「……イクよ!☆」
「ひえええええええええええ~~~っ!!!」
わたしの渾身の叫びを合図に、ヒソカさんは上体を低く、地面を蹴る。
シュッと、周りの景色が、刷毛で絵の具を掃いたように流れた。
そのとき、ヒソカさんがどんな動きをしていたのか、空中感覚のまるでないわたしには、ちっともわからなかったけれど――
囚人服と、石の床の灰色。
背後の黒い闇。
上に下に、ぐるぐると混ざり合っていたこの二つの色が、ヒソカさんの着地と同時に、もとの輪郭線を取り戻したとき。
「ぐほあ……っ!?」
「がああ……っっ!!」
鮮やかな赤が散った。
ドサドサ……ッ!!
人並みが崩れ、倒れたその数、約半数。
ピッと、トランプについた血を振り切るヒソカさんである。
早……っ!!?
早業というかもう職人の域ですヒソカさん!!!
コキコキっと、気だるげに首を鳴らし、
「懲役100年以上の重犯罪者と言っても、この程度か★つまらないなぁ……数だけ多くてもチームワークを生かせないなら、互いに邪魔になるだけだよ。もう少し掃除してあげようか?」
慣れた手つきでトランプを組みながらニンマリ微笑む奇術師に、200人あまりの囚人たちが悲鳴じみた声をあげる。
「アーッハッハッハッハア!!!★★★」
その群れに、ご機嫌で突っ込んでいくヒソカさん……無論、わたしはずっと背中にへばりついたままである。
うーん。
酷い。
この世界では、悪いことしないように気をつけよう!!
「ヒ、ヒソカさん!!15分経ち、経ちました~!!」
「OK。残り50人ってとこか……全く、鍵のことさえなければ、足場から突き落としてやるのに。面倒くさいなあ★」
ザッシュザッシュ!!
口ではそんなことを言いながらも、攻撃はまったくもって容赦のないヒソカさん。
悲鳴を上げて逃げ惑う囚人たちを、バッサバッサと切り捨てていきます怖い!!
怖い、怖いけど……ああ。
「クックックッ★逃げるなよ……興奮しちゃうじゃないか★★」
んああああああああああああああああああああああああああーーーッッ!!!
かあっこいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!
頬にかかる赤い飛沫。
ペロ、っと、唇の端を舐め上げるヒソカさんが、もう、もう、悶絶かっこ良くて!!!
我慢していたんだけど――ついに堪え切れず、わたしの身体から大量のオーラが一気に放出されてしまった!
ドッシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!!
「――っ、トモ!!!」
「え……?」
その途端、わたしの身体はヒソカさんの背中からふっ飛ばされ、宙を舞った。
ななななんで!!?
も、もしかして、アレか?
勢い余って、ヒソカさんの“伸縮自在の愛(バンジーガム)”を吹き飛ばしちゃったってことか!!?
「ぅいやあああああああああああああああああああああ~~っ!!!」
「トモ!待って、今助け--」
勢い余ったわたしの身体は囚人たちの頭上を行き過ぎて飛び、べしゃっと落っこちる。
うう、い、痛い~鼻打った……!!
「ヒ、ヒソカさ……ごめんなさ――」
い。
言い終わる前に、ヒョイ、と持ち上げられる身体。
ヒソカさんは向こうにいるし、一体誰が、と見上げてみれば……。
「げげっ!?」
「ククククク……ガーッハッハッハッハッハッ!!!止まれ、ヒソカ!!おおっと、念も使うなよ?少しでもおかしな真似をしてみろ、お前の大事なこのおん――ガキの命はねぇぜーーー!!」
言い直すなーーーっ!!
ど、どうせわたしはチビで童顔で胸だってないですよ……!!!って落ち込んでる場合じゃないや!!
わたしの首根っこを掴んで吊るしあげたのは、なんかこう、ぼっさぼさの髪をオールバックにして、ムッキムキの上半身に毛皮っぽいノースリーブジャケットを羽織った、ウボォーギンさんになりきれませんでしたーって感じの……この人知ってる!
「キミ……誰?★」
ヒソカさんは忘れてるみたいだけど、アレだ、去年のハンター試験で、ヒソカさんに半殺しにされたっていう試験管だ!
名前はまだない!!
で、その名無しの元試験官は、はああーっと残念そうなため息をひとつ、ヒソカさんに向かって、湾曲した大刃のナイフを投げつけた!!
