18 サボタージュの翌日に!

 

 

 

 

 

翌々朝。



「う~ん……」



新鮮な地元産の高級魚、のどぐろの塩焼きに、おつくり、焚き物、つやつやホカホカの炊きたてご飯に、鮑のお吸い物……そんな、豪華な朝御飯を大喜びでいただきながらも、私の胸中は不安でいっぱいだった。



というのも、一昨日の夜、激しい激しいセックスの合間にイルミが、



「海月……明日は、修行を休んで俺と一緒に海に行こうね」



なんて!!



抗いがたいほど魅力的なお誘いをしてきたから!!



昨日は休んじゃったのよ、修行を!!



それも、弟子入りした翌日だったのに……!!



「ううう~!!今から思えば、なんて失礼なことを……ウィングさん、怒ってないかなあ」



「平気じゃない?実際、俺と海に行ったお陰で、防御と攻撃に関しては修行するより大きな成果を得られたんだからさ。それを見せれば納得するよ。強化系は単純だからね」



「それはそうかもしれないけど~……」



怒ったウィングさんて、結構恐いんだよぅ。普段が優しいから余計に……アニメも漫画も見てないイルミは知らないだろうけどさ。



ズシがキルアとの試合で念を使おうとしたときや、ゴンが無許可でギドと試合したあととか……めっちゃくちゃ厳しかったからなー。



あ。



よく考えたら私、ゴンと同じようなことやっちゃったんじゃないか?




「う~わ~!!確実に怒られる――!!」



「ポー、ごはんつぶ。食べながらいきなり大声で叫ぶのやめてよね」



ひょい、ぱく。



私のほっぺたにくっついていたであろうごはんつぶを、実にナチュラルに口に運びながら、イルミは淡々と真顔で言う。



「大丈夫。俺も一緒に脅……謝ってあげるから」



「イルミ……」



今、確実に脅してって言いかけたよね。



ふ、不安でいっぱいだな~!!









       ***










「本っ当――――に、申し訳ございませんでした!!」



「素直に許してくれるなら、命だけは助けてあげる」




「イルミ!それ、全然謝ってないから!!お願いだから、火に油そそぐような真似しないで~!!」



朝一番。



ご飯を食べ終えた私とイルミは、天空闘技場に程近いウィングさんの仮道場にやって来た。



コンコン、とノックした後に、物も言わずに現れたウィングさんの笑顔が怖い!!!



後ろで真っ青になって震えているズシが、そのお怒りの深さを如実に現している怖い!!



ああもう、ウィングさん、なんにも言ってくれないし~!



全身から、ひたひた、ひたひたと滲み出してるオーラが怖い……!



もうこれはアレだ!!



謝り倒すしかないというやつだ!!



だって、もとはといえば、悪いのは私だし……。



そんなこんなで、ごめんなさいを連発すること35回。



ついに、ウィングさんの口から大きなため息が漏れた――!!



「……ポーさん」



「はい!!」



「何か、理由があったのですね?」



「は、はい……ものすごーく、個人的な理由なんですが……」



「聞きましょう。許すか許さないかはそれから判断します。二人とも、中にお入りなさい」



私とイルミは顔を見合わせ、背中で小さくガッツポーズした。



第一段階、クリアー!



「まだ許すと決めたわけではありませんよ?」



にっこりと、恐ろしいほどの笑顔を浮かべたまま、ウィングさんは私とイルミに椅子に座るように促した。



昨日と同じように、ズシがお茶とお菓子を用意してくれる。



でも、今はなにを食べても味がしそうにないから、私はお礼を言っただけで手をつけなかった。



イルミは……人の気も知らないで、パキパキとおせんべいをかじってる。



ズズ~っと熱いお茶をすすって、ウィングさんが真っ直ぐ私を見た。



「――昨日、いくら待っても貴女が道場に現れないものですから、もしやと思い、天空闘技場に駆けつけました。ですが、どの闘技場にも、貴女が試合を行ったという記録はありませんでした」



「ゴンみたいな無茶をしていないか、心配して下さったんですね……ありがとうございます。すみません、連絡先をお伺いできていなかったものですから……」



「無断で試合を行ったのではない、ということですね?」



「はい。昨日は、イルミと海に行っていました」



「……ほう?」



うわあうっ!!?



い、今、ウィングさんのこめかみに、ぴきっと青筋が入ったあああ!!



ななななんで!?



海に行くのがそんなに悪いこと!?



……あ、でも、もしかして。



「も、もももちろん、あ、あ遊びに行ってた訳じゃないですよ!?ビーチにって訳じゃなくて、ちゃんと海に泳ぎに……!!」



「ほう……それは、楽しそうですね」



ぎゃああああ――っ!!?



余計に怒らせた――言葉って難しいっ!!



