25 幕間3 そのころあの人達は……

 

 

 

 

 

天空闘技場、100階クラス選手部屋。

 

 

 

変装を解き、もとの外見に戻ったシルバがその人物からの着信を取ったのは、ポーとイルミとの一戦を終え、シャワーを浴びて、ビールを喉に流し込んだ直後のことだった。

 

 

 

電話の相手はゼノである。

 

 

 

全く予想していなかった訳ではない。むしろ、イルミが告げ口するのは目に見えていたから、受話器を取ったシルバは然程驚きもしなかった。

 

 

 

ただ、さっき散々キキョウから文句を聞いた後だったので、これからまた長い説教を聞かされることになるのはちょっぴり憂鬱だったが。

 

 

 

『全く、アホな真似をしおって』

 

 

 

「……わかったから、そうカッカするな、親父。俺もキキョウも、なにも暇つぶしでやったことじゃない。ちゃんと考えがある。それに、イルミはともかく、ポーはこれくらいしないとろくに戦おうとしないだろう」

 

 

 

『ふむ。だが、戦いをうまく回避するというのも才能だ。そこがあの子の強さでもある。シルバ、お前、さっきの試合でポーとやったそうじゃが、腕はどうじゃった』

 

 

 

「確かに悪いな。親父やイルミの言う通り、ポーは戦闘におけるあらゆる状況に対して逃げの一手しか選択しない。だが、殺せない。その点は見事だ。生命維持。あの念の泡の防御力の全てがこの一点に注がれている。何度やり合っても、あいつはなんとかして俺から逃げおおせるだろう。観察力があり、学習能力も高い。場数を踏ませると厄介な相手だ……全く、あの性格さえなければ、俺がいい殺し屋に仕込んでやるんだがな――」

 

 

 

惜しい、と瓶ビールの王冠を、栓抜きを使わず親指で弾いて開けるシルバの言葉に、甲高い声音が重なった。

 

 

 

「まあったくだわ!!!!“いかに殺すかではなく、いかに生きているのかを調べるのが仕事だ”なんて……!!殺し屋に向いていないにも程があるわ!念能力以外は、容姿もスタイルも中の中!!イルったら、どうしてあんな小娘を好きになったりしたのかしら!!!」

 

 

 

黒地に白い薔薇柄のバスローブをひるがえし、足早にシャワー室から現れたのは、かの麗しき奥方である。

 

 

 

こちらは、変装なのかそうでないのかゼノにもシルバにも分からない。

 

 

 

いつもの包帯と怪しげなゴーグルはどこへやら。黒髪から滴る水滴を払い、透き通るような白肌を仄かに上気させた美女は、寝台に寝そべるシルバにごくごく自然な仕草で身を寄せた。

 

 

 

だが、機嫌が良いとはいえない。シルバと視線が合えば、イルミによく似た黒い双眸が苛立たしげに顰められる。

 

 

 

『おや、その声はキキョウさんか。イルミに折られたと聞いたが、腕はもういいのか』

 

 

 

「とっくに!それにしてもイルったら……“母さん、こんなところでなにしてるの?”なあんて言いながら、あたくしの左腕をそれはもう情け容赦なく蹴り折って。なあああああんて非道な子に育ってくれたのかしら!!貴方、あたくし、嬉しくって涙が出そうよーーーーっっ!!!」

 

 

 

「さっき散々そう言って泣いただろうが……」

 

 

 

『相変わらずの子煩悩っぷりじゃのう』

 

 

 

「だって!!ああ、それなのに、あの小娘の悲鳴を聞いたときのイルの顔ときたら!!ダメ!!ダメよ!!ゾルディックの長男たるもの、嫁の骨の百本や二百本折られたくらいで動揺していては!!その甘さにおいてはシルバ!!貴方も同じね!!全く、いい年をしてなんですか!ブチ切れた貴方があんな馬鹿な真似をしたせいで、あたくし達、二人に負けてしまったのよ!!?」

 

 

 

「そういうお前も、俺がポーの首を吸ったくらいで年甲斐もなくブチ切れてたじゃねぇか……」

 

 

 

「それとコレとは話が別です」

 

 

 

『なんにせよ、二人とも。これ以上世間を騒がすな。天空闘技場に出回った顔写真を回収するだけでもかなりの出費だとゴトーが胃を痛めとるわ』

 

 

 

「わーったよ。次の試合で終いだ」

 

 

 

「ええ。あたくし達も、当初の目的は八割方は果たせましたからね!うふふふ……ゾルディックの嫁となる、そのことがなにを意味するか、あの小娘はこれからその身を持って存分に知ることとなるでしょう。おーっほっほっほ!!どうなることか楽しみだわーーー!!!」

 

 

 

『……ああ、恒例のアレかいな。なんだ、そのための前準備だったのか。そういうことならワシにも手伝わせてくれたらよかったのに。つれないのう』

 

 

 

「愚痴を言うな、親父。年寄り臭いだろう」

 

 

 

『だって年寄りなんじゃもん。シルバ、このことはイルミは知っとるのか?』

 

 

 

「いや。言うつもりもない。嫁一人守れねぇで、家が守れるとは思えねぇからな。親父も、他言無用で頼む」

 

 

 

『それは構わんが、今回はそのう……色々と規模が大きいじゃろ。事前にキキョウさんがはりきっとったから――』

 

 

 

「大丈夫ですわ!多いとは言っても100人やそこらですもの」

 

 

 

「……というわけだ。だからこそ、なかば無理矢理にでもポーの戦闘能力を高めておく必要がある。荒療治だが仕方ない」

 

 

 

『そうか。まあええ。ところでシルバ、試合は明日の16時だそうだな』

 

 

 

「ああ。イルミが親父と連絡をとったということは、折れた腕はなんとかなったんだろうが……ククク、俺達の正体を知った上で、あの二人がどんな策を練ってくるか楽しみだ」

 

 

 

『油断するな。シルバ、キキョウさん。敵はお前達が予想しとるよりもずっと――』

 

 

 

「強いか?」

 

 

 

瓶ビールを直に飲み干して、不敵に笑うシルバにゼノは至極真面目にのたまった。

 

 

 

『奇想天外じゃ』

 

 

 

「……」