26 イルミ争奪!? 愛と涙の大決戦!! (後編)

 

 

 

「はああっ!!」

 

 

 

 

鋭い恫喝とともに、背後から令嬢たちが踏み込んでくる。

 

 

 

 

先手は二人。華やかにカールした金の髪に、花嫁衣装さながらの純白のドレス姿の美少女と、もう一人は胸元と肩口が剥き出しになった、シックなデザインの黒いドレスを纏った、こちらもモデル顔負けの美人。

 

 

 

 

獲物は、双方ともにナイフだ。

 

 

 

 

鋭く光る刃の先まで、協力なオーラが漲っている。

 

 

 

 

念能力者――おそらく、ここに集められた花嫁候補、全員がそうだ。

 

 

 

 

二人の美女は私の背中から迫ると見せかけて、直前で姿を消し、がら空きになった前方に回りこんで、急所を狙ってくる――暗殺の教科書にでも載っていそうな戦法は、天空闘技場でゼノさんやマハさんに鍛えてもらったとき、一番最初にやられたっけ。

 

 

 

 

あのときのゾルディック御大二人の動きに比べたら、彼女たちの動きは、まるでコマ送りのように見える。

 

 

 

 

凝で視力を強化する。

 

 

 

 

大丈夫、充分に避けられる速度だ……!

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 

 

「かわされた……!?」

 

 

 

 

左足を大きく引いて下がったら、驚いている彼女たちの手首を掴んで、相手がつっこんできた勢いを利用して投げを撃つ。

 

 

 

 

「く……っ!?」

 

 

 

 

「きゃあっ!」

 

 

 

 

私には筋力がないから、念での防御がなくなった場合、接近戦に持ち込まれたら対処の仕様がない。

 

 

 

 

だからせめて、相手の力を利用して逃げを打てるようにと、合気道にも似通ったこの体術を仕込んでくれたのはシルバさんだった。

 

 

 

 

毎週日曜日に行われる体術訓練、サボってなくてよかった!

 

 

 

 

「……ふぅん。どうやら、貴女の持ってるハンターライセンスは偽物ではないということね。少しは楽しめそう」

 

 

 

 

「シィラさん……」

 

 

 

 

クロスをかけた丸テーブルに優雅に腰掛け、彼女は高みの見物を決め込んでいる。

 

 

 

 

開始の合図があっても、動く様子はない。

 

 

 

  

――お手並み拝見。

 

 

 

 

そんなふうに、冷たく底光りする青い瞳が、ふいに、にっこりと笑った。

 

 

 

 

「私が手出ししないのがそんなに意外かしら? でも、不思議がることはないのよ。スタートの合図はまだ切られていないのだから」

 

 

 

 

「……え? でも、さっきキキョウさんが」

 

 

 

 

「真のスタートは、貴女が殺された瞬間よ。その左手にある指輪を巡って、私達暗殺者――イルミの花嫁候補者同士の戦いが始まる。貴女は……そうね。ただの余興にすぎないわ」

 

 

 

 

「……っ!」

 

 

 

 

「あら。でも、だからって簡単になんか死なないでね。死に物狂いであがいてもらわないと、興が冷めてしまうから」

 

 

 

 

胸元から取り出した細身のシガレットに、金のライターで火をつける。そんな彼女の言葉に上品に笑って、美しいドレスに身を包んだ淑女達が一同に武器を構えた。

 

 

 

 

ナイフ、ボウガン、そして、ありとあらゆる銃器。

 

 

 

 

「両脚と右手を潰しなさい。あっさり死んじゃったら困るから、顔や心臓は残しておいて。この子が痛みと恐怖に泣き叫ぶさまを、じっくり鑑賞しましょう」

 

 

 

 

「ポ――ッ!!」

 

 

 

  

イルミが絶叫に近い声で、私を呼んでいる。

 

 

 

 

私は、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

大丈夫。

  

 

 

 

もう、逃げたりしないと、約束したんだ。

 

 

 

 

誓ったんだ。

 

 

 

 

だから、私は力を示さなければならない。

 

 

 

 

そして、認められなければならない。

 

 

 

 

「さぁ、パーティーの始まりよ!」

 

 

 

 

無数の銃口が一斉に火を吹いた。

 

 

 

 

白々と光る、数えきれない刃が私に向かってくる。

 

 

 

 

「イルミ……ごめんね」

 

 

 

 

この身に襲いかかる狂気の全てを、私は避けなかった。

 

  

 

 

  

 

 

 

 

 

 

                     ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あっけない」

 

 

 

 

激しい銃声が鳴り止んだ後、シィラは咥えていたシガレットを放り捨て、テーブルから降り立った。

 

 

 

 

立ち込める硝煙と砂埃で、あわれな生贄の姿は見通せない。

 

 

 

 

突如、生木の折れるような音に目を向ければ、声もなく震えるイルミの姿があった

 

 

 

 

深く項垂れているせいで、長い黒髪に隠れてどんな顔をしているのかはわからない。

 

 

 

 

だが、彼の長身を抑えこんでいたシルバの右腕が、奇妙な形にひしゃげていた。

 

 

 

 

掴まれた握力に耐え切れず、握りつぶされてしまったのだ。

 

