プルルルル……プルルルル。
ガチャ。
『はい、ゾルディック家執事室』
「ゴトー、ミルを出して」
『イルミ様。大変申し訳御座いません。生憎、ミルキ様はご体調を崩されて今は――』
「いいから出して」
『……畏まりました。お繋ぎいたしますので、少々お待ち下さいませ』
ガチャ。
『兄貴!!!もー!!今日一日で何度目だよコフーーーッ!!もうサボってゲームもしてないし、マジで立て込んでるんだよ!!頼むからこれ以上邪魔しないでくれよ――ー!!』
「……ミル。一度しか言わない。今すぐ、パソコンを持ってゼノ爺ちゃんのところへ行け」
『はあ?なんで俺が――』
「……」
『ひ……っ!?わ、わわ、わかったよ!な、なんかあったのかよ……?』
「例の二人組に、ポーが腕を折られた」
『なあっ!?そ、それを先に言えよ!!待ってろ、爺ちゃん、まだ家にいるはずだ。さっき、食堂で夕飯食ってたから!兄貴、今のうちにスカイシステムにアクセスしといて!!』
ドタバタドタバタ……!!!!
***
……受話器の向こうが、なんだか騒がしい。
100階の選手部屋に逃げ帰ってすぐ、イルミは私を寝台に寝かせ、折られた腕に応急処置を施した。
しばらく、氷と絞ったタオルで冷やすように言いつける。
それから、携帯電話を取り出した。
一言、二言交わした後、パソコンを開いて、スカイシステムにアクセス。
誰と、何を話しているのかは分からない……ミルキくんかな……?
耳鳴りと頭痛が酷くて、声はほとんど聴き取れない。
ひとつだけ、はっきりと分かるのは、イルミが怒っているということ。
ここにきてから何度も怒らせてしまったけれど、今のイルミには、正直に言ってこれ以上近くにいたくないと思ってしまうほどの恐怖を感じた。
それは、静かな殺気だった。
けれど、近づけばそのまま、奈落の底まで真っ逆さまに落ちてしまいそう。
怖い……。
「ポー、大丈夫?」
「……イ、ルミ、怖いよ……」
「……ごめん。俺、今度こそ自分のこと抑えられないかもしれないんだよね」
くしゃ、と汗で濡れた頭に置かれた手のひらは、いつもよりずっと優しいのに。
「イルミ……なんて顔してるの」
「……」
「大丈夫……だって、私、いままで一度も骨折ったことなかったから、ちょっとビックリしただけ――あはは、想像してたよりずっと痛いねー」
無理が見て取れるのだろう、私が笑っても、イルミは何も言わない。
表情を凍てつかせたまま、微かに瞳をわななかせている。
「ねぇ、ハンター試験で、ゴンがハンゾーさんに腕を折られたときも、こんなだったのかな。イルミも、あの試験の後、ゴンに手首を掴まれて握りつぶされてたよね。なんで、イルミは平気だったの?」
「……慣れてるから。俺は、痛覚を念で麻痺させる訓練もしてるし、首以外の骨は大概、一度は折られてる。でも、海月は違う。海月はそんなこと出来ないし、そんな訓練も――受けさせたくない。なのに、」
「ちょっと待った」
震える手で、頬を撫でていたイルミの動きが止まった。
「はあ~~?」
がば、とシーツを跳ね除け、
「念で痛覚を麻痺!?そんな方法があるなら最初に教えといてよ!!なにそれ!!それさえマスターしとけば、こんっっっな痛い思いしなくったってすんだんじゃないの!!?」
「……あ」
イルミは私を見つめたまま、潤んだ瞳をパチパチさせた。
でも、すぐにいつもの調子に戻り、
「ダメ。そんなこと教えたら、ポーは今にもまして怖いもの知らずになって、誰彼構わず突っ込んでいくだろ。恐怖と痛みは身を持って経験しておかないと。ポーの感じる恐怖は、そのまま防御力の向上にも繋がってるんだから、ダメ」
「じゃあ私が骨折られて痛みに呻き転がってもいいって言うの!?イルミ酷っ!!天然理屈屋マイペース鬼畜操作系!!!」
「酷いなー、それ、婚約者の俺に向かって言う言葉じゃないよね」
ギリギリギリイッ!!
