★ある夜のポーの冒険!【おまけ】

 

 

 

 

「海月……」

 

 

 

「ん……は、ぁ……イルミ……」 

 

 

 

想いをこめてキスをされ、優しくベッドに押し倒されて――

 

 

 

「あ……」

 

 

 

イルミの手が脚をなぞり、長いマーメイドラインのドレスの裾をたくし上げたとき。

 

 

 

嫌な予感がした。

 

 

 

そしてその予感は、ものの見事に的中してしまったわけで……。

 

 

 

「イルミ?」

 

 

 

腰のあたりまでドレスを持ち上げたまま、イルミの動きは完全に止まっていた。

 

 

 

カッと目を見開いて、ある一点を見つめている。

 

 

 

ややあって、一言一句、噛み締めるように彼は言った。

 

 

 

「ガーターベルトだ」

 

 

 

「……うん」

 

 

 

「ガーターベルトだ!」

 

 

 

「大きな声で言わなくても分かってるから!!キキョウさんとメイドさんに付けられたのっ!これじゃないとドレスを着た時に下着のラインが出ちゃうからって言われたの!!」

 

 

 

「ふーん。ちょっと、隠さないでもっとよく見せてよ」

 

 

 

「嫌だよ!も、もうっ、そんなにじっくり見ないでよ、恥ずかしいじゃない!」

 

 

 

「恥ずかしい?なんで?すごく素敵だよ。綺麗だよ。最高だよ。だからこれからは毎晩コレをつけてね」

 

 

 

「……」

 

 

 

真顔で私に馬乗りになり、淡々とのたまうイルミをじっと見る。

 

 

 

駄目だ。

 

 

 

奴の目は本気である。

 

 

 

この分だと、次にゾルディック家に帰った時、イルミの部屋にはきっと私専用の衣装ケースが運び込まれており、中を開けば山のようなガーターベルトと揃いの下着がみっちりと……。

 

 

 

「ダメーっ!そんな、いっぱいあったって着ないものは着ないからね!」

 

 

 

「えー。なんで分かったの、俺の考えてること」

 

 

 

分からいでか!

 

 

 

「イルミのバカ――ッ!なによ!ドレスはなんにも言ってくれなかったくせに、こんな所ばっかりに食いついて――ひゃんっ!?」

 

 

 

スルーッと、なんの前触れもなく内股を撫でられ、思いがけず恥ずかしい声が出た。

 

 

 

しまったと思ってももう遅い。

 

 

 

「海月……」

 

 

 

「やっ!?だ、ダメだってイルミ……ッ、そ、こは……っひゃああ!」

 

 

 

「やめて欲しいの?そう。なら、ちゃんとドレスの裾持って」

 

 

 

「……う」

 

 

 

「持って」

 

 

 

「や、やん!やる、からっ、それもうやめて……!」

 

 

 

するり、するりとイルミの手が、巧みにストッキングと下着の間を刺激する。

 

 

 

ストッキングは太ももの半分ぐらいまでしかないから、脚の付け根や内太ももなど、一番敏感な部分が守れない。

 

 

 

しかも、イルミは私の脚を開いたまま膝を押さえてしっかりと固定しているから、思うように逃れることも出来ない。

 

 

 

それをいいことに、イルミの手の動きはエスカレートしていく一方だ。

 

 

 

やめてもらうためにドレスの裾を取ろうと手を延ばすけれど、仰向けに押し倒された姿勢では、どうしても届かない。 

 

 

 

「イ……ルミ、ィ……!」

 

 

 

際どい部分ばかりをなぞり続けられ、涙目になる私に、イルミは楽しそうに目を細めた。

 

 

 

「どうしたの?ちゃんと裾を持ってくれたらやめてあげるって言ってるのに。ああ、そうか。気持ちよくなってきたから、やめてほしくないんだ」

 

 

 

「ち――」

 

 

 

違う、と言いかけた唇をきゅっと結んだ。

 

 

 

だって、そう言ってしまったらいつもと同じように、イルミはどんどん意地悪になって、焦らされて焦らされて、最後には結局、泣きながらイルミを求めることに――

 

 

 

ダメだ。

 

 

 

ダメ!!

 

 

 

折角、はるばるパドキア共和国からここまで、イルミに会いに来たんだもん。

 

 

 

今夜はベッタベタに甘えるって決めてたんだから、このままイルミの好きにされてたまるもんか――!!

 

 

 

「“見えない助手たち”!」

 

 

 

「あ」

 

 

 

シュルン、とシーツの上を滑っていったテンタくんが、ドレスの裾を回収。

 

 

 

どんなもんだいと差し出してみせると、イルミはふーん、と無表情に言った。

 

 

 

「わかった。じゃあ、やめる」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

サラッと言い捨てて、イルミは上体を起こした。

 

 

 

そうして、なんだかものすごくつまらなさそうな態度でゴロリとベッドに横になってしまったのだ。

 

 

 

え――!?

