「うえ~~ん、イルミぃ~~!!」
「はいはい」
「ビビリ癖を個性として受け入れるってなに!?克服するんじゃなくて、伸ばしていけだなんてわけわかんないよ……!!」
「うんうん」
「しかも、この先一週間は練の練習ばっかりで試合しちゃいけないだなんて……!!せっかく、ランさんの鞭さばきをお手本に、触手の攻撃の練習しようと思ってたのにいいいいい~~」
ぴいぴい泣きっぱなしの私を引きずって、イルミは情緒溢れる旅館の廊下をずんずん歩いていく。
彼の態度はいつも通り平然としたものだ。
つい先程まで、ウィングさんと本気の(少なくとも私にはそう見えた)殴り合いをした後だとは、とても思えない……。
「じゃあ、アイツのところで修業するのやめる?やめたければ、やめればいいと思うけど」
「そ、それはヤダ!弱いままでいたくないもん!」
「あっそ」
あくまでも無関心に言い放ち、
「意気込みはそれでいいとして、今日の修行は終わったんだからもういいじゃない。それよりも、明日のことを考えて休みなよ。心も、身体もさ。せっかくこんなところに泊まりに来たんだから」
「……うん」
その至極もっともなお言葉に、私は渋々頷いた。
そうなのです。
修業の間は、許可なく試合を行うこと禁止――との、ウィングさんからのお達しを受けた私とイルミは、天空闘技場の個室には戻らずに、近郊にある温泉宿屋に宿泊することにしたのです。
『試合を休んでいる間に、ランやシロガネがしびれを切らして、またあんな風にからんできたら厄介だろ?』
……という、イルミの提案に乗っかったのだけれど、どうやら彼が予約を取ったのは、露天風呂つきの離れ部屋。
しっ、下心があるのが見え見えだ――!!
でっでも、わわわ私はさっきウィングさんに言われたことがショックでショックで、おおおおおお温泉どころじゃ……!!
「あった。ここだよ、【桔梗の間】」
「わあっ!!」
鍵付きの引き戸がスウッと開かれ、目に飛び込んできた室内は……おおおおっ!?
あ、青い畳が眩しい和室っ!
しかも、二間続き!?
「へ、部屋っていうかなにここ……どこかのお屋敷の中かなにかですか……?」
「ううん。普通の離れの部屋。へー、でも確かに、案外広いね。直前に予約取ったし、部屋の名前がアレだから不安だったんだけど」
「広いよ!言っておくけど滅っっ茶苦茶広いよ!?こっちの座敷がひーふーみーよー、十二畳……で、隣が八畳……!」
全部で二十畳の個室ってナニさ!?
「畳? なにそれ?」
「え?あ、ああ、そっか。部屋の広さをね、こういう畳の敷いてある部屋では、その数で数えるの。はあ……でもなんか、和室って久しぶり。畳もまっさらだし。藺草のいい匂いがするね~!」
「気に入った?」
「もちろん!広すぎて二人で止まるにはもったいないような気もするけど……」
「ははは。そんなことないよ。ポー、寝相悪いし」
「に、二十畳の和室を転がりまわるほどじゃないよ!!」
たぶんね!
うひゃ~、それにしてもすんごい部屋だ。
よく見れば、置かれている調度品なんかも品が良くて高そう。
貧乏性の私からすれば、部屋まで中居さんが案内してくれようとしたり、宿屋の女将さんが挨拶しに来ようとしてくれたりした(無論、イルミが全て断りました)時点で、もう異次元のお話だ。
だいたい、テーブルに用意されているお茶菓子が、袋入りのおみやげ品じゃないってところが高級旅館だよ!
「……かわいい」
夏菓子らしく、水色の錦玉の中を泳いでいる金魚を眺めていると、縁側に立ったイルミが私を呼んだ。
「なに?」
「庭の向こうに海が見える。ここ、高台だからね」
「本当!?」
駆け寄ると、うわあ!本当だ!
庭園の向こうに水平線。
夕暮れが近づくにつれ、水の青さは色褪せていく。
やがて、海原一体が銀色に染まるころ、明るい金色と、オレンジ色の光が、さざ波のそこかしこに煌めいた。
「奇麗……」
「うん。でね、そこにあるものが見えるかな」
スッ、と、庭園の片隅を指し示すイルミ。
「……え」
さり気なく、しかし巧妙な計画により、背中にはぴったりとイルミがひっついているし、前は縁側。
ポンっと肩に手を置かれてしまえばもう、全身を拘束されているも同じこと!!
いいいい嫌な予感しかしない!!
「ここで問題です。アレは一体なんでしょう」
「……!!」
「なんでしょう」
「……………………………池?」
「ブー。正解は、露天風呂でした」
「へ、へえー……こ、ここって、露天風呂つきの個室だったんだあー」
「うん。すごいでしょ。俺とポーだけの貸切だよ?しかも、ここは離れだし、人払いもしたし、大体この旅館自体が温泉地から外れた隠れ宿だから、人目を気にせずゆっくり入れるねー」
「ふ、ふうん……」
「入りたい?」
「え」
「入りたいよね?俺と。露天風呂」
ガシイッ!!
「ううっ!!」
縁側から庭先を見つめつつ、しかし、有無を言わせぬオーラを放ちながら、イルミ。
カコーン。
鹿威しが軽やかに鳴った。
「……」
いつまでも答えを口にできないでいると、肩に置かれていたイルミの手のひらが、するりと胸元に滑りこんできた。
「……っあ、やめ――」
「ポー」
「ん……っ」
イルミに言葉を奪われる。
押し付けられた唇は、咎めるように舌を強く吸い上げて、すぐさま離れた。
「言わないで」
「……え?」
「やめて、とか、嫌、とか、言わないで」
「……」
「本当は、そんなこと思っていないならね?俺だって、こういうことするのは勇気がいるんだから」
「……はい」