1 予期せぬ訪問者!

 

 

 

それは、八月のなかば。

 

 

 

海を拠点とする海洋幻獣ハンターにとっては一番の稼ぎ時。

 

 

 

そして繁盛期!!

 

 

 

海の生き物たちも活発に活動し、その危険性も一気に高まる季節だ。

 

 

 

イルミとの束の間の休暇をゆーっくり……あの天空闘技場の一件の後は、色んなところで色んなセクハラを受けながらもゆっくりリフレッシュしたおかげで、身体も念能力も絶好調!!

 

 

 

特にですねー!念能力に関しては、前回のゴタゴタを通して抜群にレベルアップしたおかげで、なんとなんと、纏で防御したまま深海3000メートルまで潜ることに成功したのです!!!

 

 

 

ギネスブック――には、残念ながら、念能力が世間に対して公に出来ないって理由で載せでもらえないんだけど、それでも嬉しい。

 

 

 

私の身体を水圧から守る“驚愕の泡”。

 

 

 

そして、素早く、確実に獲物を捕らえる念の触手、“見えざる助手たち”。

 

 

 

この二つの能力を駆使して、私はこの夏、世界最深の海といわれるパドキア海バルトワナ海溝の生物調査を進めていた。

 

 

 

成果は上々!

 

 

 

高水圧の中で生きる生き物たちの身体の仕組みや、成長過程におけるオーラの流動性の変化とそれに伴う生体機能の向上と体内細胞の云々……色んなことがわかってきた!!

 

 

 

で、集めたデータを全部まとめて、深海1000メートル付近に常時待機させた深海ステーションこと、調査用にチャーターした潜水艦の中で論文にまとめていた私なんだけど……遡ること2日前。

 

 

 

映像解析を依頼したミルキくんとの通信中に、割り込んできた冷たい声があった……。

 

 

 

『……ポー』

 

 

 

「うわああ!?……イ、イルミ!?今日はお仕事休みなの?久しぶりだねー!!元気だった?」

 

 

 

『元気じゃないよ』

 

 

 

「……イルミ?」

 

 

 

『半月も俺に連絡がないってどういうこと?調査関係者にいくら問い合わせても、“先生は今、海に潜ってます”の一点張りだしさ。うちのゴトーのほうがまだ可愛げがあると思わない?』

 

 

 

「ご、ごめん……」

 

 

 

『どこで何してたの?俺に行方を偽らなきゃいけないような場所?』

 

 

 

「違うよ!海だよ!海に潜ってたよ!?調査関係者って、うちの学生さんだよね?その子達の言ってることは本当だよ?嘘なんかついてないもん!!」

 

 

 

『……半月も?』

 

 

 

「半月ずっと!!調査結果を公表する度に新しい依頼が舞い込んで、休みを取ろうとしても、取れなかったんだよね……こんな場所だから携帯は通じないし。でも、何度か無線を繋いでもらって、ゾルディック家にはちゃんと連絡してたし、その度にイルミの様子も聞いてたよ?でも、イルミだってずっと仕事に出てたじゃない。ねぇ、ミルキくん!」

 

 

 

『ああ。イル兄、それはホントだぜコフー……だから言ったじゃん。タイミングが合ってなかっただけだって。ポー姉からは3日に一回は必ず生存報告が来てたぜ』

 

 

 

『……』

 

 

 

「イルミ……あのさ、今やってる調査が一区切りついたら、一度陸に上がって休みをとるからさ、それで許してもらえないかな……」

 

 

 

『……』

 

 

 

「声聞いたら、ますます会いたくなっちゃって。ダメかな……?」

 

 

 

『声聞くまでは会いたくなかったんだ?』

 

 

 

「そんなことないってば、ごめん――!!久しぶりなんだから、そんなに怒らないでよぅ……!!」

 

 

 

返ってきたのは長い溜息。

 

 

 

海月、と私にしか聞こえないように、イルミは名前を呼んだ。

 

 

 

『本当に、俺に会いたいと思ってる?』

 

 

 

「思ってるに決まってるでしょ?」

 

 

 

『本当に?会ったら即お仕置きするって言っても?』

 

 

 

「う……。いいよ、それでも。今までずっと、声も聞けなかったんだもん。会えるなら今すぐにでも会いたいよ……」

 

 

 

『分かった。俺も、合わせて休みを取るよ』

 

 

 

ごめんね、とイルミ。

 

 

 

