12 ★イルミとドキドキラブホテルの夜!? 

 

 

 

 

  

ホテルの入口は無人。アーチ型の巨大な扉にチケットを差し込めば、電子音がしてロックが外れる仕組みだった。

 

 

 

その先は円形のロビー。

 

 

 

そこにも人の気配はなく、カウンターにはホテルの部屋が映されたモニターがびっしり並んでいた。そこへトン、と片腕をつき、

 

 

 

「で、どの部屋にする?」

 

 

 

「……うう」

 

 

 

「ポーが選ばないなら俺が選ぶけど。あ、このSM使用の和室いいねー。そういえば、縄を使った拘束はまだしたことがなかったからこの機会に是非」

 

 

 

「タイム!是非じゃないよ!考えるから待って―!!」

 

 

 

「いいよ。じっくり考えて。これは海月へのご褒美なんだから、海月の好きな部屋で抱いてあげるね」

 

 

 

「……」

 

 

 

嬉しいやら怖いやら。

 

 

 

はあ……ラブホテルなんて、いつぶりだろう。っていっても、一緒に行ったのは大学時代の友達三人組で、海へ研究実習へ言った帰りに嵐にみまわれ、手近な宿泊先を選んだ結果がそこだっただけの話だ。 

 

 

 

お風呂は広いし、ゲームもカラオケも室内映画も見れる。頼めばご飯もお酒も出てくるし、そのへんのビジネスホテルに泊まるよりもずっと楽しかった。

 

 

 

変なチャンネルも……映るけど。

 

 

 

だから、こんな風にじっくり部屋を選ぶなんて初めてだ――しかも、その相手がイルミだなんて。

 

 

 

どうすればいいの!

 

 

 

しかし、泣く泣く見つめるモニターのひとつが、そんな私の不安を吹き飛ばしてくれた。

 

 

 

おおお!!こ、この部屋は!

 

 

 

「すごーい!何この部屋、水族館みたい!!床も壁も天井も全面水槽ガラス張りなんだって!中にはなんと、200種類もの熱帯魚が!イルミ、22番!22番の部屋がいい!!」

 

 

 

「却下」

 

 

 

ビシッと、そのモニターにエノキが刺さり、蜘蛛の巣のようなヒビが入った。

 

 

 

「ちょっと!好きな部屋を選んでいいって言ったじゃない!」

 

 

 

「こんな部屋選んだら、海月はそれどころじゃなくなるだろ。我慢出来るならいいけどさ。そのかわり、気が散るたびにお仕置きするからね」 

 

 

 

淡々と言いながらこちらを覗きこんでくるイルミの目は、うわあ、本気だ。

 

 

 

「うう、だ、だってー、他に泊まりたい部屋なんて」

 

 

 

「だったら和室SM使用の部屋にしよ?大丈夫。痛くしないし、オプションでついてる花魁コスプレセットが目当てなんだ。俺、一度海月にちゃんとした着物を着つけてあげたかったんだよねー。母さんに仕込まれて着付け方は知ってるし。テレビみたいに帯をくるくるして脱がすのもやってみたい。だから、ね?」

 

 

 

「ね、じゃないよ!もうその手にはひっかかりませんからね。だいたい、私へのご褒美なんじゃなかったの?私だってイルミに――」

 

 

 

「俺に?」 

 

 

 

「……」

 

 

 

イルミの、真っ黒いニャンコ目を見つめつつ思う。

 

 

 

イルミに着させたいもの。 

 

 

 

着させたい衣装。

 

 

 

――あった!!

 

 

 

「14番!はい、決定!!」

 

 

 

「これ?カキン帝国古代王朝をイメージ――華国風の部屋?なんで?」

 

 

 

「なんでもいいから早く!!」

 

 

 

ポチッとモニター下のボタンを押せば、カウンターに開いた細長い穴からルームカードが出てきた。

 

 

 

よし。

 

 

 

「私へのご褒美なんだよね!何でもしてくれるんだよね!?」

 

 

 

「……うん、そうだけど。海月、なんか急に燃えてる?なんで?」 

 

 

 

「なんでもいいから早く早く!!」

 

 

 

戸惑うイルミの背中をグイグイ押して、廊下を進んで部屋の前へ。扉にルームカードを差し込んで、開いた先には――

 

 

 

「おお、真っ赤で綺麗。すごいね、柱も壁の縁飾りも、寝台も。これ全部、珊瑚だよ。鳳凰珊瑚っていう、南方の巨大珊瑚」

 

 

 

「ふーん、天蓋付きの絹張りの寝台か。悪くないね。それで、なんでこの部屋を選んだの?」

 

 

 

足を組み、ゆったりと寝台の上に見を横たえるイルミをよそに、私は蓮花と鳳凰の透かし彫りも素晴らしい衣装箪笥を開け放った。

 

 

 

うわあ、あるある!!