「ぎゃああああああああこんなときにほっぺたつねらないで痛いーーーー!!!」
「ははは。丁度いいじゃない。腕の痛みを忘れられて」
『……お前たち、なにをやっとるんじゃい』
唐突に聞こえた第三者の声に顔を向ければ、夕御飯真っ最中のゼノさんがいた。
無論、パソコン画面の中に。
呆れた顔のミルキも一緒だ。
『ポー姉、骨折られて死にそうだったんじゃないのかよ……』
「折られたよ!痛いよ!痛くて死にそうだよ!!」
「ポー、ちょっと、煩いから黙ってて。あのさー、爺ちゃん。俺に依頼して欲しいんだ。シロガネとランっていう、二人組の殺し屋を始末しろって。今すぐに」
『ふむ……イルミや。仕事に私情を挟むのは関心せんな』
「私情っていうか、あいつらはポーを狙ってるんだよね。身内の命が危険にさらされてるんだから、それを守るのは家族として当然なんじゃないの?それとも、爺ちゃんはポーのこと、まだ家族として認める気はないってこと?」
『うーむ。そういうことなら、確かに話は変わってくるが』
ちょっ!!?
「だ、だだだだだだダメ!!!!!ダメだってイルミ!!!あの二人は――むぎゅうっ!!」
「ポー。黙っててって、俺、言ったよね」
口を抑え、間近に迫ったイルミの顔は……ぎゃああああああああああ!!!!
気づいてる!!!!
これは100%、二人の正体に気づいてる顔じゃああーりませんか―――――――っ!!!!!
イルミの確信犯ーーーー!!!
でえええい、こうなったら奥の手!!!!
「……っ!!」
イルミに口を塞がれたまま、右手の人差し指をパソコンに向けて突きつける!!
指先には念の文字。
“ダメです!!その二人はシルバさんとキキョウさんなんです!!”
気づいてゼノさん!!!
『なんじゃと!!?お前たち、シルバとキキョウさん相手に戦っとったのか!?』
「……チッ」
「っぷは!チッ、じゃないよイルミ!!イルミだって戦って気づいてたんでしょ!?骨を折られたのだって、イルミがキキョウさんの左腕を折っちゃったからじゃない!!位置もバッチリ同じ!」
ふう、と忌々しげな嘆息ひとつ。
乱れた黒髪をぱさりとかき上げ、イルミは悪びれもなく水差しの水をコップに継いで、一気に飲み干した。
「そういうことだから。爺ちゃん。俺、父さんと母さんのことぶっ殺すけど、いいよね」
『ダメじゃ』
ですよね。
***
ドンドンドン!!
「ポーさん、イルミさん!無事ですかっ!?」
「二人とも!いたら返事して欲しいっす!!」
ガチャ。
「ウィングさん、ズシくん!ごめんなさい、試合の途中で逃げちゃったりして……ご心配おかけしました!!」
「おや……」
「ポー……さん?な、なんでそんなに元気そうっすか……?」
折れた左腕を吊るした三角巾をふりふり。
ドアを開けると真っ青な顔のウィングさんとズシくんが、肩で息をして立っていた。
あの会場の大パニックを無理矢理に抜けてきてくれたんだろう。
ズシくんは道着の帯がほどけているし、ウィングさんのシャツに関してはもう、ワイルドと言う他ない。
ズレたメガネを直すこともしないで、ウィングさんはほーっと安堵の息とともに胸を撫で下ろした。
「良かった。試合会場に立ち込めていた粉塵が収まったあと、あなた方二人の姿が見当たらなかったので、もしやと思いここに来ました。本当に、無事でよかった……」