『お仕置きっていうのは嘘。ほんとにタイミングが合わなかっただけみたいだからね。――疑ったりしてごめん』

 

 

 

「ううん。気にしないで!調査は、あと2日もすれば終わるから。港についたらまた連絡するね」

 

 

 

『うん。迎えに行くよ。海月……』

 

 

 

愛してる。

 

 

 

……そんな、愛しい婚約者さまの囁きは、狭い潜水艦の研究室の中に見事に響き渡った。

 

 

 

当然、そのときの私のまわりには、調査を手伝ってくれている学生さんや、海洋研究者の方々、その他諸々の関係者さまがたっくさん、たっくさん……おられたわけで。

 

 

 

くっそう。

 

 

 

イルミめ―――――――――っ!!!

 

 

 

絶対100%確信犯に決まってるんだあ―――――っっ!!!!

 

 

 

通信を切った後、ヒューヒューやらパチパチから早く結婚しろやら式はいつだやら必ず呼べやら……そんな、拍手喝采にただただ赤面するしかなかった私。

 

 

 

なにかにつけて皆にネタにされる身にもなってよ!!

 

 

 

……なーんてこと言っても、どうせいつも通りの無表情で、

 

 

 

「いいじゃない。俺達ラブラブなんだから」

 

 

 

って言われそうだ、うん。

 

 

 

黙ってよ。

 

 

 

そんなこんなで、必死こいて2日で調査を終えた私。

 

 

 

半月ぶりにパドキア共和国ベントラの港町に戻って参りました!!

 

 

 

うひょー!なっつかしー!!

 

 

 

鋸の歯のように複雑に入り組んだ入り江にあるベントラ港には、巨大な潜水艦は侵入できない。

 

 

 

そこで、沖合に調査船を呼び寄せ、乗り継ごうという手筈だったんだけど――

 

 

 

「……あれ?船の舳先に誰かいる」

 

 

 

見たことのない人たちだった。

 

 

 

一人は、鍔のある帽子を目深にかぶり、真夏だというのに、身体をすっぽり隠すほどのマントを羽織っている。

 

 

 

そして、もう一人は背丈の低い女の子。

 

 

 

ゴんやキルアより、ちょっと年上くらいかなあ?

 

 

 

黒いフードを被っているせいで、どんな顔をしているのかは分からない。

 

 

 

こちらも、うだるような暑さの中で、黒のロングコートに真っ黒でゴツめのレザーブーツという重装備だ。

 

 

 

もう、見ているだけでこっちが熱中症になりそうだ。

 

 

 

うげえ~!と、顔から滴る汗をぬぐいつつ、調査に参加してくれた学生さんの一人、マサヒラはこれ以上ないくらい顔を歪ませている。

 

 

 

「なんだよ、あのクレイジーな格好の連中は……」

 

 

 

「先生。あれって、ゾルディックの人カナ?」

 

 

 

「ううん。見たことない人」

 

 

 

その横で、のーんびりと長身を反らし、のーんびりとスポーツドリンクのキャップを開け、中身を飲み干しながら言うのはカラだ。彼も、マサヒラと同学年。

 

 

 

彼等と、それからもう一人。今まさに潜水艦のハッチを開いて、バタバタバタと足音荒くこっちに駆け寄ってきたオレンジ髪の女の子、トモチカ。

 

 

 

この三人は、私がハンターになって大学のゼミを受け持つことになったときからの一番の古株で、どんなに危ない場所へ行くときも必ず付いて行くといって聞かない――ダメだといっても、結局は勝手について来る問題児達だ。

 

 

 

今回の深海調査も同じくで、でも、三人とも体力はあるし、成績も優秀だ。

 

 

 

マサヒラとカラにいたっては、ベントラ周辺の海の平和を守る自警団の一員でもある。

 

 

 

あと……凝で見てみると、一般の人よりもオーラの生産量が多いんだよね。

 

 

 

もしかしたら、念能力者の才能があるのかもしれない。

 

 

 

なんにせよ、この仲良し三人組が警戒心マックスで見つめる中、問題の妖しい人物二人は、船を横付けするや否や、とんでもない身のこなしで潜水艦の上に飛び乗って来たのである。

 

 

 

「先生、港からは何も連絡は入ってません。どーします?」

 

 

 

「トモチカ、やめなさい。その手に持ってるの大型海獣用の麻酔銃でしょ?物騒な真似しないの」

 

 

 

「はーい」

 

 

 

「それで、俺達はどうしてりゃいい?」

 

 

 

