……もう、だめかもしれない。
クロロ団長との距離は僅か数メートル。
ぎゅっと身をちぢこませ、深みに潜む私に向かって、正確に差しだされた手のひら。
呆然とした思いでそれを見つめながら、彼の言葉の持つ意味を考えた。
命は盗らない。
だからこそ、彼の狙いは私の持つ念能力だと見て間違いは無い。
彼の制約の一つに、盗んだ相手の能力者が死亡した場合、その能力は確か、使えなくなるというものがあったはずだから。
このまま、彼等に捕まって力を奪われてしまうのだろうか。
私の命を守り続けてきてくれた、この力を。
「――っ」
嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ……!
この力は、イルミが初めて私にくれたものなのだ。
殺し屋である彼に、弟子入りを頼んだあの時。
私は、イルミの持つ捕食者としての能力に、これ以上無く惹かれていたのだと思う。
生きるために、他の命を食らう力。
ほんの少しで良いから、分けて欲しいと思った。
そして、イルミはそんな私の願いを、聞き入れてくれたのだ。
与えて、導いて、一緒になって育ててくれた。
私の力――私の念能力。
生きるための、力を。
「……渡さない」
そうだ、誰にも渡したりするものかするものか。
例え、相手があの幻影旅団であっても……!
ドクン、と。
身体の奥で、何かが脈打った。
心臓の脈拍に合わせて、精孔から湧き出たオーラが増大する。
熱く、力強く。
私の想いに呼応するように。
「……やってやる。幻影旅団、海の中の私に喧嘩を売ったらどうなるか、思い知らせてやるんだから……!」
***
「三分経過、か……反応ないね、団長」
どうする? と、シャルナークは笑顔で尋ねる。
「沈黙は抵抗と見なす」
膝下までを水に濡らし、底に潜んでいるであろうターゲットに向かい、手をさしのべ続けるクロロ・ルシルフル。
そんな姿は、彼にしてはとても珍しい--これは完全にハマッたな、と、彼をとりまく団員達は嘆息混じりに目線を交わした。
そもそもクロロは、何かに興味を持つことなど滅多にない。
だからこそ、極まれに彼の好奇心をかき立てるものに出会うと、 人が変わったかのように執着するのだ。
それが物品なら、蜘蛛の次のターゲットになるだけだが、今回は……。
「……やかいな事になたね。やはり、あの時、仕留めておくべきだたよ」
ひたひたと静かな殺気を滲ませるフェイタンに、ちょっと待ったとシャルナークが釘を刺す。
「駄目だって。どっちにしろ、オレがフェイタンに連絡したときには絶対殺すなって団長命令が出てたんだから、結果は同じだよ?」
「シャル……」
「それにさ、フェイタンは同じ暗殺者として興味ない? あの悪名高いゾルディック家が認めた女が、どんな人間なのか」
「フン、興味ないね……あの女、殺し屋のくせに悪意なんて毛ほどもないような面してたよ。団長の命令さえなかたら、次見た瞬間ブ殺してやりたいくらいね」
「はいはい、わかったからオレを睨まないでよ」
そんなやりとりをしている間も、団長が動きを見せる様子はない。
上から降りかかる水と、水面から跳ね返る飛沫とで、彼は濡れ鼠だ。
本日は上天気、日中は30度を超える真夏日とはいえ、地下から噴き出す冷水を浴び続けていれば、いくら幻影旅団の団長といえど風邪をひく。
オークションを狙うであろう大仕事を前に、熱を出した団長を熱心に看護するパクノダの姿……各団員、想像するのはあまりにも容易だった。
「おい、団長--」
しびれを切らせたウボォーギンが彼の背中に手を伸ばした、その時。
くるり、とその頭がこちらを向いた。
「ウボォーギン」
