蛇窟街(スネークネスト)。
そこは、大都市ヨークシンシティの裏の顔。
ヤクザにギャングにマフィアに殺し屋、薬や奴隷の売人、果ては盗賊、海賊の類いまで――数多の荒くれ者たちが集い、暮らす、闇の街。
その入り口は、ヨークシンシティのいたる場所にある。
私が先日迷い込んだ路地の奥もその一つだ。
光に溢れた街の賑わいから逃れ、闇へ、闇へと進めば、誰にでも容易く辿り着くことができる。
けれど、その街から無事に帰ることは、けして簡単ではないという――そんな場所に。
「誰が行くもんですかああああああああああああああああ――っ!!」
電信柱にテンタくんをぎっちぎちに絡みつけ、抵抗することかれこれ15分。
そんな私を、まるで童話の大きなカブよろしく、三人がかりで引きはがそうと奮闘していた蜘蛛の頭は、観念したかのように手を離し、大きく息をついた。
手の甲で、額に浮かんだ汗をぬぐい去り、
「……ポー、団長命令だ。今すぐ触手を離せ。抵抗するなら殺す」
「それはもう25回も聞きました!!」
「そうか……なら、大人しく言うことを聞けば、美味い昼飯を食わせてやる」
「それももう37回目です!! お昼ご飯は海に飛び込んで適当に漁って食べるので、お気になさらずっ!!」
「……」
「ああもう! 拉致があかないね……! ポー、お前、いいかげんにするよ。大体、蜘蛛であるワタシ達と一緒にいるくせに、何故今更あんな街を怖がるか!!」
「元はと言えばフェイタンさんが、街に入った途端にぶっ殺されるとか、裸にひんむかれて売り飛ばされるとか怖いこと言うからじゃないですか!!」
「ク……ッ!」
「確かに、それはポーを怖がらせて面白がってたフェイタンが悪いよね」
「フェイタン。なんとかしろ」
「は!? 何でワタシね……!!」
「無駄ですよ! 拷問したって今の私には聞きませんからね! 爪を剥ごうが指を折ろうが皮を引っぺがそうが、ウナギのようにぬるぬる滑らせて回避してやります!!」
ゾルディック家直伝の拷問回避技、とくと見るがいい!!
何をされようが、そんな物騒な街になんて絶対、ぜーったいに、行かないんだから!!
これ見よがしに電信柱に抱きついて、ぷいっと横を向いた私の顎を、殺し屋さんの細い指がつかんだ。
肌に食い込むほどの力で振り向かされる――至近距離に、不機嫌そうに細まる目があった。
色の薄いその瞳は、冷たい金色をしているのだと初めて知った。
「……な、なんですか! 脅したって何したって聞かな――」
ぐっと、引き寄せられる。
耳元にそっと、低い声が囁いた。
「守てやるね……だから、一緒に来い」
……。
…………。
………………へ?
「ええええええええっ!? うえええええええええええええっ!?」
「五月蠅いよ!! 二度は言わないね、分かたらささと来い!!」
「は、はい! わか、分かりました……!!」
み、耳が痺れる……!
ほんのり赤面したフェイタンさん可愛い……っ!!
さすが、蜘蛛の中でも一、二を争う人気保持者!!
この人にあんなことを言わせたらもう、大人しく従うしかないじゃないか……!!
