時は2月13日。
寒い冬の残り香を乙女心が燃え尽くす、バレンタインデー前日の夕刻のことだった。
最近は、ハンターとしての仕事をこなしながら、バレンタインのチョコレートの材料集めに追われていた私。
久しぶりにゾルディック家に戻ってきた今日、屋敷中のみんなに配るチョコレート作り&ラッピングを終え、一段落。
お仕事関係のみんなには一日早く配り終わってるし、あとは、イルミが帰ってくるのを待つばかり――でも、明日もお仕事が入ってるらしいから、あんまりゆっくりしていられないらしいけど。
……せめて、おいしいチョコレートをお腹いっぱい食べさせてあげたい。
心を込めて作った本命チョコレートを綺麗にラッピングして、リボンをかけたその直後。
ゴトーさんを通じて、連絡があった。
嫌な予感。
この上もなく、嫌な予感がする……!!
「ゴトーさん……!!」
えぐえぐ、あふれる涙を袖口でぬぐいつつ電話口へやってきた私に、執事服姿も凛々しいゴトーさんは冷静にハンカチーフを差し出した。
「ポー様。シルバ様からお電話でございます」
「そうですか……! イルミはバレンタイン前夜も急なお仕事が入って帰って来れな――シルバさんから電話?」
それは、意外である。
「えっ? シルバさんから私にですか? キキョウさんでも、ゼノさんでもなくて?」
「はい。ポー様に至急とりつげとの仰せでございます」
「め、珍しいですね。なんか怒られるようなことしたかな……」
思いあたるようなことは、特にないんだけど。
うーん、なんだろう。
確かに、クリスマス時期には地元の観光事業を盛り上げるためにと思って、ミケにサンタさん帽子とサンタ服を着せてみたり、お正月には、試しの門の前に門松を立てて、ついでに1万個の発光ダイオードを取り付けて勝手にイルミネイションしたりして、ちょーっと怒られたこともあったけど、最近はなにもしてないのに。
うーん、謎だ。
ていうか、シルバさん。お仕事が長引いてるらしくって、最近はぜんぜん家に帰って来ないし、キキョウさんは怒るし、私も心配してたんだよね。
それが、よりにもよって私に連絡してくるだなんて、なにかあったんだろうか……。
私は、ゴトーさんから恐る恐る受話器を受け取って、電話口に出た。
「もしもし、シルバさん。ポーです。なにかあったんですか?」
『……やっと出たか』
おお、相変わらず渋くてカッコイイ声だこと。
でもなんだか、声音から察するに、酷くお疲れの様子だ。
タフさが取り柄のシルバさんにしては珍しい。
「ど、どうされたんですか? まさか、仕事中にどこか怪我でも」
『怪我のほうがまだマシだ。キキョウに嵌められた……3億出すから、助けに来い』
「はい?」
キキョウさん? ――も、まだお仕事中のはずだけど。
こちらは、なんでも急に入った大切なお仕事らしくって、今日の夕方から急いで支度して出かけたはずである。
それなのに、シルバさんを嵌めた……?
わけがわからない。
「た、助けに来いって、キキョウさんと一体なにがあったんですか!?」
『受けるのか、受けないのか?』
「う、受けたいのは山々です……けど」
『何だ』
疲労に加え、不機嫌さマックスのシルバさんの低声を聞きつつ、思う。
ゾルディック家は家族間で助け合う場合も、ギブアンドテイクが基本――高額の報酬を提示されたときには、それ相応の働きが要求される。
特に、シルバさんやキキョウさんと取引をする場合は油断しないこと――
常日頃、イルミから耳にタコができるくらいに言い聞かされていることを反芻しながら、頭をフル回転させること、しばし。
『断るなら切るぞ……』
「ま、待って下さい! シルバさん、それって暗殺の仕事関係ですか? もしもそうなら、お引き受けできません。それ以外なら、先ほどの報酬に不服があります」
『不服?』
「はい! お金はいらないので、その代わりにイルミにちゃんとしたお休みを下さい! 2月の14日から一週間!!」
『……』
「ダメなら、残念ですがこのお話はなかったことに――」
『待て。依頼内容は殺しではない……だが、いくらなんでも7日は無理だ。5日で手を打て』
「はい、いいですよ! そのかわり、デート代はシルバさん持ちでお願いします。それじゃあ、助けに行きますね。どこにいったらいいですか?」
『……お前も抜け目がなくなったな』と、御大。
『場所は、ヨークシン。飛行船で空港へ、私用車でホテルへ向かえ。後の詳しいことはゴトーに伝えてある。ロビーで落ち合おう』
「了解しました! すぐに準備しますね」
『ああ。いいか、可能な限り早く来い』
「へ?」
プツ、と、一方的に通話を切ってしまったシルバさん。
ますます妙だ。
「まるで、気づかれたくないなにかを隠してるみたい……ゴトーさんも、なにか口止めされてます?」
「お館様は、口止めしなければならないことを、わざわざお話にはなられません」
「それもそうか――って、ゴ、ゴトーさん?」
「船の用意は既に終えております。どうぞ、お急ぎ下さいませ」
強引に私の背中を押す。パチン、と指を鳴らした途端、それまで押し静まっていた館の中に怒涛の足音が響いた……こ、これは前にも似たようなことが。
「ま、さか、また……?」
まずい、と逃げを打つその前に、バン! と、開いたドアというドアから、大量のドレスを抱えたメイドさんと黒服執事隊が!!
「いやああああああああああああ!! またこのパターンですか――!!」
イルミ助けて――!!
叫び声も虚しく、私の身体はいつかのごとく、ドナドナと運ばれていったのでした。