「こっちって――うわ!?」
ひょーい、と身体を持ち上げられ、着地してみれば、そこはイルミの膝の上。
しっ、しかも向かい合う格好で――ちちちちょっと待って、これって確か、騎乗位とかいうやつじゃないの!?
「いやー!!恥ずかしい!!イルミのバカッ!おーろ-しーてえええええ!!」
「ヤだ。海月、よく考えてみてよ。婚前旅行で温泉に来て、一緒に露天風呂はいってるんだよ?それで、俺がなにもしないだなんて思った?思ってないよね。じゃあ、お風呂に入るっていった時点で、海月はこうなることも予測できたし、その上で頷いたんじゃないの。それなのに、今更嫌がるなんておかしいよね」
「そ、そそそそれはそうかもしれないけど!!」
「だよね」
くりっと可愛く首を傾げながら、イルミの両手が私の浴衣の襟元に遠慮無くかかった。
「や……っ!?」
「嫌じゃない」
きっぱりと言い捨てて、同時に浴衣が腰の辺りまで引き下ろされる。
隠すものの何もなくなった胸元がイルミの前にさらけだされ、あまりの恥ずかしさに涙が滲んだ。
「や……やだ……!嫌、イルミ……!!」
「嘘だね。ほら、もうここ、こんなに紅くなって尖ってる。舐めて欲しいんだよね?海月は胸を攻められるのが好きだから……」
言いながら、イルミの指先がつうっと胸の膨らみを滑っていく。
先端にたどり着くと、そのまま円を描くようにくすぐられ、くすぐったいような、気持ちいような、なんだか分からない感覚に身をよじった。
「ん……んん、ふ……、イルミ……イ……ルミ……ィ」
「海月。気持ちいいの?今、すごくヤらしい顔してるの、分かってる?やっぱり、海月は胸がいいんだね……」
くっくっと、イルミが声だけで笑う。
その言葉に、忘れかけていた羞恥心が一気に沸き起こった。
「……っ、違う……っ!」
「違わないだろ」
瞬間、右の乳首に思い切り噛みつかれた。
「――うああっ!」
鋭い痛みに、涙が溢れ出す。
そんな私の耳に、イルミは冷たい声で囁いた。
「違わないよね。好きなんだろ?海月とはもう何度も肌を合わせてるんだから、どこをどうやったら気持ちいいのか、俺、全部分かるよ。その逆もね……」
耳元から首を伝って、胸元へ。イルミはじっくりと時間をかけて舌を這わせ、キスをしてくる。
おかしい。
いつもなら、ほんの少し、唇で触れられただけでも、甘くて蕩けてしまいそうになるのに。
イルミの与えてくれる快感に、全身が満たされていくはずなのに。
今日は、なんだか、頭だけがやけに冷たく冴えている。
そんな違和感に堪えきれなかった。
「んっ、んん……あ……っ、嫌……イルミっ、ほんとに……嫌なの……っ!」
「……まだ嘘つくの?悪い子だねー、海月は」
「ふああ……!!」
ふたたび、叱るように乳首に歯を立てられ、新たな涙が頬を濡らした。
「……うっ、うえっ、やだ……や……!」
歯で挟んだまま、先端をグリグリと舌の先で刺激される。
そのあまりに強すぎる快感に、堪え切れなかった喘ぎ声がどんどん溢れてくる。自分の声が恥ずかしくてたまらなくて、両手でぎゅっと口を塞ぐと、イルミが小さく舌打ちをした。
「ダメ。それだと、海月の声が聞こえないだろ。離して」
「~~っ!」
ぶんぶんと首を振る。
だって、離れといえどここは露天風呂なのだ。
誰に聴こえているかも分からないのに、あられもない声を上げるわけにはいかない。でも、イルミには、そんな私の態度がますます気に喰わなかったらしい。
「……困ったな。ほんとに、今日の海月は可愛くないよね」
言うなり、イルミは私の両手を後ろ手に回すと、浴衣の袖を器用に使って縛りあげてしまった。
「え……っ、う、嘘っ!?」
信じられずにイルミを見た。
拘束なんて、今までは一度もされたことがなかったのに。