 

 

 

「ちょっとイルミ、何急に!」

 

 

 

「なにって、やめて欲しいんだろ。ちゃんとやめてあげたじゃない。これでもまだ何か文句があるの?わがままだなー海月は。そんな我侭なことばっかり言うならもうお仕置きするしかないよね」

 

 

 

「まま待って!ダメ!今夜はお仕置き禁止、あと、意地悪するのもやめてよ……いっつもそうやってイルミのペースに乗っちゃって、わけわかんないまま気持ちよくなって、気がついたら朝になってるんだもん。寂しいよ……」

 

 

 

「寂しい?」

 

 

 

グルン、とイルミの首だけ後ろを向いた。

 

 

 

「うわっ!?」

 

 

 

「寂しいって、なんで?俺に抱かれてるとき、海月はいつも寂しかったの?」

 

 

 

「抱かれてるとき……っていうよりも、目が覚めてイルミがいなくなってるときはね。ああ、もっと甘えておけばよかったなって、思うかな」

 

 

 

「ふーん」

 

 

 

そう、と頷き、

 

 

 

「俺も寂しいよ?」

 

 

 

「えっ、なんで!?」

 

 

 

「なんでって。今自分で言ったじゃない。海月はなかなか自分からその気になってくれないし、甘えてもくれないからね」

 

 

 

「う……」

 

 

 

「ていうか、前から思ってたけど、下手だよね。甘えるの」

 

 

 

「し、しし仕方ないじゃない!だって私、今まで甘えられる人なんていなかったんだもん!男の人にどうやって甘えたらいいかなんて、分かるわけないじゃない……!」

 

 

 

「……」

 

 

 

「お父さんは私が生まれる前に死んじゃってるし、兄弟もいないしさ、研究に没頭して恋愛なんてろくに続かなかったし。だから、分かんないんだもん……どうしたらいいの?」

 

 

 

ベッドにペタンと座り込んだまま、困った顔でイルミを見つめる。   

 

 

 

彼といえば、相変わらず何を考えているのか分からない顔で私を見返していたけれど、やがて、やれやれというように肩をすくめて立ち上がった。

 

 

 

「イルミ!?」 

 

 

 

「そんな顔しないでよ。大丈夫、すぐに戻ってくるから、大人しくここで待ってて」  

 

 

 

「うん……」  

 

 

 

パタン、とドアが閉まった途端に泣きたくなった。

 

 

 

さっきのイルミの顔……あれ、絶対に呆れられてたよ。

 

 

 

どうしよう……嫌われてたらどうしよう。

 

 

 

大人しく待っていろと言われたものの、いてもたってもいられなくなったとき。

 

 

 

ドアの向こうから、聞き慣れない音が聞こえてきた。

 

 

 

カシャカシャ、堅くて細かな何かが打つかり合う音。 

 

 

 

時折、液体の揺れる音もする。

 

 

 

何をしているんだろうと気になって、私はベッドを降り、ほんの少しだけドアを開いて外の様子を伺ってみた。

 

 

 

イルミは、普段はあまり使わないドリンクカウンターの前にいた。スーツの上着を脱ぎ、銀色のシェーカーを手にしている。

 

 

 

声をかけるまでもなく、黒い瞳がこちらを向いた。 

 

 

 

「大人しく待っててって言ったのに」  

 

 

 

「ご、ご、ごめん!なんか、聞いたこと無い音がしたから気になっちゃって――なにしてるの?」

 

 

 

「ちょっとね」

 

 

 

言いながら、両手でシェーカー全体を包むように持ち、ひじを曲げて左胸の位置に構える。

 

 

 

こ、これって、まさか。

 

 

 

まさか……!

 

 

 

「わ……!」

 

 

 

イルミの手が、シェーカーを振った。

 

 

 

左胸の前から、斜め上、左胸、斜め下、左胸、の順に、徐々にスピードを上げ、なめらかに流れるように。

 

 

 

手首のスナップを利かせて、リズミカルに。

 

 

 

それを7、8回ほど繰返したところでトップを外し、中の液体をカクテルグラスに注ぎ入れる。

 

 

 

右手の人差し指をストレーナーに添えながら、最後の一滴まで、残らず。

 

 

 

「うわあ~、綺麗!」

 

 

 

それは、真昼の海岸を思わせるような、ごく淡い色をしたカクテルだった。

 

 

 

夜間飛行用に抑えた照明の中で、水面は緩い振動に合わせてゆらめいている。

 

 

 

イルミは手早くシェーカーを片付け、ドアの側に突っ立ったままの私を手招いた。

 

 

 

「どうぞ」

 

 

 

「え、いいの?」

 

 

 

「うん。そのために作ったんだから、飲んで。でも俺、海月と飲みに行ったことってまだないから、好みが分からなかったんだよね。ラムやブランデーより、コアントローをちょっと多めにしたから、飲みやすいはずだけど」

 

 

 

「ありがとう……」

 

 

 

勧められるままにカウンターに腰掛ける。

 

 

 

手渡されたグラスに口をつけた途端、熟れた果実の甘さとすっきりとした酸味が舌の上を広がった。

 

 

 