「待機カナ?援護カナ?」

 

 

 

パキパキ、指の関節を鳴らしつつ、マサヒラもカラもやる気満々だ。

 

 

 

まったく、ベントラっ子は血の気が多くて困る。

 

 

 

「待機。私がまず話をしてみます。見たところ敵意もないみたいだからね」

 

 

 

三人はうなづいて、私から数歩ほど距離をとった。

 

 

 

その様子を、謎の二人組はじっと動かずに見つめていたのだけれど、帽子にマントの人の手がおもむろに上がって、ぐい、と帽子の鍔を押し上げた。

 

 

 

「――っ!!?」

 

 

 

その顔。

 

 

 

日焼けした肌。

 

 

 

口元には不敵な笑み。

 

 

 

夏の日差しを反射して、キラキラと、いたずらっぽく輝いているその目。

 

 

 

癖の強そうな黒髪。

 

 

 

彼の顔を見た時、真っ先に思い浮かんだのはゴンだった。

 

 

 

似ている。

 

 

 

似すぎている。

 

 

 

間違いない、きっと、間違いない。

 

 

 

この人は――

 

 

 

「……ジン、さん?」

 

 

 

呟いた瞬間、彼の口元から笑みが消えた。

 

 

 

でも、その途端に破顔する。

 

 

 

「--っははははは!!名乗ってもいねーうちに名前がバレたのは初めてだぜ!スゲーなお前!!」

 

 

 

やっぱり!!

 

 

 

やっぱりジンさんだ!!

 

 

 

すごい……本物のジンさんだ!!

 

 

 

本編でも、今までには回想にしか出て来なかった。それが、久しぶりに連載が始まってキメラアント編がやっと完結した後、以外な場所でひょっこりと姿を現したこの人!!

 

 

 

まだ、ゴンと再会もしてないのに!!

 

 

 

いいのか!?私が先に会っちゃっても――っっ!!

 

 

 

お腹をかかえて笑い出したジンさんを、隣に佇む女の子は眉を潜めて見つめている。

 

 

 

そう言えば、この子は誰なんだろう。

 

 

 

目深に被ったフードのせいで顔はよく見えないし。

 

 

 

うーん、通常時で纏っているオーラがひしひしと伝えて来るから、連能力者であるのはたしかなんだろうけど。

 

 

 

取り敢えず防御……と考えた時、それまで笑い転げていたジンさんが、ふと

顔を上げた。

 

 

 

「悪い悪い。アポ無しで面会とは失礼だったか。ポー博士」

 

 

 

「や、やめて下さい、ちゃんと博士号をとったわけじゃないんですから。ポーでいいですよ」

 

 

 

「本人が申請を出してないだけなんだろ。どっかで聞いた話だな。俺のことは――ゴンから聞いたのか?」

 

 

 

「はい」

 

 

 

強い目だ。

 

 

 

油断すると、こちらの何もかも見透かされそう。

 

 

 

まあ、ハンター協会精鋭ハンター“十二支ん”の一角を担うジンさんが、こんな辺鄙な海の上までやってきたんだ。

 

 

 

きっと、裏でネテロ会長が一枚噛んでいるに違いない。

 

 

 

ということは、私がゴンと同期のハンターだってことぐらい知っていて当然だろう。

 

 

 

てとこまで考えた。

 

 

 

そこで思考が止まったのは、ジンさんが近づいてきたからだ。

 

 

 

両手を上げて、敵意がないことを示しながら、不安定な潜水艦の上を歩いてくる。

 

 

 

手を伸ばせば届く。

 

 

 

そこで立ち止まり、

 

 

 

「ほらよ」

 

 

 

「なんですか、これ……カード?」

 

 

 

赤いカード。

 

 

 

隅の方に、黒いラインが一本だけ入ってる。

 

 

 

ひょい、と裏を見て、

 

 

 

「うえええええええええええええっ!!!?ちょ、ちょちょちょちょちょちょっとこれ……!?」

 

 

 

「見ての通りだ。ダブルハンター昇格おめっとさん」

 

 

 

「ダダダダブル!?なんでですか、普通はシングルが先なんじゃないんですか!?いや、そ、それにしたって何で私が!?」

 

 

 

「何でもなにも、ネテロの爺さんが渡してこいっつったから、渡しに来たまでだよ。てことで、俺の任務はコレにて完了だ。じゃーなー」

 

 

 

「させるかあ!!」

 

 

 

“見えざる助手たち”!!

