「ポー、悪い!ジャム取って」
「いいよ」
にゅーん、とテンタくんをのばして、テーブルの向こうに置かれたジャム瓶を取ってあげる。
今日の朝食メンバーは、キキョウさんとカルトちゃんを除く、ゾル家全員。
それに、珍しいことにゴンもキルアも帰ってきていた。
イルミもいるし、久しぶりに賑やかだ。
しかし、そんな楽しい朝食タイムをぶち壊す出来事が、突如として、巻き起こってしまったのであります……!!
***
「……あれ?」
「どうしたの?キルア」
「んん~~っ!?っと、だ、ダメだ……ビンのフタが固くて開かねーんだよ」
「キルアの力でも開かないの?ちょっと俺にも貸してみてよ」
「ん」
「ふぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーっっ!!!」
「ゴンでも開かねーのかよっ!!?お前、強化系だろ!?」
「そ、そうだけど……っはあ、はあ……だ、だめだー」
お手上げ、という風に、テーブルに戻されたジャムの瓶。
すかさず手を伸ばしたのは、ミルキだった。
「ぜってー無理だって!!強化系のゴンにも開けられないんだぜ、ブタくんに開けられるわけねーじゃん!!」
「うるせーキルア!!俺はな、朝はバターたっぷりのトーストに、砂糖と生クリーム、仕上げにいちごジャムをてんこ盛りって決めてるんだよ!!」
「うえー!なんだよそれ気持ち悪っ!!」
「そ、それはさすがに身体に悪いと思うよ?」
ねえ、という風に、私を見つめてくるゴン。
「うん。そう思って、ジャムに入れる毒を日々強力にしてるんだけど、やめないの」
「デブ根性だね」
カリカリカリカリ、とサラダの野菜スティックをかじりながら、イルミ。
「お、おかげで毒に対する耐性はどんどん上がってるんだから、問題無いだろ!?見てろ、絶対に開けて食ってやる……ぐうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーっっ!!!!!」
「開かないね」
「……………コフー、コフー……イ、イル兄、パス」
「いくら出す?」
「お金とるの!?」
思わず横から突っ込むと、イルミは平然としてうなずいた。
「とるよ。俺たち、基本的にギブアンドテイクだから」
「わ、私が頼んでも……?」
「ううん。ポーは別」
ほっ。
「お金じゃなくて、ポーにはもっと別のもので払ってもらう」
「……ミルキくん、貸して。台所に行って、コンロで炙ってくる」
「冗談だよ。分かった、タダで開ける。今回だけ特別だよ?」
汗だくのミルキからジャムを受け取り、イルミはまず、瓶にべっとりこびりついた手汗を、ナプキンで丁寧に拭きとった。
「イルミ、開けるのはいいけど、捻り潰しちゃダメだよ?ガラス製だし、割れると危ないからね?」
「わかってる」
すう、と軽く息を吸い込み。
「……」
いざ。
「………………………………………………………………………………!!」
「開かないの!!?」
「嘘だろコフー!!?イル兄で開かないってなんだよコフー!?」
「誰だよ、最後に閉めた奴!!?」
「はい」
「ポーなの!?」
「で、でもさ、普通に閉めたよ?別に、力なんて入れてないし!!」
だから、そんな目で見ないでってばイルミーーーーーーーーーーーーっっ!!
ノースリーブから伸びる腕を、二倍くらいの太さになるまで頑張っていたイルミだけど……ついに、ゆっくりと目を閉じた。
「……無理。開かない」
ギブアップしたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!??
コト、と再びテーブルに戻されるジャムの瓶。
ちなみに、中身はイチゴジャムである。
果肉を潰さないコンポートタイプが、私もミルキもイルミも好きなんである。
このいちごジャム。
ミルキはトーストに、私はヨーグルトにかけるし、イルミはそのまま食べたり、紅茶に入れたりする。
なにかと、朝は大活躍の必須アイテムなのである。
開かねば困る。
しかし、このジャム瓶。
暗殺一家、ゾルディックエリートのキルアの狂爪をはねのけ。
強化系念能力者、くじら島の野生児ゴンの豪腕にも怯まず。
食べ物に対する執念にかけては、ゾル家でも並ぶものなきミルキの手汗にも、一向にフタを緩めることなく。
さらに、もはや最終兵器ともいうべき、イルミの腕力にさえ耐えぬいた。
「み、見えるよ……!!瓶の回りに禍々しいオーラが見えるよ!!!」
「もももしかして、毎日毎日、ゾルディック家の朝食で奪い合いされてたせいで、瓶の精孔が開いたんじゃ……!!?」
「んなわけあるか!もう、こうなったら最終手段だ。瓶の口ごと切ってやる」
ビキビキッ!!
「ダメだって、キルア!!だってコレお徳用サイズなんだよ!?フタができなくなったら日持ちが悪くなるじゃないっ!!」
「だってパンにジャム乗っけて食いてーんだもん!!」
「俺だってコフー!!どーすんだよコフー!トーストが冷めちまうよコフー!!」
「困ったなぁ……」
うーん、と首を捻ったときだ。
「よっこらしょ」
見かねたゼノさんが、ついに重い腰を上げてくれた!