「わあ、美味しいよ!オレンジに、檸檬の香りもする。これ、なんていうカクテル?」

 

 

 

「……後で教えてあげる。それより、海月。言い忘れてたけど、念のバクテリアは解除してね。そいつが働いてると、酔わないだろ」

 

 

 

「え?う、うん……いいけど、なんで」

 

 

 

「酔って欲しいから」  

 

 

 

イルミの手が、グラスを持った私の手に重ねられていた。

 

 

 

強引さなんて、少しも感じさせない仕草で、再びグラスを口元に近づけていく。

 

 

 

「ん……んん……」

 

 

 

唇から流し込まれる液体は甘く、爽やかな酸味と相成って、喉を滑り落ちるのに何の抵抗もない。

 

 

 

注がれるままに飲み干すと、イルミの口元が少しだけ持ち上がった。

 

 

 

「美味しかった?」

 

 

 

「うん……」

 

 

 

「そう、よかった。それじゃあ、さっきの答えを教えてあげるから、おいで」

 

 

 

「答え……って、な」

 

 

 

返事の代わりに近づいていきた唇に、言葉を奪われる。  

 

 

 

カウンター越しにキスをするうちに、身体の力がどんどん抜け落ちていく。

 

 

 

さっきのカクテル、飲みやすかったけど、度数はけっこう高かったんじゃないだろうか……。

 

 

 

それを、ほとんど一気に飲み干してしまったから、酔いが回っちゃったんだ。

 

 

 

「ん……は、あ……っ」

 

 

 

「こら。海月、ダメだよ。カウンターに突っ伏しちゃ。ベッドに行くんだろ?」

 

 

 

「うん……」

 

 

 

イルミの指が、顔にかかった髪の毛を梳いてくれる。

 

 

 

頭がクラクラする……。

 

 

 

「イル、ミ……」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「ごめん……なん、か、立てそうになく……て」

 

 

 

「そう。困ったね」

 

 

 

「うん……」

 

 

 

「じゃあ、どうして欲しい?」

 

 

 

いつの間にか、イルミはカウンターを出て私のすぐ側に立っていた。

 

 

 

「……こ、して」

 

 

 

重い両手を持ち上げて言うと、イルミは耳元で低く笑った。

 

 

 

「仕方がないな。じゃあ、俺が運んでいってあげるからつかまって?」

 

 

 

「……ん」

 

 

 

 

長身を屈め、イルミは私の身体を抱きしめるように身を寄せてくる。

 

 

 

肩や、腕から滑り落ちた冷たい髪が、火照った頬に触れて気持ちがよかった。

 

 

 

イルミの首に腕をまわしたまま、うっとりと身を預ける。

 

 

 

気持ちがいい。

 

 

 

つめたい髪も、外気に冷えたYシャツも。

 

 

 

「海月」

 

 

 

「んー?」

 

 

 

「立つ気、ないんだろ」

 

 

 

「んー……」

 

 

 

肩口に顔を埋めて無理、と呟くと、イルミの胸が小さく上下した。

 

 

 

「困った客だな……」

 

 

 

「イルミ~、もう一杯飲ませて……」

 

 

 

「ダメ。そんなに酔っぱらって何言ってるの」

 

 

 

「イルミが酔えって言ったんだもーんだ」

 

 

 

「やれやれ……」

 

 

 

ため息一つ。

 

 

 

イルミの手に頬を摘まれた。

 

 

 

でも、いつもみたいにひねって引っ張るみたいな真似はされなかった。摘んだあとを、「ごめんね」とでもいうようにスリスリ撫でてくれる。

 

 

 

指の先までひんやりと湿っているのは、さっきシェーカーを握っていたからだ。

 

 

 

血の通った温かい彼の手も好きだけど、今は作り物めいたこの冷気が心地いい。

 

 

 

「冷たくて気持ちいい~……イルミ、もっと撫でて~」

 

 

 

「はいはい。ほんとに困ったお客だよね、海月は」

 

 

 

言いながら、イルミは私の身体を抱き上げてカウンター席に腰掛けた。

 

 

 

横抱きに足を投げ出して、膝の上に座らされている格好なのに、酔いが回っているからか少しも恥ずかしさを感じない。

 

 

 

フワフワとした浮遊感。

 

 

 

カウンターに肘を置き、イルミは緩く上体を倒した。その胸に寄りかかる格好で目を閉じる。

 

 

 

イルミの手が、肩から首へ。背骨の凹凸を辿るように、背中へと滑っていく。

 

 

 

「ん……」

 

 

 

「海月……気持ちいい?」

 

 

 

「んー……もちいい……」

 

 

 

ぐーっと背筋を伸ばしてのびをすれば、なんだか猫にでもなったみたいだった。

 

 

 

ゆるゆると、背中に触れる手はそのままにイルミは笑う。

 

 

 

「そう。それはよかった。それに、今、ちゃんと俺に甘えられてるじゃない。いい子だね」

 

 

 

「え……?」

 

 

 

「海月はさ、なんでも難しく考えすぎなんだよ。甘えるっていうのは、なんにも考えずに相手を求めるってことなんだから、どうやって甘えたらいいかなんて考えないの」

 

