26 試合直前の助っ人達!

 

 

 

 

「いよいよ、今日の四時からだね。準備はいい?」

 

 

 

「うん」

 

 

 

あっという間だった。

 

 

 

昨日、ゼノさんを通じて執事室に例の拷問器具の輸送をお願いしてから、ものの30分足らずで手配を終え、駆けつけてくれたゴトーさん。

 

 

 

仕事を抱えながらも一緒に来てくれたミルキ君。

 

 

 

彼やズシ君、執事のみなさんに手伝ってもらいながら、時代劇さながらの石抱きセット(十露藩、石版10枚組お徳用サイズ)を使って、身体のありとあらゆる部分をゆっくりと加圧し、柔軟性を身につけること数時間。

 

 

 

能力が形を成して身体に馴染み始めた頃、イルミとともに110階クラスへ。

 

 

 

試合を行い、実践の中で覚えたての防御技を実践で試しては調整、バランスを整え、圧力をかけた部位に念のバクテリアが素早く移動するよう調教を繰り返した。

 

 

 

190階まで上がったところで、ようやく、ウィングさんから休息の指示。

 

 

 

そのころには、とっくに深夜を回っていて、気を失うように眠ったっけ。

 

 

 

そして――次の日、つまり今。

 

 

 

飛行船のリビングで、私とイルミ、ウィングさんとズシくん、ミルキくんの五人は揃って朝食をとっている。

 

 

 

焼きたてのホットケーキに、自家製バターとはちみつをとろっとろにかけてパクつく私に、そっとミルクティーを手渡してくれたのはゴトーさんだった。

 

 

 

「ゴトーさん、昨日は本当にありがとうございました。お忙しい中、あんな重い物を運んでもらってすみません」

 

 

 

「いいえ。私ども執事はゾルディック家に仕える身。今回はゼノ様のご指示に従ったまででございます。そのようなお言葉は必要ございません」

 

 

 

「あ、青筋が……」

 

 

 

「あいかわらず固いねー、ゴトーは。どういたしまして、でいいのに。ポー、気にすることはないよ。どちらにしても、天空闘技場内外に出回った写真やら映像やらを回収する必要があっただろうからね。ポーの頼みはそのついで」

 

 

 

「……」

 

 

 

ひっそりこっそり、人差し指を立てて、

 

 

 

“回収した写真、処分しないでしっかり保管しといて下さいね!!”

 

 

 

と、お願いしてみる。

 

 

 

ゴトーさんの顔色は変わらなかったけれど、一度だけ、頷くように瞼が降りた。

 

 

 

よっしゃあ!!

 

 

 

「ポー」

 

 

 

「な、なななななに!?言っとくけどしてないよ、悪巧みなんて!」

 

 

 

「そんなに動揺しながらいう台詞じゃないと思うんだけど。そうじゃなくて、ちょっと円をしてみなよ。ものすごい助っ人がきたよ」

 

 

 

「助っ人?」

 

 

 

言われたとおりにオーラを広げて円をしてみる。

 

 

 

おお、と隣に座っていたウィングさんが珍しく驚きを露わにした。

 

 

 

「これはこれは。確かに、予期せぬお客さんです」

 

 

 

「ええ!一体、誰っすか、師範代!」

 

 

 

「おそらく、幻の暗殺一家の大御所さん達……でしょう、イルミさん」

 

 

 

「当たり。ゼノ爺ちゃんは来ると思ってたけど、まさかマハひいひい爺ちゃんまでくっついてくるとは思わなかった。カルトは、まあ、ついて来て当然か」

 

 

 

「マジかよコフー!?まったく、皆仕事ほっぽり出して野次馬すぎるだろコフー!!」

 

 

 

「お前が言うな、ミルキ」

 

 

 

「うわあ……じゃあ、今、この天空闘技場には暗殺一家ゾルディック家が勢揃いしてるんだ。圧巻だなあこのオーラ……」

 

 

 

「なにかと全員、思い出の多い場所だからねー」

 

 

 

ふう、とはちみつ入りのレモンティーを冷まして飲みつつ、イルミ。

 

 

 

そうこうしているうちに、3つのオーラはどんどん近づいてきて、ついに、飛行船のハッチが開いた。

 

 

 

「おはようさん。どうやらまだ死んどらんようじゃの、ポー」

 

 

 

「ゼノさん!!マハさん!!カルトくん!!うわあ、わざわざ来ていただいて、ありがとうございます!!」

 