 

 

 

でも、流石はジンさん。重そうなマントをひるがえし、風をはらませて高く跳躍する!

 

 

 

「――っ、速ぇな」

 

 

 

いや、目に見えない触手をランダムに発射させたのに、一本にしか捕まらなかった貴方も凄いですジンさん!!

 

 

 

「おおっとお!やっぱり戦闘ですか、先生!!」

 

 

 

「うん。トモチカ、麻酔銃構えて。次にこの人が逃げようとしたら、心臓狙って打ってよし」

 

 

 

「ま、待て待て待て待て!!何だお前、大人しそうな顔して実はアレか?危ない奴か!?」

 

 

 

「そんなことないですよ。別に変なことはしませんけど、逃がしませんよジンさん。海の上で私に出会ったが運の尽きです。このまま捕獲してゴンくんの前に突き出す――」

 

 

 

「……」

 

 

 

「なんて真似はしませんけど。せっかく会えたんだから、もっとジンさんと話がしてみたいです!!ベントラの港でご飯でも一緒に食べましょうよ!もうすぐお昼だし。ちょうど、皆への手土産もたくさん捕まえたとこです。産地直送の美味しい海の幸、ごちそうしますよ!」

 

 

 

イエーイ、と後ろの学生三人が、両手高々と大きなカニやらエビやら、サザエにアワビを掲げ持つ。

 

 

 

ぐうう、と盛大に鳴ったのはジンさんのお腹だった。

 

 

 

よし、狩った!!

 

 

 

「……その話乗った!」

 

 

 

「やったあ!じゃ、コレに関する詳しいお話も聞かせて下さいね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガブリッ!!

 

 

 

歯を立てた瞬間、焼きたてのエビの真っ白な身が跳ねる。

 

 

 

「だあああ――っ!美味えええ――っっ!!」

 

 

 

両手ひとかかえもあるイセエビを、一息で胃に納め、頭の中のお味噌までしっかり吸って、ジンさんは天を仰いだ。

 

 

 

ここはベントラ港。

 

 

 

北海の海の幸集う、大陸屈指の港町。

 

 

 

町が一望できる海鮮焼き店の展望席を貸しきって、ジュウジュウと、とれたての獲物を次々に焼きあげては美味しく頂いている。

 

 

 

天気もいいし、シチュエーションは最高だ。

 

 

 

「そうでしょう?ついさっきまで、海の中でピチピチしてましたからねー!さあ、まだまだ沢山ありますよー!!」

 

 

 

「いやあ~、悪ぃな!突然押しかけた上にこんなにご馳走してもらっちまって」

 

 

 

「いいえ。おかげで、面白い話もいっぱい聞けましたし!大満足です!」

 

 

 

「それはお互い様だぜ。ネテロの爺さんから、あんたがゴンと同じ年に試験を受けたハンターだとは聞いてたんだが、そうか。友達だったか――あいつのこと、色々と聞かせてもらってありがとうな」

 

 

 

「いえいえ。それにしても、さっき渡してもらったコレ、本当に私なんかが貰っちゃていいんですか?ハンターになってまだ半年とちょっとしか働いてない上に、そのほとんどが海に潜ってただけですよ?」

 

 

 

「謙遜するな、先生。あんたはそのたった半年間で、それまで人類がろくに認知も出来なかった世界を一気に開いたんだ。研究資料を読ませて貰って驚いたぜ。深海の生物の強かさにも、突飛なオーラの利用の仕方にもな。そして、その研究の成果は、多方面の分野にも影響を与えている」

 

 

 

バリッ、と、かれこれ十匹目のエビの殻を剥きながら、ジンさんは続ける。

 

 

 

「漁業、養殖技術分野は勿論のことだが、深海の刺胞動物に関する研究発表を受けて、皮膚再生医療をはじめとする医療的分野の伸びが目覚しい。それに、あんたが海に潜ることで、見つかった古代遺跡や沈没船も沢山ある。遺跡ハンターの連中も大喜びだ。あと、そうそう。商業、観光業分野。この港の再建もそうだが、半年前は高波で押しつぶされてみる影もなかった港町が、これほどまで急速に復興を遂げたのはあんたの活躍があってのことだと聞いてるぜ」

 

 

 

「それは言い過ぎですよ!?私はただ、家から一番近いこの港町を、研究拠点にさせてもらってるだけで――痛い!ちょっと、トモチカ!ウニはやめなさい、ウニは!!」

 

 

 

ぐっさりと頬に刺さりそうな、太く立派な棘はムラサキウニである。

 

