ある夜のポーの冒険!2

 

 

 

 

 

 

 

 

「これもダメ、こっちもイマイチ。あらっ、これよ!これがいいわあ~!!う~ん。でも、そっちのも捨てがたいわねぇ」



「……キキョウさ~ん」



あの後、抵抗むなしくドナドナドナ~っと連れて来られたのは、石積の重厚な廊下には到底不似合いな、白いロココ調様式の扉の前だった。



ゾルディック家奥方、キキョウさんのお部屋。



中はまるで宮殿の大広間さながら、豪華絢爛キンキラキンである。



世にも珍しい紫紺色の大理石を基調とした天井には、当然とばかりにシャンデリア。



床には深い緑のビロウドが敷かれ――ていたのだが、いつの間にやら金糸織のペルシア風絨毯に模様替えされている。



奥には別室のサロン。



純白の家具一色、オールアンティーク。



ズラリと壁一面に並んだ巨大な衣装ダンスのひとつを豪快に開け放ったキキョウさんは、高笑いとともに中の衣類を引きずり出した。



その数、ざっと百枚あまり。



部屋はたちまち色の洪水に埋まり、私はキキョウさんの着せ替え人形と化すことに。

 

 

 

そんなこんなで、はや三十分が経過しようとしている。

 

 

 

「うう~ん……やっぱり、なんだかしっくり来ないわねぇ」

 

 

 

「キキョウさあ~ん!早くしないと時間が……」

 

 

 

「ぅお黙りっ!!誰のせいでこんなに苦労していると思っているのかしら!?あああああこのドレスもやっぱりダメだわぁ~!!こうなったら、やはり今からでもオーダーメイドで作らせるしか」

 

 

 

「キキョウさ―――ん!!?ああもう、こんなことしてる間にもイルミはさっさと仕事終わってアジエアン大陸に行っちゃうかもしれないのにっ!」

 

 

 

「その時はその時です。TPOをわきまえず、みっともない格好の貴女に出迎えられることの方が問題だわ。貴女、イルミに恥をかかせる気?」

 

 

 

「う……っ!?」

 

 

 

それを言われるとぐうの音も出ない……。

 

 

 

こういう、人の痛いとこをピンポイントで抉るところとかは、やっぱり親子なんだよなあ、キキョウさんとイルミって。

 

 

 

「わ、分かりましたよぅ。でも、さすがに今からドレスを作るのだけは勘弁して下さい!」

 

 

 

「でも、わたくしのドレスでは貴女に合うものがまるでないのだもの。カルトちゃんがもう少し大きくなったらと作らせたドレスや振袖でもダメね」

 

 

 

ううん、と思案気に唸り、キキョウさんは私の髪を一房、手にとった。

 

 

 

「思うに、この中途半端な長さの髪がいけないのだわ。いっそ、カルトちゃんのようにすっぱりと毛先を揃えてしまってはどう?」

 

 

 

「だ、ダメです!今、一生懸命伸ばしてるんですから。我慢してやっと肩の線より下に伸びてきたんですよ、今更切りたくないです」

 

 

 

頑張って、イルミとおんなじくらいになるまで伸ばすんだから!

 

 

 

キキョウさんの手から慌てて髪を取り戻すと、手の平を伸ばしたそのままの格好で、彼女は固まっていた。

 

 

 

な、なにかまずい事をしてしまっただろうか。

 

 

 

「……」

 

 

 

キュイイイン……。

 

 

 

ふいに、ゴーグルのライトが青く点滅する。

 

 

 

「ど、どうしたんですかキキョウさん……?そんな悲しそうなオーラ出したって、切らないものは切りませんからねっ!?」

 

 

 

「いえ……同じ事を、昔、イルミに言われたことがあったものだから、つい」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「ああああそうだわ!!それで思い出したわ!ポー、貴女も念能力者なのだもの。しかも、系統はたしか特質系だったわね!」

 

 

 

「は、はい。そうですけど――」

 

 

 

「なら簡単だわ。今すぐでも髪を伸ばせます」

 

 

 

「え!?ああ、そうか!念の力でオーラを高めれば、身体を急激に成長させることが出来るんでした!えーっと、たしか強化系でしたっけ?」

 

 

 

「操作系でも可能です。骨格を操作し、筋肉を操作し……イルミが針を使わずに変装を行えるのも、操作系の優れた念能力者だからこそなのよ。ポー、よく覚えておきなさい。暗殺者にとってもっとも重要なことは、自らを明かさないことです。それにもっとも適した念能力の系統は、操作系であると!!」

 

 

 

「その割には、イルミもキルアもシルバさんもゼノさんも、自分は殺し屋だってすぐに言っちゃいますけどねー」

 

 

 

「すぐに殺せる相手に対しては何ら問題のない話だわ!さあ、そんなことより、とっととおやり!その癖だらけの髪を、そうね、思い切って腰の辺りまで伸ばしておしまい!」

 

 

 

「やったことないんですけど!?ええと、取り敢えず成長ホルモンを念で操作……でいいのかな?オーラを頭皮と毛根に集めて――」

 

 

 

凝を行う容量で頭部にオーラを集中させる。

 

 

 

すると、そこだけがまるで陽の光でも当たっているかのように、にわかに熱を持った。

 

 

 

しばらく経つと、鎖骨のあたりでくるんとカールしていた毛先がみるみるうちに下へ、下へと下がっていくではないの。

 

 

 

すごいすごい!

