「――それで、はぐれた相手を探して路地を進むうちに、迷って出られなくなったってワケか」
「フン、とんだマヌケね」
「……め……面目ございません」
ひいいいいいいいいいいいいいいいい……っ!!
いいいいいいいイルミいいいいいいいイルミ―――――――――っ!!!
たあすけてええええええええ――――――――っっ!!
内心も外面も冷や汗だっくだくのびしょびしょで、ただただ、その場に立ち尽くすしかない私――そろそろ、動悸が激しすぎて視界が霞んできました、はい。
そんな私を、全身黒ずくめ、光る眼光は刃のごとし。下斜め45度からえぐり込むように睨み上げてくるフェ……ほにゃららさん。
怖いよ!! 怖すぎて、本人だって分かってるけど認めたくないんですよもう!!
漫画やアニメの比じゃないんですよもう!!
眼光で殺されるレベル―――っっ!!!
「……それにしても、さきから汗の量が尋常じゃないね。お前、ひょとしてワタシ達の事知てるのか?」
静かな殺気を含んだ低い声に、ぶんぶんぶんっと、千切れるほどに首を振るがしかし、
「怪しいね。なら何で、そんな風に震えてるか」
キロ、と視線をくれた相手はフィン……なんたらさんだ。原作の登場シーンではかぶっていたはずの黄色いマッシュルームはどこへやら。短く切った金髪をオールバックに流した彼は、悪いとしか言いようのない目つきで私を見据えている。
「俺達の顔を? そりゃあまずいな。仕事前だってのに、表の連中に騒がれるのは厄介だ。いっそこの場で――」
きゃああああああああああああああああああああああああ―――――っっ!!!
助けてコルトピさあ――――――んっ!!
そんな必死さが伝わったのだろうか。
それまで、ちょっと離れて様子を見ていたコルトピさんが、不意に、スタスタと近づいてきた。
私を庇うように、悪漢二名の前に立つ。
「フィンクス、フェイタン……二人とも、一度鏡で自分達の顔、見てみたら……?」
「ああ?」
「そうそう、その顔……その顔見て、世間一般の普通の女の子が怖がるのって、当然じゃない……?」
「……クッ! 言われてみれば、そうね」
フィンクスさんの顔を見上げて、フェイタンさんが小さく噴き出した。
め……冥土の土産にいいもん見れた……!!
「う、うるせーよ!! この顔はなあ、生まれつきだ!! 悪いか、コラ!!」
「ほらほらー。だから、その顔怖いって、フィンクス……」
間延びした声でからかわれ、フィンクスさんは顔を真っ赤に、唇をむっつりとへの字に曲げて、黙ってしまった。
それで、と、フェイタンさん。
「まさかとは思うが、本当にデェトか、コルトピ」
「うん」
「えっ!?」
いけしゃあしゃあと頷いた毛玉さんに、思わず声を上げると、彼はくりくりの目玉で私を見た。
「……というのは冗談で-。暴漢に襲われてる所にたまたま出くわして、助けてあげたんだ……道案内は、そのついで」
「……」
長い、灰色の髪の間で、大きな瞳が光っている。
ひたひたと。
これ以上、余計なことは言うな、と。
言われている気がした。
「そか。お前が人助けとは、珍しいね」
「まあねー……ボクも通る道だったし。そいつら、ボクにも絡んで来たから……というわけで、ボク達そろそろ行くよ」
言うが早いか、コルトピさんの手が伸びてきて、ぐいっと私の腕を引いた。
や、やっぱり、さっきも思ったけど、意外に力が強い……!
「待つね」
「おう。ついでだから、俺達も出るぜ。昨日、シャルから急に連絡が入ってよ。とある事情により、招集日時が早まりそうなんだと」
「……ふーん。まあいいけど。さっきみたいに怖がらせないでよね……」
「わーってるよ!」
「意外にフェミニストな奴ね、コルトピ」
おお。
おおお!
コルトピさん、ナーイス!!
なんという鮮やかな手際か! さすが、同じ幻影旅団のメンバーだけあって、二人のあしらい方を知り尽くしてると言うか、勉強になります、コルトピ先生!!
しかも、悪漢に絡まれていたのがコルトピさんじゃなく、私だって言ってくれたおかげで、私が念能力者だってことは、フィンクスさんにもフェイタンさんにも知られなくてすんでいる。
すごい……漫画やアニメでは饒舌なキャラクターじゃなかったから、どんな人かイマイチわかんなかったけど、なんて頭脳派な人なんだ!