 

 

トモチカは慣れた手つきで棘を落とし、ナイフを差し込んで半分に割り、炭焼きの網の上に並べた。

 

 

 

「まったまたー。ご謙遜を!その通りだって、皆思ってますよ!深海で仕留めた珍しい獲物を、ただ現地で消費するだけじゃなくって、世界各地の美食ハンターや幻獣ハンターに情報発信して高値で売りさばくってシステムを確立できたのは、先生がハンターだからっしょ?ハンター専用サイトを使うだなんて、一般人にはできませんからねー」

 

 

 

「そうそう。そのおかげで、美食ハンターや美食屋達がこの港町に集まるようになって、店を出す人間も増えてきて、噂が広まって観光客も押し寄せてきた。今や、美味い海鮮と言えばパドキアのベントラって言われてるんだぜ?もっと胸張れよなー、先生!」

 

 

 

「俺達も、感謝してル。先生が来なかったら、多分、ここは海賊の吹き溜まりになってたヨ」

 

 

 

「マサヒラにカラまで……三人とも言い過ぎです。ここが再建できたのは、ここに住む人達がそう望んでたからなの。人も、生き物も、町も、望む姿があるなら、それに向かって進化できる。いくら時間がかかってもね」

 

 

 

「さすがは“先生”。いいこと言うな。――とにかく、あんたがシングルハンターを飛び越えて、いきなりダブルハンターに昇格したのにはこういう多方面での影響力が高く評価されたからなんだと。ま、いいじゃねーか。くれるっつーんだから、もらっとけや」

 

 

 

「はあ……いいんですか、そんな軽くて」

 

 

 

あのメンチさんでさえ、シングルハンターなのに……これがバレたらどつかれそうだ。今度港を歩く時には注意しないとね。

 

 

 

「はい。次、焼けましたよ。どうぞ!」

 

 

 

パカっと開いたホタテの口に、醤油をまわしかけてバターを放り込み、お皿へ。

 

 

 

ジンさんはひゃっほうと飛びついたけど、女の子の方は、無言だ。

 

 

 

海の上で会ってから今まで、ひたっすら無言。

 

 

 

フードの下で光る大きな目で、ひたと私を睨んでいる。

 

 

 

うう……な、なんなんだろう、一体。

 

 

 

もうそろそろ頃合いか、と思い、口の中の熱々のホタテと格闘しているジンさんに聞いてみることにした。

 

 

 

「あのう、ジンさん?」

 

 

 

「はひっ、あちっ!……ん、なんだ?」

 

 

 

「最初っから気になってたんですけど、その方は一体……まさか、ゴンくんの他にも隠し子がいたとかそういう――」

 

 

 

「ゲホゴホガハッ!?違うわボケ!!バカッタレ!!んなわけあるか――っ!!」

 

 

 

「怪しい!!そんなうろたえるなんて相当怪しいですよ!!ううわ、悪いんだ!ミトさんに言いつけてやろーっと!!」

 

 

 

「だから、マジでちげーっての!!こいつは……アレだ。個人的に、あんたに会いたいって頼まれて、だな」

 

 

 

「私に?」

 

 

 

スッと、話を遮るように、女の子は椅子から立ち上がった。

 

 

 

黒い、ローブ状のコートの下から細い手が伸びる。

 

 

 

本当に、日に当たれば溶けてしまうんじゃないかと思うくらい白い手のひらだった。

 

 

 

「チルノ」

 

 

 

「え?」

 

 

 

「チルノ・キロネックス・フレッケリ。毒物研究家や。よろしくな」

 

 

 

……か。

 

 

 

関西弁!!?

 

 

 

ハンターの世界にもあるのか、関西弁!!?

 

 

 

いやあ、レアだなー。たしか、原作にはまだひとりも――って違う!!!

 

 

 

そうじゃない!!そんなことよりこの子の名前!!!

 

 

 

「チルノ・キロネックス……って。あの……、つ、つかぬことをお伺いしますけど、それって、その名前って……本名、ですか?」

 

 

 

「そや」

 

 

 

「ほんとですか!!?キロネックス・フレッケリ!??なんて……なんっていいお名前なんですか羨ましい!!よもや、世界最強の毒クラゲを家名に持っておられる方がおられるだなんて……!!そんな家系に私も生まれたかった――!!」

 

 

 

ガシイ!!