 

 

 

砕けたな、と眉一つ動かざず、シルバは呟いた。

 

 

 

 

しかし、イルミを拘束する手を緩める様子は微塵もない。

 

 

 

 

それは、シルバとともに彼を抑えているゼノも同じだった。

 

 

 

 

「……シルバ、手出しをさせるな。ポーの覚悟が無駄になる」

 

 

 

 

「ああ」

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

吹き渡る海風が、会場を包む天幕を翻し、立ち込める白煙を吹き飛ばしていく。

 

 

 

 

徐々に視界が晴れていき、その中から現れた細身の少女……ポーの姿に、花嫁候補達は甲高い歓声を上げた。

 

 

 

 

南の海の色の美しいドレスが風に揺れている。

 

 

 

 

ポーはその身に立ち尽くしたまま、眠ったように目を閉じていた。

 

  

 

 

まるで、“逃げない”という誓いを体現するかのように。

 

 

 

 

その表情は、息を飲むほど美しく、穏やかだった。

 

 

 

 

「全く……頭の悪い娘達」

 

 

 

 

やれやれと、シィラはため息混じりに紫煙を吐き出した。

 

 

 

 

「頭と胸は狙うなって言ったのに」

 

 

 

 

「……!!」

 

 

 

 

のろのろと顔を上げ、その瞬間、イルミは目を見開いた。

 

 

 

 

死角から放たれたナイフが数本、彼女の明るみがかった栗色の髪に突き刺さっていた。

 

 

 

 

胸の中心からは鋭利なボウガンの切っ先が飛び出している。

 

 

 

 

そして、遠距離から発射されたライフルの弾が、白い額の中心を撃ちぬいていた。

 

 

 

 

シィラがポーに近づいていく。たおやかに腕を伸ばし、その指から弓なりに伸びた爪で、ポーの細い顎を持ち上げた。

 

 

 

 

「まあいいわ。あとは、指輪を奪い合うだけね。つまらない前座だった」

 

 

 

 

「……黙れ」

 

 

 

 

ポツリ、と呟かれた声に、シィラは振り返る。

 

 

 

 

口元には、冷たい笑み。

 

 

 

 

「嫌よ。それに、煩いのは貴方よ、イルミ。女が殺されたくらいで、みっともなく喚いたりして、幻滅だわ。昔の貴方はもっと静かで冷たくて、魅力的だった。今のこの娘と同じ――死体みたいに」

 

 

 

 

「黙れ……!!」

 

 

 

 

「――っ!?」

 

 

 

 

イルミの身体から、溜め込んでいたオーラが一気に噴き出した。

 

 

 

 

冷たく、暗い、闇そのもののような力の激流。それは、念能力の暴発であり、暴走に近い。

 

 

 

 

シルバとゼノ、二人のゾルディックによる拘束を吹き飛ばし、イルミは他のものには一切目もくれず、ポーに駆け寄ろうとする。

 

 

 

 

止めることは、もはや不可能な衝動。

 

 

 

 

しかし、たったひとつの声が彼を制した。

 

 

 

 

「イルミ、待って!!」

 

 

 

 

「――っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                    ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

調整完了。

 

 

 

 

感度良し。

 

 

 

 

操作状況、良し。

 

 

 

 

あとはちょっと体内オーラのバランスをいじって――うん。

 

 

 

 

よーし、生きてる生きてる!

 

 

 

 

パチッと目を開けると、案の定、ブチ切れたイルミがシルバさんとゼノさんをふっ飛ばして、こっちに向かってくるところだった。

 

 

 

 

全くもう、暗殺者のくせに気が短いんだから。

 

 

 

 

「イルミ、待って!!」

 

 

 

 

「――っ!」

 

 

 

 

イルミの脚が止まる。真ん丸な目を更に真ん丸に見開いて、しばらくの間、彼は固まっていた。

 

 

 

 

ヒューヒューと風鳴りのように、荒い呼吸を繰り返していたけれど、数回、瞬きを繰り返した後、掠れた声を絞り出した。

 

 

 

 

「ポー……?」

 

 

 

 

「そんな顔しないでよ。ちゃんと生きてるってば」

 

 

 

 

「……どうして……だって……頭にナイフ、刺さってる……のに」

 

 

 

 

「ああ、これ?」

 

 

 

 

後頭部に手をやると、硬いナイフの柄に触った。

 

 

 

 

うわあ、一体何本刺さってるの、これ。

 

 

 

 

どうりで頭が重いと思った。

 

 

 

 

そのうちの一本を掴んで、

 

 

 

 

「えいっ」

 

 

 

 

ズコッと引き抜く。

 

 

 

 

「!!?」

 

 

 

 

「これ、ビスケさんと共同開発した新技なんだけどさー。実践で使うのは初めてだから、発動してからの調整に時間がかかっちゃって――だから、そんな顔しないでってば。世の中には、真っ二つに切断したって平気な顔して生きてる生き物だっているんだよ?」

 

 

 

 

「……どうやってるの」

 

 

 

 

周囲には、生まれて初めて人体切断マジックを見たかのような顔つきで絶句するギャラリー。

 

 

 

 

