ある年のゾル家のホワイトデー!

 

 

 

 

時は早春の候、3月14日。

 

 

 

ゾルディック家名物、朝のラジオ体操と拷問の訓練を終え、ベッドに戻って二度寝中の私――の、首根っこを誰かにつまみ上げられた。

 

 

 

「起きろ」

 

 

 

「うへっ!?」

 

 

 

目を開くなり飛び込んできたのは、銀色の長髪。

 

 

 

蒼く底光りする、獣のような二つの眼光――

 

 

 

 

「うわあああああああああああ!!シシシシルバさんっ!?なななんですかこんな朝早くに!」

 

 

 

「もう昼近い時間だが?全く、イルミがいないとお前は寝てばかりいるな」

 

 

 

「あはは……す、すみません」

 

 

 

だって、最近仕事でずっと海に出ずっぱりだったんですもん。

 

 

 

私の仕事場である深海には太陽の光なんか届かないから、毎日毎日そんなところで生活してると昼も夜もなくなっちゃうんですよ。

 

 

 

そんな“寝たいときに寝て、食える時に食う”深海ライフが、わりと私の性にあってるんですよね~。

 

 

 

……なあんてことは、この御大に向かってはとても口に出せないので、冷や汗をぬぐいつつ正座をするしかないのであります……あれ?

 

 

 

「あれ?そう言えばシルバさん、今日はなんだか珍しい格好ですね。ジャケットにジーンズ……どこか、遊びにでも行くんですか?」

 

 

 

うわあ、カッコイイ。

 

 

 

いつもは濃い紫色の道着姿しか見かけないから、普段着なんて想像つかなかったけど、ううん、やっぱりカッコイイ人はなに着ててもカッコイイよね。

 

 

 

薄いグレーのジャケットに、シャツは水色のストライプ。

 

 

 

わりと大胆な位置まで開いた襟元から、黒のインナーとシルバーのアクセサリーが覗いている。

 

 

 

しかも、髪型は緩いオールバックの三つ編みときたもんだ。

 

 

 

コングラッチュエイション目の保養!!

 

 

 

「あ、そっか!キキョウさんとデートですね。いってらっしゃい、シルバさん。留守番は私に任せて、楽しんできてくださいね!」

 

 

 

「キキョウは仕事で留守だ。出かけるには出かけるが、相手はキキョウじゃなくお前だぞ」

 

 

 

「はい?」

 

 

 

え。

 

 

 

「うえええええええええ――っ!? わ、私と出かける!? ままままさか、それでそんな格好してわざわざ起こしに来てくださったんですか!?」

 

 

 

あわあわと慌てふためく私に向かって、身支度をぴっしり整えたゾルディック家ご当主は深々と頷かれた。

 

 

 

「ああ。何事もギブアンドテイクが、うちの家訓だからな」

 

 

 

「はい!?」

 

 

 

「とにかく、そんな格好のままではどこにも連れ出せん――おい、支度を」

 

 

 

パッチン、と長い指が鳴らされたと同時に、部屋のドアが開いて女性執事&メイドさんが大量流入した。

 

 

 

ま、毎度のことながら嫌な予感……!

 

 

 

「ギ、ギブアンドテイクって一体なんの話きやああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

たあすけてえ~~!!なんて悲鳴は完全無視の使用人団体御一行様である。あれよあれよという間にフィッティングルームへ運ばれ、パジャマを引剥がされて着替えさせられる私……!

 

 

 

「いやあああああああああああああああああ――っ!!ちょ、ちょっとほんとに何なんですか!? はっ!? そこに見え隠れしてる可愛いエビフライヘアーと黒髪ストレートはカナリアちゃんとアマネちゃん!助けて二人共、この人達をなんとかして――っ!!」

 

 

 

砂糖にたかるアリのような大量のメイドさんと、色とりどりのドレスの波の合間から、ひょこん、と顔を上げたドレッド頭、黒髪ロングのカナリアちゃん&アマネちゃんは、困ったように顔を見合わせた。

 

 

 

「申し訳ございません、ポー様」

 

 

 

「全て、お館様のご指示でございますので」

 

 

 

「じゃあせめてどこに連れて行こうとしてるのかだけでも教えてええええ~!!」

 


 

「申し訳ございませんが、それもお答えできませ――」

 

 

 

ん、と言い切る直前、二人の前に大柄な影がぬうっと現れた。

 

 

 

ムチムチ、はちきれんばかりの執事服に身を包んだ、ツインテールの女性……って表現はなにかと誤解を招くかもしれないけれども。

 

 

 

丸いモノクルを厳しく光らせるこの人は……

 

 

 

