14 汗と涙の水見式!

 

 

 

 

 

「これはすごい……」



イルミとズシくんが追い出……表に出ていったので、道場の中は私とウィングさんの二人っきりになった。



水見式の結果は、この通り……。

 

 

 

「まるで、水の入ったシャボン玉のようですね」

 



ブワブワ、天井一杯に膨らんだ念の泡の水風船を見上げ、ウィングさんはぽかんと口を開けるばかり。



でも、この結果にびっくりしたのは私もおんなじだ。



「これ、前にしたときよりも、水の増える量がずっと多くなってます!」



「そうですか。水の量が増えるのは、強化系の反応です。前というのは、ハンター試験中のことでしょうか?きっと、そのときよりも、力や働きを強める能力が上達している、というしるしですね」



「へ~!水見式って、ただ系統を調べるだけじゃなくて、色んなことが分かるんですね!」



「そうですよ。心源流では、念の修業者が己の成長具合をはかるときにも、この方法を用います。纏で己のオーラを止め、練によって高める。水見式にはこの練を使用しますから、念の基礎となるもっとも純粋なオーラの性質を知ることができるのです。よく覚えておいてください」



「はーい!」












          ***













あいつ……。



ギギギギギギギイイイィィィ――!!



「イイイイイイルミさんっ!?ヤバイっす!またあのヤバイオーラがめいっぱい出てるっす!それに、ガラスひっかきすぎて指の形に削れてるっす!怖いっす!鳥肌立つっす!やめて欲しいっす――っ!!」



……煩い。



あまりの騒がしさに、窓に張りついていた俺はほっぺたをひっぺがした。



いつの間にやら窓ガラスに食い込んでいた指を引き抜き、ふり向くと、



誰もいない。



と思ったら、あのズシとかいう小さいのが、フェンスにしがみついてガタガタ震えていた。



なにこれ、ハムスターみたい。



「気になるならどこへなりと行きなよ。俺も流石に、弟子の前で師匠を殺るのは心が痛むからねー」



タダ働きだし。



「殺るって……ま、まさかイルミさん、ウィング師匠を殺す気なんすか!!?」



「殺すよ?あいつが俺のポーに、指一本でも触れたらね」



「やきもちのハードルが低すぎるっす!!大丈夫っす、師匠は他の人の奥さんに変なことするような人じゃないっすから!!」



「そんなのわからないじゃない。俺のポー、可愛いし」



「それはそうっすけど……」



「でしょ?」



くりっ。



「くりっ、じゃないっす!!ダメっす!絶対にさせないっす!!とゆーか、ウィング師匠がそんな真似したら、弟子の自分が許さないっす――!!」



「……」











          ***













「なんだか、外が賑やかですね……」



「無視しましょう」



ウィングさんと私。



二人で、天井に浮かんだ水風船に指を伸ばし、中の水を舐めてみた。



「あ、前よりしょっぱい!」



「かなりの塩分濃度ですね。それに、水球の中で葉っぱが動いている。そして色は、極々薄いブルー」



「味が変わるのは変化系、葉が動くのは操作系、色が変わるのは放出系の反応でしたよね。あ、あと、水の成分を調べてみたときには、塩分が含まれてました」



「異物が現れるのは、具現化系の反応ですね。なるほど、五系統全ての反応が見られたわけですか……」



まる。



ホワイトボードに記された、発の系統を示す六角形の一番下に、ウィングさんは迷わず丸をつける。



「やっぱり?」



「ええ。ポーさんの場合、念の系統は特質系で間違いありません。ですが、現れた反応は他の五系統に属しています。そこで、今度はもっと詳しく見ていきましょう。ポーさん、もう一度コップと水を用意しますから、初めから水見式をやってみて下さい。ただし、今度は出来る限りゆっくりと。最初の反応が現れた時点で、練を中断して下さい」