彼等の視線の中心で、イルミは呆然と突っ立ったまま呟いた。

 

 

 

 

 しかし、さらっと教えて安心させてあげる気なんてない。

 

 

 

 

彼には、シィラとの間の疑惑があるのだ。

 

 

 

 

もろもろのお仕置きを兼ね、私はにっこり笑ってやった。

 

 

 

 

「言っちゃおうか? 答え」

 

 

 

 

 「……待って」

 

 

 

 

 イルミはすっと息を吸い込んだ後、いつものように、くりっと首を傾げてみせた。

 

 

 

 

「考えてみるよ。ところで、それを使って彼女たちに勝てる勝算は?」

 

 

 

 

「あるよ?」

 

 

 

 

「そう。なら、いいや」

 

 

 

 

頑張ってね、と言うように、片手を上げて、シルバさんとゼノさんの元へ戻っていく。

 

 

 

 

その間に、残りのナイフと、胸に刺さったボウガンの矢をポイポイ投げ捨て――さあ、バトル再開。

 

 

 

 

「――ということで、かかってきなさい! 万物の母、生命の揺り籠である海の謎を解き明かす海洋生物学者の誇りにかけて、殺し屋さんなんかには負けませんからね! 過酷な環境を生き抜く生き物達の知恵と底力、思い知らせてやります!!」 

 

 

 

 

“見えない助手達(インビシブル・テンタクル)”!!

 

 

 

 

「……はっ!!」

 

 

 

 

我にかえった殺し屋の令嬢たちが、見えない触手、テンタ君の気配を察して一斉に飛び退く。

 

 

 

 

でも、

 

 

 

 

「あと、ハンターも兼任してますから。逃げる獲物を捕まえるのも、私の専門ですけどね」

 

 

 

 

「ひっ!?」

 

 

 

 

「か、身体が、動かな――」

 

 

 

 

捕まえられたのは五人。彼女たちの身体に見えない触手、テンタ君を巻きつけ、精孔を探って、オーラを搾取する!

 

 

 

 

いただきます!!

 

 

 

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああ――っ!!」

 

 

 

 

「うーん、美味しい……!」

 

 

 

 

お腹が減ってるから余計にそう思う。もちろん、ゾルディック家の皆のほうが、オーラが濃くて量も多いから美味しんだけど、彼女たちのもなかなかだ。

 

 

 

 

しかも、捕らえているのがそれぞれ違った系統の念能力者だからか、触手の先からは色んな味が伝わってくる。

 

 

 

 

これってアレだよ。なんか、パ―ティーのオードブルって感じ。

 

 

 

 

「強化系が二人……あ、そっちのチャイナ服のお姉さんは、きっと具現化系ですね。オーラを外に吸いだしたときに、自然に剣の形を取るように癖がついてるってことは、オーラで剣が具現化できるってことでいいんですかねー。あっ! そっちの白いドレスのお姉さんは、オーラが甘くてすっごく冷たいから、かき氷みたい!! 変化系……雪や氷にでも変えられるのかな。いやー、いいなあ、これ。色んなオーラがいっぺんに食べられる上に、観察も出来るなんて」

 

 

 

 

ギュンギュンと吸い上げているうちに、もがいていた花嫁候補達が動かなくなった。

 

 

 

 

「よーし、完食! 次いってみよー!」

 

 

 

 

「ひっ!?」

 

 

 

 

「ば……化け物め!!」

 

 

 

 

「来るなあああああああっ!!」

 

 

 

 

鋭い恫喝を放ったのは、目にも鮮やかなグリーンのドレスに、豊満な褐色の胸元が美しい中東風のお姉さん。孔雀石のネックレスをジャラ、と鳴らして、彼女は近くのテーブルをひっくり返した。

 

 

 

 

クロスの下から現れたのは、大型のガトリング銃だ。

 

 

 

 

「死ねえええええええええええ――っっ!!」

 

 

 

 

機関銃全体が、オーラの膜で覆われている。

 

 

 

 

このお姉さんは強化系、機関銃を強化して、連射速度と弾丸の威力を増幅させてるんだ。

 

 

 

 

でも――

 

 

 

 

「ま……毎分27000発のGSh-6-23機関砲の砲撃を真正面から受けて、無傷……だと!?

 

 

 

 

耳障りな銃声が鳴り止んだ後、私を包むオーラの膜がぷるんと揺れた。

 

 

 

 

ちょっと怖かったけど……大丈夫、問題ない。

 

 

 

 

“驚愕の泡(アンビリーバブル)”。

 

 

 

 

銃弾をオーラで加速してるけど、弾一発一発が生み出すのは一点集中型の圧力のみ。

 

 

 

 

圧力……それは、私の念の泡の防御が最も得意に働く分野だ。

 

 

 

 

今のところ、深海4000~6000メートル地点でかかるくらいの圧力なら、8時間くらいは耐え切れる……!!