拷問まがいの脅迫じみた拘束なら、ハンター試験のトリックタワーの中でされたけれど、こういうときのイルミは、無理矢理に言うことを聞かせようとしてきたことはなかったのに……。
驚く私を、イルミの冷たい漆黒の瞳が、射抜くように睨んだ。
「俺だって、こんなまねしたくないけど、仕方ないよね。海月が素直にならないのが悪いんだよ?なんで、今日に限ってこんなに聞き分けが悪いのかな。せっかく二人っきりでゆっくり愛し合えるのに。そんな態度ばかりとってると、俺、ほんとにやめちゃうよ?」
「……っ」
「海月を置いて、家に帰って、そのまま何日も仕事に行っちゃってもいいの?」
「~~っ!!」
言葉の代わりに首を振ると、イルミの口から呆れたようなため息が漏れた。
「……ふぅん。なら、やっぱりやめてほしい訳じゃないんだね。じゃあさ、なんで素直に俺を求めてくれないの?」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げれば、イルミの手のひらがそっと両頬を包みこんだ。
やさしい、祈るようなキスが降ってくる。
「……ごめんなさい」
「海月。本気で嫌なら、本気で抵抗しろ。でないと、俺はやめないよ。本気で海月のこと、抱きたいと思ってるからね」
「う……そ、そんなの……無理だよ。イルミを拒むなんて……そんなこと、出来るわけないじゃない……!」
「……」
「私の念じゃ、イルミの攻撃を跳ね返すほどの堅なんて……!!」
「そっち?」
イルミの首が、かしげるを通り越してカコン、と落ちた。
「……酷いなー、海月は。俺のことが好きだから出来ないって言うんじゃないんだから」
ギリギリギリギリッ!!!
「ひ、ひひゃい!!ひひゃいよ、ひふひっ!!」
「俺とこういうことしてるときに、まだ念のことを考えてる余裕があるの?」
ぱっちん、と、摘まんで伸ばしていたほっぺたの肉を放し、イルミは真顔で私の顔をのぞきこんでくる。
信じらんない、と言わんばかりだ……だ、だだだだって、だってそんな顔されたって……!!
「だって、怖いんだもん……!!私、運動音痴だし、体力もないし、取り柄と言えば防御力くらいだったのに、今日戦ったとき、ランさんの攻撃は防げなかった。かといって、攻撃のための堅と流はうまくいかないし、修行しようとしたら、ウィングさんに向いてないからやめとけって言われちゃうし……」
「……」
「怖いよ……攻撃はからっきしで、得意の防御も役に立たなくなったら、私、どうしたらいいの……?ここでの戦闘に限ったことじゃないの。海には、ランさんより強い生き物が一杯いるの……それも、生身の人間なんか、一歩潜水艇の外に出たらペチャンコになっちゃうくらいの水圧の中でも、悠々と泳いでるんだよ?こんなことじゃ、そんな生き物と戦うどころか、捕まえることも、近づくことすら出来ないよぅ……」
「……はあ。なるほどね。海月が本当に心配してるのは、そっちか」
シュル、と、絹すれの音。
気がつけば、腕の拘束は解かれていた。
「イルミ?」
「知らなかった。海月が、今の仕事にそんなに切羽詰まってただなんて。……ごめんね」
「……」
くりくり、あやすように頭を撫でながら。
イルミはしばらく黙ったまま、手のひらにお湯をすくっては、すっかり冷えてしまった私の肩にかけて温めてくれた。
「ハンターの仕事。てっきり何の問題もなくやってるものだと思ってたよ。俺の家に来たとき、海月は信じられないくらいに成長してたから」
「そ、そんなことないよ……イルミが留守にしたとき、シルバさんと水の中で戦ったけど、散々だったもん。姿と気配を消して近づいて、なんとか最初の一撃だけは当てられたけど……そのあとは、何度やっても防がれてばっかりだった」
「防がれてばっかりってことは、避けられはしなかったってこと?」