「分かりました!」



ウィングさんのお話によると、特質系の中でも、複数の系統の反応が同時に現れる場合。



その反応が現れる順番が、早ければ早いものほど、得意な分野なのだそうだ。



もう一度、コップに手をかざして練を行う。



するとまた、数秒もしないうちに、水面が表面張力ギリギリまで持ち上がり――




「はい、ストップ」



「えっ!でもまだ――」



「量は増えていない。先に、味を見てみましょうか」



「あ、そっか!……うわ、しょっぱい!塩分だ!ということは、私は強化系よりも、変化系や具現化系の念能力の方が得意ってことですか」



「そうですね。それに、葉にも、僅かでしたが揺れが見られました。葉が揺れるのが先か、水の味が変わるのが先かということは分かりかねますが、こういうときは、よりはっきりと現れた反応を優先します」



ウィングさんの手が動く。



1、2、3、4。



六角形の周りをとりまくように、四つの数字。



「ポーさんの念は、まず一番目に同時に現れた、変化系、具現化系の能力にもっとも長けています。二番目は、その能力を操る操作系。三番目に、強化系。最後に、もっとも遅く現れ、また、反応もごく僅かだった放出系の能力……これは、現在のポーさんのウィークポイントを、そのまま示していますね」



「私のウィークポイント?」



「放出系の念能力は、ポーさんが会得したいと望んでいた「堅」と「流」。オーラの攻防力移動を極めた形といえます。オーラを纏い、練で高める……この2つの、もっともバランスの取れた状態を「堅」といいますが、この「堅」のオーラを、「流」で素早く移動させる。肉体の枠を超えなければ、「堅」にとどまる。しかし」



「……肉体を離れて、遠くに飛んでいくほどの強力な「流」を行えば……そうか、放出系はそれを極めた系統なんだ!!」



「ポーさんは飲みこみが早いですね」



きゅ、と。



ホワイトボードに花丸印を書き込むウィングさん。



やったね、誉められた!



「じゃあ、私は「堅」と「流」を一緒に極められる、放出系の修業を行えば、一石二鳥ってことですね!」



「それは、違います」



「えー!」



「ポーさん。さっきも言った通り、あなたはかなり癖の強いタイプです。例えば、このように――」



さっきは少しって言ったくせに。



ス……ッと、ホワイトボードに伸ばされたウィングさんの手がマーカーで線を引き――消えた!!



と思ったら、目の前にペンのおしりが!



「わあっ!?」



プルン!



び、びっくりした、セーフ。



「き、急になにするんですか―!!」



「まあまあ、これも修業のうちですよ――とまあ、このように、ポーさんは意識的にではなく、反射的、つまり、無意識にオーラを操る傾向があります。熱いものに触れたとき、頭で気がつくよりも先に、手が離れるようにね。条件反射とも言うべきこの癖が、非常に強いのです」



ウィングさんはやんわり笑ってボードの前から離れ、席に戻った。



私にも、座るように促す。



「うう……そ、そう言えば、前にイルミにも指摘されました。私は無意識に念を使ってるって……もともと私は、お母さんのお腹にいたときに津波に飲まれた影響で、産まれたときから精孔が開いていたらしいんですよね。だから、私の身体は流出する生命エネルギーをなんとか止めようと、頑張ったみたいなんです。癖が強いのはそのせいかと……」



「ほう……自然災害が原因で、念使いにですか。確かに、いくつか確認されている事例はあります。それが産まれる前にというのは、大変希有ですね。さぞかし苦労されたでしょう」



「苦労しましたよ~!小さい頃から、運動という運動はろくにできませんでしたからね。体育も運動会も見学ばっかり!幸い、水の中では自然と纏が出来ていたので、泳ぐのは得意でしたけど」



「なるほど。それでですか」



「え?」



空のグラスに水をついで、差し出される。



受けとると、ウィングさんは自分の分もついで、飲んだ。



なんだ、休憩か。



もっかい水見式するのかと思った。



そんな顔をしていたであろう私に、メガネ越しの目が柔らかく笑む。



「実は、先程あなたの纏を見たとき、とても心が落ち着いたのです。まるで、海の中をのんびりと漂っているようでした。穏やかで、力強く、どこまでも広がって、全てを包み守る……」



「……」



「もう充分にお気づきでしょうが、あなたの念は守ることに特化しています。おそらくは、あなたが産まれる前に飲まれたという津波が原因でしょう。母体と胎児を守るために、精孔から溢れだした生命エネルギーが防御の膜となったのです。あなたの念能力、“驚愕の泡”の原型に」