「うおっ!? な、なんだよ急にふり向くなっつーの」
「壊せ」
「はあ? 壊せって……ここ(広場)をか?」
「正確には、この噴水を、だ。壊してあぶり出せ--殺すなよ」
クロロの口調は淡々として、物静かだが、最後の一言は、まるでナイフの刃先を喉首に押し当てられたようだと、ウボォーギンは思った。
「……脅さなくても、わーってるよ。団長がそこまでこだわる女、俺ももう一度、じっくり会ってみてぇからな!」
言うが早いか、ウボォーギンは己の右腕にオーラを集結させ、瞬時に増幅させる。
「『超破壊拳(ビッグバン・インパクト)』、30パーセントだ--っ!!」
ズン、と広場に突き立てられた拳は、それを中心に波紋状の亀裂を生んだ。
まるで巨大な蜘蛛の巣のように、深いクレバスがあっという間に広場全体にまで広がって、中心に溜まっていた噴水の水が、見る間に溢れ出す。
ヒュウ、とノブナガが口笛を吹く。
「強化系のオメ-にしちゃあ、よく考えたじゃねーか、ウボォー。地面が割れて水が無くなりゃ、こっちのもんだな」
「だろ? さて、嬢ちゃん。潮時だぜ、俺達が殺す気のないうちにさっさと--」
出てこい。
その言葉が続かなかったのは、噴水から溢れ出す水の流れに違和感を感じたからだ。
妙だ。
本当なら、水はとっくに亀裂の中に吸い込まれて、底が見えているはずなのに。
水流は一向にとどまらず、割れたタイルの合間を這うように進んでくる。
「水嵩が増している……だと?」
これは--
「様子がおかしいぜ……団長!」
「落ち着け、ウボォー。全員、速やかに水から離れろ。凝を怠るなよ」
「離れろったって……!」
「無理ね! ウボォー、お前、勢い余て噴水に繋がる水道管、ブ壊したんじゃないかね。亀裂から水が溢れて止まらないよ! もう、腰まで水浸しね……!」
「だっはっはっは!! オレは膝までだけどなー!?」
「五月蠅いねフィンクス!! 去死吧!!」
「フェイタン、ボクも胸の辺りまでびっしょりだから大丈夫だって……」
「フォローになてないね、コルトピ……!」
「ぎゃー! 大事な携帯が水没する!! しかもこれ、海水じゃないか! あーもう、最悪! 目にしみるー!!」
「女みたいにギャアギャア騒ぐなよ、シャル……!」
「別に、女は騒いじゃいないよ、ノブナガ。それにしても、なんだか嫌な予感がする。団長の言うとおり、ここは一度引いた方がいいかもしれないね」
てんやわんや騒いでいる男共を尻目に、マチはいたって冷静な態度で、濡れた髪をパサリとかき上げた。
その傍らで、わーい、プールだ-とひとしきりはしゃいでいたシズクが、嫌がるパクノダに執拗に水をかけながら、くりっと小首を傾げる。
「それって、マチの勘?」
「ああ、勘だ」
やっかいね、とパクノダ。
「マチの勘はよく当たりますからね、団ちょ--団長!?」
ふり向いた、目線の先。
噴水のすぐ前に立っていたはずの団長が--彼の身体が、ふわり、と宙に浮かんだのである。
本当に、何の前触れもなかった。
「団長!!」
「騒ぐな、パク。これはおそらく、あの女の念だ。先ほど、飛んでいった風船に手をさしのべるだけで引き寄せるのを見た。それと同じ能力だろう。目視は出来ないが、何かが腰に巻き付いている。長く、太く、弾力があり、自在に蠢く。そう、これは、あえて例えるなら……触手?」
「相変わらず、冷静ですね。団長……」
でも、あなたのそこがイイ……そんなパクノダの密かな呟きは、他の団員達の叫び声にかき消された。
「おおおおお!?」
「マチとシズクが吊されたぞ--!!」
足首を掴まれているのであろう、逆さに吊し上げられた美少女二人。
「な、なんだいッ、こいつ……!」
「あーれー」