今の今まで激しく抵抗していたのが嘘のように、すんなりと触手を引っ込めた私に、シャルナークさんが不思議そうな顔をして聞いてきた。
「ねえ、フェイタンに何をいわれたのさ?」
「秘密です!!」
「言たらブ殺すね……」
「ええ~、ますます気になるなあ」
「ふむ……まあいい、これでようやく昼飯にありつける――いくぞ」
私が従う意思を見せたので、クロロ団長は改めて、入り口となる路地の一つに足を進めた。
並んで歩くのは難しいほどの、窮屈な路地である。
奥へ、奥へ。
十字路や、丁字路を何度も折れ曲がって行くうちに、辺りは薄暗い闇に包まれていく。
まだ、正午近い時間だというのに……この暗闇は何なのだろう。
歩きながら不思議そうに見回していると、街全体が放つオーラがそう見せているのだ、とクロロ団長が答えてくれた。
「俺達にとっては、あの街ほど過ごしやすい場所はないのだがな……気質のポーには少々刺激的かもしれない。側を離れるなよ」
「は、はい……」
うう、また緊張してきた……。
思わず、前を歩く黒衣の殺し屋さんの服の裾を握りしめる。離せと怒鳴りつけられるかとも思ったが、返ってきたのは諦めを大いに含んだため息だった。
細い路地が、唐突に途切れる。
視界が開けた、その先には――
「着いたぞ」
「わあ……! 思ったより広い……ですね」
蛇窟街(スネークネスト)――ネストというからには、もっと洞窟のような閉鎖的な場所を想像していたのだけれど、そこは意外にも、大きく曲がりくねった運河を中心に挟んだ第二の港町のような集落だった。
もしかしたら、この運河を蛇の姿に例えているのかもしれない。河岸には、大きな帆船から戦艇、小型の潜水艦などが並んでいる。
少々危なそうな雰囲気はあるものの、通りには市も立っており、賑やかだ。
「よかった……もっとこう、いかにも悪党の住処って感じの、危険な場所かと」
「フッ……盗賊団の借宿でコンビニ弁当3つも平らげて爆睡したお前にとっては、恐るるに足りない場所だろう?」
「そ……っ、そんなことないですよ!?」
爆睡だなんてそんな……いや、確かに爆睡しましたけど。
色々あって、疲れてただけだもんね!
「飯屋はこの先だ。言っておくが、運河にかかる橋の向こう側には近づくなよ」
「な……何があるんですか?」
「知りたいか?」
にやり、と実に意地悪く笑うクロロ団長に、ブンブンと首を振って答える。
ろ、ろくなものがある気がしない……!
でも……改めて行くなと言われると、ちょっと気になる。団長の後を追いつつも、チラチラと横目で対岸を盗み見ていたら、フェイタンさんが口を開いた。
「あちら側は、海賊達の縄張りよ。もともとこの街は奴らの塒だたそうね。今じゃ、ヨクシン中の悪党の溜まり場になてるが、海賊の中にはよく思わない者もいるらしくてね」
「ヨソ者がうろつくと、誰彼構わず捕まってサメの餌にされるって噂なんだよ。まあ、あながち嘘じゃないのがこの街らしいとこなんだけど」
にっこり笑って、シャルナークさん。
「へえ、そうなんですか……」
「もっとも、ポーの場合はどこぞの人買いに売り飛ばされるのがオチだろうけどね」
「や、やめてくださいよ! 大体、私なんて売り飛ばしても、買い手なんてつかないですよ……」
「安心しろ。その時は、俺が責任を持って買い付けてやる」
「どんな責任ですか……。――うわっ!?」
ある、小さな店の前を通りかかった時だった。
ぐい、と遠慮の無い力で腕を引かれた。何事か、と思ったときには既に、金属製の冷たい手枷をつけられていて――
「げへへへ!! こいつぁ中々の上物だぜぇ」
「ジャポン人か! 珍しい毛色だ。俺達が高値で売りさばいてやるよ!」
い、いかにもいかつい、悪い顔の奴隷商人が二人、ニヤニヤ笑って私を見下ろしている事態!
月並みな台詞を並べながら鎖をたぐって、背後にある怪しい店内にぐいぐい引きずり込もうとしてくる!
錆びた手枷が手首に食い込んで、痛いいいいい!!
「いやあああああああああああああ――っ!! フェイタンさん、フェイタンさん、フェイタンさんってば!! さっき助けてくれるって言ったじゃないですか気まぐれ嘘つき変化系!!」
「……チッ。全く、面倒くさい奴ね」
はあー。と、ため息をつくその姿が、一瞬にして消えた――次の瞬間、鉄の手枷がバラバラに切断されて地面に落ちる。
なんて鋭い切り口なんだ……!
「あ、ありがとうございます……!」
「邪魔ね。ととと下がるよ」
いつの間に仕込みを抜いたのか、光る白刃を低く構えたフェイタンさんが庇い立つ。
か……格好いい……!
やることなすこと怖いけど、無茶苦茶格好いいよ……!!