 

 

 

ズラリとならんだ……色とりどりの、

 

 

 

「チャイナドレス!!」

 

 

 

「着てみたかったの?ふーん、知らなかった。それならそうと早く言ってくれればよかったのに。なら、俺が選んであげようか。海月は髪色が明るいから、やっぱり赤かな」

 

 

 

「ストップ!私じゃなくて、イルミに着せたかったの!どれにしようかなー、うふふー!映画版のHUNTER×HUNTER見てからずっと、いつか絶対着させたいって思ってたんだよね~」

 

 

 

「映画?」

 

 

 

なにそれ、と首を傾げるイルミは完全無視の方向で、衣装をかき分け探す探す!

 

 

 

男性物のチャイナ服、色は何がいいかな~。

 

 

 

「イルミ、色が白いからなー。天空闘技場でシルバさんが着てたみたいな真っ白のもいいだろうけど、どっちかっていうと黒とか紫とか、シックでダークな色が似合うよねっ。ああっ、でもこの胸元がチラ見するデザインは譲れないよ!」

 

 

 

「……」

 

 

 

やれやれ、と嘆息して、イルミは私に絡むのを諦め、テレビのリモコンを手にとった。

 

 

 

そして数分後。

 

 

 

「これだあ~!!やはりもうこれっきゃない!!イルミ、決まったよ。早くこれに着替え……」

 

 

 

『あっ、あんっ!ああん!嫌あああんっ、そこはダメえっ!』

 

 

 

“見えない助手たち”!!

 

 

 

「なんてもの観てるの――っ!!」

 

 

 

「お約束。海月が俺のことそっちのけで、服に夢中になってるのがいけないんだろ」

 

 

 

むう、と無表情にむくれるイルミの手から、触手でリモコンを奪い取り、電源を切る。

 

 

 

「だからってこんなもの見ちゃいけません!まったくもう、イルミがそんなだからキルアが若干12歳にしてムーディーな番組に興味持ったりするんじゃない。はい、そんなことより早くこれに着替えて!」

 

 

 

「えー。真っ黒じゃない。なんで海月はことあるごとに俺に黒い色着させようとするかな。ピンクとか水色とか、綺麗でかわいい色はいっぱいあるのに。俺、この際だから言うけどダークな色はあんまり好きじゃないんだよ?」

 

 

 

「う……そ、そんなこと言ったって似合うんだもん……それに、流石にピンクのチャイナ着たイルミなんて怖くて想像出来ないよ」

 

 

 

ほら、と桜花と蝶の刺繍の入った、桃色のチャイナを手に取りイルミに合わせてみる。

 

 

 

……あれ?

 

 

 

「嘘……かわいい!」

 

 

 

「でしょ?」

 

 

 

わあ、なんだこれ!!

 

 

 

似あうどころかものっすごくかわいいじゃないの!!

 

 

 

そうか、盲点だった。イルミって女の子顔だからっ!

 

 

 

「うわあ~、ちょっともう。ピンクが似合うなら似合うって教えてよ~!」

 

 

 

「前から散々言ってたじゃない。じゃ、着替える服はこっちでいいね」

 

 

 

「う、うん……」

 

 

 

イルミは私を寝台に引き入れて天蓋をおろし、代わりに自分は絹幕の向こうへと出て行った。

 

 

 

期待と好奇心に膨れ上がる胸を抑えながら待っていると、しばらくして絹のカーテンが揺れ、イルミの顔だけが覗いた。

 

 

 

「はい、これ」

 

 

 

「え、やっぱり私も着替えるの?」

 

 

 

「うん。お願い。俺も海月のチャイナ服姿、見てみたいんだよね」

 

 

 

真っ白なチャイナドレス。しかもミニ。

 