「ウィングさん……あ、わ、私、その、シルバさ……シロガネさんに左腕の骨を折られてしまって」
「骨折っすか!?それなのに起き上がったりして大丈夫っすか!?」
「うん。さっき、イルミのお爺さんに、念の力で痛覚を鈍らせる方法を教えてもらったから、痛みは平気。で、今はこれを食べて、骨折箇所を修復中!」
「ニボシっすか……?」
「貴女を見ていると、なんだかゴンくんを思い出しますね……それで、イルミさんは中に?」
「はい。でも今、その、お爺さんとお仕事の……交渉中、です」
「交渉?」
こてん、と首を傾げるウィングさん。だーかーらー、と少々苛立ったイルミの声が聞こえてきたのはそのときだ。
「それは、俺が父さんの分まで仕事すれば済む話だよね。最近は俺のほうが営業成績もいいんだから、問題ないって言ってるじゃない。だから、始末させて」
『ダーメーじゃ!!大体、イルミ。骨を折られたのは、お前がさきにキキョウさんの腕を折ったからなんじゃろう。それを逆恨みしおって』
「だって、それだけじゃないんだよ?父さんたら、俺のポーに無理矢理迫ってキスまでしたんだから」
『いくらポー姉のこと気に入ってるからって、マジで何やってんだよ親父コフ―……』
『ぐむう……それについてはシルバに非がある。じゃが、報復にしてはやりすぎだ。お前もキキョウさんに接吻するくらいで済ましておけ』
「死んでも嫌だ」
きぱっと言い切り、パソコン画面とニラメッコしていたイルミの顔がこっちを向いた。
「ウィング、ズシ。来たの」
「ええ。無事を確認したかったのと、お二人にお伝えしたことがあったもので」
『む。誰じゃ、そやつは』
『ポー姉の新しい彼氏かぁ?――に、睨むなよっ、兄貴っ!!冗談だろ、コフー!』
「調子に乗ってると本気でヤるよ?ミルキ。爺ちゃん、こいつはウィングって言って、心源流格闘術の師範代だ。家に断りもなくキルの精孔を勝手に開いて、勝手に念を教えた張本人。今はポーが念の基礎を教わってるんだよ。で、こっちの小さいのは弟子のズシ」
「お初にお目にかかります」
「押忍っ!!」
『おお、お前さんがキルに念をのう。ふむ。ついこの前、キルとゴンとかいう小僧が家に遊びに来おったときに、キルのオーラを見たが、お前さん、いい腕をしとるようじゃの』
おお、よかった好印象!もう、イルミったらわざわざ棘のある紹介の仕方するんだから、ヒヤヒヤしたよー。
そういや、原作ではこの二人が関わることって全然ないけど、考えてみたら、ウィングさんは真っ直ぐで好青年な強化系だし、裏表がない分、変化系でお年寄りのゼノさんには気に入られそうなタイプだよね。
うんうん。
「なに暢気に頷いてるの。それで、ウィングが俺達に伝えたいことってなに?」
「先ほどの試合結果についてですが、試合中断時に攻撃を再開したシロガネの行動がルール違反とみなされ、イルミさんとポーさんのチームの判定勝ちとなりました」
「えっ、ほんとですか!?やったあ!」
「嬉しくない。ていうか、俺はもう試合の勝ち負けなんかどうでもいいよ。父さんの心臓をえぐりだして、目の前で笑いながら握りつぶしてやりたいだけだからねー」
真顔でムカつきながらキルアみたいなこと言ってる!!!
