『では、試合再開!』
試合会場からキキョウさんが運び出され、リング上には私とイルミ。
シルバさんの三人が残った。
試合開始の合図があったものの、私たちは動かない。
実況のアナウンサーも、マイクは構えているものの、何も言わない。
あんなに騒がしかった観客席も、水を打ったように静まり返っている。
私たちの放つオーラが、彼等をそうさせているのだった。
剣士同士の鍔迫り合いのような、研ぎ澄まされた集中。
オーラを練で高め、密度を増し、機を待つ。
最初に動いたのはシルバさんだった。
応じたのはイルミ。
初撃をかわし、針を打ってシルバさんの進行方向を逸らし、なんとか背中に回りこもうとする。
でも、そんなことを許すシルバさんじゃない。
かといって、ここで私がシルバさんの動きを封じても――いつ、さっきのように本気で振りほどかれるか、わかったもんじゃない。
全く、あんな一撃必殺技を持ってて、今の今まで隠しとくんだもんなー。
性格悪いよ、意地悪嘘つき変化系だよ!!
……なので、超高速でやりあってる親子をよそに、私はリングの上で体育座りをして考え中です。
お題は、どうやってあのシルバさんの背中に止めの一撃を食らわすか。
そのチャンスをいかにして作り出し、実行するか。
けっして、サボってるんじゃないんです!!
観察してるんです、シルバさんの動きを!!
その身に流れるオーラの流れを。
普通に凝をするんじゃ分からないけれど、生まれてから今まで、様々な環境の中で培われてきた肉体、それを流れる生命エネルギーには、個体ごとに微妙に異なる癖が存在する。
言うなれば、文字を書くときと一緒だ。自分では気づかないうちについている癖。
そういったものは意識すれば矯正出来ないことはないが、無理にそうすれば自分が本当に書きやすい文字は書けなくなる。
オーラの流動の癖も同じだ。
無理矢理変えようとすれば、戦闘技術にすぐボロが出る。
だから、出来ない。
そして、これを見極めることは、普段から生物のオーラを観察している私にしか出来ない!!
見つけてみせる。
私は、生物学者なんだ。
それを証明してみせる……!!
「大丈夫……二人の動きは、ちゃんと目で追える。ゼノさんとマハさんの方が速いくらいだ。それにしても、シルバさんって戦ってるときはホントに一部分にしかオーラを使わないんだなー……脚と、指先と……目?ああ、凝をしてるからだよね。うーん……常に纏をした状態で戦わないっていうのは、気配を消し、見えない速度で動くため。でもなあ……やっぱり、さっきのがひっかかるなあ……なんでシルバさんは、強制的に絶になった背中にイルミの攻撃を受けても、あの程度のかすり傷ですんだんだろ」
身体が丈夫?
いやいやいや。
旅団編でクラピカに捕まったウヴォーさんのことを思い出そうよ。
念の攻撃は念でしか防げないんだよ?それを、出血はしたとはいえ、あんなかすり傷で済ますには――
かすり傷?
「――ってことは、シルバさんは防いだ訳じゃなかったんだ!凝で視力を高め、イルミの不意打ちの攻撃をかわした……そうか、じゃあきっと、目さえ塞げればシルバさんは」
わかった!!
それなら、この手しかない!!
「弱点見つけた……イルミ!!」
「うん」
名前を呼ぶ。
それは打開策を見つけたときの、イルミと決めた合図だった。
彼はシルバさんと距離を取ると同時に、私の前に姿を現す。
その耳元に、私は素早く囁いた。
「わかった」
直後、私の言葉を忠実に実行するべく、漆黒の髪の暗殺者は天空闘技場の天井目掛けて高く跳躍した。
「何を――」
天井を見上げる青い瞳の中心が、降り注ぐライトの眩しさにぎゅっと収縮する。
そのとき。
雷にも似た破裂音が、立て続けに会場を揺るがした。
――闇が落ちる。
「イルミめ……天井の照明を狙ったな。急な暗闇の中なら俺に敵うとでも踏んだか」
「まあね。親父が夜目が利くのは知ってるよ。でも、こんなにすぐには無理だ。でも、ポーなら平気。光の届かない深海で仕事してるポーには、赤外線を見ることが出来るから」
「――なっ!?」
「そして、ポーの念の泡に包まれている俺にも、見えるよ。親父の体温」
イルミが、正面からシルバさんの両腕を抑えてくれている。
私は背中に回っていた。
オーラを吸い取るためにじゃない。
目が眩み、イルミに動きを封じられたシルバさんに、絶対的な一撃を投じるために!!