 

 

「……」

 

 

 

こっくり、無言で頷いたマハさんが、珍しいことにぴしっと人差し指を私に向けた。

 

 

 

手のひらを上に、くいくい、と指で招く。

 

 

 

どうやら、こっちに来いと言っておられるらしい。

 

 

 

「なんですか?」

 

 

 

「ポー」

 

 

 

気をつけて、とイルミの声が後ろで聞こえた気がしたんだけど、そのときにはもう、すぐ目の前にいたはずのマハさんが消えていた。

 

 

 

「わ」

 

 

 

素早い、そして、今まで対峙した誰よりも気配がない。

 

 

 

それでも、私を守る念の泡は敏感に反応する。

 

 

 

背後に回ったマハさんは、飛び上がりざま左腕を蹴りで狙ってきたのだけれど、体内を巡る念のバクテリアが、攻防力移動とともに一点集中。

 

 

 

細胞間を瞬時に埋め尽くし、その刹那の衝撃を、分散し、吸収し、見事に受け流して見せたのだ!!

 

 

 

ゴムのように伸び、ゼリーのように弾く!!

 

 

 

オーラで体内を包み守る、これぞ、堅……じゃないな、軟?

 

 

 

ぷるん、と変形して元に戻った私の腕を、マハさんはじいっと見つめてニタ―っと笑った。

 

 

 

「わ……笑うんだ、マハさん。あはは、そっちの方にびっくりしました」

 

 

 

「ふふん。それにしてもやるもんじゃのう。昨日の今日なら上出来だ。今の蹴りに対処できるなら、もうシルバでもお前さんの骨を折ることはできんじゃろ」

 

 

 

「やったー!!ゼノさんのお墨付きが出たよ、イルミ!!」

 

 

 

「はいはい。全く、爺ちゃんたちはポーに甘いんだから。でもまあ、今のを見て俺も少し安心した。この短期間でよくそれだけ成長したね、ポーのバクテリアは。えらいえらい」

 

 

 

「ちょっと、なんでそっちだけ褒めるの!?酷いイルミ!!酷いよね酷いと思わないカルトくん!!」

 

 

 

「はい、ポー姉さま」

 

 

 

「カルト、母さんがいないからってポーの味方しないでよね」

 

 

 

「……」

 

 

 

うおう、そんな無言でじいっとイルミを見つめたりしてカルトくんたら……なに、この二人って実はあんまり仲がよろしくない?

 

 

 

と、おもったら、どうやらカルトくんが見つめていたのはイルミの向こうにいるズシくんのようだった。

 

 

 

そう言えば、この二人も本編では会わずじまいだったなー。

 

 

 

「ズシ君、この子はカルト君っていって、イルミとミルキとキルアの弟なんだよ。仲良くしてあげてね」

 

 

 

「押忍!よ、よろしくっす……って、お、弟!?男の子っすか!?」

 

 

 

「……はい」

 

 

 

こくんっと頷いて、さささと私の後ろに隠れてしまうカルトくんである。

 

 

 

うわあ、真っ赤になっちゃて可愛いなーもう。

 

 

 

「歳も近いし、カルトくんも操作系だから、ズシくんと一緒だね!」

 

 

 

「ほんとっすか!わあ、なんか嬉しいっす!!」

 

 

 

「殺し屋さんだけど!」

 

 

 

「わあ、やっぱりそうなんっすか……で、でも!こんなにいっぱいいると、なんだかもう慣れてしまったっす!」

 

 

 

「だよね。私もそう」

 

 

 

「だっはっはっは!!いやー、あのゴンとかいう小僧といい、ポーやキルの知り合いには面白い奴らが多いのう。さて、ポーや。ワシらがここに来たのは、なにも高みの見物のためではない!」

 

 

 

「え、そうなんですか?」

 

 

 

ずっこけるゼノさんには悪いけど、いや、だって、絶対そうだと思ったんだもん。

 

 

 

「ポー。助っ人だって言ったじゃない。爺ちゃん達は、ちゃんと訓練しに来てくれたんだよ」

 

 

 

「訓練?あ、そっか!イルミやキルアがシルバさんから格闘全般を教わってきたように、シルバさんはゼノさんやマハさんから体術の全てを叩きこまれてきたから!!」

 

 

 