重力に従って、否応なしにめくれ上がるスカートの裾。少女達は赤面しながら、内部を見せるまいと必死になって抵抗を--というのが触手物のお約束だが、しかし。
不幸にもマチはジャージ、シズクはジーンズという色気もへったくれもない活動的な格好であった。
「畜生!! 色んな意味で畜生っ!!」
「馬鹿野郎!!」
「くそったれええええ!!!」
「なんで……! なんでこんな……あと少しのところで……!!!」
「フィンクス、フェイタン、ウボォー、ノブナガ、シャルナーク!! あんた達、妙な悔しがり方してる場合じゃな--!?」
しゅるん、とパクノダの足首に巻き付く何か。
「しま……っ!」
悲鳴を上げる間もなく、彼女の身体は広場の空高く持ち上がる。
着用しているものはタイトなスーツ、それも、スカートの丈は膝上15センチという際どさである。
側面のスリットが深く裂け、露わになった太ももの白さに、蜘蛛の男達は--
「相手の念は、見えない触手か?」
「そうらしいね。しかも、肉眼どころか凝でも見破れないとは、やかい極まりないよ」
「変化系か……強化系の俺達にゃあ、ちいと戦い憎い相手だな」
「困ったなー。マチやシズクはともかく、団長を人質にとられちゃ、下手に動けないし」
「ちょっと!! 見なさいよ!! あからさまに無視してんじゃないわよおおおお!!」
「うおわ!! 撃つな、撃つな、パクノダ!!」
「実弾だろ、これ--っ!!」
あろう事か味方に向かって発砲するパクノダ。
飛び交う銃弾に気をとられ、あっさりと触手に捕らえられてしまう蜘蛛の男衆。
そして、いつのまにか捕まっているコルトピ……ふと気がついてみれば。
「一網打尽か……見事だな」
逆さに吊られたまま、しかし冷静に、クロロは現状を分析する。
見えない、という点では厄介極まりないが、触手は足や胴に巻き付くだけで、特に卑猥な――もとい、こちらに対して危害を加えてくる様子はない。
ない、が……しかし。
「うおおおおおおおおおおおおおお――ッ!! ……チッ、駄目だ。引き千切ろうとすればするほど伸びやがる!」
「ふむ……この柔軟性、益々興味深い」
「暢気に感心してる場合かよ、団長!」
「おい、俺やフェイタンの刀でも切れね-ぜ!?」
切っても切っても、標的からはぷるんとした感触が返ってくるだけで、拘束は一向に解けない。
「まるで水を切っているようね。ダメージ、全く与えられてないよ」
「うーん、強化系のウボォーやフィンクスの怪力でも引きちぎれないほどの強度。加えて、剣戟への対応力……これが念なら、能力者は確実に近くにいるはずだよ。俺達を捕らえておいて、危害を加えることなく未だ観察中ってことは、好戦的な相手じゃなさそうだけど……団長?」
「いたぞ」
そこだ、と、両腕を拘束された彼が顎で示す先--未だ、水嵩を増し続ける噴水広場の中心に、不自然な渦があった。
渦の中心がぐっとせり上がる。
水柱の中に、人影が揺らめいている。
亜麻色の髪に、薄い色合いのワンピース。
それは、確かに自分たちが追っていた女だった。
そのあまりにも大胆な出現に、ウボォーギンをはじめ蜘蛛の強化系能力者達が殺気立つ。
「てめぇ……!!」
「待て。--様子がおかしい」
ごぽっ、と、水柱の中の女が気泡を吐いた。項垂れた頭、堅くとじられた瞼。
呼吸に合わせ、規則正しく上下する胸部--
まさか、と団員達は顔を見合わせる。
「もしかしなくても寝てんのか!?」
「おいおい……なんつー、嬢ちゃんだよ……」
「起きるね!! この糞女……!!」
悪口雑言を喚きながら、しかし、蜘蛛の誰もが得体の知れないものへの恐怖を、確かに感じていた。
寝ている?
敵を全員捕縛した、この状況下で?