「やれやれ……仕方ないのぅ。ポー、瓶を貸せ」
「ゼノさん!!すみません、お手数おかけします!!」
「全く。若いもんがよってたかって、こんなジャムの瓶のフタひとつ開けられんとは情けないことだわい……フンッッ!!」
メキィ!!
「ぎゃーー!!フタがソフトクリームみたいに変形したあああああ!!!」
「爺ちゃん!ダメだって、力入れすぎだって!!」
「瓶が壊れたらもともこもないんだぜコフー!?」
「そうだよ!壊さないように力入れなきゃいけないから、加減がむつかしいんだよね!」
「うん。だから無理だって言ったんだ。あのまま俺がやってたら、瓶の原型がなくなってたからね」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬ……!!な、なるほどのう……ダメだ!開かん!!!」
「ゼノ爺ちゃんまで!!?」
「強すぎるぜコフ―!?流石、ポー姉の閉めたジャム瓶……!!」
「だから、私は普通に閉めただけなんだってば!!」
「……貸してみろ」
そのとき。
静かに揺らぐオーラがひとつ。
騒がしかった食堂が、水を打ったように静かになった。
おお。
おおう。
ついに。
ついにきたのか。
この方のお力をお借りしなければならない時がきたのかーーーー!!?
「親父……!」
「シルバさん……お願いします。私たちでは、もう……」
「ふん。なかなか骨のあるジャム瓶だ。俺たちゾルディックの力をもってしても、瓶のフタは寸分たりとも緩んでいない。更に、親父が力加減を誤ったせいで、酷く変形している……全く、割に合わねぇ仕事だぜ」
ゴウ……ッ!!!
「グウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーッッ!!!!!!!!」
「ぎゃーーーっ!!シルバさんが本気出したーーー!!?」
その御体から吹き出すオーラがドス黒いーーーーー!!!
が、頑張れ頑張れシルバさん!!
シルバさんだったら絶対に開くはず!!!
……たぶん。
「無理だ」
コト、と戻される瓶。
「嘘おーーっ!!」
「親父でも無理なのかよおコフーーーーッ!!?」
「ポー!!お前、ほんっとにどんな締め方したんだよ!!?」
「だだだ、だから普通にしめたんだってばっっ!!!」
「親父でも開かないなら、本気で無理だよ。絶対。もうこの家でこのジャム瓶を開けられる人間なんていない。あーあ。食べられないって思ったら、ますます食べたくなっちゃった。新しいの開けようよ」
「賛成!!」
「ダメ!!勿体無いでしょ!?まだ半分以上入ってるのに!!」
「じゃあどうすんだよー!!」
「我慢しなさい」
「「「「えー!!!」」」」
湧き上がるブーイングの嵐。
そんな折、バタン、と食堂の扉が開いて、キキョウさんとカルトちゃんがお仕事から帰ってきた。
「朝っぱらからなーにを騒いでいるのかしら!!?あら、キル!!??帰って来たのね!!!ああ、やっと貴方にも分かったのねええええええええええええええ貴方の天職は殺し屋だってーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!」
「ちげーよババア!!!勝手に勘違いすんなっつーの!!!」
「たまたま近くに寄ったから、ちょっとポーの顔を見に来ただけなんだよね」
「あら……ゴン、貴方もいたのね。しかも、朝食を食べているのに毒で死んでないだなんていまいましい……!!ポー!!貴女、本気で毒を盛ったのでしょうね!!?」
「盛りましたよ!でも、服毒は毒に耐性をつけるのが目的でしょう?殺しちゃったら意味ないじゃないですか……それに、一番毒性の強いいちごジャムがあんなんになっちゃうし……」
「ジャムですって?」
キュイイイイン!!
光るゴーグル。
曲がった瓶。
気まずい顔でコーヒーを飲むシルバさん。
「あらあらあら!アナタったら、また瓶のフタが開かないからってムキになってひん曲げて……仕方のない人!」
ひょい、と瓶を手に取るキキョウさんに、シルバさんが何かを言いかけたけれどーー
「ふん!」
キュポンっ!
「……」
「はい、アナタ。開きましてよ」
「……ああ、すまんな」
……。
ただいま、全員固まり中。
――解凍。
「ええええええええええええええええええ!!!???」
「嘘だーーーーーーーーーーっっ!!?」
「親父に開けられなくて、なんでママに開けられるんだよコフー!!!」
「キキョウさん、すごい……」
「よかったね。ポー、紅茶に入れるからジャムとってよ」
「だっはっは!イルミ、そうむくれるな」
「どうやったの!?ねえ、どうやったの!!!???」
詰め寄る面々に、キキョウさんはゴーグルのライトをチカチカさせながら、
「ど、どうやるもなにも、ただ瓶をもって左向きに回しただけです!ねえ、カルトちゃん」
「はい、お母様」
「左向き……?」
「あ」
「あっ!?」
「あああ――っ!?そっか俺、ずっと右にばっか回そうとしてた!!」
「俺も!!」
「なんだよ!逆に回せば開いたんじゃんコフ―!!」
「なーんだ」
ははは。
……だから言ったじゃん、普通に閉めただけだって。
ちゃんちゃん。