「その通り。とはいえ、試合当日じゃからの。倒れるまでの無茶はせん。だが、ワシらの動きを凝で捕えられるよう目を慣らしておけ。察するだけでなく目でも追えるようになれば、攻撃する際に隙もつきやすい」

 

 

 

「了解です!!よろしくお願いします!!」

 

 

 

「ズシ。いい機会ですから、お前も側でよく見て、よく学ばせて頂きなさい」

 

 

 

「押忍!師範代!!」

 

 

 

「ボクも……一緒にいて、いい?」

 

 

 

「カ、カルトくん!?も、もちろんいいっすよ、一緒に勉強するっす!!」

 

 

 

「コフー。ふん、俺はパスだな。仕事も一段落ついたし、今日は日曜だし、もうすぐ失恋戦隊ミレンジャーの放送があるからそれを見――どわあ!!」

 

 

 

「はい!ミルキ君は撮影係ねー!!ゴトーさんに頼んで、大学の研究室から夜のうちに取り寄せた高性能超ハイスピード念視カメラ試作品第55号!!これは高速で動く生き物観察用に開発した特殊なカメラでね、念を使える人が凝をしながら撮影するとオーラも映るし、機械では不可能なレベルまで、被写体の動きを鮮明に捕えることだってできるんだよ!!まだ試作品だから、軽量化出来てないけど」

 

 

 

「重え――――――っっ!!!!」

 

 

 

「いいトレーニングになるじゃない。あとで映像を見て動きを確認するから、しっかり撮るんだよミルキ。ああ、そうだゼノ爺ちゃん、ポーのトレーニングには俺も参加するけどいいよね」

 

 

 

「構わん。そう思って爺さんを引っ張りだしてきたんだからな」

 

 

 

「やっぱりそう?嫌だな。弱点を見透かされてたみたいで」

 

 

 

「弱点?イルミの?」

 

 

 

そんなのあったっけ、と表情を伺えば、イルミの眉間にはちょっとだけシワがよっていた。

 

 

 

「チームワーク」

 

 

 

「ああ、そっち。確かにそうだよね、私が足引っ張ってばっかだし、ゴメン……」

 

 

 

「ううん。俺も、単独の戦闘にばかり慣れてるから、盲点だった。ダブルスにはダブルスの戦い方がある。俺がポーの戦闘スタイルを知り、ポーが俺の戦闘スタイルを知るだけでも、動きは格段に良くなるはずだ」

 

 

 

「そっか、相手はこう動くだろうから、自分はこうしたほうがいいって分かるんだ。シルバさんとキキョウさんがそうだったもん。離れていても気持ちで繋がっていて、二人で一つの生き物みたいに動いてた」

 

 

 

「……勝とうね、絶対」

 

 

 

「うん!!」

 

 

 

差し出されたイルミの手を、しっかりと握り返す。

 

 

 

本当は、ちょっと不思議だった。

 

 

 

シルバさんに骨を折られた後、もしかしたら、イルミはもうあの二人と戦うのはやめろって言い出して、再戦の申し込みも断るんじゃないかって思った。

 

 

 

でも、違った。

 

 

 

なんとかして強くなりたいっていう私の願いを、イルミは後押ししてくれた。

 

 

 

ハンター試験のときみたいに。

 

 

 

それが、どうしてだろうってずっと気にかかってたんだけど……そっか。

 

 

 

きっとイルミは悔しかったんだね。

 

 

 

シルバさんとキキョウさんっていう夫婦に、二人で戦って叶わなかったってことが。

 

 

 

まあ、24歳になる子供を筆頭に、五人も出産してりっぱに育て上げたご夫婦に、まだ結婚もしていない私たちが挑むんだから、叶わなくって当然なのかもしれないけど。

 

 

 

いや、たしかに、それを認めるのはなんだか悔しい!!

 

 

 

「よし!!勝とうイルミ!!私たちの方が若いんだもん、若さがあれば絶対勝てる!!」

 

 

 

「うん。あんな年寄り夫婦、ぶち殺してやろうね」

 

 

 

がっしり握手を交わす私とイルミに、ゼノさんがボソッと漏らした。

 

 

 

「お前達、ワシに喧嘩売っとんのか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                     ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

できることは、全てやった。

 

 

 

そして、ついにそのときはきてしまった。

 

 

 

時刻は15時半。

 

 

 

試合、30分前!!