 

 

ううーん、なんて分かりやすい。

 

 

 

「……分かったよ。着替えるから、いいっていうまで入って来ないでね」

 

 

 

「うん」

 

 

 

イルミの顔がぴょいっと引っ込んだのを確認してから、私も服を脱いで着替えた。

 

 

 

うわあ、薄い布地。

 

 

 

脚もむき出しになるし……は、恥ずかしい。シーツの中に隠れてよ。

 

 

 

と思ったのに。

 

 

 

「えっ、なんで!? 掛け布団がない!!」

 

 

 

「うん。俺が隠した。海月が恥ずかしがって潜りこんだら嫌だと思ったからさ」

 

 

 

「なんてことするの! イル……」

 

 

 

ミ。

 

 

……。

 

 

 

わあああああああああ!!

 

 

 

なにこれ!!

 

 

 

なにこの可愛いの!!

 

 

 

「イルミ!わざわざ髪までお団子にしてくれたの!?」

 

 

 

「せっかくだからと思って。似合う?」

 

 

 

人差し指をぷっくりと紅い唇に当て、くりっと小首を傾げるイルミは完全に女の子だ。

 

 

 

というか、麗しい中華風のお姉さま。

 

 

 

どちらにせよ美しすぎる……!!

 

 

 

「海月?」

 

 

 

くてん、と腰を抜かしてしまった私を、寝台に滑りこんできたイルミは横抱きにした。

 

 

 

大胆に伸ばされた脚を、スルスルと絹が滑り落ちる。薄紅色のチャイナ服が腰のあたりまでさっくりと裂け、深いスリットから彼の白いふとももが――

 

 

 

「生足!?なんでっ!下に白いズボン着いてたでしょ!?」

 

 

 

「あったけど。履かないほうが海月が俺にそそられてくれるかなと思って」

 

 

 

どう?とばかりに人差し指を裾にかけ、スリットの裾を見せつけるように持ち上げてみせた……

 

 

 

「むむむ無理です、もう無理です……っ!!」

 

 

 

「はい、ティッシュ。大丈夫?いつも裸同士でやることやってるのに、本当に耐性がないね?」

 

 

 

「だってイルミがお団子頭でピンクのチャイナ服とか着たりするからでしょ!?」

 

 

 

「海月が着ろって言ったくせに。でもまあ、耐性がないのは俺も一緒だけどね。よ……っと」

 

 

 

「やっ!?な、なに?」

 

 

 

ひょい、とイルミは私の身体を持ち上げて、自分の膝の上に抱き上げる。同時に、見て、と耳朶に声。

 

 

 

なにを――と、長い指の先に目をやった私は、ピキッと固まってしまった。

 

 

 

「な、か……鏡!?」

 

 

 

「いいよね。これなら、海月は俺の姿も見れるし、俺は海月のチャイナ服が見放題……」

 

 

 

「よ、よくないよ……!!」

 

 

 

な、なんで。

 

 

 

なんでベッドサイドにこんな一枚ガラスの大鏡が設置されてるのーっ!?

 

 

 

自分のチャイナっ娘姿に真っ赤になる私を、イルミは背後から抱きしめてくる。軽く目を伏せ、首筋に真っ赤な舌を這わせようとするイルミは、イルミはあああああああ~!!

 

 

 

「海月、鼻血。もう、これからヤラしいことしようっていうのに、始める前からそんなことでどうするの?」

 

 

 

「どうするもこうするも、イルミの格好がヤラしすぎるからいけないんじゃない!無理無理無理無理!!綺麗すぎて可愛すぎて直視できないもん!出血多量で死んじゃうよ!?」

 

 

 

はい、と渡されたティッシュを鼻に当てながら、私は目の前に転がっていた絹の枕にぼすっと顔を埋めた。

 

 

 

もー、と呆れたため息。

 

 

 

「これから一生一緒にいようっていうのに、そんなことでどうするの。それに、今夜は俺に甘えるんじゃなかったの?」

 

 

 

「う……」

 

 

 

ほら。

 

 

 

促すように、イルミの指が髪の毛をくすぐってくる。

 

 

 

それがときどき、狙いすましたかのようなタイミングで耳朶に触れ、ゾクゾクと背中に走る感覚に、堪らずに身を捩った。

 