「抵抗即失神!!ポーちゃんっ!!聞き分けのないことは許しませんことよっ!二度寝した挙句、お館様をお待たせするとは何事ですっ!!」

 

 

 

「ぎゃああああああ!!ツツツボネさんっ!?ぎゃふうっ、そ、そんな腰の細いワンピース入りませんってばあ!!」

 

 

 

「我々には時間がございませんことよっ!!さあ、さっさとお着替えあそばせっ!!」

 

 

 

「嫌です~!!っていうか、ダメです!今思い出したんですけどっ、今日は昼からイルミと約束があるんです!シルバさんのお誘いはもうたまらなく嬉しいですけど、お受けするわけには――」

 

 

 

「問答無用っ!!」

 

 

 

抵抗即失神、という言葉どおりに飛んできたとんでもない手刀を、守りの泡でプルンと回避!!

 

 

 

「なんとっ!?」

 

 

 

「すごい、ポー様っ!ツボネ先生の手刀が通じないなんて」

 

 

 

「はっはっはっ!深海専門、海洋生物幻獣ハンターの力を舐めてもらっちゃあ困りますね!!そんな手刀、ナンヨウホホジロオオザメの捕食行動に比べれひゃああああああああああ!!」

 

 

 

ドッシュウ、と鼻先ギリギリを掠めていった二度目の手刀は、“驚愕の泡”の表面を綺麗に滑って背後の姿見を一刀両断した。

 

 

 

「ちょっと!!今のは失神させるとかそういうレベルじゃないでしょう!?」

 

 

 

「お黙りあそばせ!!ポーちゃん……いえ、ポー様。このツボネ、貴方様の実力を少々侮っておりましたわ。まさか、わたくしの攻撃も二度も回避なさるとは……おみごとでしてよ。こうなれば、我ら執事室の総力をもってしても、貴方様をお館様とのデートにお連れ致します!!」

 

 

 

「なんかもう色々と趣旨が間違ってますけど――!?」

 

 

 

ええい、どさくさに紛れてメイドさん達は私の身支度をしっかりと整え終わってさっさとフィッティングルームを出て行っちゃうし、代わりに入ってきた黒服集団を率いるのは――やっぱりこの人!!

 

 

 

「ゴトーさん!?」

 

 

 

「申し訳ございません、ポー様。おい、テメェら、ポー様を速やかにお連れしろ」

 

 

 

されてたまるかあ――っ!!

 

 

 

ちいっ!黒服執事たちに出口を塞がれたっ!!

 

 

 

中央には両手いっぱいにパドキアコインを握り締めるゴトーさんが。

 

 

 

「“嘘つきな隠れ蓑(ミミックギミック)”&強行突破!!」

 

 

 

「なにっ!?」

 

 

 

「消えた……!」

 

 

 

守りの泡の表面を、周囲の風景に擬態。

 

 

 

さらに、触手を伸ばして天上に張り付き、ゴトーさん達の頭の上をにじにじと――

 

 

 

「円!! ゴトー、上だよ。ドアをお閉め!!」

 

 

 

おお、さっすがツボネさんっ!!

 

 

 

しかあしっ!!それで捕まってるようじゃあ海でなんか暮らしていけませんことよツボネさんっ!!

 

 

 

ドアの隙間からニュルンと身を滑らせた私。

 

 

 

廊下に飛び出して走る走る!!

 

 

 

“嘘つきな隠れ蓑”は身を隠すのにとっても便利な能力だけど、その分燃費が悪い。一回の発動時間は、今のところ3分!!

 

 

 

に、逃げきれるかな~!

 

 

 

とりあえず目指すは外だ!いくつか廊下を曲がったところで携帯を取り出し、ミルキくんに電話!!

 

 

 

『はい、俺だけど』

 

 

 

「ミルキくん!!もうとっくにシルバさんに買収されてるんだろうけど、条件次第で私に味方してくれる気持ちとかない!?」

 

 

 

『……ポー姉って、この家の仕組みを本当によく分かってるよなあコフ~。いいぜ、取引しても。親父からはポー姉の監視及び行動報告に一億出てるけどどうする?』

 

 

 

「いいいい一億っ!!?ちょっとシルバさあーん!!たかが私と出かけることに、何億単位つぎ込んでるんですか――っ!!」

 

 

 

『たかがって……まあいいけどさ、コフー。で、上乗せで追加条件つけてくれるんなら寝返ってもいいけど、どうする?』

 

 

 

「どうするもこうするも、そんなことしたってまた三億くらい一気に上乗せされるに決まってるんじゃない!!お金でシルバさんに勝とうなんて無理だよ~!」

 

 

 

『お、分かってるじゃん。んじゃあ、交渉決裂だな』 

 

 

 

「ちょっと待って!!お金は出せないけど、今度の夕飯のメニュー、ミルキくんの好きなものばっかりにしてあげる!!」

 

 

 

『……』

 

 

 

「毒抜きの上、おかわり自由!!」

 

 

 

『……』

 

 

 

「ついでにおやつとデザートもつける!!」

 

 

 

『……OK、交渉成立だ』

 

 

 

え!?

