自分で言うのもなんだけど、運はあまり良くないと思うんだよね。右の足場か左の足場、キルアはどっちに進みたい?)」
「あー!そっか、それ、ちびゴンに決めさせてからあっちに行かせたら良かったな。ゴンってさ、勘もいい上に、当たりとか引き当てんのもうまそうだし!」
「カタカタカタ……(またゴンか。君はやけに彼のことを気に入ってるんだね)」
「ゴンのこと?ーーまあな、俺、家にいたときは殺しの技術を磨いたり、訓練したり、外に行くのも仕事の用事ばっかだったからさ。同じくらいの歳のやつと、こんなに長い間一緒に過ごしたことってないんだ。つーかさ、あいつ普通じゃないんだって!運動神経スゲーいいしさ、危ない場所でも構わず突っ込んでいくし、俺の知らない森や海のこととかもいっぱい知ってるし、話してるとすげー楽しいよーーって、おい、ギタラクル!?」
「カタカタカタカタ……(隣の二人、無事に完食したみたいだ。俺達も先に進もう。それで、どっちに進むか決めたかい?)」
「な、なに怒ってんだよ」
「カタカタカタ……(怒ってないよ。それで、どっちにする?)」
「……右」
「カタカタ……(右、ね)」
ピッ!
ゴウンゴウンゴウン……。
キルアが腕輪のボタンを押すと、次の足場へと道が伸びた。
底の見えない暗闇に架かる一本橋を、ギタラクルはスタスタと早足で渡っていく。
「……」
その背中を見つめながら、しばらくは大人しくついて歩いていたキルアだが、ふいに、ニヤリと口角を釣り上げた。
「でや!!」
「!」
背後からの足払いを、ギタラクルは前へ大きく跳躍して避けた。
ストッと、降り立った先は次の足場だ。
ここは、先ほどまでの足場よりも、一回りほど大きい。
「ひゅー、やるじゃん!」
直立不動で睨んでくるギタラクルにキルアはペロッと舌を出し、彼と同じように次の足場へ飛び乗ってみせた。
「あんたが殺し屋だって、アレ。ハッタリじゃなかったんだな。やっと信じる気になったかも」
「カタカタ……(なんのつもり?)」
「だから、怒るなっての。ちょっとからかっただけだろ?」
「カタカタカタカタ……(……はあ。全く、今回は大目に見るけど、二度目はないよ)」
「どうすんの?俺のこと殺すとか?」
「カタカタカタ……(依頼されてないからそれはないけど、それなりに仕返しするかもね?)」
「へえ……」
ポケットに両手を突っ込んだまま、キルアはひょいっと肩をすくめた。
そのとき、その白い右腕が、テレビに入ったノイズのように、一瞬だけ消えたように見えた。
「やってみろよ!!」
「カタカタ……(仕方ないな)」
パシッ!
喉を狙い、恐ろしい速さで繰り出されたキルアの狂爪を、ギタラクルは事も無げに払い退ける。
後ろへ飛び、距離を取ると同時に、針を二本。
キルアの両耳へ、左右、一呼吸時間差を置いて放つ。
無論、避けることを想定してのことだ。
キルアは、右に放たれた一本は難なくかわしたものの、かわした先に飛んできた針に、銀糸の先をかすられた。
「うお!?マジでやるじゃねーかよ……!!」
「カタカタカタカタ……(あのね、君は殺し屋だろ。殺し屋は、相手の実力は目測で測るものだ。こんな風に、ヒソカみたいな真似するの、やめてくれる?)」
「今は家出して休業中だから、殺し屋じゃねーもん」
「カタカタカタ……(……そもそも、どうして家でなんかしたんだい?)」
ギッチコ、首を傾げるギタラクル。
キルアは戦闘態勢を解き、うんざりだと言うように大きく息を吐いた。
幸い、足場にはまだなんの試練も現れる兆しがない。
それを確認し、キルアはドサッと乱暴に腰を下ろした。
「なんでって……つまんなかったからだよ!」
「カタカタ……(なにが)」
「なにがって、人に命令されて人殺しすんのが!!」
「カタカタカタカタ……(おかしなことを言うね。闇を生きる俺達が唯一喜びを抱くのは、人の死に触れたときだけなのに)」
「……それ、さ」
「カタカタ……(ん?)」
「なにかのおまじないなのか……?俺の兄貴からも聞いたことのある言葉なんだ……俺を仕事に送り出すときの、兄貴の口癖だった。おかしいんだ。俺に向かって言ってるはずなのに、いつも、自分に言い聞かせてるみたいだった……ただの、俺の思い過ごしかもしれないけど」
「……」
ぎゅっと、膝を抱えてうずくまるキルアを、ギタラクルはじっと、何も言わずに見下ろしていた。
けれども不意に、乱暴に腕を掴んでひきずりあげた。
「わっ!いきなりなんだよ、ギタラクル!?」
「カタカタカタ……(休憩終わり。食後に身体を動かそうって奴らが来たみたいだからね)」
「え?」
きょとん、としたキルアの顔つきが、見る間に険しくなる。
その青い瞳が見つめる先――足場の中央がパクリと開いて、頭巾を被った囚人たちと、巨大なモニターがせり上がってきた。
モニターが点灯する。
“10分以内に全員倒せ!”