 

 

「あ……」

 

 

 

そっか。

 

 

 

そうなんだ……。

 

 

 

こっくり、神妙に頷く私の頭をくりくり混ぜて、

 

 

 

「おいで。今夜は好きなだけ甘えさせてあげる……」

 

 

 

「ほんとに……?」

 

 

 

「ほんと。ラウンジで、海月に酷いこと言っちゃったお詫びも兼ねてね」

 

 

 

「そ、そのことはもう気にしてないよ?」

 

 

 

「ほんとに?」

 

 

 

「うん……」 

 

 

 

「嘘」

 

 

 

ぺろり、と舌で涙を舐めとって、イルミはくりっと小首を傾げた。

 

 

 

「ねえ、ヒソカとどんな賭けをしてたの?」

 

 

 

「え……?さっき、イルミが当てた通りだよ。あ、でも、私に気づくかどうかじゃなくて、声をかけて無視されるかされないかって、試しちゃったんだけど」

 

 

 

「ふーん。あいつにしては、ずいぶんと勝率の低い賭けをしたよね」

 

 

 

「そうかな……あっ!」

 

 

 

つうっと、何の前触れもなく喉を滑った指が、胸元に落ちる。

 

 

 

ネックレスを通り過ぎて、ドレスのフリルをからかうようにいじりながら、イルミは耳元に低く囁いた。

 

 

 

「無視できるはずないじゃない。こんなに綺麗なのに。それに、強いからね、海月は」

 

 

 

「そ、そんなことないけど……ひゃっ!」

 

 

 

「あるよ。外に誘われた後、戦うべきかどうか正直迷ったくらいだ」

 

 

 

イルミの唇が耳朶に触れてくすぐったい。

 

 

 

でも、身じろごうにも、すぐ後ろにはバーカウンターがある。

 

 

 

逃げ道を塞がれ、更に、いつのまにか腰に回された腕が、二人の身体をさらに密着させた。

 

 

 

「イ、イルミ……?」

 

 

 

「海月――」

 

 

 

私の頭をぽすんと肩に乗せ、イルミは楽しそうに目を細めた。あいた方の手で喉をくすぐってくる。

 

 

 

口には出してないけど、この様子じゃあイルミも私のことを猫みたいだって思ってるんだろう。

 

 

 

ああもう、こんな風に甘やかされたらおかしくなっちゃいそうだよ……。

 

 

 

時々、気まぐれに喉からそれて、唇に触れてくる指先が愛おしい。

 

 

 

人差し指で下唇を支え、親指が唇の輪郭をなぞる。

 

 

 

まるで、なにかを誘っているような動き。

 

 

 

悪戯心を刺激された私は、ほんの少しだけ舌を出して、その指を舐めてみた。

 

 

 

「――っ」

 

 

 

秘かに、イルミが息を詰める。

 

 

 

顔を上げれば、まん丸になった二つの瞳が私を見下ろしていた。

 

 

 

目の中に映る私の姿は、自分で言うのもなんだけど、思いもかけず扇情的だ。

 

 

 

酔いが回って、とろんと蕩けた眼差し。

 

 

 

上気した頬。

 

 

 

ルージュの紅色が仄かに残る口元に、イルミの白い指のコントラストが美しかった。

 

 

 

ふいに、吸い込まれるように根本まで呑まれていく。

 

 

 

「ん……ふぁっ」

 

 

 

「海月、苦しい?」

 

 

 

「ん、ん……っ」

 

 

 

大丈夫、と首を振って答えた。

 

 

 

強いアルコールのせいで、舌も内頬も熱を持って疼いている。

 

 

 

そんな口腔に訪れた冷たい感触は、むしろやみつきになってしまいそうだ。

 

 

 

そう、と吐息の合間に呟いて、イルミは私の耳元に再び唇を寄せた。

 

 

 

「いい子……今夜の海月は本当に可愛いね」

 

 

 

褒めるように何度か舌を撫でたあと、親指はすぐに引きぬかれた。

 

 

 

間を開けず、長い人差し指が入ってくる。

 

 

 

「――っ」

 

 

 

「もう一本だけ入れていい?」

 

 

 

頷く。

 

 

 

穿たれたのは中指だった。

 

 

 

人差し指と中指。

 

 

 

二本の指が綺麗に揃えられ、舌の上をグラインドしていく。

 

 

 

冷たい指の腹が、口の中の熱を奪っていく。

 

 

 

喉の奥までたっぷりと冷やされたあと、急に引きぬかれそうになるのが嫌で、気がつけば無意識に吸い付いていた。

 

 

 

舌全体で包むように、イルミの指を引き戻そうとする。

 

 

 

すると、今度は、さきほどよりももっと深くまで侵入された。

 

 

 

「んっ、んく……ん、ふ……っ」

 

 

 

「海月、ヤらしいね……こんなこと、どこで覚えてきたのかな。俺は、教えてないのにね……」

 

 

 

「ッあ!」

 

 

 