 

 

 

「いいの!?だって、自分で言っててなんだけど、一億とは絶対に吊り合わないと思ってたのに!」

 

 

 

『ま、ポー姉にはこの交渉以前に色々とあるからなコフ~。それに、今日はほんとなら俺もなにかしななきゃいけないんだろうけど、なにも用意してないからさ。これが代わりってことで』

 

 

 

「今日?ねえ、ミルキくん、今日ってなにか特別な日?そう言えば、シルバさんも突然出かけようって言ってくるし――」

 

 

 

『はあ?なんだ、忘れてたのかよコフー、今日は――おっと、やべ。ポー姉、今走ってる廊下の先は、ツボネ達に回りこまれてるぜ!』

 

 

 

「ゲッ!?どどど、どうしようミルキくんっ!!」

 

 

 

『デカイ声出すなって!!それくらいのことで慌てるなよなあ……ポー姉、すぐそばにランプ型の照明があるだろ』

 

 

 

「あるよ!」

 

 

 

『それ、奥に押し込めるようになってるからゆっくり後ろに倒すと――』

 

 

 

「倒すと?」

 

 

 

ガコン!!

 

 

 

『落とし穴が開くから』

 

 

 

「へ」

 

 

 

と、その瞬間、足元にポッカリと闇が!!

 

 

 

『落ちた先はお楽しみにしとけよ。じゃあな~』

 

 

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ――っ!?」

 

 

 

ミルキくんのバカああああああああああああああああああああ……!!!

 

 

 

闇に響く叫びも虚しく、急速に落下したその先は――

 

 

 

ボスン!

 

 

 

「うわっ!? や、柔らかい……真っ白な毛布。あれ?ここ、ベッドの上?」

 

 

 

でも、見渡してみたところ、屋敷の外っぽいんですけど。

 

 

 

つまりは、ククルーマウンテンの麓、森の手前。

 

 

 

「あの落とし穴、こんなところまで繋がってたんだーーわわわっ!!」

 

 

 

ほっとしたのもつかの間。いきなり、地面が大きく傾いだ!

 

 

 

真っ白な毛布――もとい、丸くなってうずくまっていた何者かがゆっくりと身を起こし、ようやく私は知ったのである。

 

 

 

この生き物がなんであるかを!

 

 

 

「ミケ!ご、ごめんね、お昼寝のジャマしちゃったかなあ、あはは……うわあっ!」

 

 

 

ピーイ、と遠くで鳴った口笛に、一目散に書け出す狩猟犬、ミケ。

 

 

 

とっさに触手でまきつき、地面に放り出されることは回避したわけだけど、でも、どうしよう。この口笛を吹いたのがシルバさんだったら……うーん、折角誘ってくださったのに断りづらいよう!で、でも、イルミとの約束も大事だしなあ~。

 

 

 

と、そんな懸念の先で待っていたのは!

 

 

 

「ご無事でしたか、ポー姉様」

 

 

 

「カルトくん!!ミルキくんに聞いたの?助けてくれるの!?」

 

 

 

「はい」

 

 

 

疾走するミケは、カルト君の前でも足を止めたりしなかった。きっと、そんな風に命じられていたんだろう。カルトくんは漆黒の振袖を優雅に翻してミケに飛び乗り、広大な森を突っ切って行く。

 

 

 

よっぽど乗りなれているんだろう。カルトくんは私みたいにミケの背中にしがみつくようなことはしないで、白い毛を片手にひとつかみ握りしめるだけだ。

 

 

 

たったそれだけで、どんな振動にも体勢を崩さない。

 

 

 

すごいバランス感覚だ!

 

 

 

「ツボネ達は屋敷を出てこちらに向かっています。ミケに乗って、門の前まで逃げることは出来ますが――」

 

 

 

「そっか、外には出られないんだっけ。わかった!そこから先は頑張って走るよ!イルミとは正午にベントラ港で落ち合う約束だから、港まで逃げれればなんとかなる!!」

 

 

 

「ご武運をお祈りします。あと、これを……」

 

 

 

木立の合間を疾走するミケに必死にしがみつく私に向かって、カルトくんはおずおずと何か、箱のようなものを差し出した。ピンクの包装紙に白いリボン。心なしか、ほっぺがピンク色だ。

 

 

 

「プレゼント?え、私に?」

 

 

 

「はい、そ、その……ギ、ギブアンドテイク、です!」

 

 

 

「カルトくん!?」

 

 

 

門はまだ先なのに!