 

 

 

 

「ダーッハッハッハッ!! いやあ、見事なもんじゃわい」

 

 

 

 

愉快そうな笑い声に目を向けると、ゾルディック御大ゼノさんが空を仰いで大笑いしていた。

 

 

 

 

「ポーや、さっきのカラクリ、ワシにはわかったぞ。しかし、短期間でよくそれだけ腕を上げたもんじゃ」

 

 

 

 

「あはは! ありがとうございます。頑張って修行したんですよ、ゼノさん。ところで、イルミにはわかった?」

 

 

 

 

御大の横で、イルミはちょっとむくれた顔をしてふるふると首を振った。

 

 

 

 

「全然」

 

 

 

 

「あ、そう」

 

 

 

 

きいいっと、背後で上がる奇声。

 

 

 

 

「殺してやる、殺してやるわ!!」

 

 

 

 

喚きながら、死角からナイフを投げてきた花嫁候補の攻撃を、わざと避けなかった。

 

 

 

 

スコーン、と右耳の後ろに突き刺さった刃を、引き抜く。

 

 

 

 

「……あ、ベンズの24番ですよ、シルバさん」

 

 

 

 

「こっちによこせ」

 

 

 

 

差し伸べられた手にテンタ君を操ってナイフを手渡すと、銀の髪の御当主はしげしげと刃を眺め、ちゃっかり懐に収めた。

 

 

 

 

「ナイフに細工はなし、か――俺にもわからん」

 

 

 

 

「じゃあ、ヒントです。今回の新技は、前回、天空闘技場で編み出した念の泡での軟体技を応用したものです」

 

 

 

 

「……もう一個」と、イルミ。

 

 

 

 

「第二ヒント? そうだなーえっと、私達人間の身体に限らず、この世界にある全ての物質は、拡大すると無数の分子で出来ていて――」

 

 

 

 

「ちょっと待って」

 

 

 

 

はい、とイルミの手が上がる。

 

 

 

 

「なに?」

 

 

 

 

「まさかとは思うけど、分子レベルにまで小さくした念の泡のバクテリアで、その分子の一つ一つを包んで守っただなんて、言わないよね」

 

 

 

 

「よくわかったねー! おおまかに言うとそうだよ。イルミ、正解!」

 

 

 

 

ピンポーン、の掛け声に、ゼノさんの大笑いが重なった。

 

 

 

 

「ダーッハッハッハッハッ!! 強固に守られた分子同士の合間に、ナイフを突き立てたとしても傷つけることは不可能。水や砂が切れんのと同じ理屈か。全くもって、ポーは奇想天外じゃのー!」

 

 

 

 

「いえいえ、まだまだ発展途上なので、身体にある分子全てを包むことは出来ませんけどね。衝撃を受けた部分だけなら、可能です。でも、やる気になればなんでも出来るって、分かりました! 世の中には光子状のオーラを使って円ができる生物だっているんですから。生き残るためになら、やってやれないことはありません!」

 

 

 

 

こうして喋っている間にも、念の触手、テンタ君は新たな獲物を捕まえてはオーラを吸い取り、また捕まえては吸い取り、と繰り返している。

 

 

 

 

自動操縦(オートマティック)ではなく、母体である私が防御に大量のオーラを使っているものだから、それを補うために、本能的に動いているのだ。

 

 

 

 

ネテロ会長に初めて会ったとき、私の念は生き物だと言われたけれど、本当にその通りだと思う。

 

 

 

 

「来るな、来るなああああああああっ!!」

 

 

 

 

「もう嫌だ! 花嫁候補なんてもう、どうでもいい!!」

 

 

 

 

バタバタと倒れていく花嫁候補たちに、会場内は明らかなパニックに陥っていた

 

 

 

 

冷静さは暗殺者最大の武器――しかし、常識をくつがえす光景を何度も目の当たりにし、それを欠いた彼女たちは、もうまともには戦えない。

 

 

 

 

手にしていた武器を投げ捨てて、我も我もと去っていく。

 

 

 

 

その判断は、きっと正しい。臆病だから逃げたのではなく、ゾルディック家がそうであるように、彼女たちもまた、生まれた時から暗殺者として育てられて来たからこそ選んだ道なのだ。

 

 

 

 

得体のしれない相手に、不用意に近づくな。

 

 

 

 

勝ち目のない相手とは戦うな。

 

 

 

 

高いリスクは出来るだけ避け、ただ、ターゲットの命を奪う――慎重に、確実に。

 

 

 

 

常に、報酬と依頼内容とを秤にかけて行動するのが暗殺業の性である。

 

 

 

 

正体不明の能力者相手に、イチかバチかの賭けに出るなんて、絶対にしない!!

 

 

 

 

でも――

 

 

 

 

「ふふっ」

 

 

 

 

ただ一人例外がいた。

 

 

 

 

「シィラさん……」

 

 

 

 

「殺しても、死なない……面白い……面白いわ……! 貴女のような人間の死体は、まだ、持ってない……!!」

 

 

 

 

 

……残るは、このひと一人。

 

 

 

 

深紅のクラシックドレスの優美な裾が、彼女の身体から立ち上るオーラにはためいている。

 

 

 

 

ブツブツと呟く彼女の容貌は、うわああ……!!

 

 

 

 

なんか、興奮したヒソカさんみたい!!

