その頃、ヨークシン郊外リンゴーン空港にて。
港内を散々走り回り、汗だくになった二人の少年達――ゴンとキルアが、ロビーのソファにそろって倒れ込んだ。
「だあああ――ッ! もう! ポーも兄貴もどこにいるんだよ!?」
「二人とも、飛行船に登場した記録がなかったね……じゃあ、やっぱりまだ街にいるのかな?」
くりっとつんつん頭を傾げるゴンに、キルアは額を流れる汗を拭いつつ、近くの自動販売機へと向かった。
冷えたコーラを二本。片方を、ゴンに向かって投げる。
「でもよー、もう散々探し回ったじゃん。兄貴を見つけようってのは無理があるかもしれないけどさ、ポーなら楽勝だって思ってたのに……」
「港の方はレオリオが探しに行ってくれたけど、まだ何の連絡も無いや……やっぱり、ポーは幻影旅団に」
「やめろよ! まあ……もしもそうだとしても、ポーならなんとかして逃げ出すさ。なんてったって、俺の親父が殺せないって太鼓判押してんだぜ? ちょっとやそっとじゃやられないって」
プシッと栓を開け、笑顔でコーラを飲もうとするキルアに、ゴンは冷静に一言。
「キルア……ポーは、女の子なんだよ?」
「う……!」
「それに、幻影旅団はクラピカの仲間を皆殺しにしたような奴らなんだ。捕まって、酷いことされないうちに見つけ出さなきゃ……うおおおおおおおおお!! 出てこ―――――い!!! 幻影旅だあああああああああああああああああああん!!」
「急に怒鳴るなよ馬鹿!! ここ、空港だぜ? 全く……恥ずいだろ」
しかも、怒鳴った勢いでコーラの缶が握りつぶされてしまった。
あーあ、もったいねー、とキルア。
そして、勢いよく噴き出したコーラの噴水が、たまたまこっちに近づいて来ていていた青年の顔面に派手にぶっかかってしまった。
「ぶはっ★」
「うわあああああっ!! やっちゃった!!」
「うひゃー、タイミング悪っ!」
派手な赤い髪の青年だった。臙脂のスーツに黒いシャツ。まだ夏の名残が色濃いヨークシンに来るには少し暑苦しい格好だが、ずいぶんと身なりが良い。
「お、お兄さん、ごめんなさい!!」
「こいつ、悪気はなかったんだ。許してやってくれよ」
青年は特に怒った様子もなく、ジャケットの胸ポケットからハンカチを取り出して、黙って顔を拭った。
そして、唐突に肩を震わせ、笑い始める。
「クックックッ……それは、キミタチ次第かな?★」
その笑い声――少年達は一瞬で反応した。
初動でとった間合いは、約5メートル。
「ヒソカ……!?」
「なんだ、お前かよ……! あーあ、心配して損したぜ!」
「酷いなあ★ このスーツ、結構高かったんだよ?」
「そんなの天空闘技場であれだけ稼いでりゃ、すぐ買えんだろ? 行こうぜ、ゴン」
この忙しいときに、こんな奴に関わっている暇はない――そう、判断したキルアだが、ゴンは違ったようだった。
おもむろに、近づいて言う。
「ヒソカ! ポーかイルミの居場所を知らない? 今すぐ会わなきゃいけないのに、どこを探しても見つからないんだ!」
「ふぅん……☆」
ヒソカはコーラまみれになってしまった顔を、丁寧にハンカチで拭った。濡れて降りていた髪をかき上げれば、メイクこそしていないものの、見慣れた奇術師の顔になる。
「その様子じゃあ、幻影旅団のメンバーにポーが攫われでもしたようだね★」
「な……っ! なんでお前にそんなことが分かるんだよ!」
「ヒミツ☆ と言いたいところだけど、さっきゴンが大声で叫んでたからねぇ。出てこい幻影旅団って……で、ポーかイルミを探してるってことは、どちらかが彼等と何かあったってことだ。イルミが彼等と関わったとしても、キミタチがこんな風に躍起になるとは思えない。でも、ポーが旅団と接触したなら話は別さ☆」