「やめて!!イルミ!!シルバさんやキキョウさんにも、きっとなにか考えがあるんだよ!!でないと、わざわざお休みの日に変装までして天空闘技場で戦ったりなんかしないと思わない!?」
「思わない。ポーはうちの親のことをよく知らないだけだよ。あの二人は、とにかく他人を試すことが好きなんだ。俺もそれで苦労したんだよ?」
「例の、殺せるか殺せないかってやつ?」
「キルから聞いたの?そう。俺達は幼少から、他人をそういう目で見て判断するよう作られる。父さんと母さんも、戦ってるときはこのことしか頭にないよ」
「そうなんだ……そう言えば私、シルバさんに“簡単に殺せない相手に会ったのは久しぶりだ”って言われたよ?」
「……ほんとに?それって、凄いことだよ?」
「そう?」
「うん。手放しで褒められたも同じ」
「ふーん……」
「ふーんて、嬉しくないの?」
「……嬉しくないよ。だって、私、シルバさんに腕の骨を折られちゃったんだから」
「……ごめん」
「確かに、シロガネさんの正体を知って、ちょっと気をちらしちゃった私が悪いかもしれないよ!?でもさ、たかだか人のかける圧力ふぜいで、骨が折れるだなんて……!!そんなことで、水深6000メートル以深の超深海に潜れると思う!?否、断じて否!!!」
「ポー……?」
「そりゃあ、シルバさんは念を使ってたかもしれないけど、そんなもんで骨が……ああああああああああ!!!せっかくイルミと海に潜って、水圧に耐えうる防御のこつを掴んだと思ったのに!!これじゃあ、また振り出しに戻ったもおんなじじゃない!!ああもう、この身体が憎い!!そうだ!いっそ、私の身体を分解して、完全に念の泡と一体化しちゃうっているのはどうだろう……うん!そうしたら、どんなに深い海に潜っても、水圧で潰されちゃうってことはないよね痛ああああいっ!!」
ガシッ!!
こともあろうに、折れた腕の真上を引っ掴むイルミの手に、感じていないはずの痛みを感じた。
「何すんの痛いイルミ!!なんていうか、見た目が痛い!!」
「黙って聞いてれば、なに馬鹿な考え広げてるわけ。そんなことしたら、ポーは本当にイカになっちゃうでしょ。俺、前に言ったよね。俺の知らないところでイカにならないでって」
「イカじゃないもんクラゲだもん!!」
「同じだよ」
「違うもん!!イカは外套膜があるから軟体動物門に属してるけど、クラゲはそれがないんだよ!?共通の祖先を持たない生き物を一緒にするとかやめてくれる!?イルミだってヒソカさんと同族だって言われたら嫌でしょ!?」
怒鳴る私を、これこれとお箸片手にゼノさんがたしなめる。
『そう熱くなるな。いくら念の力を使っても、人間がイカになるのは無理じゃ』
「クラゲですっ!!だって!!こんな、ちょっと蹴られただけで骨の折れる身体なんてないほうがマシじゃないですか!!私はもっと丈夫になりたんです!!どんな水圧にも潰されないように、柔らなくなりたいんですぅ!!」
バタバタバタバタ……!!
折れた腕を忘れて、寝台の上を転がりまわる私を、「やれやれ、まーた始まった」「ほっとけほっとけ」と言わんばかりの冷たい目で見つめているイルミ、ミルキ、ゼノさん、ウィングさんに、ズシくんまで……!!
そ、そんな目で見られたって、なりたいものはなりたいんだから仕方ないの!!
……あれ?
「ゼノさん……その、今食べてるのって納豆ですよね」
『む。そうじゃが?』
カカカカッと、慣れた手つきでお豆をかき混ぜつつ、お醤油と砂糖を少々、加えて更にまぜまぜするゼノさん。
砂糖を入れると、納豆の粘りは増しに増して、泡立って生クリームのようになる。
納豆って、食べ方に好みが出やすい食べ物だけど、ゼノさんはこの、甘辛い納豆が大好きだ。
「うちの研究室で作った、深海3000メートルから採取した海水に、偶然紛れ込んでいた納豆菌を培養させて作った“海納豆”……」
『ああ。キキョウさんがおらんもんで、食べるものがなくてな。冷蔵庫にあったのを勝手に頂いとる。もしかして、いかんかったか?』
「いえ……それはいいんです。いいんですけど――」
なんだろう、この感じ。
なにかと、なにかが、一生懸命繋がろうとしているこの感じ。
後少しで、今、こうして行き詰まっていることを全て乗り越えられる。そんな、打開策を思いつけるような、もどかしい感じ。
でも、なんで納豆?