ザシュ……ッ!!
「ヒソカさん!!」
回転し、円盤状になったナイフが、ヒソカさんの右肩を切りつける。
あ、あんな攻撃、ヒソカさんなら目をつぶっていても避けられたはずなのに、ヒソカさんはじっとこちらを睨みつけたまま、動かない。
なんで、どうして!?
流れだす血が、白い戦闘服を見る間に赤く染めていく、悲鳴を上げかけたそのとき、わたしの喉元に、ぐい、と冷たいものが押し付けられた。
「……★」
「そうだ……動くな。動くとどうなるか、試したいなら別だがな」
つまり、つまり……そういうこと?
わたしが人質にとられてるから、ヒソカさん、動きたくても動けなかったってこと……?
「そんな……!!」
「それにしても悲しいねえー、ヒソカ。俺ぁ、去年テメェと戦って負けたあの日から、一日だってテメェを忘れた日はなかったって言うのによ……!!」
ブウン、と立て続けにナイフを投げる元試験官。
アニメで見た通り、ナイフは円刀に近く、投げるとブーメランのようにU字の弧を描いて手元に戻る。
一投につき、行きと帰りで二度の攻撃。しかも、首や顔、手首といった急所ばかりを狙われても、ヒソカさんは避けようとしなかった。
「ーーっ!!」
嫌な攻撃だ。
薄皮を一枚一枚剥いでいくような、じわじわといたぶるような刃の嵐。
ヒソカさんの肌が、飛び散る血の色のせいで、病的なまでに真っ白に見える。
動いてくれない。
反撃してくれない。
ただ、クッと唇の端を上げて笑うだけーー
「……悪いけど、ボク、オッサンを抱く趣味はないんだよね★」
「じゃかあしい!!どこまでもコケにしやがって――囚人ども、このフザケた殺人鬼を八つ裂きにしちまいやがれ!!」
「ヒ……」
ヒソカさん!!!
喉が裂けるほど叫んだ声は、狂喜に湧いた囚人たちの喝采に飲み込まれてしまう。
人の波の中に消える直前、ヒソカさんの唇が動いた。
“大丈夫だよ”
「~~~!!!」
「ガハハハハハハハ!!ザマぁねぇな。それにしても、あの死神ヒソカがこんな乳臭いガキ一匹に足を引っ張られるとはな……こんなでも、さっきの様子じゃあいつの女なのか?ガキを犯る趣味は俺にはないが、どれ、せっかくだから楽しませて貰おうか……」
大勢の囚人たちに、滅茶苦茶に殴られて、踏みにじられるヒソカさんを、わたしは食い入るように見つめていた。
元試験官がなにを言っているのかなんて、全然耳に入っていなかった。
わたしのせいだ。
わたしのせいで、ヒソカさんがあんなに傷ついてる。
嫌だ。
悔しい。
腹がたって仕方がない。
ぶっ殺してやりたい――
誰よりも、
弱い自分を。
「……ヒソカ、さん」
好きです、ヒソカさん。
大好きな貴方に、あんなに苦しそうな顔させたくなかった。
殴り合いも殺し合いも、
ヒソカさんがこの世で最も好きなことなのに。
ようやくまともに戦えることを、あんなに喜んでいたのに。
台無しに、してしまってごめんなさい。
「おい!……さっきからぼーっとしやがって。人の話を聞いてんのか、ガキ!!」
「……っ!」
ぐい、と無理矢理に向かされた顔の前に、男の唇が迫る。
ヒソカさん。
わたし、強くなります。
ずっと、貴方の側で生きていられるように。
楽しそうに笑っている、貴方の側に――
「……“伸縮自在の恋人達(フォーミーラバーズ)”」
「ああん?」
「ちびヒソカさんーーーーーーーーーーーーっっ!!」
叫んだ瞬間、身体が落ちた。
着地して振り向く。
「……な」
呆然と立ったままの元試験官の左腕が――ついさっきまで、わたしを吊るしあげていた方の腕が、二の腕から切り落とされていた。
ズッパリと。
「なあにいいいいいいいいいいいいい――――っ!!!」
『★!』
噴水のように、吹き出す鮮血。
ヒラリ、舞い降りるように現れた小さなヒソカさんは、嬉しそうに、そして、何かを確かめるように、わたしを見た。
「ちびヒソカさん、わたし、ヒソカさんの為に戦います……強くなります!だから、力を貸して下さい!!」
『★★★★★!!』
そのときだ。
頭上から、金色の光が迸った。
「な……に、この光……アイコンが光ってるの……?」
それは、筆でも消しゴムでもなかった。
いままで一度も使ったことがなかった3つ目のアイコン――
「囲み線、……そ、うだ、このアイコンが使えるんだったら、もしかしたら!!」
元試験官の異常に気がついた囚人たちが、ヒソカさんへの攻撃を止めてこっちに向かってくる。
右手にペンタブを握りしめ。
わたしは目を逸らさなかった。
囲み線。
ぴたり、と空中にペンの先を置き、そこから斜めに線を引く。
その軌道を対角線に、四角形が現れる。
囲むものは、ちびヒソカさん!