 

 

「……んっ、や」

 

 

 

「かわいい。海月、猫みたい」

 

 

 

「ね、猫っぽいのはイルミでしょ……ひゃっ!」

 

 

 

イルミの手が私の頭に伸びる。

 

 

 

いつものようにギリギリと締め付けられでもするんだろうかと身構えたけれど、頭を包んだのは手のひらとは違う、硬い感触だった。

 

 

 

カチャン、と。

 

 

 

頭の上で音がする。

 

 

 

「な、何つけたの?」

 

 

 

なんだか嫌な予感……。

 

 

 

恐る恐る鏡に目をやった私は、再びピキリと固まった。

 

 

 

「……なっ!?な、ななななんん……!」

 

 

 

「可愛いー、海月。ほんとにニャンコみたいだね」

 

 

 

おいでおいで、とお嬢様座りの上、いつになく優しげな仕草で手招きなどをしておられる桃色チャイナなお姉さま――もとい、イルミである。

 

 

 

そして、そんな彼を見つめる私の頭には、

 

 

 

「なにこのネコ耳――っ!?しかも、えっ!?と、とれない!」

 

 

 

ひっぱっても捻ってもとれないじゃないの!

 

 

 

なんでなんで、と慌てる私に、眉ひとつ動かさないまま、イルミはピースサインする。

 

 

 

「俺の特製。念を使って、ちょっと細工してみた。それだけじゃなく、海月の感情に反応して耳が動くようにもなってるよ。俺、操作系だからね」

 

 

 

「そんなことに念能力なんて使わないでよ!?」

 

 

 

「そんなことって。動かないネコ耳なんて、つけたって意味ないじゃない」

 

 

 

「そんな、ミルキくんみたいなこと……って、わっ!?」

 

 

 

「いいから、こっちおいで」

 

 

 

言いながら、イルミは私の身体を強引に抱き上げ、膝の上にのっけてしまった。

 

 

 

そして、おもむろに私の白いミニスカチャイナの裾をつまんで、

 

 

 

「ペラリ」

 

 

 

「ペラリじゃな……っ!?ひゃんっ!な、なにするの」

 

 

 

「じっとして。海月が痛くないようにしてあげる。今夜のセックスは海月へのご褒美なんだから、痛いのは嫌だろ?」

 

 

 

「嫌だけど……な、なにコレ冷た……やあああああっ!!」 

 

 

 

だよね、と頷きながら、イルミは私の下着を取り払い、ぬるついた液体をトロトロかけた。

 

 

 

首を捻って彼の手元を見ると、ピンク色の、いかにもな液体が入ったボトルが握られている。

 

 

 

そして――

 

 

 

「ネコ耳、といえば、ネコしっぽだよね」

 

 

 

「あう……っ!」

 

 

 

ひんやりとした何かが、脚の間に押し当てられる。

 

 

 

異物感に閉じようとする身体を強引に開き、イルミはそれを、ぐい、と親指で突き入れた。

 

 

 

なんの前準備もなかったそこは、液体のぬめりのおかげか、大した痛みもなく異物を受け入れる。

 

 

 

だけど――

 

 

 

「あ、ああ……っ、や……っ!」

 

 

 

「痛い?出来るだけ細身のローターを選んだつもりだったんだけど。素材もプラスチックじゃなくて医療用にも使われてるエラストマー製だから、お肌にも優しいよ?しかも、白くてフワフワなネコしっぽつき」

 

 

 

もちろん、これも動くからねー。

 

 

 

くりっと首を傾げるイルミの手には、ちいさなリモコンが握られている。

 

 

 

そして、彼はとても楽しそうな様子で、リモコンに付いたダイヤルを回そうとした。

 

 

 

「……っ!」

 

 

 

プツン、と頭の奥でなにかが切れた。

 

 

 

その途端に、堪えていた涙が溢れ出す。

 

 

 

「海月?」

 

 

 

涙でぼやけたイルミの顔が、ぐっと近づいてくる。どうしたの、と尋ねる声は、気のせいか、いつもよりも少し慌てているように思えた。

 

 

 

「酷い……よ」

 

 

 

酷い。

 

 

 

イルミと出会って、恋人として付き合うことになって、初めてもらったご褒美なのに。

 

 

 

今夜は、好きなだけ甘えてもいい。

 