そんなこんなで、コルトピさんに手を引かれつつ、フィンクスさんとフェイタンさんに後ろをつかれる形で、細い路地を進んでいく私。
なんとか誤解は解けたものの、背中からの圧迫感は半端ない。重苦しい沈黙が辛いけれど、安易に口を開けば、何がきっかけで絡まれるか分からないため、ギュッと歯をかみしめて、針のむしろの上を歩いて行くことにする。
そうだ、と、ふいに声をかけてきたのは、フェイタンさんだった。
「お前、さきの路地の先に何があるか知てるかね?」
「さっきの……? いいえ、ここに来るのは初めてなので」
肩越しにふり向いて答えると、目線よりも少し下にある彼の目が、にいっと糸のように細まった。
「運がよかたね。あの先は、ワタシ達が『蛇窟街(スネークネスト)』と呼んでいる街よ。犯罪が横行するヨクシンの暗黒街ね」
「コルトピに会ってなきゃ、お前、今頃裸に剥かれてどこぞに売っぱらわれてただろうぜ」
ひいいいいっ!!
そ、そんな危ない街の情報、原作にもアニメにもなかったのに……!!
でも、なるほど。ようするに、フェイタンさんやフィンクスさんは、今までその街に潜伏してたってワケだ。
蛇の道は、蛇。
法の光の届かない、犯罪の横行する物騒な街は、札付きの犯罪者達にとっては格好のねぐらになる。
そ、そんな場所に向かって、知らずに進んでいただなんて……!
イルミに知られたら、怒られるだけじゃすまないよ……黙っとこ。
怖さを紛らわすように、繋いだ手のひらに力を込めると、ぎゅっと握り返された。
前を行くコルトピさんの、丸い目がくりっと私を見る。
「だからさー……怖がらせるのは駄目だって言ったじゃない」
「フン。何故お前、ワタシに命令するか。聞く必要ないね」
「どうでもいいけどさー……そんなんだから女の子にモテないんだよ。二人とも」
「……クッ!」
「おま……っ! たまたま出くわした女子の一人や二人助けたくらいで、調子のってんじゃねーぞ、コルトピ!」
苦虫を噛みつぶしたような顔で、黙り込んでしまったフェイタンさん。顔を真っ赤にして、ムキになって怒鳴るフィンクスさん。ついさっきまで殺気むんむんでこちらを威嚇していた彼が、こうも必死になっているのが可笑しくて……可笑しくて。
――つい。
「……ぷはっ!」
……噴き出してしまった。
あーあ。
「すっ、すみませんすみません!! なんか、予想外に反応が可愛くて、つい!」
「なっ!? か、かか可愛いとか言うなコラ!!」
「確かに、フィンクスの反応はいちいち乙女チクね」
「んだと、フェイタン!!」
「やるのか、フィンクス」
「やめなよ、二人ともー……仕事前に騒ぎは起こすなって、団長命令。忘れたの……?」
間延びした声で二人をたしなめるコルトピさんに、また、笑みが零れる。
さっきは死ぬほど怖かったけど、こんな風に、ささいな事でじゃれ合っている彼等を見ると、なんだか安心してしまう自分がいる。
時と場合によっては、顔色ひとつ変えずに他人の命を奪ってしまう盗賊集団――幻影旅団。
それなのに、日常の彼等にはこんなにもあどけない一面がある。
そんなことが、何故だか嬉しかった。
「もうすぐ出口だよ」
それから10分程度歩いた頃だろうか。コルトピさんが、そう言って前方を指さす。
十メートルほど先に、光の筋。
目をこらせば、見覚えのある街の通りが見えた。
「ありがとうございます。ここまでくれば――」
一人で帰れます。
その言葉尻に、ピリリリ……と、携帯の着信音が重なった。
「……あれ?」
フェイタンさんが、黒い上着のポケットから携帯を取り出す――その時、なぜだろうか。頭の片隅が、すっと冷たくなるような、嫌な予感がした。
「シャルからね」
「お、いいタイミングじゃねーか。俺達はもう『蛇窟街』を出たと伝えてくれ」
「ああ。――もしもし、シャル。ワタシね」
動悸が速まる。
電話の相手がシャルナークなら、今、このタイミングでフェイタンさんに連絡を入れてくる理由は限られている。
私が強引に団長の元を逃げ去った後、団長が私のことを諦めていれば、単なる蜘蛛の集合連絡。
そうでなければ――
「……女? どんな女ね」
「――っ!」
瞬間、私はコルトピさんの手を振りほどいた。
通路の出口まで、約五メートル。
これなら、いける……!!
「ポー?」
「コルトピさん、ありがとう!」
“嘘つきな隠れ蓑(ギミック・ミミック)”発動!
姿を消して、前を向いて、ただ、走る。
欠け去る寸前、視界の隅で、携帯電話を耳に当てたフェイタンさんの目がものすごい殺気を孕むのを、確かに見た。
シャルナークは、彼に伝えたに違いない。
女を捕らえろという団長命令を。
そして、その特徴が私と一致したのだ。早い話が、今まで隠してたことが全部ばれちゃったって事!