「さっきキキョウさんのオーラを、お腹いっぱい吸い取りましたからね!!」
伸びろ、テンタくん!!
天空j闘技場の天井近くまで伸び上がったのは、強靭な触手を無数に編み上げた一本鞭。
たとえ暗闇の中でも、私にはシルバさんのいる位置も、防御ががら空きになってる背中のどこを狙ったら一番ダメージが大きそうか、なにもかも、全部分かってる。
――外すもんか、決して!!
「シルバさんっ!!覚悟――――――――――――っっ!!!!!」
巨大触手と連動させた右手を、全身全霊の想いをこめて振り下ろす!!
***
「あれ?おーい、ゴン!ちょっとこのニュース見てみろよ」
オークションの資金集めはどこへやら。
ヨークシンシティーのとある安ホテルにて。
パソコンを放り出し、いつの間にか部屋のテレビに齧りついていたキルアに、ゴンは眉をつり上げた。
「あーっ!キルアったら、またサボってテレビなんか観てる!!」 「怒んなって。それより、ほら、コレ、見てみろよ」
「天空闘技場……?ここがどうかしたの?」
「おう!なんか、たった今中継が入った。190階クラスの闘技場で、ヤバイ爆発があったらしいぜ!」
「ええっ!?あそこにはウィングさんとズシがいるじゃないか!大丈夫かなぁ……?」
「あ、そうだった!ええっと、負傷者は……お!“奇跡的に、一人の怪我人も、死亡した人もいません”だってさ。よかったな!」
「うん!よかったー、ほっとしちゃったよ」
「俺さー、もしかしたらコレ、ミルキの仕業かもって思ったんだよねー。でも、死者が一人もいないんじゃ失敗だな!」
「キルア!!流石にふんきしんだよ、それは!!」
「ふ・き・ん・し・ん!!ったく、言えない言葉を無理に使うなよなあ~」
「えへへ。ゴメン、ゴメン。ところでキルア」
「なんだよ」
「ふきんしんって、なに?」
「……えーと、そ、それはだなあ~」
***
手応えは、確かにあった。
漆黒の闇の中、私の触手はシルバさんの背中を捕え、叩き、打ちぬいたのだ。
その衝撃は波動となってリングを割り、反動を受けた私の身体は数メートル離れた位置まで吹き飛ばされた。
石のリングの崩れる、耳障りな倒壊音が収まった後。
パラパラと、砂の落ちる音だけが微かに聞こえている。
「……やった、の……かな?」
わからない、と、暗闇から返るイルミの声。
突然の停電と、直後の轟音に、押し黙っていた会場もしだいに騒然とし始めた。
騒ぎが収まらない中、しばらくして、館内の非常灯が点灯する。
「うわ!!」
目の前にあったはずのリングがなかった。
かわりにあったのはクレーターだ。
石のリングをえぐり抜き、リング下のコンクリートも見えるくらいの巨大なクレーターが、ボッコリと空いている。
……や。
やりすぎたあ~~!!!