 

 

 

「わあ!すごい、ほんとに伸びた!!」

 

 

 

「集中っ!!気を途切れさせると美しい髪が生えて来ませんよ!!」

 

 

 

ヒステリックに怒鳴るキキョウさん。

 

 

 

あっという間に腰の下まで伸びた栗色の髪を手に取り、

 

 

 

「――出来は、まあ及第点といったところね。それにしても驚いたわ。貴女の髪は

、もっと明るめのブラウンだと思っていたのだけど。本当は落ち着いた色をしていたのね」

 

 

 

「はい。もとは黒に近いくらいの栗色なんです。でも、潮風と海水ですぐ色が抜けちゃうんですよね。髪が細いから余計に」

 

 

 

「……ふぅん。いいわ、これなら下手に大人しいペールカラーよりも、もっとはっきりくっきりとした、エレガントなドレスが似合いそう――そうだわ、あのドレスを忘れてた!!」

 

 

 

 

「あのドレス」

 

 

 

どのドレス。

 

 

 

ううん、不安だ。

 

 

 

でも、猪突猛進ゾルディック家最強サイコマザーキキョウさんは止まらない。

 

 

 

部屋一面に散らかしたドレスの山にガファ!と飛び込み、しばらくもそもそやってから戻ってきた。

 

 

 

腕に、黒い革張りの箱を抱えている。

 

 

 

「キ、キキョウさん、それは一体――」

 

 

 

「んっふふふふふ!!これよ、この一着を忘れていただなんてわたくしとしたことが不覚だったわ……覚悟おし、馬鹿嫁。これさえ着こなせば、貧相な一般人の貴女も少しは見れたものになるでしょう!!」

 

 

 

「ギャ――!!ちょ、ちょっとそんな無理ですそんな細いコルセット入らなキャ――――ッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間後。

 

 

 

天井にまで届きそうな姿見の中に、すっかり様変わりした私がいた。

 

 

 

ドレスは、黒のマーメイドライン。

 

 

 

表面に細かなクリスタルビーズが散りばめられていて、動くたびにドレス全体が星空のようにきらめいた。

 

 

 

キキョウさんは控えめと言うけれど、私からすれば充分すぎるほど大胆に開いた胸元には、上品なフリル。襞の幅を微妙に変えながら胸元を滑り降り、腰のドレープにつながっている。

 

 

 

腰まで伸ばした髪は綺麗に巻かれ、右耳の上の辺りでサイドアップに纏めてあった。

 

 

 

シュルン、とむき出しの肩に落ちた髪の房はもう、とてもじゃないけど自分の髪じゃないくらいにツヤツヤでサラサラ!

 

 

 

途中、キキョウさんが呼びつけたゾルディック家影のメイドさん達も加わって、顔にはしっかりばっちりメーキャップまで施され。

 

 

 

おおおお大人っぽい大人っぽい!!

 

 

 

「はあ、はあ……全く、このわたくしをここまで手こずらせるだなんて!でも、仕上がりは我ながらに完璧だわっ!!オホホホホホッ!!これで、どこのどんなVIPスペースに顔を出しても、つまみ出されることなく、それなりの扱いをしてもらえるはずよ!」

 

 

 

「キ、キキョウさん……」

 

 

 

ルンルンと鼻歌交じりに衣装ケースを離れたキキョウさんは、鏡台の引き出しから見事なシェルカメオの宝石入れを持ち出した。

 

 

 

「キキョウさん、コ、コルセットが……い、息が出来ませんキキョウさ……ガフッ!」

 

 

 

「我慢おし!!身体や動きを身に付けるものに支配されているようでは、立派な暗殺者にはなれなくてよ!!」

 

 

 

「なりませんから!!――って、なんですかそれ。うわあ、すっごく綺麗なネックレス。サファイアですか?」

 

 

 

「オホホホホ!貴女のような一般人にも、これの価値は伝わるようね!」

 

 

 

頭上からのシャンデリアの光を、残らず吸いこんでしまうような青い宝石だった。

 

 

 

宝石入れから取り出したネックレスを、キキョウさんは黒いレースの手の平に置いて私に見せながら言う。

 

 

 

「サファイアではないわ。でも、この色合が出るものは特に稀少でね。石の名は菫青石というのよ」

 

 

 

深い青みは、角度を変えられるたびにより濃さを増した。

 

 

 

かと思えば、あっと声をあげるほど、鮮やかなスミレ色に染まる。

 

 

 

「真横から見れば、まるでガラスのように無色にも見える。勿論、正面から見たときにもっとも美しい色が現れるようにカットされているのだけれど。わたくしは青よりも、少し斜から見た菫紫のほうが好みね」

 

 

 

キキョウさんは言いながら、ネックレスの留め金を外し、迷わず私の首にかけた。

 

 

 

「日の当たる場所で、万人に認められる宝石も素晴らしいけれど。持ち主にしか知り得ない美しさをもつ石というのも一興だわ。貴女の好みには合っているのではなくて?」

 

 

 

「あ……」

 

 

 

なんだかそれは、イルミのことを言われている気がした。

 

 

 

「はい……キキョウさん、どうもありがとうございました。これでイルミに会いに行けます。絶対に間に合って見せます!」

 

 

 

「その意気よ!でも……ひとつだけ注意を。仕事を終えたばかりのイルミは、貴女が知る普段のイルミとは違って――あら?ちょ、ちょっとお待ちなさいポー!大事な話なのよ?」

 

 

 

ありがとうキキョウさん!!

 

 

 

まだ何か言ってたみたいだけど、さすがにもう行かないと間に合わなくなる!!

 

 

 

ドレスの裾をたくし上げ、目指すはゾルディック家飛行場。

 

 

 

私専用の研究飛行艇に飛び乗りって、行き先をヨークシンに設定完了。

 

 

 

よっしゃあ、待ってろイルミ!

 

 

 

「次の仕事先に行く前に、絶対にとっ捕まえてやるんだから!!」