昼ごはん完食後。
試合は一時からだというので、早速、ランさんとシロガネさんの試合会場前にやってきた私とイルミだったんだけど……。
「えー!!不戦敗!?」
「あーあ。お金返してもらおっと」
眉一つ動かさずに、イルミは人差し指と中指にはさんだチケットをピラピラさせた。
どうやら、試合直前にランさんとシロガネさんがキャンセルしてしまったらしい。
会場の中からは、納得のいかない観客たちのブーイングがわあわあ溢れ出している。
「こりゃあ、当分収まりそうにないなあ……どうしよう、イルミ?」
「そうだなー、まずはチケットを返品して――」
不自然に途切れた言葉の先。
試合会場横の通路から、音もなく現れた二人の人物に、イルミが鋭い視線を放った。
「ランさん……」
「シロガネ」
「御機嫌よう」
パチン。
黒い薔薇模様の扇子の向こうで、ランさんの双眸がにいっと細まる。
今日は、深いワインレッドと黒のレースのドレスだ……!!
うおおおお!!総柄網タイツーーーー!!!
「コラ」
「痛っ!」
多分、オーラが大量放出されていたであろう私の頭を、イルミがコツンと叩いた。
「敵情視察とは、ずいぶんと卑怯な真似ではなくて?」
「……ねぇ。まさかとは思うけど、それで棄権したって言うの?俺たち、随分と警戒されてるんだね」
「えー!そんなぁ、私、お二人が戦ってる所、普通に観察したかったのに」
「こんな真似をしなくても見せてやる。じっくりとな……」
「うひゃあっ!?」
触手でイルミを引っ掴み、ズザザーーーーッと10メートル程後ずさった私。
「ほう、いい動きだ」
い、いつの間に人の後ろにいたんだろう。
シロガネさんが面白そうに、尖った顎を撫でていた。
長い、銀の三つ編みを揺らしながら、悠然とたたずむシロガネさん。
イルミに負けず劣らずの長身。でも、無駄に背が高いだけじゃなくて、肉体のバランスがものすごくいい。筋肉の線の綺麗に浮き出た肌が、シンプルな黒の戦闘服によく映えていて――
うわああああーー!!!
怖いけどかっこいーーーーっ!!!!
……って、あれ?
この感覚、似たようなのをどこかで感じたことがあるような。
「うーん……どこだっけ?」
「ポー。さっきから、なんであいつのことばっかり見てるの?」
「うひゃあああっ!!?そんな怖い顔しないでっ!ち、違うのイルミ!!な、なんか、シロガネさん見てるとこう、昨日初めてあった人って感じがしなくって……!」
「ふぅん。じゃあ、どこかで会ったことがあるってことだよね。俺と離れてた半年の間に、ポーは、あいつと、どこで、何をしてたのかな……?」
「だからそうじゃないんだってば――っ!!」
ドス紫の暗殺者オーラを遠慮無く噴出させるイルミに、シロガネさんは薄い笑みを浮かべたまま近づいてくる。
両者の間合いの限界で立ち止まり、彼はいたって落ち着いた様子で、ゆったりと腕を組んだ。
でも、その目線は。
「わ、私っ!?」
「……お前、本気で殺されたいの?仕事以外で殺しはしない主義だけど、この子は俺の奥さんだからね。身内に手を出すつもりなら、手加減しないよ」
「ギャアギャア喚くな。他の男が話しかけたくらいで、心移りを心配するほど不安なのか?」
「……」
「イ、イルミ……一昨日のことなら本当に大丈夫だから……ちょっと、虫に刺された程度のことだから。ねっ?」
「ポー……」
「虫呼ばわりとは酷ぇな。まあ、それよりも、今日のあんたの試合のことだが」
「えっ?」
「第一試合からランと観ていた。大した成長ぶりだ。たった一日で何をした?」
「修行です!!」
「内容はヒミツだよ。自分たちの手の内を見せずに、こっちのことはしっかりチェックしてるだなんてズルくない?」
「仕留める前に、ターゲットの情報を仕入れておくのは基本だからな」
「!!」
ど、どっかで聞いたセリフ!!!
もしかして、もしかしなくってもランさんが暗殺業の人ってことは、シロガネさんもそうなんだろうか……?
「ポー」
背後から、影のように身を寄せてきたイルミが耳元に素早く言葉を打った。
「――ポー、いったん引くよ。姿を消せ」
「り、了解!」
“驚愕の泡”&“嘘つきな隠れ蓑”!!
ひょい、と私の身体を抱きかかえたイルミが、凄い勢いで地面を蹴る。
去り際に、誰にともなく呟いたシロガネさんの言葉が、いつまでも鼓膜に響いた。
「――16時、100階第3闘技場で待っている」