 

 

 

「ゼノさん、マハさん、ご指導ありがとうございました!!」

 

 

 

「……」

 

 

 

「うむ。あとはお前達次第じゃ。ポー、イルミ、頑張ってこい!」

 

 

 

「はい!」

 

 

 

「――じゃ、行こうか」

 

 

 

飛行船内の訓練場で最終調整を終えた私たちは、天空闘技場の選手待合室に移動した。

 

 

 

ゼノさんとマハさん、ミルきくんとカルトちゃんは一足早く客席に向かい、残った私とイルミ、ウィングさんとズシ君は、テーブルとソファが置かれただけの小さな部屋で、緊張と時間を持て余していたわけなんだけど……。

 

 

 

「ああああああもおー!!緊張するよう、イルミ!!どうしよう、心臓がバクバクしすぎて気が遠くなってきた……!!」

 

 

 

「は?ついさっきまでやる気満々だったくせに何言ってるの。仕方ないなぁ、じゃ、リラックスさせてあげるからここに横になって。ウィングはズシの目と耳を塞いでてね」

 

 

 

「いやーーーっ!!何するつもりなのかわかりすぎて嫌!!」

 

 

 

「ポーさん、大丈夫っす!ゼノさんも言ってたっす、“実力は充分ある。だから、自信を持ってぶっ殺してこい”って!!」

 

 

 

「簡単に言わないで--!!大体、なんでイルミにはダメって言ったくせに、私には“隙あらば殺ってこい”って言うのゼノさん!!だって、相手はシルバさんとキキョウさんなんだよ!?ああああーーー!!お願いだからシロガネさんとランさんに変装していて下さい!!でないと怖くて戦えない--!!」

 

 

 

「やれやれ。ほんとに今更だな」

 

 

 

イルミが無表情に呆れて言う。

 

 

 

そのとき、すうっと、影のように現れた一人の執事さんが、ズシ君の背後に回った。

 

 

 

「な、なにするっすか!?」

 

 

 

「ズシ君!?」

 

 

 

ななななになに!!

 

 

 

何を思ったかその執事さんは、ズシくんの小さな身体を宙吊りにして、喉元にドスを突きつけたのであります!!

 

 

 

「ひゃああああああっす!!ポーさん、助けてっす――っ!?」

 

 

 

「動くな!!」

 

 

 

鋭い恫喝に、立ち上がりかけた脚がすくんだ。

 

 

 

い、いつの間に部屋の中にいたんだろう。

 

 

 

振り向けば、ズラリとがん首揃えた強面の黒服執事さんたち!!

 

 

 

そして、その中心には。

 

 

 

「ゴ……」

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。

 

 

 

ゴトーさあん……!!?

 

 

 

ままままままさかとは思いますが今ですか!?

 

 

 

試合まであと30分しかないんですよ、なのに!!

 

 

 

今!!?

 

 

 

あのジャ●プ誌に残る名シーンを、忠実に再現して下さるおつもりなんですかゴトーさあああん!!

 

 

 

嬉しい!!

 

 

 

しかしタイミングが悪い!!!

 

 

 

以上、ポーの心の叫びでした。

 

 

 

「何をごちゃごちゃ言ってやがる。ふざけてるとコイツの首かっ切るぞ……!」

 

 

 

「ぎゃああああっす!!!」

 

 

 

「ちょ、ちょっとま、待って下さいゴトーさん!それに執事の皆さんも!!なんなんですか、いきなり部屋に入ってきたかと思えば、こんな真似して!!」

 

 

 

「黙れ。テメェは今から俺のする質問に、バカみてぇに答えてろ」

 

 

 

クイ、と中指でもって眼鏡を押し上げ、上目でえぐり込むように睨んでくるゴトーさん。

 

 

 

「ズシ……!」

 

 

 

突然の事態に、ウィングさんも訳がわからない、といったご様子だ。

 

 

 

それはそうだろう。

 

 

 

だって、朝ごはんの時には“ゴトーさんの淹れてくれるお茶はとってもおいしいですね。ありがとうございます”なんて、ほのぼのした日常会話を交わしてたんだもの!!

 

 

 

そんな和やかな思い出を、ゾルディック家執事長は三白眼でぶった切った!!