「いよいよか!数は、五十人弱ってとこ?やっと試験らしくなってきたじゃん!」
ビキビキッと嬉しそうに爪を鳴らすキルアに対し、ギタラクルはいかにも面倒くさそうなため息を漏らした。
「カタカタカタカタ……(ねえ、俺。寝ててもいい?)」
「はあ!?突然、なに言い出すんだよ!」
「カタカタカタ……(俺、タダ働きはしない主義なんだよね。お腹いっぱいで眠くなってきちゃったし。キルアは戦いたいんだろ?任せるよ)」
ガッシュガッシュ、言いながら素手で石の足場に穴を開けていくギタラクルである。
「フザけんなーーー!!ちょ、コラ!!もぐんな、出てこい!!あーもー!!」
「カタカタ……(おやすみー)」
あっという間に頭のてっぺんまで埋まってしまったギタラクルに、キルアはこれまでで最大のため息をついた。
ゆらり、と立ち上がり、
「ありえねぇ……仕事外でも必要がありゃ殺しはするだろ、普通。親父や兄貴がいたら即行ブッ殺すぜ、こんな殺し屋……」
はああ~、と、ガシガシ頭をひっかき。
とりあえず、キルアはこの鬱憤と腹立ちを、目の前の囚人たちにぶつけることに決めた。
***
カタカタカタ……。
キル。
カタカタカタカタ……。
キル、ごめんね。
だって、これで俺が戦ったりしたら、絶対バレるじゃない。
ていうか、お前。
気づいていないフリして、実はもう俺の正体に気づいてるんじゃないの?
ヒソカやトモが言っていたように、お前は勘がいいからね。
ていうか、
俺のキルに悪いところなんて一つもないんだけどね。
ああ、キル。
今だって、大勢の囚人たちを相手にしても、冷静に急所を狙って仕留めに――
あれ。
……あっれー?
俺の気のせいかな?
なんか、キルの動きが鈍いような気がする。
嘘だろ?
苦戦してる?
なんで?
「カタカタカタカタ……(ねえ、どうしたの?)」
ガキバキ、モグラのようにフィールドを掘り進んでキルアの足元に顔を出すと、彼は俺を見るなり大げさな悲鳴を上げた。
「ぎゃあああああああああああ!!!び、びびびびびっくりするだろ!!?一瞬、生首が転がってるのかと思ったじゃん!!」
「カタカタカタカタ……(ゴメンゴメン。なんか、動きが鈍いような気がすると思ってさ)」
「ああ……」
にょきっと地面から首だけだした俺がそんなに怖いのか、キルアに襲いかかっていた囚人たちが、一斉に後退する。
まだ、二十人くらい残ってるな。
タイムアップまでは、あと三分。
「カタカタカタ……(キミなら全員倒すのに、五分もかからないと思ったけど。俺の見込み違いだったかな)」
「しゃーねぇだろ!!流石の俺でも、あんだけ死ぬほど甘いもん食った後に戦えって言われたら動きくらい鈍るっつーの!逆に、一週間飲まず喰わずで戦うんだったら、訓練してるから楽勝だけど?こんな状況、想定外!!」
「カタカタ……(あ、そうか)」
なるほど。
それはそうか、考えてみれば、散々大食いした直後の戦闘--なんて、俺だって訓練してないよ。
休ませて貰ってる間に、消化器官を操作して消化を早めるくらいのことはできたけど、キルはまだ念能力者じゃないからね。
盲点だったなー。
「カタカタカタ……(よし。じゃあ、手伝ってあげる)」
「は?」
残り、十秒。
大丈夫。
見えない速度で戦れば、キルにだって気付かれないはずだ。
昼寝用の穴からズルッと身を滑らせた俺は、取り敢えず、手刀で全ての囚人たちを気絶させた。
「ぐ……は……」
「が……」
ドサ……ッ!!