滝のような汗をかきながらアタフタしていたそのとき、傍観を決め込んでいたイルミが、やっと助け船を出してくれた。



「ポー、海って言わずに、深海って言いなよ。ウィング、昨日は俺が彼女を連れ出したんだ。お前にボロカス言われたせいで、大分落ち込んでたみたいだからね。一体、どんなスランプに陥ってるのか、実際に、いつもポーが働いている場所に行って見てみたくってさ」



「深海……ですか?」

 

 

 

ぽかん、と口を開けて、ウィングさん。

 

 

 

そう。

 

 

 

そうなのですよ。

 

 

 

昨日は私、イルミと一緒に海……もとい、深海1000メートル付近までダイビングしてたのね。

 

 

 

イルミに海に誘われた時には、意味が分からなかったんだけど。

 

 

 

私の念はもともと実践で生まれて実践で育ったものだから、スランプを抜け出す手立ても、きっと、実際に念を使っている場――すなわち、私の仕事場である深海にあるのではないかと、思ったんだそう。

 

 

 

ちょっと状況が飲み込めない顔のウィングさんに、イルミは淡々と、順を追って述べていく。

 

 

 

「ポーはさ、初めから天空闘技場での戦いなんて眼中になかったんだよ。防御のための念も、攻撃の手段も、全部仕事に必要だから、修行して強くなりたいって思ってたんだ。一緒に潜ってみて、正直言って驚いた。ポーってさ、潜水する時に潜水服を使わないんだよね。あの守りの泡だけの力で、あんなに深いところまで行けるとは思わなかった」

 

 

 

「潜水服を使わずに……?まさか、念の力のみで深海の水圧に耐えたというのですか?」

 

 

 

「そうなるねー。ほーんと、まさか俺に黙ってあんなに無茶で馬鹿な真似してるなんてねー」

 

 

 

「い、いたたたたた!!!イルミ、ほっぺた引っ張らないでー!!!だってさ、潜水艇とか海底探査用のボットだと、狭い上に窓だってこーんなちっちゃいんだよ!?ロボットアームで魚捕まえるなんて無理だしさ!潜ってみたら意外と潜れたから、そのまんま、こう……いいじゃない、できたんだから!!」

 

 

 

「はあ……大体さ、1000メートルの水圧に耐えられるくらいの防御が出来るのに、ランのあの程度の攻撃が通じたっていうのが解せないよね。なんで?水中でできるんだから、陸上でだって同じことが出来るはずだろ?」

 

 

 

「だ、だだだってだって、あのときは攻撃もしなきゃいけなかったし……!!」

 

 

 

「必要ない。ウィングの言った通り、ポーは防御としての攻防力移動を極めるべきだ。それも普通の方法じゃなく、圧力を感じた部分にのみオーラが集中するように、調教するべきだと思うよ。生き物だっていう、その念の泡をね。そうしたら、ポーの仕事にも役に立つし、一石二鳥だろ」

 

 

 

「ううううううっっ!!!で、でもですねウィングさん!!ちゃんと攻撃っぽいことも出来るようになったんですよ!イルミと一緒に潜ってる時、ホウライエソっていう深海魚に襲われて――あ、これね、通常だと20センチメートルくらいの魚なんですけど、突然変異の巨体種だったんで体長は10メートルくらいもあったんです。で、丸呑みされそうになったんですけど、食べられるわけにはいかないので、威嚇のために魚のオーラを吸い取ったんですよね。そしたらイルミが、「なんでそれを攻撃に利用しないの」って!」

 

 

 

「可能だよね。相手のオーラを吸い取るっていうの、ポーはお腹へってるときに無意識にやることが多いけどさ。生命エネルギーを吸い取っちゃえば、相手は体力も気力もなくなるし、念使いなら念自体を使えなくなるし。なによりも、どんな相手にでも通用する。コレってかなり有効な攻撃手段だと思うよ。でも、ポーの場合は下手に攻撃だって身構えないほうがいい。お腹がすいたから目の前の相手を食べるって、ただ、それだけを考えていたほうがうまくいきそうだ」

 

 

 

「うん。何度か練習したけど、同じ練でオーラの量を増やすにしても、深い所に潜っていくってイメージすると“驚愕の泡”が発動しやすくなるし、お腹すいたーって思うと、“見えない助手たち”が出しやすくなったよね。前は、一緒にしちゃってたからムラが出来てたんだよ、きっと。ウィングさん、コツを掴めたぶん、前よりもスムーズに練が行えるようになったんです。見てもらえませんか……?」

 

 

 

「……」

 

 

 

「ウィングさん?」

 

 

 

「わかりました!!」

 

 

 

うわあ!!びびびびびっくりしたー!

 

 

 

「き、急に怒鳴らないでくださいよ!!」

 

 

 

「ほんとだねー。近所迷惑」

 

 

 

「も、申し訳ないっす、師範代のこれは癖みたいなものなんっす……!」

 

 

 

冷や汗たらたらのズシくんの隣で、ウィングさんはくいっとメガネを押し上げた。

 

 

 

「ポーさん、イルミさん。修行を無断で休んだことについては、もう咎めません。一昨日は、私も少々ストレートに言い過ぎました。ポーさん、貴女は性格的に、自信や好奇心というものに、成長性が大きく左右されるようです。それを見抜けなかったことは私の落ち度でもある」

 

 

 

「全くだね」

 

 

 

「イルミ!」

 

 

 

「ポーさん。今からもう一度、基本の纏から練、凝、絶、そして、発の能力を順にやってみて下さい。それが終わったら、出かけましょう」

 

 

 

「で、出かけるって、どこへ?」

 

 

 

すくっと立ち上がったウィングさん。

 

 

 

窓際に歩み寄り、カーテンを開いた先には、朝日に照り映える塔があった。

 

 

 

「もちろん、天空闘技場ですよ」

 

 

 

「え……?」