 

 

意地悪なことは絶対にされないと思ってたのに……今夜こそ、思いっきり甘えられるって楽しみにしてたのに……。

 

 

 

「イルミの嘘つき……」

 

 

 

「嘘なんてついてないよ?」

 

 

 

ボロボロと涙を流す私の顔を、イルミは深く覗き込んでくる。まるで、小さな子どもにするように髪をなで、手のひらで優しく頬を包んでは、溢れる雫を拭ってくれた。

 

 

 

「だって……イルミ、さっきから意地悪する気満々じゃない……今日は、私へのご褒美だって言ったのに……」

 

 

 

「ご褒美だよ? だから、こんな格好までしてるんじゃない。海月、嘘じゃないから泣かないで。ごめんね、猫しっぽ付きチャイナがなかったから、しっぽをつけようと思ったらこれしか方法がなくてさ」

 

 

 

「つけなくていいよ! しっぽなんて……ひゃあっ!」

 

 

 

「そう? 絶対必要だと思うけどな。可愛いし。それに、海月も気持ちいいよ。最初は怖いかもしれないけど、俺が気持よくしてあげるから……」

 

 

 

イルミの指がしっぽの付け根をそっとつまんだ。

 

 

 

そうして、ゆっくりと前後に動かす。すると、さっき中に押し込まれたローターが引き抜かれたり、また押し込まれたりした。

 

 

 

「……っあ、はぁ……う……」

 

 

 

けして、乱暴ではない動きだった。

 

 

 

イルミは浅い抽送を繰り返しながら、ローターの角度や深さを少しずつ変えていく。

 

 

 

私の中のどこを刺激したら一番気持ちがいいのかを探っているのだ。

 

 

 

でも、弱い所を知られてしまったらきっと、イルミは私が泣きながらやめてと言うまで意地悪するに決まってる。

 

 

 

「……んっ……ふ……」

 

 

 

彼の膝にしがみつく格好のまま、ぎゅっと唇を噛んで耐えていると、ふいに、黒い髪に視界を塞がれた。

 

 

 

海月、と耳に低音。

 

 

 

「俺とした約束、忘れたの?」

 

 

 

「ひゃ……っ! あ、や、約束って……?」

 

 

 

「意地張ったりしないで、俺に甘えて。海月は俺に甘やかして欲しいんじゃなかったの」

 

 

 

「う……そ、そうだけど、でも」

 

 

 

「でもじゃない。素直になれないなら、それなりのお仕置きはするよ?」

 

 

 

すぐ近くに、イルミの顔があった。彼は深く身を屈め、膝上にいる私の耳を――正確には、私に装着した猫耳に舌を這わせた。

 

 

 

「ふ……あっ!? な、あ、なんで……これ、あっ、つ、作り物、なのに……」

 

 

 

「ゾクゾクする……? ネコ耳の感覚が、オリジナルの耳にも共有されるように仕込んでみたんだけど、どう?」

 

 

 

「どう……って、あっ、やあっ! イ、イルミぃ……や……めてぇ」

 

 

 

「ヤダ」

 

 

 

気持ちいいんだろ?

 

 

 

ネコ耳を弄られながら、いつになく低い声音でささやかれれば、抵抗なんてできるはずもない。

 

 

 

「可愛い、海月……もっと悦くしてあげるね」

 

 

 

桃色のチャイナ服を握りしめたまま、声を殺して震える私の耳に、イルミは更に舌先を深く舐め入れた。

 

 

 

同時に――手元のリモコンを操作する。

 

 

 

ブブブブブブブ……

 

 

 

「あああ……っ!!」

 

 

 

初めは、ただの振動。

 

 

 

異物感以外は何も感じない――そのはずだったのに。

 

 

 

「やあっ!やだ……っ、イルミぃ、いやああああっ!!」

 

 

 

「嘘つき。そんなに可愛い声出して、嫌だなんて言っても聞かないよ。腰だって、こんなにいやらしく動いてるのに」

 

 

 

くるくると、指の先で白い尻尾の先を絡めとりながらイルミが笑う。

 

 

 

「もう、こんなところまで濡れてる……」

 

 

 

「や……あ……うごくの、動くの、いやあ……!取って……お願い……っ」

 

 

 

身体の中で小刻みに振動しているもの。

 