この力の効果は――
「“複写(トレース)”!!」
瞬間、ちびヒソカさんの身体がアイコンと同じ、金色の光に包まれる。
目も開けていられないほどの光線の中、その小さな身体が増えていく。
一人、二人、三人、四人――
五人。
増やしたちびヒソカさんのそれぞれに、想いを込めて手を加え--
よし。
出来た。
「完成……!!」
☆☆☆
「おい、ゴン!!」
「あっ、キルア!!」
「悪ぃ、ギタラクル引きずってて遅くなっちまった!トモとヒソカはどうなった!!?」
ハズレの道を引き返し、全速力でゴンのいる足場へ駆け込んできたキルアは、噛み付くように訊ねた。
少し遅れて、ギタラクルと、同じくハズレの道から引き上げてきたレオリオとクラピカが、真っ青な顔をしてやって来る。
「二人は無事か!!?」
「トモが人質にとられてたよな、あのオッサンに酷ぇことされてねぇか!!?」
「カタカタカタ……(やれやれ。ヒソカにしてはこんな失敗、珍しいよね)」
それぞれが、それぞれの思いで見つめた先。
ゴール手前の足場で、今まさに起こった出来事に--五人全員が、固まった。
「な……」
「なんだ、アレ……!?」
☆☆☆
この世に悪がある限り、彼らは必ずやってくる。
興奮するよ☆とやってくる!!
愛と変態の五色の光。
その名も――
「奇術師戦隊、ヒソレンジャー!!!!!」
ドカーン!!
派手に立ち上る五色の煙幕も描いたよオプションで!!!
その前でびしっとカッコ良くポーズを決めているのは、五色の戦闘服に身を包んだ五人の戦士――
『☆』
燃え盛る愛と興奮、赤きリーダー、ヒソレッド!!
『☆☆』
冷静沈着、クーデレメガネ、ちょっぴり鬼畜なヒソブルー!!
『☆☆☆』
カレー大好きぽっちゃり系ヒソイエロー!!
『☆☆☆☆』
天然草食癒し系、ちょっぴりこわがりマスコット的存在、ヒソグリーン!!
『☆☆☆☆☆』
そしてそして、みんなのアイドル、お色気担当ヒソピーチ!!!
うわあ~~!!
うわあああ~~!!!
「カッコイイ……!!」
ジャリッと、砂を噛む音に目を向ければ、片腕を切り落とされた元試験官が、血溜まりからよろよろと立ち上がったところだった。
「テメェ……まさか、念使いだったとは……フザけた能力でフザけたもん出しやがって、ガキとはいえもう容赦しねぇぜ!!」
ギュウウン!!
残った右腕が放ったナイフに、ヒソレッドが颯爽と向かっていく。
地面すれすれから、ギュンっと角度を変えてきた凶刃を、華麗にジャンプ!
更に、“伸縮自在の愛(バンジーガム)”で、ナイフの起動を変え、元試験官の右肩にざっくりと差し込んだ!!
「ぎゃああああああああああああああああーーーっ!!」
『★』
「さっすが、リーダー!!ヒソレッド強いっっ!!」
きゃーっと歓声を上げるわたしにパチンとウィンク。
ヒソレッドを先頭に、他の四人のヒソレンジャーたちも、残りの囚人たちの群れに向かって突っ込んでいく。
自分の何十倍もの背丈のある相手を、ものの数秒で片付けていくその早さ、正確さ、手際の良さといったらもう、オリジナルのヒソカさんも顔負けだ。
「強い!!早い!!さっすがヒソカさん!!!」
キャーキャー!!はしゃぐわたしの耳に、聞き慣れた声が飛んできた。
ゴンたちだ!