 

 

 

なんだか、恥ずかしくってたまらないって感じでミケの背中を飛び降りちゃったよ……なんなんだろう、コレ。

 

 

 

「誕生日?はまだ五ヶ月も先だし、プレゼントされるようなことってなんかあったかなあ……?なんだか、今日はみんな様子がおかしいよ」

 

 

 

そう言えばイルミだって、今週は立て続けに仕事が入ってるのに、なんでか「今日だけは」って言って、半日あけてくれたんだよね。

 

 

 

う~ん。

 

 

 

「そういう日?なのかなあ……ハンター世界だけの、特別な行事でもあったりして。あ!」

 

 

 

森が途切れて、試しの門が見えた!!

 

 

 

おおっと、流石はツボネさん、ゴトーさん率いる執事室の面々だ。

 

 

 

すでに、退路を封じるべく配置されたメンバーが門の前を通せんぼしてる!!

 

 

 

先頭にはゴトーさん!

 

 

 

銀縁メガネをギラつかせ、こちらを睨みつける三白眼!!

 

 

 

猛る青筋~!!

 

 

 

「どいて下さい、ゴトーさん!強行突破で突っ込みます!!」

 

 

 

「ポー様。どうしても、我々に捕まっては頂けないご様子。分かりました、ならば仕方ありません……」

 

 

 

すでにミケにはカルトくんからの指令がいっていたようで、門を目指して更に加速、あと十メートル弱、という距離で、後ろ足をバネに高く跳躍した!!

 

 

 

おおお~!!!

 

 

 

樹海の向こうにククルーマウンテンが見渡せるほどの大ジャンプ!!

 

 

 

「ミケは門の外には出られない――ここまでか、ミケ!!ありがとう!!」

 

 

 

伸びろ、テンタくん!!念の触手で門の上にある石のドラゴンに巻き付いて飛び移る。

 

 

 

そこへ、狙いすましたゴトーさんのコイン攻撃あああああああああああああああ!!!

 

 

 

マシンガンか、貴方は!!

 

 

 

「痛い痛い!!痛いですってば、ゴトーさあん!――って、あれ?なんで泡で防げないんだろう……ん?このコイン、なんか変。え、これって」

 

 

 

守りの泡が発動しないってことは、イルミのエノキと同じく、当たっても危険がないってことなんだろうけど。

 

 

 

気のせいだろうか。

 

 

 

さっきから、頭や背中にスコンスコン当たっているコインから、なんだかあま~い匂いがするような。

 

 

 

もしや、と思い、一枚取って齧ってみる。

 

 

 

「……コインチョコだ。な、なんでそんな手加減してるんですかゴトーさあん?」

 

 

 

わっ!でででもでも、そんな質問をしている時間はなさそうだ!

 

 

 

森の方からオートバイ……に変身したツボネさんと、それに跨ったアマネちゃんがこっちに向かってくる!

 

 

 

そして、その後ろに続く、ソルディック専用ハイヤーの団体さんが!!

 

 

 

逃亡続行即決定!

 

 

 

泡で防御したままぷるんと飛び降り、門の外に逃れる!

 

 

 

「で、でも、問題はこれからなんだよね。バイクに、車相手じゃ逃げてもすぐに追いつかれちゃいそうだし、それに、ツボネさんって色んな物に変身できそうだしなあ」

 

 

 

たしか、本編ではバイクの他に、飛行機になって空飛んでたっけ。

 

 

 

も、もしかして潜水艦にもなれたりして――

 

 

 

いい能力だな……はっ!?

 

 

 

「違う!そんなこと考えてる場合じゃないんだってば!!」

 

 

 

と、とにかく前進あるのみ、と走りだした、その後ろから車が一台。

 

 

 

ブロロロ、とカッコよくエンジンを吹かしながら、私と並走してきた! 

 

 

 

「追っ手!?」

 

 

 

「ブー!答えは、ボ・ク☆匿名希望の手品師でした!」

 

 

 

「ヒソカさん!!」

 

 

 

「やあ、ポー。久しぶりだねぇ☆さ、乗りなよ」

 

 

 

「わあっ!?」

 

 

 

ウインクひとつ。びゅーん、と助手席にすっとんでいく私の身体。

 

 

 

“伸縮自在の愛”だ。

 

 

 

まったく、これも便利な能力だこと。

 

 

 

「なな、なんでこんなにタイミングよく駆けつけてくれたんですか!?しかも私服で!しかも真っ赤なオープンカーで!?」

 

 

 

マークがちょーっと違うけど、ハンター世界で言うところのフェラーリだと思うよこれ!