 

 

まだ、震えているかいないか分からないくらいの弱い振動にも関わらず、ちょうどその先端が、私の中の一番感じる部分に触れている。

 

 

 

いつも、イルミの指に虐められる場所に。

 

 

 

軽く撫でられるだけで嬌声を上げてしまうような場所を、絶え間なく責められては堪らなかった。

 

 

 

「やあ……っ、あ……嫌、いや……あ、イル……ミ……!」

 

 

 

「嫌じゃないくせに。さっきから、耳もしっぽもきゅって丸まって震えてるよ。海月……本当に猫になったみたいだね」

 

 

 

「ふ……ぁ……っ!あ、あぁっ!!」

 

 

 

「可愛い海月。このままここで飼ってあげようか……?」

 

 

 

戯れか本気か、判別のつかない声音で囁いて、イルミは薄い絹の衣服越しに私の背中を撫で上げた。

 

 

 

背中から、わざと首筋をくすぐるように、何度も。

 

 

 

「ふ……あ……」

 

 

 

ローターから伝わってくる快楽とイルミの手の平の心地よさに、私は、今うつ伏せにしがみついているのがイルミの膝の上だということも忘れて寝返りを打った。

 

 

 

そのとき、初めて私は見た。

 

 

 

イルミが笑っている。

 

 

 

真っ黒な眼差しをほんの少しだけ細めて、私を見つめている。

 

 

 

その口元。

 

 

 

唇の両端が、嬉しそうに、きゅっとつり上がっていたのだ。

 

  

 

こんな顔、今まで一度も見せてくれなかったくせに。

 

 

 

「イルミ……」

 

 

 

「俺さ……海月のエッチな声好きなんだよね。だから、もっと聞かせて……」

 

 

 

カチッと、リモコンのダイヤルが回る音が頭の隅で冷たく響いた。

 

 

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……!!

 

 

 

「ああああ……っ!!や……ぁ、イルミ……っ、イルミ……やめ……てぇ」

 

 

 

「……」

 

 

 

「……ルミっ、イル……ミ……」

 

 

 

膝の上で仰向けになって悶える私を、イルミは目を細めて見下ろすだけだ。 それどころか、私の反応を楽しむかのように、白いチャイナ服の裾を捲り上げ、するすると太ももをくすぐってくる。

 

 

 

なめらかな指先が、内股の所でぬるりと滑る。

 

 

 

初めに垂らされたローションだけではない、滴るほどの粘液。恥ずかしさに、びくっと身を縮こませる私を、イルミは殊更楽しそうに笑った。

 

 

 

「……ショーツ、さっき破いちゃったから、何も履いてないんだよね?」

 

 

 

「ひゃうっ!」

 

 

 

するる、と、脚の間に忍び込んできたイルミの指が、そっと割れ目をなぞり、しっぽの付け根をまさぐってくる。

 

 

 

「や、やあ、あ……」

 

 

 

「だから、嫌なんかじゃないだろ? 嘘つきは海月だよね。すごいよ、ここ。ぬるぬるになってる。入れるときにちょっとだけローション使ったけど、違うよね。コレ……」

 

 

 

くい、と軽く顎を摘まれて、鏡の方を向かせられた。

 

 

 

ローターの振動とイルミの愛撫に、もう満足に身体を動かすこともできない。

 

 

 

大きく開かれた脚の間から、白いしっぽが生えている。

 

 

 

感覚を同調しているからか、しっぽは私が悶える度にピクン、と揺れる。

 

 

 

「海月。目を開けてちゃんと鏡を見て……ねえ、ここ、どうなってるか言ってご覧」

 

 

 

「……っ!」

 

 

 

「言わないつもりなら、無理矢理にでも素直になってもらうからね」

 

 

 

「あ……っ!?」

 

 

 

布の裂ける音が、悲鳴に重なる。

 

 

 

イルミの手に胸を掴まれたと思った瞬間、肌と肌とを隔てていた薄絹があっさりと取り払われた。

 

 

 

「――っ!」

 

 

 

「目を閉じてちゃ、見えないだろ。ほんと、海月はそういう所が可愛くないよね。俺に逆らってばっかりでさ。そんなんじゃ、甘やかしたくても出来ないじゃない」

 

 

 