いつの間にか、みんな揃って一番近い足場までやって来てる!
☆☆☆
「うおおおーー!!すっげー!!」
「ちびヒソカが五人も!!ねえキルア!トモの能力ってほんとーにすごいね!!」
「あ、あれだけの体格差をもろともせずに、あれだけの人数の囚人たちを……なんという恐ろしい力だ」
「にしても、ヒソカで戦隊モノたぁ……子供の夢ブチ壊すにもホドがあるだろ」
「そんなことないよ!かっこいいよ!!」
「まあ、二番目の兄貴が好きそうな能力だよなー。あれ?てかさ、あいつら一人ひとり、戦い方が違ってないか?」
ガシイ!!
「カタカタカタ……(よく気づいたね、キルア)」
「うぎゃあ!?なんだよ、ギタラクル!!急に頭つかむのやめろよ!!」
「戦い方が違う……って、どういうこと?」
くりくりした目で見上げてくるゴンに、ギタラクルはギッチコ軋みながら、
「カタカタカタカタ……(うん。まだ念に目覚めていない君たちにはわかりづらいだろうけど、あのヒソカたちはおそらく、全員が違った系統の念能力者だ)」
「念の系統……それは、昨晩飛行船の中で聞いた話か」
「カタカタカタカタカタ……(そう。オリジナルのヒソカ――ヒソレッドだっけ?あいつは“伸縮自在の愛”を使っていたから、変化系。でも、あとの四人は違う。例えば、あそこにいる黄色いの)」
「ヒソイエロー?」
「あいつさっきからカレー食ってるだけじゃん」
「キルア。イエローとはそういうものなのだよ……」
「なに語ってんだ、クラピカ。うお!おい見ろよ、囚人の一人が、イエローのカレーを踏み潰しやがった!!」
「怒った!!」
「殴った!!」
「強えーーーーっっ!!!すっげー!!床に大穴が空いたぜ!!」
「アレが強化系の念能力!!すごい!!俺、絶対に強化系がいいな!!」
大興奮のゴンに、キルアは苦笑する。
「バーカ。念の系統は自分じゃ選べないって教わったろ?なあ、ギタラクル、他の奴の系統も分かるか?」
「カタカタカタカタ……(そうだなー、ここからじゃ遠いから正確じゃないけど。ざっと見た感じ、敵にトランプを打ち込んで操ってるヒソブルーは操作系。馬鹿でかいトランプでトランプタワーを作って崩して、集団を押し潰してるヒソグリーンは具現化系)」
「あの一番可愛いのは?」
「カタカタカタカタ……(ほとばしるフェロモンで、戦意を喪失させるテンプ-テーション。ヒソピーチは放出系だね。……ちなみに、俺には効かない。俺はちびヒソカなんかより、こいつの方が可愛いと思うけど――)」
「ん?なんか言ったか、ギタラクル」
「カタカタ……(別に)」
「あれ?そう言えば、さっきからちびキルアの姿がないんだけど、どこに行ったんだろ?キルア知ってる?」
「知らねー」
「カタカタ……(……)」
☆☆☆
「すごーい、つよーい!!」
あんなにいた囚人たちが、みるみるうちに倒されていく!!
五人のちびヒソカさんたちの健闘に、わたしは胸がいっぱいだった。
「――あっ、そうだ!ヒソカさん!!本物のヒソカさんを探さないと……」
そのときだ。
グラリ、と、いきなり世界が一回転した。
「あれ……?」
急激に光を失っていく視界。
まるで貧血を起こしたときのように、身体中の血液がさあっと冷える。
「こ、これって……オーラ、切れ?」
バッタリと、その場に倒れたわたしに止めを刺そうと、囚人たちが襲い掛かる――
でも、切りつけられる、その寸前。
ドスドスドスッッ!!!
こ、この容赦なく急所に突き刺さるトランプは――
「全くもう、トモは心配ばかりかけるんだから困っちゃうよ★これだけの大技を使ったんだから、そうなるのは当たり前だろ?」
「ヒ……ヒソカさあ~~ん!!!」
会えた……。
また、この人に出会えた。
生きて――
「うわあああーーーんっ!!!ヒソカさあーーーん!!怖かったあああああああああああ!!!」
「おっと☆」
ぎゅっと、抱きしめてくれる大きな腕。
傷だらけになった広い胸に、わたしは顔を埋めて大泣きした。