 

 

 

すっごく速そうなスポーツカーだ!!

 

 

 

そんな車に負けず劣らす、ヒソカは金色に近く染めた髪に、赤のライダースジャケット、ハードなレザーパンツなんか着合わせていた。

 

 

 

ハンドルを着る度に、胸元でトランプ柄のドッグタグが鳴る。

 

 

 

うう~ん。

 

 

 

流石、これ以上無いってくらい決まってるなあ。

 

 

 

でもなんか、いつにも増してオシャレ度が高い気がするんだけど。

 

 

 

考え過ぎか?

 

 

 

そんな疑問を吹き飛ばすように、ヒソカ操る深紅のフェラーリは山林大国パドキア共和国、ベントラ地区の急な山道をさっそうと走り抜けていく。

 

 

 

ほとんどヘアピンに近いカーブを余裕のハンドル操作で切り抜けながら、ヒソカはとっても楽しそうに微笑んだ。

 

 

 

「今日は天気がいいから、キミと二人っきりでドライブでもしようかと思ってね☆」

 

 

 

「できることなら、もっとのんびりしたドライブがいいんですけど!?」

 

 

 

「それは後ろの彼等に言っておくれよ★で・も・こういうのも、なかなか刺激的で楽しいじゃないか☆」

 

 

 

「酔いまゲフ!きゃあーー!急カーブ!おち、おち、落ちるうう~~っ!!」

 

 

 

「落ちないってば。言っておくけど、ボク、車の運転には自身があるんだからねぇ。滅多に乗らないケド☆」

 

 

 

「そこが不安なんですよおーーッ!!あ、そ、そうだ、ヒソカさん、今日ってなにか特別な日なんですか?」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

風になぶられる髪を手櫛で後ろへおいやりつつ、ヒソカはきょとん、とした顔を私に向けた。

 

 

耳元て揺れるピアスに、陽の光が反射して眩しい。

 

 

 

「何の日か、だって?」

 

 

 

「はい。なんだか、今日に限って皆の様子が変なんですもん。朝からシルバさんに連れだされそうになるし、ミルキくんは不釣り合いな条件で味方になってくれたし、カルトくんはプレゼントを渡してくれるし、ゴトーさんにはなぜかコインチョコで攻撃されちゃいましたし」

 

 

 

しかも、ポケットを狙い打ちされたのか、いつの間にやら左右のポッケともにチョコでギッチリだ。

 

 

 

ううーん。増々意味がわからない。

 

 

 

でも、ヒソカの方は何らかの事情を理解して、しかも、それで何かを思いついたらしくって、いやあな予感のする笑顔を、に~ったりと浮かべたのである。

 

 

 

「なななんですか、その顔は!」

 

 

 

「ううん?別になにも☆ああ、そうだ。ボクからはコレ」

 

 

 

「むぐっ!?……甘い、板チョコ――じゃないっ!!なにこれ、トランプ!?しかも、ホワイトチョコにハートのクイーンがプリントしてある!!まままさか、これ作ってくださったんですかっ!?」

 

 

 

「クックックッ☆それは秘密。ポー、あのうっとおしい奴等をまいたら、ボクと二人っきりでランチといこうじゃないか☆ベントラの港町には、美味しいシーフードレストランがたくさんあるからねぇ~。モチロン、ボクの傲りでね」

 

 

 

「えっ!?ほんとですか……じゃない!!ダメですよ、今日はイルミと約束してるんです!ベントラ港に行っていただけるのは嬉しいですけど、ランチはまた別の日にでもーーひゃあっ!?」

 

 

 

ぐいっと、カーブに合わせてハンドルが切られる。

 

 

しかも、かなり乱暴に。

 

 

 

とっさに乗り込んだせいでシートベルトもろくに閉めていなかった私は、遠心力に従ってヒソカの胸の中へ飛び込んでしまった。

 

 

 

こっ、この確信犯めえ~!!

 

 

 

「おや、ポーったら積極的だね☆」

 

 

 

「今、バンジーガム使ったでしょ!?」

 

 

 

「使ってないヨ☆」

 

 

 

「使ったでしょーー!?もう!油断もすきもないんだからヒソカさんは!読めましたよ。私を安心させておいて、このまま港へは向かわずにどっか行こうとしてるでしょ!?その手には乗るもんですか!」

 

 

 

「ふうん★それじゃあどうする?時速120キロの車から飛び降りて、後続の団体さんに轢き殺されるのかい?まあ、キミのことだから死にはしないだろうけど……オススメは出来ないなあ」

 

 

 

シュピン。

 

 

 

と、喉元にやさーしく突きつけられるトランプを笑顔でへし曲げ、

 

 

 

「死にませんよ。でも、飛び降りもしませんーー飛ぶだけです」

 

 

 

「え?」

 

 

 

「テイクオフ!!」

 

 

 

同時に、私の身体が浮き上がった。

 

 

 

真上で風をはらむのは、クラゲ型の落下傘だ。

 

 

 

空はぐんぐん近くなり、ヒソカのぽかんとした顔や、赤いフェラーリが見る間に遠ざかる。

 

 

 

脱出成功!