可愛くない、と、イルミはもう一度ため息混じりに呟いた。

 

 

 

「海月は、本当は俺に甘やかしてほしくなんかないんじゃないの? 苛めてほしいのなら、そう言えばいいのに。どうして素直になれないの?」

 

 

 

「ち、違う……」

 

 

 

「そう? でも、俺にはそうは思えない。さっきから俺のすることに嫌って言ってばっかりだからね。海月は、甘やかして欲しくなんかないんだよ」

 

 

 

「違うよ……!」

 

 

 

「違わない。納得できないなら証拠を見せようか? せっかく、こんなに大きな鏡があることだし。夜が明けるまでたっぷり苛めて、自分がどんな反応をしているか海月に見せてあげる」

 

 

 

「……っ! イルミ……ごめ……」

 

 

 

「ごめん? 今更あやまたってやめないよ。俺、ちょっと怒っちゃったからね」

 

 

 

眉ひとつ動かさずに言い捨てて、イルミは先程私から引き剥がした、白いチャイナドレスを手にとった。

 

 

 

ナイフの用な爪の先ですっとなぞれば、布地は綺麗に裂けていく。

 

 

 

五センチほどの幅に切ったものを、彼は手早く捻ってロープを作った。

 

 

 

――縛る気だ。

 

 

 

「嫌……」

 

 

 

まっ先に頭に浮かんだのは、昨日の夜の記憶だった。

 

 

 

待ち合わせをすっかり忘れてしまった私に、イルミが与えたきついお仕置き。

 

 

 

媚薬を飲まされ、両腕を冷たい鎖に繋がれた上で、イルミの気が収まるまでずっと、抱かれて、抱かれて、抱かれ続けた。

 

 

 

結局、飲まされた薬は媚薬でもなんでもない、ただの栄養剤だったのだけれど。

 

 

 

それでも、あの時は自分の意思でないものに、勝手に身体を突き動かされているようで……そんな身体を、イルミにただ貪られているかのようで辛かった。

 

 

 

愛しあう、という行為とは、明らかに違っていた。

 

 

 

だから、いくら抱かれても、気絶するまで求められても、目を覚ました途端に寂しくなる。

 

 

 

だから……だから、私はイルミに甘えたかった。

 

 

 

それは、その気持は絶対に嘘じゃない。

 

 

 

勘違いでもない。

 

 

 

なのに――

 

 

 

「腕を出して」

 

 

 

「イルミ、待って……」

 

 

 

「ダメ。海月、昨日みたいに俺を怒らせたいの?」

 

 

 

鏡越しに、冷ややかな眼差しが私を睨む。

 

 

 

「こっち向いて、腕を出して。三度目はもうないよ?」

 

 

 

「……っ」

 

 

 

イルミは本気だった。

 

 

 

それが分かる声音だった。

 

 

 

こうなってしまった彼になおも逆らえば、どんなことになるかはもう、身にしみて分かっている。

 

 

 

だから、従うより他、仕方がなかった。

 

 

 

イルミの膝に抱え上げられたまま、彼と向かい合わせになるように体勢を変えて、両腕を揃えて差し出す。

 

 

 

それを見たイルミの両目が、僅かに細まる。

 

 

 

「いい子……ちゃんと言うこと聞けたから、痛くないように結んであげる」

 

 

 

「……」

 

 

 

新たに割かれた絹を巻かれ、その上からロープがかかる。

 

 

 

手際よく行われていく拘束を見つめながら、私は嗚咽が止まらなかった。

 

 

 

甘えたい。

 

 

 

甘やかされたい。

 

 

 

でも、どうしても出来ない。

 

 

 

素直になれない。

 

 

 

それがなぜか、自分でもわからないのだ。

 

 

 

イルミの言うように、本当は甘やかされたくないのだろうか――じゃあ、なんで私は今、イルミの行為をこんなにも悲しく感じているのだろう。

 

 

 

分からない。

 

 

 

苦しい……。

 

 

 

「海月!」

 

 

 

「……え?」

 

 

 

突然、強い口調で名前を呼ばれた。

 

 

 

気がつくと、イルミが青い顔をして、私の肩を揺さぶっていた。

 

 

 

驚いた拍子に息を吸い込む。

 

 

 

そうしてやっと、自分が呼吸を止めてしまっていたことに気がついた。