 

 

 

 

「可愛い娘……大丈夫よ、私が優しく殺してあげる……その稀有な身体のどこにも傷がつかないように、綺麗に殺して、私のコレクションに加えてあげるわ……!」

 

 

 

 

「コ、コレクションって、まさか、死んだ人を集めてるんですか!?」

 

 

 

 

私の言葉に、シィラはにっこり笑って頷いた。

 

 

 

 

「ええ、そうよ。シーカリウス家って、表向きは葬儀屋さんなの。闇社会で葬られた死体や、ちょっと訳ありな死体を秘密裏に処理するのも仕事でね。そのせいもあって、私は物心ついた時から、強く強靭な肉体をもつ死体や、美しい死体を集めるのが趣味になった。中でも、貴女のような珍しい人間には目がなくてね。ああ……貴女が死んだら、いい恋人同士になれそう……」

 

 

 

 

危ない人だ……!!

 

 

 

 

「イルミ――ッ!?」

 

 

 

 

「うん。知ってる。シィラって昔からそうなんだよね。俺のことも、恋人になるなら死んでからにしてってしつこくってさ。腐った人間じゃないと心から愛せないって言って、何度も殺されかけた。死体愛好家(ネクロフィリア)ってやつ」

 

 

 

 

「ええっ!?」

 

 

 

 

「あと、シィラは男より女のほうが好きらしいから、気をつけてねー」

 

 

 

 

なんですと……!?

 

 

 

 

「ドサクサに紛れて爆弾投下しないでよ! 死体愛好家で同性愛者なんて、そんなのヒソカさんといい勝負じゃない! イルミの周りには変な人しかいないんだからっ!!」

 

 

 

 

「俺のせいじゃないよ。言っとくけど、ポーもその中に入ってるからね」

 

 

 

 

なにおう……!! 

 

 

 

 

そ、そりゃあ確かに、私の研究室には捕まえた海洋生物達のホルマリン漬けの標本が山積みになってるけど……時々、お気に入りの生物標本を抱き枕にして寝てたりもするけど。

 

 

 

 

断じて変態じゃないもんっ!!

 

 

 

 

「ふふっ。可愛い可愛い私のコレクションさん……折角だから、生きているうちに私の能力、見せてあげましょうか」

 

 

 

 

「え……!」

 

 

 

 

「“死亡遊戯(スリラーダンス)”」

 

 

 

 

左手を、唇に。

 

 

 

 

女の私が見ても顔が赤くなるほどの妖艶な仕草で、シィラは足元に仰向けになって倒れた花嫁候補達に向かって、投げキッスをした。

 

 

 

 

十秒経過――

 

 

 

 

「あら……?」

 

 

 

 

「な、何も起こりませんね……あっ、でも、さっきシィラさんが投げキッスをした時、高密度のオーラが飛んで行くのは見えました!」

 

 

 

 

「うん。シィラの場合、それで死体を操るんだけどさ。無駄だよ、そいつら全員、死んでないからね」

 

 

 

 

残念でした、と、イルミ。

 

 

 

 

「なんですって!? 死んでいない?」

 

 

 

 

驚愕に青い目を見開くシィラに、私はこっくり頷いた。

 

 

 

 

「はい……一人も殺してません」

 

 

 

 

「そんな……どうして、こいつら全員、貴女を殺そうとしたのよ。情けをかける必要なんかこれっぽっちもないじゃない」

 

 

 

 

「それはそうですけど。私は殺し屋じゃなくて、生物学者なんです。いかに殺すかではなく、いかに生きているかを調べるのが仕事です。こんなに沢山の、しかも系統もまるで違った念能力者を捕獲できる機会、滅多にありませんからね。限界までオーラを吸い取ると同時に、体内オーラの循環法則や、オーラの基礎値も全部計測させてもらいました。殺しちゃったら、調べられなくなるでしょう?」

 

 

 

 

「……っ!!」

 

 

 

 

ガラス球のような目を真ん丸にして、シイラは私の顔をじっと見つめていた。

 

 

 

 

一歩ずつ、近づいてくる。

 

 

 

 

すっと、真横に伸ばした右手の先に、猛禽類の爪が生える。

 

 

 

 

そして、一瞬で、その姿がかき消えた。

 

 

 

 

「――っ!」

 

 

 

 

去りざまに、首筋をないでいった彼女の斬撃は、まさに一迅の風。

 

 

 

 

見えない刃が、私の喉を切り裂いて――静かに通り過ぎていった。

 

 

 

 

血は、流れない。

 

 

 

 

小さな小さな念のバクテリアが、細胞の裂傷を防ぎ、さらに、損傷箇所を瞬時に回復させてもとの通りに繋ぎ止める。

 

 

 

 

「……無傷、ね」

 

 

 

 

くるり、と振り向いたシィラは、小さく息を吐いて笑ったのだった。

 

 

 

 

「お見事、完敗だわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                     ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!」

 

 

 

 

 

ワナワナと、小刻みに震えるキキョウさんの手から、シルバさんが懐中時計を取り上げた。

 

 

 

 

 

「開始から30分か。最短記録だ」

 

 

 

 

 

「ポー!!」

 

 

 

 

 

今度こそ、拘束を解かれたイルミが私の元へ走ってくる。

 

 

 

 

 