 

 

 

巨大な泡と、泡と私の身体をつなぐ触手とを同時に発動させるこの能力も、わりと燃費が悪い。長距離の移動には向いていないけれど、ここから沿岸部まで降下するくらいなら楽勝だ。

 

 

 

やれやれ……ヒソカさんの車がオープンカーで助かった。

 

 

 

山岳の合間から覗いた青い水平線を目指して、すうっと高度を下げかけたとき。

 

 

 

前方を、巨大な鳥に遮られーー鳥じゃない!!

 

 

 

出た!

 

 

 

ツボネさん&アマネちゃんコンビ、飛行型の“大和撫子七変化(ライダーズハイ)”!!

 

 

 

「そう簡単に、逃しは致しませんことよ!!」

 

 

 

「ツボネさんっ!?も、もう、諦めて下さいよ。シルバさんにも、お誘いは大変嬉しいんですけど、今日はイルミとの約束があるので日を改めて下さいって伝えて下さい」

 

 

 

「お黙りあそばせっ!!ポー様、貴女もゾルディック家の一員になろうというのであれば、お館様の命令は絶対厳守!!抵抗即瞬殺!いいこと!コレもお覚悟あそばせ!」

 

 

 

「嫌ですよう!大体、私に関しては殺し屋じゃないから、大抵の家の決まりは例外だってゼノさんにも言われ」

 

 

 

「問答無用!!」

 

 

 

あああああああああもうっ!! 

 

 

 

そんな超速度で突っ込んでこられたら、こられたら……。

 

 

 

ううう……。

 

 

 

「お腹、空いた……!!」

 

 

 

「な……!?」

 

 

 

ゴ……ッ!と吹き出す捕食オーラ。ニュルン、と飛び出す触手が抑えられなかった。

 

 

 

あああ~っ!!ツボネさんとアマネちゃんがテリヤキダブルチキンバーガーに見えるううううううううううううう~!!

 

 

 

「こうなったらもう我慢なんかしないもんねっ、いっただきま~すっ!!」

 

 

 

ギュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウンッッ!!

 

 

 

「きゃあああああああああああああああああああああああーーっっ!!」

 

 

 

「しっかりおし、アマネ!!くっ、乗り手のオーラがなくなれば手も足も出ないなんて、我ながら情けないものだねぇ。仕方がない、引くよ!」

 

 

 

「いーやー!!ダメですよ!まだお腹減ってるんですから、もうちょっと、あと一口だけ!!」

 

 

 

「ええい、お放しあそばせ!!」

 

 

 

飛行型のツボネさんにギュムギュム巻き付いて、その特質系の……おふくろの味的な濃厚なオーラを頂いていたら、ヒュンヒュン、とすぐ近くで飛行船のプロペラ音が聞こえた。

 

 

 

あれ?この真っ黒な飛行船、どこかで見た気が。

 

 

 

ウィン、と搭乗口が開く。

 

 

 

「なにやってるの」

 

 

 

「イルミ!あ、そっか。これってイルミの飛行船だ!あはは、忘れてた」

 

 

 

「ポー、俺は、なにやってるのって聞いてるんだけど」

 

 

 

「え?えーっとね。実は今朝、シルバさんが急に出かけようって言い出して、断ったらツボネさん達が追いかけてきたんだよね!途中、ヒソカさんに連れ去られそうにもなったんだけど、飛行技のクラゲ落下傘で逃げたらお腹すいちゃってさあ~」

 

 

 

「……アマネはともかく、ツボネのオーラを食べるのは止めたほうがいいよ。お腹でも壊したらどうするの」

 

 

 

「イルミ様!!それは断じて聞き捨てなりませんことよっ!?」

 

 

 

「そうだよ!ツボネさんのオーラだって美味しいよ?なんかこう、肉じゃがって感じで」

 

 

 

「いいから、早くこっちにおいで」

 

 

 

ほら、と差し伸べられる白い腕に、にゅるんと触手を巻き付けて、

 

 

 

「ダーイーブッ!イルミッ、おかえりっ!!」

 

 

 

「ただいま。ねえ、ツボネ。父さんのとこに戻るんだろ。だったら、この人も一緒に連れて帰ってよ」

 

 

 

「え」

 

 

 

イルミが、私を抱きかかえて下がる。

 

 

 

代わりに、すっと歩み出たその人にーーその人物の纏う怒りのオーラに、私は心臓が凍りつきそうになった。

 

 

 

ひいいいい~~っ!!