「あーあ。これはまた、派手にやったねー」
穴の底を覗きこみ、まるでテレビのバラエティー番組でも見ているかのような口調でイルミ。
「なんでそんなに落ち着いていられるの!!シルバさんが!シルバさんが死んじゃってるかもしれないのに!!」
「そのときはお赤飯だよ。ていうか、うちの親父はこんな程度じゃ死なないよ」
「でも……!!!」
かの御方は、崩壊したリングの中央にうつ伏せに倒れていた。
分厚い石板が割れて覆いかぶさり、彼の身体は半分が瓦礫の下だ。
「シルバさーん!!大丈夫ですかー!!」
「ポー。近づくのはダメ。まだ油断しないで」
私とイルミ、大観衆が息をつめて見つめる最中、シルバさんは指一本動かす気配がない。
さっきの衝撃で、遠くの方にふっとばされていたんだろう。慌てて駆けつけた審判さんが、カウントをとる。
……カウント?
『セブン、エイト、ナイン……カウントテン!!勝者、ポー選手&イルミ選手―――――!!!!』
「わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――――っっ!!!!!」
とたん、静まり返っていた会場に嵐のような大歓声が巻き起こった!!
「あーっ!そうか!!」
「どうしたの、いきなり」
「これ、天空闘技場内の試合なんだった!なんかもう途中からやるかやられるかの戦いになってたからすっかり忘れてたけど!!」
「そうだけど。忘れないでよ。そんなだいじなこと」
呆れ混じりに、私の頭をくりくり、イルミが撫でる。
「やったね」
「……うん。私たち、シルバさんとキキョウさんに勝ったんだね」
闘技場の巨大なモニターには、私とイルミの名前――点滅するWinnerの文字。身体中の力がスーッと抜けていく気がした。
空っぽになった頭のなかに、歓声だけが響いている。
勝ったのか。
本当に勝ったのか。
「勝ったよ。ポーと俺が、父さんと母さんに勝ったんだ」
「やったあ~~~…………っ!!!」
ギュウッ!っとイルミの首根っこに抱きつけば、イルミも力いっぱい抱きしめ返してくれた。
傷だらけになった彼の胸から、力強い鼓動が伝わってくる。
よかった……!!
「ほんとによかった!!ほんとにもう、今回ばっかりはダメかと思った……!!キキョウさんがやられてから、シルバさん、イルミのこと本気でぶっ殺そうとしてたし……!!!」
「そんなのはいつものことだから、驚かなくてもいいよ。ね、父さん」
「ああ……」
ガラガラと、瓦礫を持ち上げ、よっこらしょとばかりに起き上がったのはシルバさんだ!
あれだけやられて、まだ変装がとけていないところは、流石といおうか。
でも、姿は散々だ。
綺麗に編み上げていた三つ編みは無惨にほどけ、白銀のチャイナ服はもう原型がないほどに破けている。
イルミが念を解除したのだろう。背中に刺さっていた針をあっさりと抜き、足元に放り捨てながら、シルバさんは私の前にやって来た。
「ポー」
「うっひゃあっ!?は、はいっ!!」
そそそ、そんな低い声でいきなり呼ばないでください!!