最後の囚人――やけに大柄なタレ目の男――が、膝をついて倒れる。
「カタカタカタ……(よし。じゃあ行こうか。次は、どっちに進む?)」
でも、キルアはその場に立ち尽くしたまま、一言も話さなかった。
大きな目を更に大きく見開いて、よく見ると、瞳孔が小刻みに震えている。
――あ、まずい。
やっぱりコレ、バレちゃったかなー。
こうなったら、正体明かしてゴンでも人質にとって棄権して家に帰らないとこいつ殺すよって脅しかけて無理矢理――ダメだ。
あっちにはヒソカとトモがいるから、なにかと邪魔されそう。
どうしよっかな――
くりっと、首をかしげたときだ。
俺を見つめるキルの眼の色が、どんどん変わっていくのが分かった。
「……げぇ」
「カタカタ……(え?)」
「お前、すっげえっっ!!ギタラクル!!なあ、今のどうやったの!?だって、そこから一歩も動いてないように見えたぜ!!?すげー!!すげーよ!!そんな技、うちの兄貴にだって出来ねーよ!!」
「……」
いや、出来るけど。
「俺、今まで色んな奴と戦わされてきたけどさ、ゾルディック以外の殺し屋に会ったのって初めてなんだよな!正直、俺ん家以外の殺し屋なんて大したことないだろうと思ってたけど、アンタみたいなのもいるんだ……スゲーよ!俺、家出してきてよかったー!!」
「カタカタ……(……そう)」
「おう!!いやー、今の時代、やっぱ家に閉じこもってちゃダメだよなー。なあ、ギタラクルって、フリーで殺し屋やってんの?どっかの暗殺部隊?」
「カタカタ……(……フリーだけど)」
「マジ!?だったら、俺の家族全員ヤッてくんない??依頼料はずむからさー!!」
なんてこと言うの。
「大丈夫、大丈夫!ギタラクルにだったら出来るって!!多分、うちの親父相手でもそこそこいい線イケると思うぜ!!」
「…………カタカタカタ(…………ダメ。いくら積まれても、ゾルディック家の人間はヤれない)」
「えーなんで!!」
「カタカタカタ……(周りに与える影響が大きすぎる。ゾルディック家への依頼っていうのを、牽制球にしてるマフィアも多いしね。俺、面倒事にまきこまれるのは嫌いなんだ)」
「好きな仕事しかやらねーってこと?」
「カタカタ……(うん)」
「いいなあー、それ!!あ、そっか。俺もフリーの殺し屋になればいいんじゃん!とりあえずハンターの資格とって、ブラックリストハンターにでもなって、犯罪者の暗殺の仕事を受け持てば、一石二鳥!!」
「……カタカタカア(え……君、人殺しがつまらなくなって家出したんじゃなかったの?)」
「そうだけどさ。命令されてじゃなかったら、別にいいぜ?ああ、そっか。俺、あの家が嫌になっただけなのかもなー。俺、ブラックリストハンターになったら、いつかあの家族全員ふん捕まえて売り飛ばすんだ―!!懸賞金、いくらくらいかかってるんだろ。きっと高く売っれるぞ―。楽しみだなー!!」
「……」
本当に、なんてこと言うの……。
「ん?な、なんで泣いてるんだよギタラクル!!」
「カタカタカタカタ……(……なんでもない。それより、さっさと先に進むよ)」
「あ、ああ……でもさ、さっきから鳴ってなくねぇ?ポーンって音」
「カタカタ……(え)」
本当だ。
立ち上がり、まさかまだ倒れていない囚人でもいるのかと足場を見渡したとき。
囚人たちとともに出現した、あの巨大なモニターの文字が、ピカピカと点滅していることに気がついた。
「……“ハズレ!!”ってことは、もしかして……」
「カタカタカタカタカタ……(戻ってやり直しってことだね……はあ……俺ってこういう勘は全然なんだよね……取り敢えず、ヒソカに連絡しよっと……)」
「だから、暗いって!!なんでそんなに落ち込んでるんだよ!?」
ギャーギャー喚くキルアの質問に答えられるはずもなく、俺は通信機の発信ボタンを押した。