 

 

 

と、両手で思いっきり握手をした時だ。

 

 

 

「チルノッ!!」

 

 

 

ジンさんが、凄い剣幕で立ち上がった。

 

 

 

何を咎めたのかはすぐに分かった。

 

 

 

「おおお!?」

 

 

 

黒コートの女の子、チルノが念能力を発動したのだ!!

 

 

 

それも、一瞬のこと!!

 

 

 

一瞬で――彼女の手のひらを覆っていたオーラから、無数の何かが飛び出して私を刺した!!

 

 

 

でも、それをよくよく観察する間もなく、ジンさんが私の肩を掴み、彼女から引き離してしまった。

 

 

 

「ポー、大丈夫か!?痛みはないか!?おいコラ、チルノてめえ!!」

 

 

 

「ジ、ジンさん、大丈夫です。私、毒は効きませんから。それにしても驚きました……チルノさん、今の念」

 

 

 

「……」

 

 

 

「オーラを、まさか、刺胞細胞に変化させたんじゃあ……!?」

 

 

 

「……なっ!?」

 

 

 

チルノさんの声に動揺が滲む。

 

 

 

やっぱり!!

 

 

 

「凄い!!そんなの……そんなの本当にクラゲそのものじゃないですか……!!うわあああああ羨ましい!!どうやったんですか!?もう一回、もう一回刺して下さいお願いします早くっ!!!」

 

 

 

「キャ――――ッッ!!?な、なんやのこれ!?やめ……っ!放せ、この……嫌――――っっ!!」

 

 

 

「せ、先生!!ダメです!!真昼間っから女の子相手に触手はダメです!!」

 

 

 

「無理だろ、トモチカ」

 

 

 

「うん。こうなった先生はもう、誰にもとめられないヨ」

 

 

 

コートの中にテンタくんを滑りこませ、チルノさんの華奢な身体をきゅーっと抱きしめると、纏うオーラにさっきと同じような変化があった。

 

 

 

おそらく、この人は変化系。

 

 

 

それも、オーラを刺胞細胞に変化させる……刺胞細胞というのは、クラゲなんかの刺胞動物が持つ毒針だ。

 

 

 

毒針は、その一本一本が袋の中に入っていて、刺激を受けると袋は反転し、刺糸をはじきだす。

 

 

 

種類にもよるけれど、クラゲの中には何億という数の刺胞を持つものもいる。

 

 

 

チルノさんの場合も、凝に凝を重ねてやっと肉眼に捕えられるくらいの微細な毒針が、私が触れた部分に反応しては発射されている。

 

 

 

うーん、凄い。



クラゲの持つミクロの注射針を、こんなにも忠実に再現できるなんて思わなかった。



しかも、針の長さはかなり長い。



そうだな……今ので、だいたい30センチくらいは伸びてたんじゃないだろうか。



「一度使った針は使い捨て……だけど、すぐにまた新しい細胞が生まれるから問題ないのか。ふーん、もしかして、オーラを高めると刺胞細胞の数も増えるのかな?毒は神経毒っぽいですけど、成分は何だろう。チルノさん!私の研究室に、超高速のオーラの動きも緻密に捕えられる特殊なカメラがあるんです。撮らせてもらっていいですか?いいですよね!?行きましょう今すぐにっ!!」

 

 

 

「誰が行くかボケ―――!!」

 

 

 

ゲシッ、とごっついブーツで思い切り向こう脛を蹴り飛ばされ、

 

 

 

「はっ!?」

 

 

 

ようやく、正気に戻る私……おおっと、いけない。

 

 

 

気がつけば、目の前にはペタリと地面に座り込み、涙目で私を睨み付けておられるチルノさんの姿が。

 

 

 

暴れまくったせいで、顔を隠していたフードが肩まで落ちている。

 

 

 

現れたのは――うわあああ!!

 

 

 

可愛い!!

 

 

 

真っ白で、腰まで届きそうなツインテール。

 

 

 

ちょっとつり目で大きな瞳は、キルアやカルトくんを連想させる。

 

 

 

目の色は、血のように深い紅。

 

 

 

もう、もうほんとにウサギさんみたい!!