右手で口を弄られたまま、逆の手にドレスの胸元をはだけられた。

 

 

 

もとより、抵抗する気などなかったために、そのままスルスルと果物の皮でも剥くように裸にされてしまう。

 

 

 

黒いベルベットが脚の先から床に落ち、コルセットと下着だけになった私の身体に、イルミの視線が這わされる。

 

 

 

ちゅるり、と唇から引きぬかれた二本の指が、唾液の糸を引いて離れた。

 

 

 

「……っ、そ、なに、見ないで……ぇ」

 

 

 

「恥ずかしいの?」

 

 

 

「……」

 

 

 

頷くと、こめかみにキス。

 

 

 

綺麗だから見せて、と甘く囁かれる言葉に、羞恥心はどんどん朧になってしまう。

 

 

 

コルセットの上から両手で胸を捕まれ、手の中で転がされるように揉みこまれればもう、どうにかなってしまいそうだった。

 

 

 

「あっ、ああ……うっ、イルミ……イルミ……っ、苦し……よおっ!」

 

 

 

「そりゃあそうだよ。こんなもの着けてちゃ……ていうか、母さんに相当無理されてたみたいだね。気づかなくってごめん。帰ったら文句言わないとね――外すよ?」

 

 

 

「――っあ、ひあ、や……っ!?」

 

 

 

ブツッ、と、何かが切れる音。

 

 

 

途端、それまで身体を圧迫していた感覚が消え、まるで水面から顔を出したときのように、呼吸が楽になった。

 

 

 

だけど、ほっとしたのもつかの間。

 

 

 

イルミの顔が急に近づいてきたと思ったら、そのままゆっくりと後ろに倒され、私の身体はバーカウンターの上に完全に押し上げわれてしまったのだ。

 

 

 

しかも、無残に破り捨てられたコルセットはとっくに投げ捨てられており、残された衣類は下着とストッキング、ガーターベルトのみ……。

 

 

 

「――っ」

 

 

 

急に沸き上がってきた羞恥心に、涙が込みあげた。

 

 

 

「海月」

 

 

 

「や、だ……見ないでっ」

 

 

 

イルミがどんな顔で私を見ているのかは知らない。

 

 

 

知りたくない。

 

 

 

なのに、磨きぬかれた黒いカウンターテーブルは「今更だ」と笑うように、そんな私の姿を映している。

 

 

 

そこに、イルミの姿が映り込んだ。

 

 

 

手を伸ばして、私の髪w手に取る。

 

 

 

念の力で長く伸びた髪の先に、彼は恭しく口吻けを落とした。

 

 

 

「海月、俺を見て?」

 

 

 

「……っ」

 

 

 

「俺だけを見て。ね。俺はもう、海月の身体の隅々まで知ってるんだから、恥ずかしくなんかないじゃない」

 

 

 

「は……ずかしい、よ……っ」

 

 

 

「そう?なら、そんなのすぐに忘れさせてやる」

 

 

 

「やだああああ……っ!!」

 

 

 

イルミの腕が、私の脚を開かせる。

 

 

 

抵抗なんて出来るはずもなかった。

 

 

 

普通に張り合ったって、私の力ではイルミの腕力には叶わない。まして、酔って弛緩した身体では、テーブルに横たえた身体を起こすことすら難しい。

 

 

 

アルコールのせいで頭の働きが鈍っていることがせめてもの幸いだった。

 

 

 

こんな格好、素面だったらとてもじゃないけど耐えられない。

 

 

 

「海月。そのまま、仰向けになって脚を持ってよ。両手で、膝を抱えるみたいに。力が入らないなら、ネクタイで手と脚を縛ってあげるけど、大丈夫?」

 

 

 

「……いじょ……ぶ」

 

 

 

「海月?」

 

 

 

「イ……ルミ……ィ、でも、やっぱり……ダメ……ッ、はずかし……よ、ぉ……っ!」

 

 

 

「泣かないで……今夜は俺に甘えるんだろ?俺も意地悪なことはしないし、わざと酷いこと言って、海月を虐めたりもしないよ。約束する」

 

 

 

キスで涙を吸い取って、イルミはそのまま、私の耳をペロペロと舐めた。

 

 

 

「ひゃっ!?ひゃ、や……っルミ、くすぐった……あはははっ」

 

 

 

「そう。そうやって笑っててね。俺とこうやって愛し合ってる時くらい、なにも考えずに、気持ちよくなって」

 

 

 

甘えて――海月。

 

 

 

イルミの唇が降りてくる。

 

 

 

互いに満足するまで舌を絡ませたあと、下へ、もっと下へ。

 

 

 

布の破かれる小さな音と、熱く濡れたものが秘所を濡らす水音とが重なった。

 

 

 

「あ、ああ、は……っ!」

 

 

 

「気持ちいい……?海月」

 

 

 

「――もち、い……っ、あっ!?ダ……きゃううううううっ!!」

 

 

 

「……」

 

 

 

唾液を絡ませ、陰部を舐め回していたイルミの舌が、ふいに狙いをつけたようにある一点に触れられる。

 

 

