ある昼下がりのイルミの受難!?

 

 

 

 

「ポー、そこが終わったら、次はこの棚を整理して頂戴っ!!」

 

 

 

「り、了解です!それにしても、色々ありますね、キキョウさんのお部屋は……」

 

 

 

棚の中はフリルいっぱい、乙女全開のファンシーグッズの山、また山。その中に、ナチュラルに鞭やらローソクやらが入り交じっているのがまた……キキョウさんらしいと言おうかなんと言おうか。

 

 

 

ときは秋口。

 

 

 

標高3770メートル。ククルーマウンテン頂上に屋敷を構えるゾルディック家では、世間様よりも一足早めに、衣替えの季節を迎えていた。

 

 

 

というわけで、旬のサンマ漁も一段落、お仕事がお休みだった私は、リビングでゴロゴロしていたところをキキョウさんに捕まり、部屋の掃除に駆りだされたというわけ。

 

 

 

部屋……というか、この広さになるともう、広間って呼んだほうがいいと思うけど。

 

 

 

天蓋付きのベッドにシャンデリア。

 

 

 

置かれている調度品は、白を基調としたオールアンティーク。

 

 

 

部屋の再奥に露台つきの大窓があり、中央は磨り硝子ガラス。左右を、蘭と桔梗の緻密なステンドグラスが彩っている。

 

 

 

紫紺に波打つ天鵞絨と、チュールレースのドレープ・カーテン。

 

 

 

しかも、この見事な飾り窓。正面から見ただけではわからなかったんだけど、本当に部屋の“奥”にあったんだよね……窓の前だけ別の間取りが組まれてて、二間続きになってるんだ。いわゆる、サンルームってやつ。

 

 

 

ここには、絨毯張りの床が一段低めにとられていて、薄い菫色のタイルが敷かれている。

 

 

 

猫足の豪奢な椅子とソファ、白い丸テーブルが置かれ、サロンな雰囲気……。

 

 

 

一体、どこのヴェルサイユ宮殿か。

 

 

 

念の触手、テンタ君を10本フル稼働させて、見上げるばかりに高い棚の上を整理整頓しながら、私は緊張で胸が押しつぶされそうになっていた。

 

 

 

さりげなく、かつ完璧な計算により施された数々の意匠が、この部屋の主のこだわりの深さを無言で主張しているのである。

 

 

 

小さな飾り物ひとつ、壊すわけにはいかない……。

 

 

 

パンパンパンパンパン!!!

 

 

 

た、たとえ、この部屋の主が本屋の立ち読み客を追っ払う店主並みの勢いで猛烈にハタキをかけていたとしても、慎重に、且つ、慎重に――

 

 

 

「ポー!!なあにをもたもたとやっているのっ!!?、貴女、そんなことではその棚ひとつ掃除するのに何年かかることか分からなくってよ!!?」

 

 

 

パンパンパンパンパンッ!!!

 

 

 

「わああっ!!?ち、ちょっとキキョウさん、それはいくらなんでも乱暴すぎま――」

 

 

 

す。

 

 

 

言ってるしりから、キキョウさん、勢い余って何かを叩き落したーーっ!!?

 

 

 

触手でキャッチ!!

 

 

 

「セーフッ!!ああ、危なかった。しかも、今落っこちたの写真立てじゃないですかっ!気をつけなきゃダメですよもう……って、うわあ!か、可愛いっ!!」

 

 

 

ガラス製の写真立ての中には、一人の美少女が佇んでいた。

 

 

 

歳は……10歳くらいだろうか。

 

 

 

きっとこの部屋で撮ったんだろう。桔梗の柄のステンドグラスを背に、深い紫色のドレスを着て、微笑んでいる。

 

 

 

お化粧をしているのか、ほんのりと朱色に染まった頬や唇が、小さな子供とは思えないくらいに色っぽい。

 

 

 

「あら、ずいぶん懐かしい写真が出てきたこと!」

 

 

 

「可愛いなあ~!これ、カルトちゃんに似てますけど、髪が長いし、ゴシックドレスだし、もしかしてお若いころのキキョウさんですか!?」

 

 

 

「いいえ。これはイルミです」

 

 

 

瞬間、世界が止まった気がした。

 

 

 

「…………は?

 

 

 

今、なんと?

 

 

 

「イルミーーーーーーっっ!!????」

 

 

 

「五月蠅いっ!!仮にもゾルディック家の嫁候補が、大きな声でなんですかはしたないっ!!」

 

 

 

「だだだっだだだだだだって、だって……!!!!」

 

 

 

「はあ~、それにしても、懐かしいこと。今もモチロン可愛いけれど、この頃のイルミはそれはそれは愛らしかったのよ?いつも私の後ろにぴったりとくっついて、かあさま、かあさまと……」

 

 

 

恐ろしすぎます!!!