 

 

 

「黙って聞け。私は……イルミ様を生まれた時から知っている。僭越ながら、親にも似た感情をも抱いている……正直なところ、優秀な暗殺名家の出でもないただの一般人の分際で、イルミ様を奪おうとしているお前が憎い」

 

 

 

「え」

 

 

 

「ふーん、知らなかった。そうだったの?ゴトーが父さんだなんて、嫌だなー俺。ドス持って追いかけ回されそうで。夢に見ちゃうよ」

 

 

 

長い足を組み、深々とソファに腰掛けた姿勢で、くりっと首を傾げているのは当のイルミ様である。

 

 

 

「……ゴホン!数日前、テメエがイルミ様とゾルディック家を去った日。電話で奥様は、消え入りそうな声だった。おそらく、断腸の思いでイルミ様を送り出すことに決めたんだろう……許せねぇ」

 

 

 

「えー、そんなことないよ。母さんはあれでポーのこと気に入ってるんだよ?」

 

 

 

「……ねぇ、イルミ。もういいから、ここは黙って、最後までゴトーさんの話を聞いてあげようよ」

 

 

 

重々しい空気を根こそぎ破壊していくイルミの言葉に、ちょっとゴトーさんが可哀想になった私。

 

 

 

なのに、イルミはしれっとした顔で、

 

 

 

「だって、長いよ?ゴトーがコインゲームするまでの前置き。試合まであと30分しかないんだから、付き合うんなら急がないと」

 

 

 

「いいの!!聞きたいの!せっかくだから生で聞きたいの!!」

 

 

 

せっかくトリップしてゾルディック家にいるんだから、こうなったら是が非でも経験しとかなきゃ、この緊迫感は!!

 

 

 

なのに、イルミのせいでぶち壊しだよう……うう。

 

 

 

しかしながら、ゴトーさんは揺るがない。

 

 

 

さっすがこんな家に長年務めているだけのことはある。

 

 

 

ごっほんと、咳払い一つ。ギラついた眼差しで私を見抜き、握りこぶしを前に。

 

 

 

「テメェが本当にイルミ様に相応しい相手か、俺が俺達のやり方で判断する!!これから弾くコインが、どっちの手にあるか当ててみろ、いいな!!」

 

 

 

親指の上に置いた金色のコインを、選手待合室の天井高く弾いた!!

 

 

 

「いくぞ!!」

 

 

 

「よっしゃあ!!来なさい!!」

 

 

 

ヒュ……!!

 

 

 

空気が唸り、ゴトーさんの両手が消える!!

 

 

 

は、速い!!

 

 

 

高速で動いている手のひら、その間を飛び交うコイン……どちらも、目で追うのがやっとだ!!

 

 

 

それに、イルミが時間がないって言ったせいか、ゴトーさん、本編でゴンたち相手にやったみたいな目慣らしを全部カットして、いきなり本番本気で挑んできたああああああ!!!

 

 

 

「ちょっと!!イルミのバカっ!イルミが急かすからゴトーさん一発目から本気になってるじゃない!!」

 

 

 

「えー、まだまだ。見えるでしょ、これくらいなら」

 

 

 

「無理だよ!!あ……あれ?ほんとだ、落ち着いて見たら見えてきた。そっか、さっきまでずっとゼノさんとマハさんの瞬足についてってたから……目を慣らすって、こういうことだったんだ」

 

 

 

「でしょ」

 

 

 

パシイッ!!

 

 

 

「--どっちだ」

 

 

 

「ひだり!」

 

 

 

ビキッと、浮き出る青筋。

 

 

 

光る眼鏡を震わせながら、ゴトーさんがギリギリに握りしめた拳を開く。

 

 

 

「--当たりだ。だが、次はこうはいかねぇ。おい、お前達」

 

 

 

パチン!

 

 

 

指を鳴らせばフォーメーション。普段から練習してるんだろうかと思うくらいの正確さで、ザッと私たちの周りを囲んだ六人の執事さん達。

 

 

 

再び、ゴトーさんによって弾かれたコインが、360度、右へ左へ上へ下へと縦横無尽に飛び交うーーー!!!

 

 

 

ピーンピーンピーンピーンピーンピーンピーン!!!

 

 

 

「目、目がまわるっす~!!」

 

 

 

「ズシ、凝です。人質にとられているからといって、鍛錬を怠ってはいけません」

 

 

 

「お、押忍っ!師範代!!」

 

 

 

「そういうところがスパルタだっていうんだよ、ウィング。で、ポー。ちゃんとコインは見えてる?」

 

 

 

「……」

 

 

 

パシイッ!!