 



「す、すみません!私、熱中しはじめると止まらなくて……あはは」



無言で、ギロリとこちらを睨むピジョン・ブラッドの瞳。

 

 

 

かわりに吹き出したのはジンさんだった。



「――っははははは!!もっと刺してくれ、か!こりゃ、傑作だ!!おい、チルノ。ポーの言葉に偽りはねぇよ。お前の能力をこんなに好いてくれる奴がいたんだ。いつまでも殻に閉じ籠ってねーで、ちゃんと話をしろ」



「こんなんに好かれても嬉しないわ……」



うおう!ため息混じりに、グッサリ胸にくるお言葉。



チルノさんはさっとコートの乱れを整えると、言葉の刺を一切隠さない強い口調で言った。



「あんたの書いた、毒物に関する体内抗体とオーラ別の対処についての研究論文、読ませてもろた。研究内容、着眼点も興味深かったわ。非常に面白い。毒物研究家として、チルノはあんたに純粋な興味が沸いたんよ。一度、直に会いたいと思って……それで、ジンに漏らしたら、丁度あんたを探してるって言うやんか。せやから、頼んで一緒に連れてきてもろたんや」



「は、はあ……それは、ありがとうございます痛いっ!」



「ありがとうございますちゃうわ!“闇狩人”、“パドキア海の海神”、陸には滅多に姿を現さん幻のハンターや言うから期待しとったのに、こんなとぼけた学者バカやとは思いもよらんかったわ!ジンと二人がかりでも、あんたを探し当てるのには相当苦労したのに、それを――」



「えっ!?もしかして、会いに来て下さったのは今日がはじめてじゃなかったんですか!?」



ああ、と頷いたのはジンさんである。



彼は、次はメコイカのぽんぽん焼きと格闘中だ。



「う熱ぃっ!!……最初に来たのは半月前だ。港の連中の話によれば休暇中との話だったんで、そのときは出直すことにしたんだよ。だが、その後の消息は全く掴めない。久しぶりに、手こずるハントだった」



「うわあ~、すみません!ちょっと用事があったもので、そのときは丁度、ククルーマウンテンにいたんですよね。そのあとは、気の向くままに旅行をしていたので……お手数おかけして申し訳ありませんでした」



「……」



「……」



ジンさんとチルノさんは顔を見合わせ、



「だははははは!!やーっぱ面白ぇわ、お前最高!!ははははは!!」



「言うか普通……認めるんか!?今のは、自分がゾルディックの人間や暴露してるようなもんやで!!」



「はい、そうですよ?私の婚約者のイルミがゾルディック家の長男なので。休みの日は、私もあそこに住んでます」



ね、と指差したのは、半月前に新調した仕事着の胸ポケット。



ミケのマークの下に、I❤Zaoldyeck・Familyと、ロゴが入っている。

 

 

 

「……」



「あ、でも私は殺し屋じゃないんですよー。海で魚を観察してる方が、性に合ってますからね。魚介類なら私が受け持ちますけど、人間の暗殺のご依頼なら、お手数ですが、直接ゾルディック家執事室へ連絡してください」



ますます笑い転げるジンさんをよそに、チルノさんの目はますます剣呑になる。



な、なんで?



なんか怒らせるようなこと言ってるのか?



「あの……なんでさっきからそんなに怒ってるんですか?」



「なんでか教えたろか。簡潔に言うなら、あんたがチルノをバカにしとるからや」



瞬間、彼女の身を包む真っ黒なコートが一回り大きくなったように見えた。



オーラが増幅する……こちらに向かって無数の針が飛び出してくる!



これにはさすがに、守りの泡が反応した。

 

 

 

「……あっぶない!なにするんですか、いきなり!」

 

 

 

「第二の能力……こっちは防御の念か。チルノの針が平気やったのは、それのお陰ってわけやね」



「止めて下さい!何もバカになんかしてないですよ!!全部ほんとのことですから、隠したりしてないだけです。私の婚約者さんは殺し屋で、ゾルディックの人間だけど、私は殺し屋じゃなくて、海洋生物専門の幻獣ハンターで、生物学者なんです……!!」



「ゾルディックの人間やったら、チルノの名前を知らんわけがない。知っとるくせにとぼけとる。その態度が気に食わん。裏社会の人間は信用ならんからな!間の抜けた顔して、内心では何考えとるか分かったもんちゃうわ!!」



「チルノ、落ち着け。ポーの目を見ろ。本当に知らねーんだよ」



ジンさんが、ビール片手にのんびりとたしなめる。



私も、こくこく頷いた。



「つ、ついこの間、花嫁候補に立候補して、認められたばっかりなので……」



「ほーお?オーラと毒物に関する研究論文。参考文献の欄に、チルノの論文があったけど。それでも、知らん言うの?」



「はい……私、他の人の論文読むときは、なるべく肩書きとか、名前とか、見ないようにしてるんですよね。先入観って嫌いなんです。書いた人が博士だろうが研究生だろうが、そこに書いてあることが、その人の研究の全てだと思うので」