「ふむ。もしかすると、そういった制約なのかもしれない」
「寝ながらじゃないと戦えないって、制約? それって――いや、確かにリスクは高いから、技の威力は上がるかもしれないけどさあ……」
「――ふざけた野郎だ」
ぽつり、と呟いたのはウボォーギンだ。戦闘中の彼にしては、不自然に静かな口調だった。
ああ、こいつはヤベ―な、とノブナガがぼやく。
ウボォーギンは根っからの強化系。その戦闘スタイルはいつだって、力を力で叩く、ガチンコの直球勝負だ。
なによりも、まどろっこしい事柄を嫌う彼である。
散々逃げ隠れした上に、この拘束――しかも、窒息させるでもなく、骨折するまで締め付けるでもなく、ただ身体の自由を奪うだけのぬるい技。
戦いたい、思い切り戦いたい。
そんなストレスが着々と溜まり続け、極めつけに現れた標的が、ぐうすかと寝こけていた日には――
「ブチギレるわなぁ……」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!! フザケんのもたいがいにしろやゴルアアアア――!!」
不可視の触手の拘束を断ち切るため、ウボォーギンが押さえ込んでいたオーラを一斉に解放した、その瞬間――
「な……なんだぁ、こりゃあ……う、うわあああああああああああああああああ――ッ!!」
***
「……いた」
空高く聳える、教会の尖塔の上にイルミは立っていた。
ヨークシンシティが一望できるその場所から、街の郊外付近に強力なオーラの高まりを確認した彼は、尖塔から都市街の屋根へと跳躍し、最短距離でその場所を目指した。
ヒソカからの電話を切った後、すぐさまポーの元へ戻ったイルミは、そこで、もぬけの殻になったテーブルと、その上に残されたデラックスプリンパフェを目にした。
パフェは食べかけだったが、デコレーションされてあったプリンというプリンだけが綺麗に無くなっていた。
以上のことから、この場で起きたことを全て悟った彼は、血眼になって彼女の行方を探っていたのである。
さらわれたか、あるいは、追われているのか。
どちらにしろ、
「お前を……殺すよ、クロロ。今、すぐに……」
纏う殺気が、肌を焦がすようだ、とイルミは思った。
胸の内で荒れ狂う殺意が、抑えきれない。
こんな自分を父が目にしたなら、ぶっ飛ばされるだけではすまないだろう。
しかし、不可能だった。
海月が……彼女が関係すると、自分は殺し屋ではいられなくなるのだ。
仕事でなくとも躊躇いなく殺せる自信がある。
彼女に仇成す相手ならば――
ジャケットの裏に忍ばせていた暗器を手に、気配を絶ち、目標地点に降り立つ。
目に入った瞬間に殺してやる――そう、心に決めていたイルミだが、しかし、目の前に広がっていたのは、彼が予想もしてなかった光景であった。
「……何してるの、クロロ」
壊れた噴水、ビシビシにひび割れた広場。
そこに、逆さまになって浮いている9名もの蜘蛛達――海月の仕業だと、イルミは瞬時に理解した。
「遅かったな、イルミ。早速だが、お前の婚約者をどうにかしてくれ。文字通り、手も足も出なくて困っている所だ」
しゃあしゃあと、涼しい顔して逆さづりになっている蜘蛛の頭に向かって、イルミは一片の躊躇もなく針を投げた。
刺されば即死。
だが、針はクロロの急所に届く前に、空中でぴたりと静止した。
おそらく、念の触手によって掴み取られてしまったのだろう。
チッと舌打ちし、イルミは触手の主を見る。
「ポー、邪魔しないでよね……って、まさか」
愛しい婚約者は、水柱に包まれたまま、ごぽごぽと器用に寝息をかいていた。
札付きの犯罪者、しかも、全員が自分やヒソカと並ぶほどの念能力者を相手に、たった一人で戦ったのだろうに……平和そうな顔を、いますぐにでも摘んでのばしてやりたい。
