結局その日キルアの姿を見ることはなかった。
ゴンに連絡したけど一緒にいなかった。
もちろん電話もメールのしたけど無反応だった。
こんな事初めてで私はただ広間のソファーに身体を沈み込ませていた。
「キルと喧嘩でもした?」
「イル兄…。」
私の様子を見て頭を軽くポンポンと叩きながら隣に座ったイル兄。
「キルは仕事?」
「わからんの。」
「ゴンには?」
「連絡したけど知らんって…どこ行ったんやろ…。」
私は喧嘩をしていた時の事を思い出し、不安が募っていく。
普段と違うキルアの態度。
喧嘩の内容。
どれをとってもあの時のキルアは変だった。
「キルア、変やったんよ…。」
私はポツリポツリとイル兄にその時の様子をはなした。
イル兄は黙って話を聞いてくれている。
話し終わった私はイル兄の言葉を待ったけど、口を開く様子のないイル兄に私は自分が悪かったのかも知れないと不安になり、思わず口走ってしまう。
「私が悪かったんかな…。」
「菜々実は悪くないよ。
キルがまだまだ子供なだけだよ。」
イル兄の口調は原因がわかっている様な気がして私は今までじっと灰沢を見つめていた視線をイル兄に向けた。
「大丈夫。キル自身の頭が冷えたら帰ってくるよ。」
滅多に表情の崩れる事のないイル兄の目が少しだけ優しい気がした。
「ホンマに?」
「うん。大丈夫。だから菜々実はちゃんと寝なよ?
昨日もあんまり寝てないんだろ?」
「うん…。」
イル兄の言う通り、何度も寝返りを打てキルアが気になってあまり寝れていなかった。
「ちょっと待ってて。」
何かを思いついた様にイル兄は立ち上がると部屋を出ていった。
しばらくして戻ってきたイル兄はソファーの上で小さく丸まっていた私にグラスを差し出してくれた。
「はい。コレ飲んで今日はちゃんと寝なよ?
熱いから気をつけて。」
暖かいグラスには赤い飲み物。
普通はこういう時ってホットミルクとかじゃないのか?
とか思いながら一口飲んでみた。
「美味しい…。」
「ホットミルクより菜々実はこっちの方がいい気がして。」
イル兄が持ってきてくれたのはホットワイン。
それもとっても甘い。
人肌より少しあったかいそれは喉に染み込んでいく。
ゆっくりと飲んでいく私の姿を見ながらイル兄は飲み終わるのをじっと横に座って待っていてくれた。
何か話すわけでもなく、ただじっと。
でもそれが嫌な重たい空気じゃなくて、ホットワインみたいな優しい空気に、私はさっきまでの憂鬱な気分がスッと引いていった。
「ありがとう。ちゃんと寝れそう。」
隣に座るイル兄に笑顔でお礼を言うと、空のグラスを私の手から抜くとただ優しく「おやすみ。」と言って広間を出ていった。
部屋に戻った私は冷たいベッドに潜り込むとそのままゆっくり夢の中に落ちていった。