「な、なんだこのチビ――ぐへあ!!」
「ぐほお……っ!!」
本来ならば即死決定の一言を放った奴隷商だったが、幸か不幸か、その首が胴体から離れる前に一人は顔面にパンチ。もう一人は鳩尾に蹴りを食らい、あっけなくその場に崩れ落ちた。
彼等を仕留めたのはフェタンさんじゃない。
見上げると、ニヒルに笑うジャージ姿の男性と、妖艶に微笑むスーツ姿の女性が立っていた。
「なーにとっ捕まってんだよ、ポー」
「よかった。怪我はなさそうね」
「フィンクスさん! パクノダさんも! 助けて頂いてありがとうございました……!!」
ひゃああ、なんて心強いんだ。
昨日までは怖くて怖くて仕方が無かった人達なのに、味方になるとこんなにも頼もしいなんて。
やれやれ……と仕込み刀を緋色の傘の柄に仕舞い入れながら、フェイタンさんがため息混じりに聞いてきた。
「ポー、お前。さきの触手を使えば、こんな奴ら、自力で仕留められたんじゃないかね」
「あ、そうか。すみません、初めてのシチュエーションに戸惑ってしまって……それに、基本的に私は、美味しくないものは食べない主義なんですよね痛っ!」
バシッと、仕込み傘による遠慮の無い突っ込みが入った。
うう……酷い。
「だって! フェイタンさんだってこんな脂ぎったおっさんのオーラ食べたいとか思わないじゃないですか!! どうせおっさんのオーラを食べるなら、フィンクスさんのA5ランクの強化系リブロースステーキオーラがいいです!!」
「ああ!? だれがおっさんだコラ!!」
「いだだだだだだだ!! ほっぺたひっひゃらはいへくははいほう!!」
「おー、伸びる伸びる。おもしれ~!」
「どこまで伸びるか試してみるね」
「きゃ――っ!?」
「……三人とも、じゃれるのはそれくらいにしておけ。色々あって、もう正午を30分は過ぎている。飯屋に急ぐぞ」
一連の騒動を静観していたクロロ団長が、冷静に促した。
フィンクスさんは、パクノダさんと一緒にオークションを下見に行っていたらしい。二人と合流して、6本足の蜘蛛になった私達は改めて待ち合わせ場所へと急いだ。
運河の側にある、『蛇の骸亭』という名前の酒場らしい。
「着いたらウボォーに叱られそうだね」
「本当ね。彼、時間には厳しいから――あら?」
何の騒ぎかしら、とパクノダさん。見ると、目指す店の周りに人山が出来ている。それもまた、ガラの悪そうな人達ばかりだ。
喧騒から少し離れた所に、見慣れた顔ぶれを見つけた。
ノブナガさん、マチさん、シズさん、コルトピさんの四人。そして、私達とは逆方向から、フランクリンさんとボノレノフさんがつるんでやってくる。
蜘蛛、全員集合――と言いたい所だが、時間には一番うるさいはずのあの人がいない。
「おお、団長。やっと来たか」
「ノブナガ、ウボォーはどうした? 一緒じゃなかったのか」
「いや、それがよう……」
眉間にシワを寄せ、渋い顔のノブナガさんの言葉を、もの凄い大声が遮った。巨大な獣の咆哮のような――間違いない、ウボォーさんだ。
どうやら、店の中でもめているらしい。
ドカーンだの、バリーンだの、何かが破壊される物音がひとしきり響いた後、店の周りによってたかっていた人山が、一斉に吹き飛ばされた。
木製の店の扉を粉砕し、臨戦態勢満々の銀髪の大男、ウボォーギンが飛びだしてくる。
その後を追うように、深紅のコートをひるがえし、赤髪の大柄な海賊が一人、店外に飛びだして殴りかかった。
なんと、なかなか良い勝負だ。
ふむ、と団長。
「ウボォーの奴、海賊連中ともめたのか」
「ああ……時間通りに店についたら、奴らに貸し切られててよう。席を空けろと船長に交渉しに行ったウボォーが、そのまま挑発に乗っちまって、ああなってるってワケだ」
「なるほど、理解した。それにしても、相手をしているのは船長か? ウボォーも手加減しているとはいえ、なかなかまともに殴り合っているようだ」
「手加減してんのは、お互い様だろうぜ? ありゃ完全に楽しんでるな」
顎をなでつつ、二人の戦闘を横目で眺めるノブナガさんも、なんだか楽しそうだ。
なるほど。戦う二人を囲んでいる沢山のギャラリー達も、お酒を片手に迫力満点の試合観戦に大興奮、という感じ。
喧嘩もこの街では立派な娯楽のひとつなんだろう。
うう……絶対に巻き込まれたくない……!