その場に押し倒す勢いで抱きしめられ、シャツ越しに嗅ぐ、どこか懐かしいその匂いに、緊張の糸が一気にゆるんだ。

 

 

 

 

 

「イルミ……イルミの、イルミの馬鹿……!!」

 

 

 

 

 

「……なにが馬鹿だよ。馬鹿なのはポーの方だろ。ビスケと開発したばかりの新技ってことは、実践で試すのは初めてなんだろ。なんで、なんでいつもいつもいつもいつも、俺の目の前で、あんな危ない真似するの……!!」

 

 

 

 

 

「だ、だってそれは――」

 

 

 

 

 

「だってじゃないよ!!」

 

 

 

 

 

「――っ!?」

 

 

 

 

 

……イルミが、怒鳴った。

 

 

 

 

 

は、初めて聞いた……怒鳴れるんだ、イルミも。

 

 

 

 

 

あんまりびっくりしたものだから、私は目を真ん丸にしたまま、固まってしまった。

 

 

 

 

 

両肩を痛いくらいに掴んで、イルミは一言一句、刻みつけるように言う。

 

 

 

 

 

「二度と……しないで。父さんや母さんの挑発に乗って、命を試すような真似、二度としないって、約束しろ!!」

 

 

 

 

 

「……イヤだ」

 

 

 

 

 

「海月!!」

 

 

 

 

 

叫んだ後で、しまったというようにイルミは口をつぐんだ。

 

 

 

 

 

私の名前、他の人の前で呼ぶのは、初めてだったね……。

 

 

 

 

 

私は両手を伸ばして、蒼白になった彼の頬をそっと包んだ。

 

 

 

 

 

「イルミ。私ね、イルミのためだったらなんでもする。殺されることも、試されることも、何も怖くないの。私……イルミの家族に認めてもらいたかったんだ。だから、このパーティーの真相を知っても、逃げたくなかった……」

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

「……例え、イルミには、本当は私と結婚する気なんかなかったとしても、私は――」

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

ピキッと、イルミのこめかみに青筋が走ったのは見間違いじゃなかった。

 

 

 

 

 

肩に置かれた手のひらから、細かな震えが伝わってくる――

 

 

 

 

 

「え? い、イルミ?」

 

 

 

 

 

「俺に結婚する気がない……? なにそれ。俺がいつ結婚したくないだなんて言った? その気がないのはそっちだろ。まだ早いとか、歯止めがきかなくなるからって言って焦らしてるのは誰だよ。俺はいつだって、今すぐにでも結婚したいって言い続けてるじゃない……!!」

 

 

 

 

 

ミシミシミシミシィ……ッ!!

 

 

 

 

 

「い、いだだだだだだだだだだだだだ痛いイルミ痛いイルミ!! 肩が、肩の骨が砕けちゃうから……!!」

 

 

 

 

 

「痛くしてるんだから当たり前だろ。得意の念の防御でどうにかしたら」

 

 

 

 

 

「できるけど! やったら今よりもっと怒るくせに!!」

 

 

 

 

 

「よくわかってるじゃない。それがわかってるのに、どうして結婚に関しては、俺の気持ちを分かってくれないのかな。もしかして、わかってて無視してるの? 酷いなーポーは。見かけによらず意地悪なんだから」

 

 

 

 

 

ミシミシミシミシミシミシィッ!!

 

 

 

 

 

 

「ぎゃあああああああああ!! っだ、だって……っ!! だったら、なんであんなこと言ったの……!?」

 

 

 

 

 

「あんなことって?」

 

 

 

 

 

「とぼけないで!! 私をゾルディック家の嫁にするつもりはないって、シィラさんに言ったくせに……!!」

 

 

 

 

 

 

背後で上がるキキョウさんの黄色い歓声は、私とイルミ、二人できっちり無視をした。

 

 

 

 

 

イルミはパチパチと瞬きをした後、私の両肩を掴んでいた手をゆっくりと離した。

 

 

 

 

 

そして――

 

 

 

 

 

「シィラ……」

 

 

 

 

 

ギギギギギイッと、背後を振り向く。

 

 

 

 

 

「あら怖い。何かしら?」

 

 

 

 

 

「ポーに、あのときのことを話したのか」

 

 

 

 

 

「話してないわよ。私がポーちゃんに会ったのは、貴方と一緒に結婚指輪を選びに宝石店に来たときだけ。盗聴器でもつけられてるんじゃなくって?」

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

イルミの身体から高密で噴き出す暗殺者オーラにも、シィラは怯むことなくケロリと

して応えた。

 

 

 

 

 

イルミは殺気を潜めてくりっと首を傾げ、

 

 

 

 

 

「そうなの?」

 

 

 

 

 

「ううん。そうじゃなくて……私も、あの場にいたから」

 

 

 

 

 

「え……っ」

 

 

 

 

 

パチッと、瞬きしたまま固まってしまうイルミである。

 

 

 

 

 

普段の彼からは考えられない反応を見せる彼の態度に、私の目からは、一度は止まった涙がじんわりと滲んだ。

 

 

 

 

 

「私も……私も、あのホテルの部屋にいたんだもん……! シィラさんとイルミが、ラ、ラ、ラブホテルの前で会ってるところに偶然居合わせて、ダメだって思ったけど、後をつけづにはいられ、なく……って……!!」

