「じゃあ、今度は背中からね」
「ん……。あ……っ!やああっ!イ、イルミ!!」
「ん?」
「いた……っ!いた……い、からっ!もうちょっと優しく動かし……っひああ!!」
「優しくしてるじゃない。痛いのは、ポーが身体に力を入れるからだよ。ほら、深呼吸して力抜いて」
ぬちゅ……ぐちっ!!
「――っああ!!や……!やだ……!!いたい……いたいの、も……お、やだ……っ!!」
「ダメ。逃がさない」
「……あのさあ、二人とも。頼むから、イル兄の部屋で治療してくんない……?」
「なんで?」
「なんでって……」
「あ~~いたい!ほんっっとに痛いね。鞭ってさ、叩かれたときも痛いけど、叩かれたあとも、薬塗ってもらうときも痛いってもう最悪だね!!」
「うん。あと、お風呂入るときも凍みるし痛いよ。寝るときもベッドシーツが綿だと擦れるからシルクじゃないと。パジャマを着ると余計に痛いから、ポー、今夜は裸で寝なきゃダメだよ?」
「頼むからさあ!!そういうことは部屋に行ってから話してくれよ!!」
「ミルキ、うるさい。大体、そういうことってなに?俺たちはただ傷の治療をして、鞭打ちで受けるダメージについて話し合ってるだけじゃない。ねぇ、母さん」
「……(チラ……ポッ)」
「父さん」
「ゴホンゴホンッ!!」
「ゼノじいちゃん」
「ダッハッハッハッ!若いの~!!」
「カルトは?」
「……ポー姉さまが……ポー姉さまが……ブツブツ」
「ほーら。文句言ってるのはお前だけだよ、ミルキ」
「~~~~わかったよ!もういいよ!!」
顔を真っ赤に立ち上がり、ミルキはドッスドッスと足音荒くリビングをあとにする。
な、なにをあんなに怒ってるんだろう?
朝食後、リビングでさっきの鞭打ち訓練で受けた傷の手当てをしてもらっていた私。
よく効く薬、ということなんだけど、塗り薬で、これがまたしみるんだ。
しかも、イルミが傷口にすりこむようにして塗り込むからよけいに痛い。
うう……で、でも、追加してもらったお陰でコツは掴んだもんね!
かわりばんこでイルミを打ったときには、なんとか合格点をもらえたし。
満足満足!!
「で、今日はどうする?」
救急箱を片付けに行っていたイルミが、淹れたての紅茶とジャム、焼き菓子の盛り合わせを持って戻ってきた。
朝ごはんを食べたばかりだけど、訓練で念を一杯使ったせいで、お腹はまだまだすいている。
うん。
いいや!
後でまた運動すれば太らないっ!
「イルミは、お仕事ないんだっけ?」
「うん。この前みたいに急ぎの仕事が入ったら別だけど、予約は当分はない。キルが話しちゃったから白状するけど、ポーに会うまでの半年間に、向こう半年分前倒しで依頼こなしたから」
「……へえ、そうなんだ」
淡々と、紅茶の中にジャムを溶かし入れながらイルミは言う。
……ご冥福をお祈りいたします。
「あ、じゃあ、当分はゆっくり出来るんだね?」
「できるよ。ポーが俺の花嫁として認められるのも、予定よりだいぶ早かったしね。せっかくだから、どこか旅行にでも行く?」
「行く行く!やったあ!私、大概の海には行ったけど、陸は全然なんだよね~」
「そう。なら、ポーの希望を優先するよ」
「う~ん~……あっ!」
そうだ!
ビューンと部屋に戻って、ノートパソコンを抱えてくる。
実はちょーっと興味のある場所があったんだよね~。
怖いけど。
せっかくハンターの世界に転がり込んだ身としては、一度は登ってみたかったんだ。
「ここっ!」
「どこ?」
じゃん!
と、リビングに駆けこんだ私は、パソコン画面をイルミの顔に突きつけた。
そこに写し出されたページを見つめ、彼はパキッとクッキーをかじる。
「……天空闘技場?」
「そう!地上251階、高さ991メートル!!世界に四番目に高いとされるそのタワーには世界中から格闘家が集まり腕を競い会うという――」
「……」
「あれ?イルミ、どうしたの?」
ため息なんかついちゃって。
「……ポーはさ、ひとと戦いたいの?戦いたくないの?どっち」
「戦いたくないよ。でも、今朝の鞭打ちをどうしても極めておきたくてさー。これから夏になると、海の生き物たちの動きも活発になるからね。今のうちに身を守れる術を増やしておかないと、食べられちゃったら困るでしょ?」
「……」
無言で頭をかかえるイルミ。
その後ろを、偶然、シルバさんが通りかかった。
「ん?お前たち、天空闘技場に行くつもりなのか」
「まだ決まってませんけど、行ってみたいなーって。私、防御ばっかりで攻撃は苦手なんですよね。特に陸上だとからっきし。だから、少しでも鍛えられたらって」
「いい心がけだな」
うん、と、珍しく笑顔を向けてくれたシルバさん。
このかっこよくて優しそうなひとが、六歳のキルアを二年間、格闘のメッカに放り込んだんだから信じられないよ……さすが変化系。
「私、200階まで行けるでしょうか?」
「さあな。水の中なら楽勝だろうが、陸の上での実力を見てみないことには、なんとも言えん」
ニヤリ、とニヒルな笑み。
まずい!
これは「いい機会だ。闘技場に行く前に俺が実力を見てやろう。表に出ろ」とか言われそうな気がする!!
「いい機会――」
「見て見て、イルミ!!このタワーの周辺って、大きな街もあるんだよー!少し離れたところには、戦いに疲れた心身を癒すために、立派な温泉地もあるの!しかも、海際!!この辺りの海は絶対いいよー!寒流に乗ってきた脂ののったぷりっぷりの魚がね、産卵のために沖合いに流れ込む暖流を目指して南下するんだけど、ちょうど、その漁場が温泉地のとなりにあるの!!」
シルバさんの舌打ちをきっちり無視して、イルミにすがりつく。
イルミは額を押さえ、はあ~、と大きなため息をひとつ、私に向き直った。
「分かったよ。行こう。で、ポーが満足するまで戦ったあとは、この温泉地に行って、海鮮食べて、ゆっくりしたいんだね?」
「うん!」
頷くと、ちょっとあきれたような顔をして、イルミは私の頭をくりくり撫でた。
「ほんとに、ポーの考えることや行動は、突拍子すぎて予測できないよ。そこが好きなんだけど」
「!!!??」
「行くのはいいけど、条件があるよ?仕事以外で俺を戦わせようっていうんだから、ひとつくらい俺の言うこと聞いてくれてもいいよね?」
くりっ、と。
いつものように首を傾げるイルミである。
う……ちょっと嫌な予感。
でも、確かにゆったりリフレッシュするはずの旅行で、格闘のメッカに行こうって無茶なお願いをきいてくれたんだし……いっか、一個くらい。
「いいよ。条件ってなに?」
「耳かして」
「うん」
シルバさんに聞こえないようになのか……素早く囁かれた言葉に、私は耳の先まで真っ赤になった。
「え……!?」