 

さっきまでの吸い付くような愛撫をやめて、イルミはペロペロと猫がミルクでも飲むような舌使いで、その箇所を責め立てた。

 

 

 

たまらなかった。

 

 

 

普通に指で弄られるだけでもすぐに耐え切れなくなるのに、ぬるついた、熱い舌の先で何度も、何度も舐められたりしたら――

 

 

 

「あ……ああ、あ……っ」

 

 

 

「海月?」

 

 

 

「イ……ルミ……っ、るし、許して……ぇ」

 

 

 

「許すって、なにを?俺はなにも、海月を怒ってなんかいないだろ。苦しいのは、海月が我慢なんかしてるからだよ」

 

 

 

「ひっ!」

 

 

 

ぴちゃ、と、わざと音が立つように、イルミは舌全体を使ってゆっくりとクリトリスを舐め上げた。

 

 

 

それだけでもう達してしまいそうになるのに、あられもない声を上げるのがやっぱり恥ずかしくて、堪えてしまう。

 

 

 

「海月。約束。そんな意地ばっかりはってると、俺、いつもみたいに意地悪なことするけど、いいの?」

 

 

 

「や、だぁ……!」

 

 

 

「だったら、ちゃんと素直になって。気持ちよくないの?」

 

 

 

「……気持ち、いい」

 

 

 

「うん。よかった。ちゃんと俺の舌で感じてくれてるんだね。嬉しいよ……」

 

 

 

「ん……、あっ、イルミ……ああ、あんっ、あああああ――っ!!」

 

 

 

両足をがっちり抱え込まれ、貪るように再開された愛撫に、私はもう声を上げることしか出来なかった。

 

 

 

気持よくて、気持よくて。

 

 

 

私のために、こんなことまでしてくれるイルミのことが、好きで――

 

 

 

「イ……ルミ……!」

 

 

 

好き。

 

 

 

そう叫びながら、何回達したかもう分からなくなっていた。

 

 

 

脚の間をくすぐる髪が冷たくて、なめらかで。

 

 

 

力が抜けて、ろくに動かなくなった腕を伸ばして彼の頬に触れると、イルミが顔を上げて私を見た。

 

 

 

カウンターに注ぐ明かりの中、黒い瞳は微動だにもしない。

 

 

 

でも、次に私が言った言葉に、二つのそれが溢れ落ちそうなくらい、まん丸くなった。

 

 

 

「……たし、も……たい」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「私も、したい……イルミにも、気持よくなって欲しい……か、ら」

 

 

 

「……いいの?」

 

 

 

イルミを見つめたまま再度頷くと、彼はゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

「イルミ……?」

 

 

 

「――嬉しいよ。海月からそんなことを言って貰えるなんて、本当に嬉しい」

 

 

 

「えっ!」

 

 

 

見間違い、だと思った。

 

 

 

でも、そうじゃなかった。

 

 

 

瞼を上げた彼の瞳から、涙がこぼれ落ちる。

 

 

 

さっき、この飛行船の中でイルミを叱ったときと同じように。

 

 

 

でも、そこに讃えられた光はとてもやさしい。

 

 

 

「イ、イルミ!?なな、なにも泣くことはないじゃない!」

 

 

 

「だって、海月が俺のをしてくれるって……」

 

 

 

「だから、それって泣くほどのことじゃ――うわ!?」

 

 

 

ひょーい、とカウンターからイルミの腕の中へ。

 

 

 

もう、何度目かわからないくらいお馴染みのお姫様抱っこ。

 

 

 

私の身体を軽々と抱き上げたイルミは、ベッドルームへと足を向けた。

 

 

 

「泣くほどのことだよ。どうしよう、俺、ヒソカでもないのに興奮してきちゃった」

 

 

 

「い、いいいいっときますけど、やったことないからね!?そんな、期待されてガッカリされても困るんだからね!?」

 

 

 

「そうなの?なんだ。ちょっと安心した。大丈夫、さっき指を舐めてくれたときと、やることは大して変わらないよ。歯は立ててもいいけど、やさしくね……」

 

 

 

こ、こういうことばっかり懇切丁寧に指導してくれるんだからイルミはっ!

 

 

 

でも、見上げたイルミの顔はとても嬉しそうで――幸せそうで。

 

 

 

もうちょっとで口に出しかけた文句を、私はそっと胸にしまっておくことにした。

 

 

 

横抱きにした私を静かにシーツへ横たえながら、そうだ、とイルミは思い出したように指を立てた。

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

「海月、さっき飲んだカクテルの名前を教えてあげようか」

 

 

 

「うん――ふあっ!?」

 

 

 

バサッ!

 

 

 

波打つシーツの海に、塞がれる視界。

 

 

 

パチンとライトを消す音。

 

 

 

闇が落ち、すぐ近くでイルミの笑う気配がした――

 

 

 

「Between-the-Sheets……覚悟してね。俺、到着するまでもう一歩もここから出さないから。海月の望むように、俺がちゃんと気持よくなれるまで海月のこと、仕込んであげる」

 

 

 

「え……」

 

 

 

なんですと――っ!!?