 

 

 

「そ、そそ、それで、そんな壮絶可愛らしいイルミが、どうして今みたいなことに……?」

 

 

 

カタカタでエロエロな無表情闇人形に。

 

 

 

「そうね……」

 

 

 

キキョウさんは、写真立てをそっと私に手渡して、ゴーグルのライトを静かに点滅させた。

 

 

 

「……あれは、イルミが10歳になる年の誕生日でした。いくら少女のように愛らしくとも、イルミはわがゾルディック家の長男。いつまでもそんな恰好ばかりさせていては今後に支障をきたすからと、あの人が私のいない間に、それまで作り溜めたドレスというドレスを破り捨ててしまったの。だから、これはイルミとの思い出に取った最後の一枚ね……んもああああああああああっ!!!思い出したら腹がたってきたわっ!!!ポー!!鞭を貸しなさい、気晴らしにシルバを1000発ほど打ちのめしてきます!!あとは任せましたからねっ!!」

 

 

 

「へ?ってちょ、ちょっとキキョウさん!!いろんな意味で待って下さ――行っちゃった」

 

 

 

シルバさんも、とんだ災難だな……。

 

 

 

まあ、なにはともあれ。

 

 

 

パシャ!

 

 

 

「写メOK!待ち受け設定完了!!パソコンに送信っ!!後で壁紙に設定しよっと!あとは、もとの写真をスキャナでとりこんで、解像度をあげて、引き延ばしてポスターにして研究室の全面に飾るんだー!!よーし、そうと決まれば、早速ミルキくんの部屋にゴ―ッ!!!」

 

 

 

バターン!!

 

 

 

写真片手に廊下に飛び出し、急な曲がり角を華麗にターンした私は、ミルキくんの部屋を目指してトップギアで突っ走るつもりだったのだけれど、

 

 

 

「ポー」

 

 

 

「ぎゃあああああっ!!?イ、イイイイイイルミ!!?なな、なんで家にいるの?今日はお仕事が長引いたからお休みとれないって言ってたのに……!!」

 

 

 

「そのつもりだったんだけど」

 

 

 

お仕事終わり、暗殺服に身を包んだままのイルミは、汗だくの私を見下ろして、くりっと首を傾げた。

 

 

 

「偶然にも、リムジンに乗りこんだターゲットが愛人を呼び出して、ひとけのないドライブスポットに出かけようとしたからさ。これはもう運転手に変装して、車内になだれこんできたところを速攻ヤッちゃうしかないよねって。それより、ポーこそ大丈夫だった?今朝から母さんの部屋の模様替えに付き合わされてるって、父さんから聞いたんだけど」

 

 

 

「え?あ、ああ、うん……そ、それほどでもないよ、大丈夫……」

 

 

 

「そう、よかった。――で、今背中に隠したの、何?」

 

 

 

「ああっ!?」

 

 

 

あくまでも無表情に容赦なく、後ろに回した私の手から、写真立てをひったくるイルミである。

 

 

 

「ういやあああああああああ!!!ダメーーーーーッッ!!!!イルミのエッチ!!返してええええーーーっ!!!!」

 

 

 

「何わけのわかんないこと…………………………………………………………………」

 

 

 

取り上げた写真立てにチラッと見やり、

 

 

 

「……!!!??」

 

 

 

ビキリ、と固まるイルミである。

 

 

 

うん、なんかもう、こんなに全身全霊で動揺してるイルミ、初めて見た。

 

 

 

「……」

 

 

 

「……」

 

 

 

長い、沈黙を打ち破るように、ギギギギギイッ、とイルミの顔が私を向く。

 

 

 

「ポー」

 

 

 

「……はい」

 

 

 

「見たよね」

 

 

 

「……うん、見た」

 

 

 

「どう思った?」

 

 

 

「……若い頃のキキョウさんて、ほんと可愛いねー」

 

 

 

「ははははは」

 

 

 

「あはははっ!

 

 

 

「――嘘だろ」

 

 

 

「うん」

 

 

 

途端、見えない速度で伸ばされたイルミの手が、私の頭をガッツリ掴んだ。

 

 

 

ギリギリギリギリギリギリッッ!!!