「……」



「有名な方なんですよね、チルノさんって。同じ分野を研究してるのに、お名前が分からず失礼しました。私の研究論文を読んで、わざわざ会いに来て下さるなんて思いもしなかったものですから。ほんとにすみません」

 

 

 

あはは、と笑って和ませてみる。

 

 

 

初対面で、しかも、名前を知らなかったから、なんて、よく分からないことが原因で喧嘩なんかしたくない。

 

 

 

それに、こんなにも私好みの念能力を持った人なんだ。

 

 

 

彼女が何者でも構わない。

 

 

 

ぜひとも、お近づきに――いや。

 

 

 

お友達になりたい!!!

 

 

 

「先生、心の叫びが全部声に出てます!」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

トモチカの声に振り向くと、チルノさんが真っ赤になっていた。

 

 

 

「……ほんまに、恥ずかしい奴っちゃね。アンタ」

 

 

 

「ポーです。ええと、お聞きいただいた通りなので、よかったら今度、私の研究室にあそびに来ませんか?」

 

 

 

「……」

 

 

 

チルノさんはしばらくの間、なんにも言わずに赤い瞳で私を見つめていたけれど、やがて、ほんの少しだけ頷いた。

 

 

 

「やったあ!ありがとうございます、チルノさん!」

 

 

 

「チルノ」

 

 

 

「え」

 

 

 

「チルノでいい。または、チーちゃん。敬語もいらん。堅苦しいのは大嫌いやの」

 

 

 

「えーっと。じゃあ、チ-ちゃんで」

 

 

 

「ほな、アンタはポーちゃんやな。天然、脳天気、研究畑で生きる学者バカ。気に入ったわ。コレ、チルノの携帯番号。なんか用があったらいつでも連絡しい」

 

 

 

「あ、ありがとう!」

 

 

 

「おー、オメェが連絡先を教えるとは、珍しいこともあるもんだなー」

 

 

 

「うっさいオッサン。黙れハゲ」

 

 

 

「ハゲてねぇ!!っと、そろそろタイムリミットか。ありがとな、ポー。ここの海鮮焼き、すげえ美味かったぜ!」

 

 

 

最後に、グラスのビールを飲み干して、ジンさんは席を立つ。

 

 

 

「お粗末さまでした。また、いつでも食べに来て下さい。捕れたてをご馳走しますから!」

 

 

 

「おう。……そうだ、ひとついい忘れてたぜ」

 

 

 

「なんですか?」

 

 

 

「殺し屋どもに気をつけろ」

 

 

 

「殺し屋……ゾルディック家の人たちのことですか?気をつけろって、どうして」

 

 

 

「今にわかる。それに、何が起こるか、俺が先に言っちまったら面白くねーだろ?」

 

 

 

かっかっかーっと、ずっこけそうになるくらいの脳天気さでジンさんは笑い、来た時と同じように、チルノを連れて行ってしまった。

 

 

 

潮風にあおられる長いマントが、港を行き交う人波に紛れて見えなくなる。

 

 

 

ああ、私は確かにジンさんに会ったんだ。

 

 

 

なんだかちょっと、白昼夢でも見ていたような心地だった。

 

 

 

現実だという実感の沸かないまま、ジンさんから手渡されたカードに触れてみる。

 

 

 

この世界にやって来て、まだ半年と少し。

 

 

 

自分にできる、精一杯を振り絞ってここまでやってきた。

 

 

 

その証が、このダブルハンターの称号なのだとしたら。

 

 

 

……すごく、嬉しい。

 

 

 

「えへへー。帰ったら、一番にイルミに知らせようっと!」 

 

 

 

胸の奥から込み上げてくる喜びを隠し切れない。

 

 

 

そんな私の肩を、トントン、と誰かが突っついた。

 

 

 

「何?」

 

 

 

振り返ると、教え子たちが真っ青になって震えている。

 

 

 

ガタガタ、わななく指先が指し示す人物を目にした瞬間、

 

 

 

「―――!!?」

 

 

 

言葉にならない悲鳴を上げた。

 

 

 

サラリ、と見せつけるように、白い手のひらが癖のない黒髪をゆっくりとかきあげる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……随分遅いと思って来てみたんだけど。一応聞いておくよ。港についたら連絡するって約束したよね。それなのに、ここで一体なにしてるの?」