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

「とりあえず、イルミと一緒に部屋に入ったら、噴水があったから……あの噴水の水盤、けっこう深さがあったから、その中で三角座りして……だから、とぼけたってダメだもん……イルミが言ったことも、したことも、ぜ、全部……見てたんだから――!!」

 

 

 

 

 

コチン、と固まったイルミをダッシュで通り過ぎた私は、悲しみと勢いに任せて、そこに控える御大、シルバさんにしがみついた。

 

 

 

 

 

「シルバさああああああああああんっ!! イルミが、イルミが……!!」

 

 

 

 

 

「……そうか」

 

 

 

 

 

はあ、とタキシード越しにでもわかる立派な腹筋がため息とともに上下する。

 

 

 

 

 

てっきり、「知らん」とポイされるとばかり思っていたシルバさんの手は、私の頭をくりくりとかき混ぜ、

 

 

 

 

 

「酷いやつだな」

 

 

 

 

 

「シルバさん……!!」

 

 

 

 

 

わあん、とますます泣きつく私の背中を、すりすり、と撫でてくれるのはカルトくんだ。

 

 

 

 

 

ちらっと後ろを振り返れば、イルミはそれまでの怒りの何もかもが抜け落ちたような顔をして、突っ立っていた。

 

 

 

 

 

その後ろで、シィラがヒュウと口笛を吹く。

 

 

 

 

 

「やるわねー、全然気が付かなかったわ。貴女、うちで情報屋のバイトしない?」

 

 

 

 

 

「……シィラ、次に喋ったら殺すから」

 

 

 

 

 

「はいはい」

 

 

 

 

 

そして、スタスタと私に近づき、

 

 

 

 

 

「ポー、ごめん。本当にごめん。謝るし、二度としないから、父さんに抱きつくのだけはやめて」

 

 

 

 

 

「来ないで! シ、シィラさんと二人で裏路地のラブホテルに入って、ベ、ベッドに押し倒してキスしたくせに……!!」

 

 

 

 

 

「……あのときは、シィラから情報を聞き出したくて」

 

 

 

 

 

「色を使ったか? 酷い奴だな」

 

 

 

 

 

クックッと喉の奥で笑うシルバさんを、イルミはこの世のものとは思えないような視線で睨みつけているけれど……やめてあげないもんねっ!!

 

 

 

 

 

「だったら一回でいいじゃない!! なんで二回もキスしたの!? しかも、二回ともイルミの方からキスしにいってたじゃない……シルバさん、もう、もう、私、見ていられなくって……!!」

 

 

 

 

 

「ああ」

 

 

 

 

 

「とりあえず、証拠だけは残しとかなきゃと思って、海洋調査用の耐水性マイクロ撮影機で、音声データと映像データを記録するのが精一杯で……!!」

 

 

 

 

 

「……撮ったのか」

 

 

 

 

 

 

「撮りました!」

 

 

 

 

 

イルミの反応を楽しみつつ、ポンポンと頭を撫でる御大の手が止まった。

 

 

 

 

 

「――だ、そうだが」

 

 

 

 

 

「修行不足は認めるよ。それに、言い逃れもしない。俺が悪かった……」

 

 

 

 

シルバさんのお腹から顔をひっぺがして振り向くと、イルミの顔がすぐ近くにあった。

 

 

 

 

「情報を得る手段はいくらでもあったのに、わざわざポーが傷つくような手段をとることはなかった。ごめんね……二度としないって、約束する」

 

 

 

 

 

「……お仕事でも?」

 

 

 

 

 

「うん。色仕掛けでしか情報を仕入れられないような、そんな三流の殺し屋にはなりたくないからね、俺は」

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

「ごめん、ポー」

 

 

 

 

片膝をついて、身をかがめたイルミがそっと腕を伸ばしてくる。

 

 

 

 

潤んだように光るイルミの目が、綺麗だと思った。

 

 

 

 

「……うん」

 

 

 

 

 

「ポー……愛してる」

 

 

 

 

わたしも、と呟いて、イルミのうなじに顔をうずめる。

 

 

 

 

愛おしい。

 

 

 

 

ためらいながらも、痛いくらいに抱きしめてくるその腕も、全て。

 

 

 

 

しばらくのあいだ、私とイルミは互いに満足するまで抱き合っていた。

 

 

 

 

呆れた、と笑うようなため息。

 

 

 

 

「悪い子ね、イルミ。ポーをゾルディックの嫁にするつもりはないだなんて、やっぱり嘘だったんじゃない」

 

 

 

 

「嘘じゃないよ?」

 

 

 

 

ひょいっと彼女を振り向いたイルミの言葉に、耳を疑った。

 

 

 

 

「え……?」

 

 

 

 

「俺は、ポーをゾルディック家の嫁にするつもりはない。ポーは、俺の嫁になればいいんだから、ゾルディックになんか渡さない」

 

 

 

 

「え? ええ? えっと、それってつまり――」

 

 

 

 

どういうこと? と首を傾げる私の頭をくりっと撫でて、イルミはシルバさんに向き直った。

 

 

 

 