 

 

 

執事さん一同、一糸乱れぬ見事な動きでコインをとらえた拳を差し出す。

 

 

 

腕は12本。

 

 

 

確率は12分の1。

 

 

 

見るもの全てを射抜き、射殺し、石にするほどの殺人兵器並な視線でもって、ゴトーさんは私を見据えた。

 

 

 

「……さあ、コインはどこにある」

 

 

 

「……」

 

 

 

どうしよう。

 

 

 

どうしていいかわからない。

 

 

 

だって、だって、こんなの。

 

 

 

「ご、ごめんなさい……あの、も、もう一回だけおねがいします!!」

 

 

 

「……ああ?」

 

 

 

うおおおおおおおう!!猛る青筋いいいいいいいいいいいっ!!!

 

 

 

真っ青になる私に、イルミは怪訝な顔を向ける。

 

 

 

「ポー、本気で言ってるの?」

 

 

 

「だってー!!」

 

 

 

「おい、そのガキぶっ殺せ」

 

 

 

「いやあああああああ!!ままま待って下さいゴトーさん、悪気はなかったんです!!た、ただ、いきなり目の前に光るものが飛んできたから、テンタくんが反応しちゃって--」

 

 

 

「え」

 

 

 

くりっと、首を傾げてイルミ。

 

 

 

「もしかして、ポー。コイン--」

 

 

 

「うん、取っちゃった。どうしよう、これ……」

 

 

 

おずおず、差し出した手のひらには、ゴトーさん達がピーンと弾いたはずの、パドキアジェニー。

 

 

 

「テメェ……!!」

 

 

 

ぎゃー!!

 

 

 

だめだ!!

 

 

 

ゴトーさんの額の青筋がネズミ算式に増えていくううううう!!!!

 

 

 

これはもうテヘペロも上目遣いでごめんなさいも通用しない!!

 

 

 

どうする私!!

 

 

 

「真剣勝負の最中に、よりにもよってコインを奪いやがるとは……!!」

 

 

 

「ひいいいっ!!ほ、ほんとにすみません、これはもう条件反射っていうか!!」

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 

 

 

うおおおおう、総勢六名、360度どっちを見回しても青筋いいいいいい!!

 

 

 

今度こそほんとに殺されるうと、守りの泡を発動させようとしたその時だ。

 

 

 

ゴトーさんはじめ執事さん全員が、一挙手一投足乱れない見事な礼をしたのだ。

 

 

 

「お見事でございます」

 

 

 

「へ」

 

 

 

パチパチパチパチパチ……。

 

 

 

ぽかん、とした私にズシくん、ウィングさん。

 

 

 

ひょい、と肩をすくめてお茶を飲むイルミ。

 

 

 

そんな面々を見回しつつ、実にほがらかーに笑いながら、

 

 

 

「驚かせて大変申し訳ございません、ポー様。“どうせ、ポーのことじゃから試合直前に無駄にビビって緊張しとるじゃろ。お前達、ちょっと行ってほぐしてやってこい”と、ゼノ様からご命令頂いたもので。時間を忘れて楽しんでいただけたでしょうか?」

 

 

 

「あはは……はい」

 

 

 

やっぱりそうか……ゼノさんめっ!!

 

 

 

はあ、まったくもう心臓が縮むかと思ったよ。

 

 

 

でもまあ、緊張は確かにふっとびました。

 

 

 

「ありがとうございます。おかげで、自分の目が速いものの動きをちゃんと捕えられるようになってるんだって分かって、自信がつきました」

 

 

 

「それはよかった」

 

 

 

「良くないっす!!びっくりさせるにも程があるっす!!ほんとにやめて欲しいっす!!」

 

 

 

「災難だったね、ズシ。で、お前はちゃんと見えたのかい。ゴトーの弾いていたコインの動きは」

 

 

 

「え、ええっと……一度目はなんとか。でも、二度目は途中から急に分からなくなったっす……なんか、その執事さんに渡ったところで、コインの枚数が増えたような--」

 

 

 

ズシ君に指をさされた執事さんは、丁度、私の真後ろに立っていた大柄な男の人だった。

 

 

 

彼は片方の眉を上げて笑みを深め、こっくりと、イルミは頷いた。

 

 

 

「当たり。彼がコインを二枚に増やし、更に、そのとなりの二人が倍に増やした。最終的には、計六枚のコインが、執事たちの間を飛び交っていたことになる」

 

 

 

「ず、ずるいっす!!」

 

 

 

「ズシ。彼等は一言も、途中でコインを増やしたりしないとは言っていませんよ。油断禁物です」

 