ピャッとイルミの背中に隠れ、返事を返す私を、シルバさんはじいっと見つめ、
「見事だった」
「へ……?」
「どうやら、俺にお前は殺せないらしい」
シルバさんの手のひらが、伸びてくる。
今まで、数えきれない人の命を奪ってきたこの人の手は、ぽんぽん、と私の頭を撫でて、離れていった。
いつでも、イルミがするのと同じように。
褒めてくれた。
認めてくれた。
「シルバさ~ん……!!」
「ぴいぴい泣くな。鬱陶しい」
「だって~~!!そんな誉めかたされるなんて思ってなかったんですもん!!嬉しかったんですもん!!仕方ないじゃないですか―――――っ!!!」
イルミの胸に顔を埋めて叫び泣く私に、もー、と困った声が返る。
「父さんたら、俺の奥さん二度も泣かさないでよね。やっぱり、どさくさに紛れて仕留めておけばよかったかな?」
「できもしないことを言うな――ん?」
にわかに顔つきを変え、辺りを警戒するシルバさん。
「どうしたの?」
「様子が変だ」
「様子?」
何の、とイルミが首をかしげたとき――私にも分かった。
地面の砂が細かく震えている。
「揺れてる……地震?」
***
「だから、ふきんしんっていうのはそれはそれは恐ろし~い病気なんだ。それにかかったものは頭痛、腹痛、咳、嘔吐。終いには体中の毛穴から糸を吹き出して、目が覚めたら巨大な虫になっちまうんだぞ!!あーこわいなあふきんしんは!」
「ね~キルア、それって誰に聞いたの?」
「ん?イル兄だけど」
そんな、お約束のかけあいをするゴンとキルア。
テレビ画面の中では、ニュースキャスターの女性が青い顔をしてまだなにやら早口にまくし立てている。
彼女の後ろに聳え立つビル群の中に、ひときわ高く天に聳え立つ塔。
天空闘技場。
その、中心よりも少し上の部分に――亀裂が走った。
「あれ?」
「ん?どーしたんだよ、ゴン。顔が青いぞ?まさかおまえ、さっそくふきんしんにかかんじゃあ」
「ちっ、違うよ!!テテテテテレビ、テレビ!!!」
「テレビ?」
くるっと振り向き、
「いいっ!?」
「キキキキ、キルア!!おおおお俺の見間違いかなあ!?ててってててて天空闘技場がっ!!!」
「お、おれ折れ折れかかってる!!?いや、折れる!!このままじゃ真っ二つに!!嘘だろおこんなのおおおおおおお――――っっ!!?」
「ウィングさああああん!!ズシイイイイイイイイイイイイイイ―――ッッ!!!」
***
「キャ――――――――ッッ!!!!!!」
て、ててててて天井があああああああああああああああああ!!!!
端の方からメリメリ避けて、間からよく晴れた青空が覗いてるうううっ!!
割れる照明、落下する天井、そしてこの立っていられないほどの地響き。
当然のことながら、会場は大パニックに!!
嘘――――!!!
「まあ、ラスボスを倒したら塔が崩れるっていうのは、お約束の展開だよね」
「イイイイイルミ、イルミ!!ここって屋根が開閉式の闘技場なんだよね!そうだよね!?」
「そんなわけないじゃない。誰かさんが調子に乗って念をぶちかましたせいで、塔の耐久力に限界がきたんだろ。早くここを離れないと。倒壊に巻き込まれたら厄介だ」
「そんな冷静に言わないで~!!」
そんなこと言ってる間に、天井の青空はどんどん広がっていく!!てことは、折れてるのか?
折れ曲がってるのか!?
天空闘技場、高さ910メートルの巨大な塔が!!?
真っ二つにぽっきりと!!
小型の無線機を取り出して、シルバさんはなにやら小声で会話をしている。
「――ああ、そうだ。後の処置はまかせる。乗り込むからこっちへ回してくれ」
ピッ、と無線機を切り。
「よし、お前達。ずらかるぞ」
「簡単に言わないで下さいよっ!!逃げるって、どうやって!?しかも、まだ観客席にはゾルディックの皆さんとウィングさんとズシくんが!!」
「大丈夫だよ。とっくに逃げてるはず。爺ちゃんたちは勘がいいからね」
「でも――」
「ごちごちゃ抜かすな。さあ、来たぞ。乗れ」
「了解」
大きな影が落ちた。
塔の亀裂からぬっと姿を現したのはそう、ゾルディック家専用の飛行船だ!
スマートなフォルムのおかげで、飛行船は天井の裂け目をするりと抜けて下降する。
シュルシュル、と伸びてきた縄梯子を、シルバさんと、私を抱えたイルミは難なく登っていく。
「ちょっと待って下さい!!そのまま、もしこの天空闘技場が完全に折れたりしたら、中にいる人達が死んじゃいます!!」
「大丈夫だ……いいからさっさと登って来い」
にやり、と、肩越しにちょっと悪い笑みを投げかけるシルバさん……うう。
い、今はその言葉、信じるしかないかも……!!