うーむと納豆を凝視したまま固まる私に、ゼノさんは訝しげな顔で肩をすくめた。
『ま、ええわい。とにかく、イルミや。馬鹿な親子喧嘩はもう終いにしておけ。シルバとキキョウさんには、ワシから連絡を入れてきつく叱っておく。お前はもっとのんびりした所へ、ポーと旅行にでも行って来たらいいじゃろ。せっかくの休暇なんじゃし……』
ホカホカのごはんの上に泡立って山芋のすりおろしのようになった納豆を、とろん、とかける。
かけたとき。
泡の中を流れる納豆のつぶつぶを見た時。
「あああああああああああああああああああ――――――っっ!!!」
「ポー?」
『なんっだよお!!いきなり怒鳴んなよなあ、ポー姉!!!』
「納豆!!そうだ、それだよ、納豆になればいいんだよ!!!」
「は?」
「はい?」
「な、納豆っすか……?」
『……ポー姉、ついには発酵食品になりたいとか言い出したぜコフー』
『むう……さてはシルバの手刀を受けたショックで頭が』
「違―――う!!いたって真面目な話なんです!!念の泡をいかに使って身体を柔らかくするかっていう、発想のヒントがその納豆ってだけで、リアルになりたいわけじゃないですよ!」
だから、パソコンの前に集まってヒソヒソ言うのはやめてくれたまえ!!
「軟体動物門、刺胞動物門、環形動物門に有櫛動物門……身体の柔らかい動物には、共通点があります。それは、無脊椎動物であること!!」
「ようするに、骨がないってことだよね。骨がなくなったら陸上では重力に耐え切れなくなるよね。つまり、立っていられずに地面に這いつくばるしかないってことだよね。ナメクジみたいに。ポーはナメクジになりたいの?」
「な、なりたくないよ……だからね、骨をなくさない方向で、骨を一時的にでも柔らかくする方法はないかって考えてたの。例えば、身体を硬く丈夫にくして防御力を高めるには、オーラを身体に留める纏をするでしょ?もっと硬くするには一点集中型の堅。オーラで身体を硬くすることはできるのに、柔らかくすることはできない、なんてことはないよね!」
「うーん」
「ないの!!やり方を変えれば絶対できる!理論はこうです。人間の身体は沢山の組織や細胞が集まってできてるよね。怪我をしたり、骨がおれるのは、その組織や細胞どうしの結合が断たれちゃうからなの。じゃあそうならないように、離れ離れになりそうになった細胞と細胞の間に、ミクロの念のバクテリアが入って、中繋ぎをしたら、どうなるでしょーか!」
「細胞同士の連結を、念の泡が助けるってこと?念の泡が細胞の代わりになるってことだよね。できるの、それ」
「それは試してみなきゃわかんないなー!でも、そもそもこの念のバクテリアは、キキョウさんの毒料理を安全に食べるために生み出した防衛策でしょ。つまり、身体を守るための能力なの。身体に害をなすものに対しては、驚くぐらいによく反応し、よく動く。人間の身体に本来備わる自己治癒力を利用して、少しでも早く対応策を考え出そうとする……その証拠に、ほら」
さらば、三角筋。
服の袖をめくりあげると、さっきまで腫れて熱を持っていた二の腕が、すっきりと元の形に戻っていた。
ニボシ最高!!