ときおり、「ステーキ……」などと寝言を漏らしているあたり、流石といおうか。
「……寝てるの」
「そのようだな。俺達の前に現れた時には、すでにその状態だった。拘束を解かせようにも交渉すら出来なくて困っている。おまけに、力尽くで引き千切ろうとした仲間がああなってな」
見ろ、と顎で示された先。
おそらくは強化系であろう銀髪の大男が、触手の先でぐったりとのびていた。
「ステーキ……うふふ……美味しい……焼きたての……サーロインみたいー」
「……ポーにオーラを食べられたんだね。無理もない。お前らみたいなのを9人も一度に拘束し続けるには膨大なオーラがいる。このままじゃ、共倒れだね」
「……」
「どうするの?」
「どうにかしろ」
「相変わらず図々しいねー。今すぐぶっ殺してもいいんだよ?」
「無駄だ。ありとあらゆる攻撃は、触手によって無効化される。銃弾も剣戟も効かない。さらに、お前の攻撃を触手が防いだことから、拘束されている俺達も重要な餌として認識されているのだろう。よって、お前が俺達に危害を加えることは」
「はいはい、分かったから。クロロ、何とかする代わりに取引きしろ。もう二度と、俺達に関わるな。破れば、お前達を殺しに来るよ……ゾルディック家総動員でね」
「断る」
ぴくり、とイルミの眉が上がった。
「……この状況を分かってるの、クロロ」
「勿論。分かっていないのはお前だ、イルミ。お前は、まだ顔も見たことすらないと言っていたはずのこの女を、放っておけないのだろう? 連れ帰るには、どちらにせよこの拘束を解かせる必要がある。よって、お前の取引には意味が無い」
「ポーを起こして、お前達を絞め殺させることだって出来るんだよ?」
「はったりだな。そうできるなら、とっくにしているはずだ。お前がここに来る前に、俺達は全滅していてもおかしくはない状況にあった。だが、そうならなかったのは単純に、できなかったからだ。ある男の言葉を借りれば、メモリが足りない、といったところか。俺達を拘束し、能力を使用しようとすればオーラを吸収し、さらに拘束力を高める。自らの意識を犠牲にした捨て身技……早く解除させないと、女が危ない。違うか?」
「……」
沈黙は、肯定の意味。
それが分かっていてもなお、イルミは一言も発さないままクロロを見据えていた。
常人ならば、目にしただけで気が触れてしまいそうな――底の見えない闇色の瞳。
「安心しろ。今日の所は大人しく引いてやる」
そう、楽しげに笑う蜘蛛の頭を、出来ることならば今すぐにでも叩きつぶしてやりたいと、イルミは思った。
だが、今は――
「ポー」
起きて、と、彼女を包み込む水柱に手をやる。
しかし、彼女はというと、相変わらず幸せそうな顔で寝こけるばかり。
これは、後でお仕置きだな――そう、内心で呟きつつ、
「ポー」
「……うーん……むにゃむにゃ……ステーキぃ」
「……」
イルミは発した。
どんな時でも、確実に彼女を起こすことのできる一言を。
「ポー、ご飯だよ」
「ごはん!!」
パチッとあっけないほど簡単に、その双眸が開いた瞬間。
暴走していた触手が、一本残らず風船のように弾け飛んだ。
拘束を解かれた旅団の面々が、重たい革袋のように地面に落ちる。
相当抵抗したのだろう、どの団員達にも、残されたオーラは少ない。
これなら、殺れる。
しかし、暗器を握るはずだった手は、ポーによって塞がれた。
一度は目覚めたはずの彼女だが、オーラの消費が激しかったためか再び気を失ってしまったらしい。
目の前にいる蜘蛛の命を奪うことよりも、倒れ込んだポーを受け止めることを、イルミの両手は選択した。
抱き上げて、立ち去りざまに振り向く。
「クロロ――次に手を出せば、殺す」
「ああ。覚えておこう」
地面に尻餅をつく格好で、楽しそうに、本当に楽しそうにクロロは笑っていた。