「と、いうわけだから、父さん。俺、家を出るからね」

 

 

 

 

「ええーっ!?」

 

 

 

 

「なあんですってえええええええええええええええええええええ――っっ!!」

 

 

 

 

キィン、と鼓膜を突くキキョウさんの絶叫を、紙一重の指栓で逃れたシルバさんは、眉間に深い深いシワを刻んだまま、息を吐いた。

 

 

 

 

「イルミ……」

 

 

 

 

「悪いけど、本気だから」

 

 

 

 

 「ちょ、ちょっと待ってよ、イルミ! いいいい家を出るって、イルミもキルアみたいに、自分探しの旅にでも出るってこと?」

 

 

 

 

「ううん。キルと違って、俺はゾルディックで生きた時間が長すぎる。今更、暗殺者以外の生き方は探せないだろうから、フリーで殺し屋をやろうと思って。独立営業ってやつ」

 

 

 

 

あ、そっか。

 

 

 

 

「あ、ああー、そういうことなら! あっ、それだったらさー、ついでにブラックリストハンターも兼任すればいいんだよ。ボディーガードには賞金首になってるひとも多いんでしょ?」

 

 

 

 

 

「うん。いいね、それ」

 

 

 


「いいわけがありますかっっ!!」

 

 

 

 

 

真っ赤なライトをビカビカ光らせながら盛大に横槍を入れてきたのは、キキョウさんだ。

 

 

 

 

そうだ、花嫁候補たちはなんとかなったけど、まだこの人が残ってた。

 

 

 

 

「独立なんて、ママは許しませんよ、イルミ!!貴方はゾルディック家の長男なんですからね!!」

 

 

 

 


「でも、あとを次ぐのはキルじゃないか。だったらべつに、俺はいなくてもいいじゃない。家の仕事が回らないなら、依頼してくれれば請け負うよ?有料で」

 

 

 


「――!!」

 

 

 

 


綺麗さっぱりと応えるイルミに、スコープからブスブスと煙を出して、ついに倒れてしまうキキョウさん。

 

 

 


イルミ、と、落ち着いた声で、ついにシルバさんが口を開いた。

 

 

 

 

「本気か?」

 

 

 


「勿論。これは、ポーを家につれてきたときから既に決めていたことだ」

 

 

 


「そうか」

 

 

 


「うん」

 

 

 


静かな会話とは裏腹に、互いを射殺すような視線をぶつけ合う二人を見つめながら、ふと不安になる。

 

 

 


「……ねえ、イルミ。もし、独立して暗殺業をしたとして、ゾルディック家と依頼が被っちゃった場合って、どうなるの? シルバさんやキキョウさんや、ゼノさんと戦ったりするの?」

 

 

 


「するだろうね。でも、そのときには遠慮なくぶっ殺して依頼をこなすから、大丈夫だよ」

 

 

 

 

……だ。

 

 

 


「大丈夫じゃないよ!! なにそれ! 家族同士で殺しあいなんかダメ!絶対しちゃダメ!!」

 

 

 

 

「えー、どうして」

 

 

 


「だって私、ゾルディック家のみんなのことが好きだもん!!」

 

 

 

 

「……俺よりも?」

 

 

 


「イルミが好きだから、みんなのことも好きなの!イルミが今になったのは、ゾルディック家に生まれて、そこで生きてきたからなんだから。そんなに簡単に、自分の家族を捨てないで……」

 

 

 


欲しくったって、家族がいないひともいるんだから……イルミの首元に、ぎゅっとすがりつくと、彼は耳元に唇を寄せて囁いた、

 

 

 

 

 

「俺も家族も、どっちも欲しいって言うんだ。わがままだね、海月は」

 

 

 

 

 

「だって……!」

 

 

 

 


「……わかってる。俺だけじゃなくて、俺の家族のことも愛してくれてるんだね」

 

 

 


「当たり前でしょう……んん……っ!」

 

 

 

 

 

「ありがとう……」

 

 

 

 

 

深いキスの合間に、イルミが笑う。

 

 

 

 


そのまま、またじっくりと抱き合っていると、シルバさんの咳払いが飛んできた。

 

 

 

 

「――ということだから、取引だよ、父さん。条件次第ではポーと二人で家に残ってもいいけど、どうする?」

 

 

 


「言ってみろ」

 

 

 

 

「まず第一に、ポーを殺し屋にはしないこと。及び、暗殺業に関わることには一切関与させないこと。第ニに――」

 

 

 

 

ピリリリリリリリ!!

 

 

 

 

そのとき、鋭い電子音が鳴り響き、イルミは言葉の続きを飲み込んだ

 

 

 

 

シィラの携帯だった。

 

 

 


「……私よ。……ふぅん。あらそう。分かったわ、でも、もう私は辞退したから……ええ、そうよ。だから、そちらのことには干渉無用と伝えて頂戴。……ええ。こちらはもうけりがついたから、あとは本人が好きにするでしょう」

 

 

 

 

ピッと、通話を終わらせた後、

 

 

 

 

「ポー。貴女、イルミとゾルディック。貴女にとって大切なものは、この二つだけよね?

 

 

 

 

「え……っ?」

 

 

 


それって、一体どういう意味――