 

 

「う……押忍!師範代!!え、でも、そしたらポーさんの取ったコインは……?」

 

 

 

「もっちろん、最初の一枚です!一度目のゲームも同じコインを使ってたし、指で弾くときの摩擦と、なによりもゴトーさんが思いっきり握りしめてたから、体温が移って温まってる。途中で追加されたコインは、まだ冷たいはずだよ」

 

 

 

ねっ、と、視線で同意を求めると、ゴトーさんは微笑んだまま頷いてくれた。

 

 

 

「へえ~!すごいっす!ポーさんにはよくそんなのが分かるっすね!」

 

 

 

「えへへー。これでも海洋幻獣ハンターの端くれ!深海の探求者だからね。真っ暗な場所でも獲物を見つけられるように--」

 

 

 

ジリリリリリリ!!

 

 

 

おっと、時間だ!

 

 

 

ベル音に続いて、係の人が待合室のドアを叩いた。

 

 

 

「ポー選手、イルミ選手、お時間です!」

 

 

 

「はいっ!今行きます!……イルミ」

 

 

 

「うん。ポー、分かってると思うけど、何も怖がることはないよ。俺がいる。それに、言っただろ、常に海の中で獲物を捕まえる気持ちでいればいいんだって。普段は100メートルを超える海洋獣を締めあげてるんだから、その調子で親父の首もへし折ってやればいいんだ」

 

 

 

「怖いこと言わないでーー!!で、でも、うん。大丈夫。しっかり守ってしっかり見て、しっかり捕らえて、しっかり食べる!!」

 

 

 

「そう、その意気」

 

 

 

ぽんぽん、と頭を撫でて、離れていくイルミの手のひら。

 

 

 

「行くよ」

 

 

 

「うんっ!!」

 

 

 

その背中を追って待合室を出るとき、ドアを開けてくれていたゴトーさんに向かって、持っていたコインをピーンと弾いて渡した。

 

 

 

「試合、観ててくださいね。ゴトーさん!」

 

 

 

「勿論でございます。……そうだ、ポー様」

 

 

 

「なんですか?」

 

 

 

「わたくしがゾルディック家にお仕えしてもう何十年にもなりますが、あの試しの門をたった一人で七の門まで開ききり、かつ、それを瓦礫になるまで崩壊させた御方は、初めてでございました」

 

 

 

「ぶはっ!」

 

 

 

いいいいい今それを蒸し返されるのですかゴトーさん!?

 

 

 

瓦礫の処理と門の再建に人手を割かれているせいで、月末の帳簿整理に遅れが出てしまっているということは、昨日、ミルキ君からちょろっとお伺いしましたが……やっぱりまだ怒っていらっしゃる?

 

 

 

でも、見上げたゴトーさんは笑っていた。

 

 

 

マンガや、アニメで描かれていたよりも、もっと柔らかで、優しい笑顔だった。

 

 

 

「門を壊されたのも、ミケを追い回されたのも、キキョウ様の毒料理を完食されたのも、旦那様やゼノ様が屋敷への居住を認められたのも貴女が初めてです。--なにより、イルミ様がご家族以外の人間を自ら屋敷へ招かれることなど、今までには一度足りともございませんでした」

 

 

 

「え……」

 

 

 

「貴女がゾルディック家に来られてから、まだ数日しか経っていないというのに。有り得なかったことが、こんなにも立て続けに起こっている。ですから、今回も、きっと」

 

 

 

キン、と天井高く弾かれたコインを、ゴトーさんは慣れた仕草で手の中に隠した。

 

 

 

左手に掴まれたはずのそれが、そっと、音も立てずに執事服の袖の中に滑り落ちようとするのを、テンタくんで阻止。

 

 

 

「ズルはダメです!」

 

 

 

「お見事。今のを一度で見破られたのも、初めてでございます。流石は、イルミ様が見初められた御方だ」

 

 

 

「--っ!」

 

 

 

「ポー!なにしてるの、置いてくよー」

 

 

 

耳までまっ赤になった私を、廊下の向こうでイルミが呼んでいる。

 

 

 

「あ、ま、待って、今行く!ゴトーさん、い、行ってきます!!」

 

 

 

「行ってらっしゃませ。お二人のご武運をお祈りしております」

 

 

 

ビシッと姿勢を正して、礼。

 

 

 

ゴトーさんたち執事隊に見送られ、私はイルミのもとに向かって走りだした。