路地を飛びだし、目の眩むような光と人混みの中へ紛れた私は、迷わず、郊外を目指した。
海に逃げたいけれど、港町は駄目だ。
どれだけの人が巻き込まれるか、わかったもんじゃない!
人のいないところへ――そして、全力で身を隠さなければ。
***
「――チッ! まんまとしてやられたね……!」
ポーを追って、フェイタンが僅差で路地を出る。
しかし、目の前を通り過ぎる人の群れの中に、彼女の姿は服の端ほども見当たらなかった。
あり得ない、と彼にしては珍しく驚愕を顔に出す。
「……空気にでも、溶けるようだったね」
ついさっきまで、ほんの、ものの数秒前まで、手を伸ばせば触れられる距離にいたはずの標的が消えた。
跡形もなく。
逃げたにしても、これでは追いようがない。
念だとしたら、相当やっかいね……そんなフェイタンの呟きを、続けて追ってきたフィンクスがバカでかい怒鳴り声で一掃した。
「おいコラ、フェイ! いきなり飛びだしてなんだってんだ、説明しろ!」
「さきの女を捕まえろと、団長の命令よ。年齢、背丈、服装、髪型、全て一致したね――そして、コルトピ」
「……何?」
フィンクスの足下で、コルトピは、振りほどかれた右手をじっと見つめていた。
そんなコルトピの長い灰髪を、フェイタンは躊躇いもなくつかみ上げた。
「痛いよ!」
「名前はポーと言たか。ビンゴよ。お前、あの女が団長に追われてる事に気づいていたかね?」
「そんなわけないでしょ! だいたい、そんなのどうやって知ればいいの。ボクが携帯持ってないの、知ってるくせに……」
「……嗚呼、それもそうね」
掴んだ時と同様の唐突さで離された髪を、コルトピは迷惑そうに整えた。
それで、とフェイタンを見上げる。
「団長は、どうしてポーを捕まえろって言い出したの?」
「あの女、殺し屋だそうよ。しかも、ゾルディク家長男の婚約者らしいね……興味本位で会た団長が、えらく気に入たんだと」
「はあ!? 殺し屋あ!? さっきのポーッとした女が?」
「それ……かなーり信じられないんだけど」
「フン。殺し屋が目立てどうするね。現に、お前等やワタシでさえ、さきは思わず警戒を解いてたね。その上、姿を消す念能力の使い手……間違いなく、プロ中のプロよ」
「……ほんとかなあ」
「てことは、痛いほど目立ってるお前は二流ってこったな痛ってええええっ!! テメッ、人の頭を傘で叩くなボケ!!」
「なら、次は叩く頭を無くしてやるね……!」
「二人とも、団員同士のマジギレは禁止だってば……もう」
はあ、と嘆息ひとつ。
なんだかちょっと複雑な思いで空を見上げたコルトピの視界を、一人の女性が遮った。
色白で目が大きく、鼻筋の通った美人。
色の薄い金髪を、スーツの肩の線でぱっつりと切りそろえている。
ラフに肌蹴られた、白いシャツの合間からはちきれそうな胸の谷間――見覚えがある。
「パクノダ……」
「おー! パクひゃねーか、ひひゃひふりだは!」
「フィンクス。何で、フェイタンとほっぺのつねりあいっこなんかしてるかは置いといて――本当に久しぶりね。早速だけど、たった今、シャルナークから連絡があって」
「パクノダも、ポーを追ってるの……?」
コルトピの問いに、ええ、とパクノダは頷いた。
「できるだけ怪我を負わせず、生きたまま連れてこいとの仰せよ。ただ、この人混みじゃ、探し出すだけでも手間取りそうだけど」
「――っひいかげん、離すねフィンクス!! ……パク、その女ならさきまでワタシ達と一緒だたよ。シャルの連絡が入る前だたから、マヌケにもコルトピが道案内までしてやたね」
「あら、本当? それなら、何故後を追わなかったの」
「追うも何も、勘づいたとたんに消えてしまたのでね。まるで、景色に溶けるようだたよ。辺りを探ても、気配がなくてね」
「そう。でも、この場にいたのは間違いないのね。それなら、私の能力で追跡出来るわ。この人混みを利用して――ね」
すっと、持ち上げられた彼女の手のひら。その、長く形の良い指の先までに、強力なオーラが満たされる。
そうとは知らず、何人もの通行人が彼女の隣を通り過ぎ、そのオーラに触れていった。
そして――とあるサラリーマン風の男に触れた時、彼女は口の端に、妖艶な笑みを浮かべたのだ。
「フェイタン。シャルナークに伝えて頂戴――獲物の居所が分かったわ」