 

 

 

「ちょっと待!!!」

 

 

 

「待てない。ほら、海月、早く」

 

 

 

「出さないでーっ!こ、心の準備が!!」

 

 

 

「ダーメ」

 

 

 

問答無用で押し倒されたベッドの上。

 

 

 

イルミはこの予告通り、本当に残りの飛行時間のあいだ、私を離してくれることはなくて、さらに予告通り、イルミの身体のアレヤコレヤを非常に事細かにご指導下さったわけで……。

 

 

 

……。

 

 

 

ううっ!

 

 

 

イ、イルミのバカ―――――っ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光が眩しい。

 

 

 

瞼をこすりこすり目を開けると、枕の上にイルミの顔が乗っていた。

 

 

 

「や。おはよう」

 

 

 

「お、おはよう、イルミ……」

 

 

 

きょときょと、辺りを見回す。

 

 

 

ホテルのような室内。

 

 

 

すぐ側に、丸い形の窓が開いていて、外には真っ白な雲海と青空が広がっている。

 

 

 

雲の上、ということは、ここはイルミの飛行艇の中だ。

 

 

 

あれ?

 

 

 

なんで飛行艇?

 

 

 

そんな顔で首を傾げていたんだろう。

 

 

 

イルミに視線を戻せば、彼は大きな猫目をきゅっと瞑って、やれやれとしか言い用がないとばかりに眉間に皺を寄せてため息をついた。

 

 

 

そ、そんなにめいっぱい呆れなくったっていいじゃない!!

 

 

 

「なにイルミ!呆れてないで教えてよ!なんなの、なんで飛空艇?どこに行くつもり?なにがあったの、ねえねえねえ!!!」

 

 

 

「海月……分かったから、ちょっと落ち着きなよ」

 

 

 

イルミはベットサイドからグラスを取って、私に手渡した。淡いレモン色の飲み物に、細かく砕いた氷が浮かべてある。

 

 

 

飲め、と目で促すので、大人しく口に含んだ。

 

 

 

果物の酸味と、すっきりと甘い飲み心地が、目覚ましには調度良い。

 

 

 

「ぷはっ!おーいしーい。イルミ、レモネード作るの上手だね」

 

 

 

「……海月。本当に何も覚えてないの?」

 

 

 

「何もって?何かあったの?」

 

 

 

ケロリと言った途端、イルミの身にまとうオーラが変わった。

 

 

 

まずい、と思ったときにはもう遅い。

 

 

 

まるでヒソカさんに「ボクがキルアをヤるのはアリかい?」と聞かれた直後のような顔をして、目にも止まらない速度で私の上に馬乗りになり、シーツを剥ぎ取ろうとビキビキ爪を伸ばしてくるううううううううううう!!

 

 

 

「キャ――ッ!!何何いきなりなんで遅いかかってくるの!?っていうか、なななんで私、服着てないの――っ!!?」

 

 

 

「うん。それはこれから海月の身体にじっくりねっちり教えてあげるから、今すぐ泡と触手をしまって抵抗するのを止めないと怒るよ、俺」

 

 

 

「もう怒ってるじゃない!」

 

 

 

なんという理不尽!!

 

 

 

え、でもホントになんで?

 

 

 

泡と触手で必死に抵抗を続けながら記憶を掘り返そうとして――ダメだ!なんかもう、色んなことがすっぽりと抜け落ちて、なにがなんだか状況が全然わかんない!

 

 

 

「イ、イルミっ!わ、私が大事なことを忘れてることは分かったから、怒らないでちゃんと教えてよ、ねっ!?」

 

 

 

「うん、いいよ。だから今教えてあげようとしてるんじゃない。それなのにこんな抵抗してさ、悪い子だねー海月は。これはもうお仕置き決定だね」

 

 

 

「うううっ!ひ、酷いよそんなの~!私だって、忘れたくって忘れたわけじゃないんだから……!!」

 

 

 

こ、怖いい……!

 

 

 

で、でも、こんな風に抵抗を続けていたんじゃ、イルミを怒らせるだけだし……。

 

 

 

うう、し仕方ない。

 

 

 

「イルミ……お願いだから、怒らないでちゃんと教えてね……?」

 

 

 

ぎゅっと目を閉じて、守りの泡を解除。イルミの腕を拘束していた触手も回収する。

 

 

 

「……!!」

 

 

 

意外なことに、イルミはなにもしてこなかった。

 

 

 

恐るおそる目を開けると、思いの外、穏やかなイルミの顔が間近にある。

 

 

 

「海月、俺を見て」

 

 

 

「う、うん……」

 

 

 

「俺だけを見て――ねぇ、昨日ここで俺としたこと、本当になにも覚えてないの?」

 

 

 

「……」

 

 

 

こっくりと、泣きそうな顔で頷いた。

 

 

 

「ダメ……わかんない。たしか、イルミに急な仕事が入って、お休みだったのに帰って来れなくなっちゃったんだよね?」

 

 

 

「うん。それから?」

 

 

 