 

 

 

未だ、フラつきながらも飛行船と並列飛行していたツボネさんと、アマネちゃんもぎょっと目を見開いている。

 

 

 

その二人目掛けて、碧空にドレスを翻し、飛び移る貴婦人。

 

 

 

携帯電話を手に、真っ赤なライトを冷たく光らせるその御方!!

 

 

 

「シルバ……聞こえているのでしょう?わたくしが仕事でいないのをいいことに、年甲斐もなくドレェスアアアアップまでして、ポーをデッ、デッ、デエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエットに、誘い出すだなんて……一体、なにを考えているのかしら?家に帰ったら、じっっっくりと問い詰めさせて頂きますからねええええええーーーーーーーっ!!」

 

 

 

……うわあ。

 

 

 

シルバさん、ほんのちょっぴりだけ気の毒に。

 

 

 

怒れるキキョウさんからほとばしるオーラを原動力に、ツボネさんとアマネちゃんはククルーマウンテン目指して飛び去っていった。

 

 

 

「母さん、普段からツボネのモノクルに色々と仕込んで、父さんの様子を監視してるから、今回のことも筒抜けだったみたいだよ。仕事を終えてすぐ俺の飛行船に駆け込んできて、今すぐ帰るから一緒に乗せてけって言われてさ」

 

 

 

「へ、へえ~。流石、キキョウさん、激しいね……でも、おかげで一件落着!」

 

 

 

「何のんきなこと言ってるの」

 

 

 

むぎゅ!

 

 

 

大きな腕でぎゅっと私を抱きしめたまま、イルミは扉を閉め、ツカツカと飛行船内にあるベッドルームへと直行する。

 

 

 

な、なんだか嫌な予感……。

 

 

 

「入って」

 

 

 

「イ、イルミ、怒んないでよぅ、私にだって何が何だか……イルミと約束してたから、頑張って逃げてきたんだよ?だから……」

 

 

 

「怒ってないから、入って」

 

 

 

「……うん」

 

 

 

なかば、強要される形でベッドルームに入れば、目で「座れ」と促された。

 

 

 

寝台に腰掛けた私の隣に、イルミも身を寄せてくる。

 

 

 

彼はまだ仕事着を着たままだ。

 

 

 

ノースリーブの暗殺服のおかげでイルミの体温に直に触れられて、怖いのも忘れるくらい嬉しかった。

 

 

 

一週間ぶりのイルミだった。

 

 

 

「うわ~ん!イルミお帰りーーっ!!会いたかったーー!!」

 

 

 

「はいはい、俺もだよ。最初から素直にそうしてればよかったのに。で?朝から父さんに襲われてなにされたの?」

 

 

 

「お、襲われてはいないけど……着替えさせられて、ギブアンドテイクに出かけようって誘われた。でも、何のことだかさっぱりなんだよね~?私、なにかしたっけ?」

 

 

 

「ふーん。ああ、それでか」

 

 

 

「それでって?」

 

 

 

「さっき、仕事が終わって飛行船に帰ったらゼノ爺ちゃんから連絡があってさ。ポーが危ないからすぐ帰れって言うんだよ。本当は、あと一、二件、偵察の仕事が残ってたんだけど代わってくれてさ。なんでって聞いたら、ポーへのプレゼントだって。今日はどのみち仕事で帰れなくって、渡せないからその代わりにってさ」

 

 

 

「プレゼント?ゼノさんも??そう言えば、さっきカルトちゃんからももらったんだよね、プレゼント。ミルキくんも、悪い条件だったのに助けてくれたし、あ、たしかそのとき言ってたな~、お礼しなきゃいけないけど用意してないからって。ヒソカさんだってチョコレートくれて、昼ごはん奢ってあげようって……え~!?一体何のこと??」

 

 

 

「わかんないの?」

 

 

 

「わかんないよ!教えてよイルミ~!!」

 

 

 

「いいけどさ。海月って、人に物をあげたり何かをしてあげることには律儀なのに、自分のことには無頓着だよね」

 

 

 

「そ、そうかな……?」

 

 

 

「そうだよ。はい、俺からはコレ」

 

 

 

「ネックレス?わあ、綺麗……!」

 

 

 

華奢な銀の鎖の先で、二頭のイルカが跳ねていた。間に、碧く透き通った石を抱くように。

 