「すごいっす!強化系並の回復力っす!!」
「生体恒常性、ホメオスタシスって聞いたことがあるかな?生き物のもつ、重要な性質のひとつで、私たちの身体には生まれつき、生体の内部や外部の環境因子の変化にかかわらず、生体の状態が一定に保たれるっていう性質があるんだよ。
つまるところ、異常な状態に対してとっても敏感なわけ。強化系の念能力者はオーラを高めることによって、この働きを強化することができるけど、私の場合は、念のバクテリアで傷ついた細胞一つ一つに働きかけ、一時的にホメオスタシスを向上させる。これを、圧力をかけられた場合の対処法としても採用してみよう。細胞や組織の規則正しい配列が、圧力によって乱されようとしたとき、念のバクテリアが瞬時に細胞間に集まり、損傷、裂傷を防ぐ。イメージはさっきの納豆。豆は細胞。ネバネバの泡はバクテリア。外見的には、ゴムみたいに潰れてもまた元に戻るはず――よし。仮説とイメージは固まった」
ガチャ。と、冷蔵庫から取り出したるは、キンキンに冷えた瓶ビール。
先ほど、直したばかりの左腕をテーブルの上に置き、
「では、これより実験にうつります。まず――」
「ちょっと待った」
「ああ!!なにすんのイルミビール瓶変えしてひひゃいっ!!ほっぺたつねらないで痛い―!!」
『……イル兄が止めてなかったら、ポー姉のやつ、確実に腕の上にビール瓶を振り下ろそうとしたよなコフー』
『き、肝が冷えたわい。全く。ポーや。話を聞いてやりたいことは分かったが、無茶をするな無茶を。ワシらのやっとる拷問の訓練より危ないわい』
「ひゃっへ、はへひはひんへふう!!」
「試したい?まーだそんなこと言ってるの?おかしいなー俺のつねり方が足りないのかな。俺の目の前で危ないことしようとしてごめんなさいは?」
ぎりぎりぎぎぎぎぎいいいいっ!!!
「ひぎゃああああ!!ひはいひはい!!ほへんははひ!!!」
「聞こえない」
『イルミもじゃ。気持ちは分かるがそれくらいにしとけ』
「……」
ぱっちん、とようやく自由になったほっぺたを擦りつつ。
「そ、そっか……ゾルディックに代々伝わる拷問の訓練――という名の、念を使った防御訓練。その中には、圧力に耐えるものもあるはす!!ゼノさん、出来るだけ短時間で習得できるものを教えて下さい!!」
『そうじゃのう。家に帰ってくれば石抱き用の十露盤板セットが揃っとるが――はて、どこに置いたかの』
『倉庫でホコリかぶってるよ。アレ、たしか昔爺ちゃんが、深夜のテレビショッピングで見て買ったはいいものの、ろくに使わなかったやつだろ?』
『だって、今なら二セットで半額だったんじゃぞ?』
なんですかその危ないテレビショッピング。
「うーん……わざわざククルーマウンテンに戻るのもなあ」
「ゴトーに飛行船で運ばせたら?そしたら、天空闘技場内の飛行場に停泊させたまま訓練できるじゃない」
おや。珍しいことにイルミが乗り気だ。
それどころか、心なしかその黒い猫目がキランキランして……るように見えたのは気のせいだ、うん。
「え、なんでそんなに協力的?絶対反対されると思ってたのに」
「しないよ。だって、また同じようにポーが骨折して、痛い目に遭うのは嫌だからね。あんな叫び声を聞くのも、あんなに苦しそうな顔をさせるのも、もう嫌だ」
「イルミ……」
「それに、俺、石抱きの拷問って一度やってみたかったんだよね」
「『そっちか――――っっ!!!!』」
私とパソコンの中のミルキのツッコミが綺麗にハモったとき、プルル、と部屋の電話が鳴った。
苦笑いして様子を見守ってたウィングさんが、席を立って、とる。
「――はい。ええ、わかりました。お二人にはお伝えします。それでは」
「誰から?」
静かに受話器を置き、ウィングさんは振り返った。
あの二人からですよ、と、溜息混じりに笑って言う。
そして、きりっと真顔に戻り、
「ポーさん、イルミさん。シロガネとランから再戦の申し込みです。明日、今日と同じ時刻に、190階の第一闘技場にて待つ、と」
「……願ったり、叶ったりですね」
「で、でも、時間はもう一日もないっす!それに、190階っていったら、100階クラスの上位の強者が犇めいている場所っす!圧力に対応する訓練をしながら、一日でそんな階まで上がるなんて無茶っすよ!!」
「大丈夫。俺がいる」
「そういうこと。私も、訓練しながら、ちゃんとこの能力が実践で使えるか試したい!イルミ、頑張ろうね!」
えいえいおーと、触手を振り上げる私の頭を、イルミが無表情にぽんぽんと撫でる。
そんないつもの光景を、ウィングさんは眩しいものを見るような目で、じっと見守ってくれていた。