ウボォーさんと海賊団の船長さんは、ノブナガさんの言うとおり、互いに殴り合いを楽しんでいる様子だった。だけど、双方、負けず嫌いなのもおそらく同等。
ただの殴り合いにも飽きてきたようで、だんだんとその身体から立ち上るオーラが密度と量を増してくる……!!
ふむ、と団長。
「どうやら、あの船長も使える人間のようだな」
その冷静な言葉が終わるか否か――ウボォーさんと船長さんが、同時にその念を発したのだ。
「うおおおおおおおお――っ!! くらえ、“超破壊拳(ビッグバン・インパクト)”!!」
「燃えるねェ、兄ちゃん……!! “大銀河砲(ギャラクティック・カノン)”!!」
船長さん、放出系か……!
深紅のコートの下から突きだした左腕は、手首から先のない隻腕だった。そうか、だからさっきまで右手でしか殴っていなかったんだ。
大きく前に突きだした左腕に、凄まじいオーラが集中する。
それが、ウボォーさんの“超破壊拳(ビッグバン・インパクト)”に触れた瞬間、一直線に放射された。
でも、ウボォーさんだって負けてない。全身のオーラを高めて踏みとどまり、力押しで応戦する。
両者の間で圧縮され、渦巻くオーラが周囲の観衆を吹き飛ばす。
ウボォーさんの着ていた黒いタンクトップが破れ、背中の入れ墨が露わになる――蜘蛛だ、と誰かが叫んだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!!」
「どおりゃああああああああああああああああああ――っ!!」
迸る汗、滾る筋肉……これが、パワータイプの戦いというものか。
なんて熱っ苦しい!
幻影旅団の団員達はクロロ団長をはじめ、完全に観戦ムードだ。止めに入っても無駄と分かりきっているからか、嘆息混じりに……でも、やっぱりちょっと楽しそうに勝負の行方を見守っている。
やれやれ、お昼ご飯はもう少しお預けかな……。
不満げに鳴り出したお腹をさすった、その時だ。
「あれ……?」
嫌な匂いが鼻を掠めた。
酸っぱいような、香ばしいような――これは、火薬の匂い。
風に乗って漂ってくる……何気なく、その方向に目をやった私は、ぎくりと凍り付いた。
蛇窟街を流れる運河の河口、そこに横付けされている大型戦艦の主砲の先が、こちらを向いている。
「まさか――」
ドオン……!! と、街全体が脈打つかのような、発射音。
円錐形の巨大な砲弾が飛んでくる――狙いは、蜘蛛の11番。
「ポー?」
丸く見開いたクロロ団長の双眸が、不思議と残像に残った。気がついた時には、私はなおも殴り合いを続けているウボォーさんと船長さんの元に駆け寄っていた。
彼等を背に、庇い立つ。
「“驚愕の泡(アンビリーバブル)”!!」
背後で迸る強化系、放出系のオーラが、念の泡の増幅を後押しする。
泡は見る間に膨れあがり、観戦に集まった大衆と、店全体をも包み込んだ。
放物線を描いて着弾した弾頭は、その柔らかいクッションに受け止められ、弾かれて、上空に跳ね上がる。
「ポー、砲弾を泡でくるめ。破裂するぞ」
「――ッ、“見えない助手達(インビシブル・テンタクル)”!!」
クロロ団長の言葉と同時だった。
上に跳ね上がった砲弾の中心部から、放射状の亀裂が入る――でも、慌てて伸ばしたテンタ君の先が届く方が、少しだけ早かった。
くるんで、守る。
砲弾の内部から発射されようとしていたのは、高温で焼けた無数の鋼の刃だった。
それらは標的に降り注ぐことなく、透明な泡の中に受け込められ、ふわふわと漂った。