「……チッ」
しくじった、とキルアは思った。まさか、真っ昼間のこんな公共の場所に、闇を好む死神が現れるなんて思ってもみなかった。
しかし、隣のゴンは相変わらずの暢気さで、
「へえ-! やっぱりヒソカはすごいや! たったそれだけのことで、全部分かっちゃうだなんて」
「クックックッ☆ お褒めにあずかり光栄だネ。で、本当のところは何があったんだい?」
「一昨日、ポーがホテルから急にいなくなっちゃったんだ。その前の日に幻影旅団に襲われて、イルミに助けられた翌朝のことだったから、もしかしたら、逆恨みした旅団の奴らに攫われたんじゃないかって心配になってさ。ポーともイルミとも、ずっと連絡がとれないし……」
「それはそれは……イルミったら、ヨークシンにはいないって言ってたくせに★ 嘘をついた上にボクの忠告を無駄にしたんだね」
「はあ? なんの話だよ」
「こっちの話☆ でも、もし旅団に攫われたとしても、イルミが一緒ならなんとかなるんじゃないのかい?」
「それが……兄貴の奴、旅団に灸を据えるために親父達と取引したらしくてさ。せっかくとった休みだってのに、仕事に行っちまったんだよ。だから、ポーは一人でホテルにいたんだ。午前中の便で、ここを離れる予定だった。なのに、飛行船に登場した痕跡はない」
「ふぅん……★ ポーのことだから、オークションに行きたいあまりに逃避行したって可能性もありそうだけど……でも、もし蜘蛛に攫われたとすれば、彼からのこんな内容のメールにも納得がいくかもしれないなあ……★」
「は? メール?」
「だから、こっちの話だってば★」
「まあ、そういうことだからさ。ヒソカもポーを探すのを手伝ってよ!」
「ゴン! 何言ってんだよ!! ちょっとは警戒心持てよ!」
「えー、なんで? 探す人数は多い方がいいじゃない」
「こいつが素直にポーを探すと思ったら大間違いだっつーの!!」
「さっきから酷い言われようだね★ でも、なんだか面白そうな予感がする。いいよ、手伝ってあげても☆」
「本当!? やったね!」
「マジかよ……てか、ヒソカ。お前、何か用事があってヨークシンに来たんじゃなかったのか?」
「その筈だったんだけど、急にキャンセルされちゃった★ ボクは普段から不真面目で、無断欠席が多くて、急な集合時間の変更にも対応できないからクビだってさ。酷いだろ?」
「いや、それはお前が悪いだろ」
「駄目だよー、ヒソカ。お仕事はきちんとしないと!」
「クックックッ★ そうだねぇ……」
特に悪びれない様子で笑って、陽気な死神はぴっと人差し指を立てる。
「それじゃあ、ポーが蜘蛛に攫われたと仮定して、まずはイルミから探しに行こうか☆ 彼に関しては、ボクの感度がビンビンだから……蜘蛛より探しやすいかも☆」
「へえー! ヒソカはイルミにビンビンなんだね!」
「ゴンに対してもビンビンだよ☆」
「やめろよ変態!! ――ったく、妙なことになっちまったよなぁ」
はあ……と、一人嘆息するキルアをよそに、天空闘技場では死闘を繰り広げていたはずの二人は仲良く手を繋いで歩いて行く。
「兄貴……なにしてんだよ」
失わせるまい、と思う。
何に対しても感情らしい感情を抱いたことのない彼が、たった一つ、見つけた大切な人間なのだ。
キルア自身にとっての、ゴンのように――いや、それは友達よりも、もっと大きな存在なのかもしれない。
絶対に、失わせるものか。
もしも、旅団にポーを殺されたら、今度こそイルミは――
「キルア―! 何してるんだよ、早く行こうよ!」
「クックックッ☆ 置いて行っちゃうよ?」
「……悪ぃ。待てよ!」
嫌な予感を振り切るように、キルアは空港のロビーをあとにした。