「……試合、見て下さってたんですね」



はい、と、ウィングさんは頷いた。



私は項垂れた。



グラスの中の水面に、ひどい仏頂面の自分が映っている。



窓から差し込む七月の光が、いくつも小さな珠になって、チラチラと笑うように揺れた。



ウィングさんがなにを言いたいのか、私にはなんとはなしに分かってしまったのだ。



眩しいのと、かなしいのとで涙が出た。



「ええ。見事でした。あの追い詰められた状況で、僅かなヒントを鍵に堅と流を即座にやってのけた。すばらしい観察力とセンスです。見よう見まねで簡単に出来ることではありません。しかし、あなたの念ではオーラを攻撃のためだけに集中させることは、おそらく難しいでしょう」



「……攻撃より、防御に向いているから?」



「はい」



しっかりと私の目をとらえ、ウィングさんは頷いた。



「――でも!それはバブルが防御用の念だからで、攻撃用の念は他に……」



「そういうことではありません。あなたは別に、攻防力移動が下手なのではない。上手くいかないのは、あなたの念が、あなたが意識していなくても、身の危険を感じただけで守りや逃げに徹してしまう特徴を持っているからです。今日の試合がいい例でしょう?」



「……」



そうだ。



ランさんの攻撃を、堅と流で防ぐことはすんなりできた。



なのに、同じ攻防力の移動にも関わらず、次に、攻撃のために触手の先端に集めようとしたときは、倍くらい時間がかかってしまったのだ。



そのせいで時間切れに……テンタ君を使ったあの一撃が当たっていたら、50階クラスくらいには上れたはずなのに。



「思い当たるふしは、あるようですね」



「……はい」



大ありすぎる。



私の念は攻撃には向かない。



それは、ハンター試験で、初めて実際の試合をしたときに痛感した。



ヒソカと戦ったときのこと。



見えないオーラと素早さで、なんとか攻撃を当てても、ろくにダメージを与えられなかった。



あごを殴り飛ばしても、首をしめてもダメ。



今から思えば、あれは彼が堅を行っていたに違いない。



攻防力の移動によって、ヒソカは私の攻撃を完璧に防いでいたのだ。



そう言えば……シルバさんと水中で戦ったときも――



「……」



うつむいて、黙りこんでしまった私を前に、ウィングさんは立ち上がった。



「はっ!」



オーラを纏い、練で高める。



堅。



「極端な例を上げれば、全ての攻防力を100パーセントとしたとき。右の手に攻撃のための攻防力70パーセント、全体を防御のための攻防力30パーセントの状態で戦ったとします。このように、意識的に攻防力を移動させていても、ポーさんの場合、戦っている相手が、少しでも攻撃するそぶりをみせただけで、この数値が真逆になるのです。瞬間的に手と全体のオーラの数値を入れ換えるのですから、見事な流だと言えます。ですが、これでは守りの一手。いかに避けるか、いかに敵から身を隠すか……そればかりに集中してしまう。相手の堅を吹き飛ばすほどの攻撃は、出来ません」



「ううう……っ!!」



そんなはっきり言わなくても……!!



「わかってますよ……!私が怖がりだってことなんでしょう?臆病癖がなおらないことには、攻撃なんて出来ないって言うんでしょう!?わかってますよ!でも、怖いものは怖いんですもん!!」



「いいえ。それは違います」



「え……」



「ポーさん。落ち着いてよく聞いて下さい。先程、私が言ったことは、なにもあなたが臆病だからという意味ではありません。危険察知、生命維持能力が並外れて優れている、ということなのです。これは、激しい戦いの中で生き残るために、もっとも必要となる力です。あなたの念は、まるで生き物のようですね。だから、無理をせず、防御のための術として、堅と流を会得されてみてはいかがですか?見栄を張らずに、あなた自身の個性を受け入れてみては」



「……」



仏頂面のままの私に、ウィングさんはパチンと片目をつぶって見せた。



「もちろん、念の修業は基礎からみっちりいきますよ。纏と絶はともかく、練に関してはオーラの生産量にムラがありすぎます。早いうちに、正確に、素早く、無駄なくオーラを生み出せるようにならなければ、いつまでたっても応用技の修業には入れませんから、頑張って下さい」



「……押忍!」