オーラの減少とともに、ゆっくりと地面に落ちる。
ぺたり、と私の膝も同時に落ちた。
「あ……あぶ、危なかった……!」
ゴロリ、と目の前に転がったのは、さっき上空で破裂しかけた砲弾のなれの果てだ。
円錐型の砲弾の頂点から放射線状に亀裂が入り、ぱかっと開いて、蓮の花のような形になっている。
大きな右手が、それをつかみ上げた。
「鉄針蓮か……まァた、馬鹿共が物騒なモン使いやがってよゥ」
赤髪の船長さんだ。ちょっと眦の垂れた目を、不機嫌そうにしかめている。渋い系のおじさんかと思ったけど、こうして近くで見ると意外と若い。
大丈夫でしたか、と声をかけようとした寸前、怒髪天を突いた強化系が怒鳴り込んできた。
「おい、てめぇ! サシの喧嘩に不意打ちたぁ、どういうワケだゴラアアアア!!」
「ウ、ウボォーさん、落ち着いて下さい……っ! 違いますっ、今のは船長さんがやったんじゃないですよ! 河口付近に大きな船艦が見えるでしょう? あれから飛んできたんです」
さ、流石は幻影旅団の切り込み隊長、テンタ君でぎゅーっと拘束して取り押さえようとするけれど……の、伸びる!
「ポー……! あの船がこいつの仲間じゃないって証拠はねぇだろうがよ!」
「そ、それは……」
そうかもしれないですけど……、と口ごもりそうになった私の背中を、船長さんの罵声が張り飛ばした。
「馬鹿ぬかしてんじゃねェ!! 俺達は海底海賊だぜェ、鉄針蓮なんてド腐れたモン、誰が使うかよォ! あのいけすかねェ戦艦は、【鐵鬼団】の衆だぜェ!!」
「海底海賊ぅ?」
「海底海賊は、潜水艦に乗って船を襲う海賊のことです! ちなみに、鉄針蓮は海賊の使う特殊砲弾で、着弾と同時に焼けた鉄針と可燃性の液体を周囲一帯に向けて発射します。一弾で大勢の人間を負傷させることが出来、また、木製の船であれば同時に火を放つことも出来るため、主に船上戦で使用されます。つまり、海底海賊には不要な武器ってことですよ。はい、証拠みっけ!」
「むぐ……っ!」
怒りの矛先を向ける相手が見つからず、地団駄踏むしかないウボォーさん。彼がギロリと睨み付ける大型戦艦は、悠然と河口に浮かびながら、こちらに向かって光線信号を送っている。
「なになに……“蜘蛛を引き渡せ”だとォ? はッ! 人の喧嘩に割り込んで来やがってェ、ふざけたこと抜かしてんじゃねェぜッ!!」
急激にオーラが高まると同時に、船長さんの隻腕が伸びた――さっきは見えなかった光の砲身が、河口の船艦に狙いを定める。
これは――
「“大銀河砲・狙撃型(ギャラクティック・カノン モデル・スナイパー)”!!」
キューン……ッ!! と甲高い音を立てて、放出系のオーラが空を裂く。
オーラの光線が巨大な砲身を構える戦艦の一点を貫いた瞬間、大爆発が起きた。
ドカーン、と激しい炎と黒煙を上げて、派手に吹っ飛ぶ大型戦艦。様子を見守っていた観衆は、しばらく誰もが声を失っていたけれど――やがて、街は割れんばかりの大歓声に包まれた。
沸き上がるのはどれも、船長さんへの賞賛と声援だ。初対面の私にさえ、この人の人望の厚さがよく分かる。
海賊も盗賊も、荒くれ者を纏め上げて頭になる人っていうのは、こういう特別な度量っていうか、人気ってものが必要なんだろうなぁ……そんなことをしみじみと考えていた時である。
「え……?」
さっきまで空を仰いで大爆笑していた海賊団の船長さんが、私の顔を見て固まっていることに気がついた。
まじまじと凝視した後、
「まさかとは思ったが、やっぱり先生か……? なんで、あんたがここにいる」
「へ?」