「水の中だったからね。水中での動きは私の方が速いよ。でも、攻撃があたっても、防がれたら意味ないじゃない」
「あのねー」
カコン、と、イルミはもう一度盛大に肩と首を落とした。
「海月はうちの親父を解ってないよ。あれは人の形をした殺人兵器だ。陸上はもちろん、水中戦だって、どれだけ鍛えてるかわからないくらい鍛え上げてる。その親父が避けられもしない攻撃を、海月は何度もしたんだろ?そりゃあ、たった二日で合格判断が下るはずだよね」
「で、でもでも、それは水の中だからの話だもん……!!」
「どう違うの。言っておくけど、念を使えば水中でも陸上と変わらないくらいの動きは出来るんだよ?まあ、ひとつ不便なのは、呼吸くらいかな。でも、水の中で念の力が弱くなる訳じゃない」
「そ、それは……」
「……まだわかってないみたいだね。海月には、俺が知ってる中じゃ最高の殺し屋である親父が、避けられもしないくらいの攻撃が出来るんだ。しかも、それで親父が反撃しなかったってことはないよね。親父の攻撃、海月は念の泡で防いだんだよね」
「う、うん。防げた。守りの泡の表面を滑る、水の動きを読めば避けることも出来たよ。でも、それだけ――痛いっ!!」
スコーン!
妙に懐かしい音と痛みに顔をしかめれば。
「どどど、どっから出したの、その手に握りしめてる大量のエノキは……!!」
「うるさいよ。うちの親父の攻撃を防いだり、あまつさえ避けることも出来たくせに。なんでこの程度の不意打ちに対処できないの?ていうかさ―、海月はほんとに解ってないよね」
「シ、シルバさんの強さは充分過ぎるほど解ってるよ!!近くにいるだけで冷や汗と鳥肌が止まらないくらい解ってるよ!!?」
「違う。自分の強さを解ってないって、言ってるんだけど」
「え……?」
「確か、前にも言っただろ。状況は変わってもやることは一緒だよ?水中で親父の攻撃を防げたなら、陸上でも防げる。避けられたなら、陸上でも同じように避けられるはずだ。親父の攻撃に対処できるなら、ランの攻撃なんて問題にもならない。いくらあいつが堅を使ってきたとしても関係ない」
「……あ」
……そうか。
そうなんだ。
「解った?大切なのは、海月がいつでも水の中にいる気持ちで戦うことだ。ハンター試験のときもそうだっただろ?」
「うん……でも、でもね、それだと防御は出来たとしても、攻撃は、やっぱり……」
「まあね。でも、それはまた別の課題だから、それについては、明日俺が一緒に考えてあげるよ。今は、海月がちゃんと自信を取り戻すことが先決だ。不安がってると、海月はなんにも出来なくなるからね。全く、いったん夢中になったら、なんでもやってのけるくせに」
「う……!」
ずけずけと、痛いところばかりを抉るイルミ。
そ、そんなにはっきり言わなくてもいいじゃない……!
当たってるけど……そんな自問自答をしていると、ぐい、と抱きしめられた。
唇が触れ合うほど近くで、イルミが囁く。
「なんにも不安になんか思うな。……俺が側にいる」
「……!」
ふわり、と。
やさしく、なにもかもを包み込むような口づけに、先ほどまで心のどこかに抑えこまれていた甘い快感が、一気に押し寄せてくるのが分かった。
イルミの言葉が嬉しかった。
嬉しくて、安心して、幸せで……。
「海月?」
ん、とイルミが瞬きをする。
身体の変化を見ぬかれてしまうことが恥ずかしくて、私はただ、ぎゅっとその身体に抱きついた。
「……ふーん。やっとその気になったんだ」
「――っ」
「海月、俺が欲しいなら、ちゃんとそう言わなきゃダメだよ?もし、これ以上嘘をついたりしたらお仕置きだからね。一晩中、焦らして焦らして、泣かせてあげる……」
「……っ、欲しい……イルミ……イルミが、欲しい……!」
「本当に?」
「うん……イルミに、愛して欲しい」
「……はい。よくできました」