「それから、えっと……たしかキキョウさんが……ドレスアップ、してくれて?あ、そうだ、私、我慢できなくてイルミに会いに行こうとしたんだった!リンゴーン空港のラウンジに行ったんだよね?そこで……そこで、ヒソカさんに会って?」

 

 

 

「合ってるよ。なんだ、ちゃんと覚えてるじゃない。ゆっくりでいいから、その続きを思い出してごらん」

 

 

 

くしゃ、と頭を撫でたイルミの手が、私の髪を一房取リ分ける。

 

 

 

長い髪……そうだ、キキョウさんに教えてもらって、念で伸ばしたんだ。

 

 

 

イルミはそっと目を伏せて、その髪の先に恭しく口吻けた。

 

 

 

その仕草に――

 

 

 

「あ……」

 

 

 

残りの記憶が、洪水のように押し寄せた。

 

 

 

そうだ、私は昨日、イルミとここで――この部屋で、イルミの……を、……して、……の……が……で…………。

 

 

 

「――っ!!」

 

 

 

「あ。思い出した?」

 

 

 

くりっと、首を傾げるイルミをもう、正視することができなかった。

 

 

 

勿論、がっしりと肩を掴んだイルミの手が、身じろぎ一つ許してくれないけれど。

 

 

 

「放して、放してイルミイイイイイ~~っ!!」

 

 

 

「ダメ。昨日、十時間もかけてあれだけじっくり教えてあげたことを、目を覚ました瞬間、全部忘れてるってなにそれ。大事なこと忘れたりしてごめんなさいは?」

 

 

 

「ご、ごめんなさいごめんなさい~っ!!もう絶対忘れたりしないし、全部残らず思い出したから許して~っ!!」

 

 

 

「ダメ。海月はバカだから、頭では思い出しても身体が覚えてるかどうかは分からないじゃない。だから、今からちゃんと教えたことを覚えてるかどうか復習してみようか。はい、どうぞ」

 

 

 

「だから出さないってって言ったじゃない!!大体、イルミはこれから仕事でしょ!?」

 

 

 

「は?そんなのもうとっくに終わっちゃったよ」

 

 

 

「はい!?」

 

 

 

朝日の中、恥ずかしげもなく裸体を晒して胡座をかくイルミ。

 

 

 

病的なくらい白い肌に、漆黒の髪が一筋二筋流れて、シーツの上に渦を巻いている。

 

 

 

いや、そんなサラリと言われましても。

 

 

 

「終わったって、仕事!?終わったの!?嘘っ、いつ!?」

 

 

 

「さっき。正確には45分くらい前に。海月はアレからずっと寝てたから、起こさずに行ったんだけど。なんと俺達が着陸した空港に、ターゲットの方からノコノコやってきてくれたんだ。だからもうこれはヤッちゃうしかないよねって。今回の仕事は、先に依頼されてた殺し屋の尻拭い――ていうか、まあ、そいつが失敗したからウチで引き受けてくれないかってタライ回しだったんだよね。だから相手も、殺し屋に狙われてることに気づいてた」

 

 

 

「てことは、その人は今まさに他国へ逃げようとしてた――ってことだよね?」

 

 

 

「そう。ラッキーだったよ。ものすごくね。もうほんと抜群のタイミングだった」

 

 

 

「よ、よかったね~」

 

 

 

ターゲットさんにとってはこの上もなく不幸なご縁だったに違いないだろうけど。

 

 

 

心の中で黙祷しておこう。

 

 

 

「え、てことは、休み?イルミ、今日はお休みになったの!?」

 

 

 

「うん」

 

 

 

「やったあ~!!もう、それを早く言ってよイルミっ!!」

 

 

 

言おうとしたら、誰かさんが何もかも忘れてたんじゃないか。

 

 

 

無表情で愚痴を言うイルミの首根っこに、服を着てないことも忘れて飛びついた。

 

 

 

「どこいく!?なにする!?明日は仕事あるの?ゆっくりできる?」

 

 

 

「出来るよ。これさえ終われば一段落って言う時に舞い込んだ、プラスアルファの1件だったからね。父さんへの報告はさっき済ませたし、取り合えず、せっかくアジエアン大陸まで来ちゃったんだから、有名所を観光でもしてみようかと思って。今、紅華國(ホンファーヴォ)にむかってるところ」

 

 

 

淡々と言いながら、イルミは大人しく私に押し倒され、大人しく抱き枕となった。

 

 

 

昨日、バーカウンターでしてくれたときのように、髪や背中をやさしく撫でてくれる。

 

 

 

「飛行時間は?」

 

 

 

「あと、一時間くらいかな」

 

 

 

柔らかく細められた瞳に、黒髪がかかる。

 

 

 

払いのけようと伸ばした手に、イルミのものが重なった。

 

 

 

「海月――昨日の復習、する?」

 

 

 

「……うん!」

 

 

 

「そう。じゃ、形勢逆転」

 

 

 

「わっ!?」

 

 

 

高度2000メートル雲の上。

 

 

 

イルミとの休日はまだ、始まったばかりです。