 

 

「アクアマリンってさ、石言葉は『勇敢』って言うんだって。優しい色の宝石なのに、意外だよね。なんか、海月っぽいと思って」

 

 

 

「イルミ……そんな風に思って選んでくれたの?ありがとう、すごく嬉しい……」

 

 

 

「ま、海月の場合は勇敢じゃなくて無謀なんだけどね」

 

 

 

む。

 

 

 

「ど、どうせ毎日、無茶無謀しながら生き延びてますよーだ!ーーって、え?で、でもこれ、なんでイルミもプレゼント?」

 

 

 

くりっと首を傾げる私の頭を、イルミはやれやれとばかりに撫でて、キスをした。

 

 

 

「ハッピーホワイト

デー」

 

 

 

「あ!」

 

 

 

そっか!

 

 

 

頭の上に「!!」マークのオーラを連発しているであろう私に、イルミは再度深く深く嘆息した。

 

 

 

「あのさー、普通忘れる?たかが一ヶ月前のことなのに」

 

 

 

「うう……!いやあ、最近仕事が忙しすぎて」

 

 

 

確かに――遡ること一ヶ月前。2月14日のバレンタインデーに、私はチョコ大好き暗殺一家ゾルディックの面々の為に、数多の美食ハンターを押しのけかき分け、チョコというチョコを買い占めて作りましたけども。

 

 

 

キキョウさんと一緒に、山のようなチョコケーキを!!

 

 

 

で、シルバさんに入刀してもらって皆で食べたんだっけ。

 

 

 

執事や、執事見習いの皆さんにも配れるようにかなりの量を作ったから大変だったけど、皆に喜んでもらえたからよかったな~なんて、そんな軽い気持ちだったわけですよ!?

 

 

 

それが……まさか、こんなことになろうとは。

 

 

 

「何事もギブアンドテイク……か。ホワイトデーのお返しひとつとっても、取引みたいに考えられちゃったんだ。私、そうとも知らずにバレンタインで盛り上がっちゃって。迷惑じゃなかったかなあ?」

 

 

 

「そうでもないよ。今回のことに限っては、みんな好きでやったことだろうからね。大体、お返しするのが嫌だって思ったら、貰う時点で断っただろうし。だから、ギブアンドテイクだっていうのは、ただの照れ隠しだよ」

 

 

 

ほら、と手渡されたのは、カルトくんにもらったプレゼントの小箱だった。

 

 

 

よく見ると、リボンの間にカードが挟まっている。

 

 

 

「“ポー姉様、いつもありがとうございます”だって!よかった~!」

 

 

 

「言ったとおりだろ。じゃ、期限が治った所で、2つ目のプレゼントをあげようね」

 

 

 

「へ?」

 

 

 

2つ目?

 

 

 

と、尋ねる間もなくぐりん、と視界が反転。

 

 

 

はっと気がつけば、ベッドのに仰向けに寝転がったイルミの上に、覆いかぶさるかのような体勢に!!

 

 

 

「ちょ、チョチョちょっと待ってイルミなにこれ!」

 

 

 

「なにって、プレゼントは俺だよっていうのはホワイトデーの王道でしょ?」

 

 

 

いやそんな、大きなお目々をパチクリされて言われましても!

 

 

 

「ハッピーホワイトデー、海月。どこから食べてもでもいいけど、優しく食べてね。ただし、オーラ吸収は禁止

 

 

 

「ええーっ!?」

 

 

 

「いるの?いらないの?」

 

 

 

「……頂きます」

 

 

 

でもこんなのどこからどう手を付けたらいいの――!?

 

 

 

……はっ!

 

 

 

「そうだ、いっそのこと触手を使ってみるとか――痛い痛いほっぺたつねらないでイルミ!」

 

 

 

「ほーんと、海月は時々俺より酷いこと考えるよねー。まあいいや、時間切れ。ってことで、やっぱりここは俺が海月を美味しく頂いちゃうってことで、いいよね?」

 

 

 

「きゃあ――っ!!そそ、そんなのズルいよイルミ!!なにしてもいいって言ったじゃない!ちょっとだけ、ちょーっとだけでいいから、触手で触らせてお願い!!」

 

 

 

「ヤだ。ああ、そう言えばさっき、ヒソカから怪しいチョコレートをもらったなんて、聞き捨てならないこと言ってたっけ。その分のお仕置きも、ついでにしちゃうからはい、服脱いで」

 

 

 

「嫌あ――――――っ!!」

 

 

 

こうして、私とイルミの初ホワイトデーは、波乱のうちに過ぎてったのでありました……。

 

 

くそう!来年のホワイトデーには、絶対にリベンジしてやるんだからーっ!!