 

 

 

「ぎゃああああああああああああああイルミに殺されるううううううーーーーーっ!!!いーけないんだ、いけないんだーーーっ!!誰にも依頼なんかされてないくせにーーーーっっ!!!」

 

 

 

「つべこべ言ってないで、さっさと出しなよ。複製したデータ、あるんでしょ?」

 

 

 

「なんのことだかさっぱりだね……ひぎいっ!!ちょっとイルミ痛い!!本気で痛いーーー!!!」

 

 

 

「ははは。痛くしてるんだから、当たり前だろ?海月、ふざけてないで、あと三秒経つまでに吐かないと、部屋につれていって凄いことするよ?海月が想像できないくらいのことをね……はい、時間切れ」

 

 

 

「ズルい!!!うええええん、分かった、分かりましたようっ!!携帯で写メとって待ち受けにして、パソコンにも転送しましたー!!」

 

 

 

「転送したパソコンの台数は」

 

 

 

「……35台。ぎゃああああああああああああゴメン!!ほんとゴメン!!!世界中のどこにいても、仕事合間にチラ見して癒されようと思って!!!!

 

 

 

「で、写真を握りしめてどこに行こうとしてたわけ」

 

 

 

「……ミルキくんの部屋いいいい痛い痛い痛い!!!!」

 

 

 

 

「全く。ゴンの寝顔を待ち受けにしてたヒソカも変態だと思ったけど、海月も相当だよね……」

 

 

 

「あ、そっか!ヒソカさんにも送っとけばよかった……」

 

 

 

「何か言った?」

 

 

 

「ななな何も言ってません!!だから早く写真返してーー!!」

 

 

 

「は?なに馬鹿なこと言ってるの?返すわけないじゃない。今この瞬間にも闇に葬り去りたいくらいなのに。ていうか、この写真が俺にとってどれだけの黒歴史かってことも、海月には分からないのかな?そんなことも分からない頭は、あっても無駄だと思うんだけど」

 

 

 

ギリギリギリギリギリギリギリギリイッ!!!!

 

 

 

真顔で頭蓋骨を締め付けてくるイルミギャアアアアアアアアアア懐かしい痛みーーーー!!!

 

 

 

「だだ、だって……!!そのイルミめちゃくちゃ可愛いんだもん!!!捨てるなんて絶対ダメーーー!!」

 

 

 

「あっ!」

 

 

 

プルン、と念の泡を発動。

 

 

 

イルミの手のひらから逃れた私は、触手を使って写真立てを取り戻した!

 

 

 

本気になれば、ざっとこんなもんだよ!!

 

 

 

まあ、やった後が怖いんだけど――って、言ってるしりからイルミの身体からドス紫のオーラが噴き出したああ……っ!!

 

 

 

「海月……これ以上聞き分けのないこと言ってると、俺、本気で怒るよ……?」

 

 

 

「イイイイイイルミっ!!そんな怖いオーラ出さないでようっ!!だって私、本気で嫌なのっ、なんか、小っちゃいころのイルミが殺されちゃうみたいで嫌……っ!!」

 

 

 

「……」

 

 

 

そうだよ。

 

 

 

それに、さっき、この写真を見ていたキキョウさんの表情……もとい、雰囲気、すっごい切なそうだったんだもの!!

 

 

 

ダメ!!

 

 

 

捨てるなんて絶対ダメ!!

 

 

 

オーラを高め、“驚愕の泡”で完全防御の構えをとると、それまで禍々しい暗殺者オーラをウォンウォン発していたイルミが、はあ~~、と、暗いため息をついた。

 

 

 

「お願いイルミ、お願いお願いお願~~いっっ!!!!」

 

 

 

「………………分かったよ」

 

 

 

「やったー!!!イルミ大好き!!!」

 

 

 

触手で引き寄せてぎゅっと抱きつくと、イルミの口から更に深いため息が漏れた。

 

 

 

「……ほんと、海月は現金だよね。こんなこと、普段ならやれって言ってもやらないくせに……」

 

 

 

「だって、嬉しいんだもん。ありがとう、イルミ!一生大事にするからね!!」

 

 

 

「……いいけど。その代り、さっきみたいなデータの複製は一切しないでよね。写真はコレ一枚。海月が責任を持って保管すること。絶対に、何があっても他人には見せるな。この中のどれかひとつでも破ったら、イッてるときの海月の顔、俺の携帯の待ち受けにするから、そのつもりでね」

 

 

 

「ちょっと今さらっととんでもないこと言わなかった!!?」

 

 

 

「約束するの?しないの?どっち」

 

 

 

「や、約束します……」

 

 

 

「分かった。じゃあ、今すぐにその写真を、俺の部屋の金庫に片づけてきて」

 

 

 

「金庫に入れるの!!?わ、わかったから睨まないでよぅ……うう、可愛いから机の上に飾っておきたかったのに……」

 

 

 

イルミのケチンボ。

 

 

 

涙目になって部屋へと走る私を、写真立ての中の幼いイルミは、静かに笑って見つめてくれていた――