「よーし!それじゃあ次は、こっちの10株をお願いね!」
「もー疲れたコフー!!ギブぐほあっ!!」
「ドアホ!!まだ全体の三分の二も終わっとらへんやないの!泣き言言うてる暇があったら手ぇ動かさんかいボケエっ!!」
ゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシッ!!
「ぎゃあああああああああああああ――っ!!」
「ダ、ダメだよチーちゃん!ミルキくんは浮き輪の空気入れじゃないんだから!」
砂浜に倒れこんだ、真っ赤なラバァスーツ姿のミルキくん。の、お腹目掛けて、すさまじいキックをかますチルノちゃん。
こちらも、首から下は体格にぴったりフィットしたピンク色のラバァスーツだ。
ご本人は「黒がええ」と最後の最後まで譲らなかったが、いかんせん彼女は体格が小さいので、子供用のスーツしかサイズが合うものがなかったんだよね。
胸や背中には可愛いリボンをつけたウサちゃんプリントつき。
――ちなみにイルミが、「ねえ、同じデザインで男物のLはないの?なんでないの?ないのなら今すぐつくってよ」と、最後の最後まで粘っていたことは言うまでもない。
は、恥ずかしいからやめてよねそういうのはっ!
で、結局のところ、黒に紫のラインが入ったシックなスーツに落ち着いた彼が、浅瀬に立つ私の真横にぬうっと現れた。
「うーん。相変わらず、いい蹴りだね」
「感心してないでイルミもとめて――!!」
「ヤダ。いいんだよ、ミルにはあれくらいビシバシいかないと。効率と言いながら、楽することしかかんがえないんだから、甘やかすとすぐにサボっちゃうよ?」
「それもそうか」
「納得すんなコフー!!!」
本島からスピードボートで北西に進むこと10分。
問題の無人島……改め、シルバさんのポケットマネーで(強制的に)買い取ってもらった“ゾルディック島”に上陸した私たちは、さっそく荷物をコテージに運び込み、毒珊瑚の植えつけ作業に取り掛かった。
周辺を環礁に囲まれているこの島は、やや小ぶりであるものの、波は穏やかで水温や潮流も安定しており、珊瑚の育成にはうってつけだ。
植え付け用の珊瑚は柵状コンテナに積み込まれ、すでにこの海の水温と水質に慣らしてある。
あとは個体の大きさや、毒素の浄化能力を見極めて、各ポイントに着床させていくだけだ。
毒の専門家、チルノちゃんがアドバイスしてくれるお陰で、作業は比較的スムーズにすすんでいるのだけれど……ううーん、このままでは、作業が終わる頃にはミルキの身体に穴があいてるんじゃないだろうか。
踏まれ続けたおかげで、上半身がすっかり砂浜に埋まってしまったミルキが流石に心配になって、私は海を出た。
テンタくんで足を掴んで引き抜けば、なんだかもう、サラダに添えてある赤カブラそっくりだ。
「纏だよ、ミルキくん。そして、それをお腹に集めて、堅!大丈夫、チーちゃんは武闘派じゃないから、正確に行えば衝撃を今の四割程度に減少できるはずだよ」
「む、無茶言うなよポー姉、コフ――ッ!!大体、考えてもみろよ!この島に上陸してから、作業を初めてかれこれ3時間以上!昼飯の時間だってとっくに過ぎてるんだぜ?なんか食わねーと、いくら水ん中っつったってこれ以上トン単位の珊瑚担いでの重労働は無理だぜコフー!!」
「え、もうそんな時間!?」
ありゃ、とイルミを振り返れば、彼も海から上がりつつ、こっくりと頷いた。
「ま、一理あるね。もうとっくに3時を越えてる。ミルは水でも飲ませとけばいいとして、ポー達は何か食べないと辛いだろ?この辺で休憩にしないか」
「せやな、言われてみればお腹ペコペコや」
「うわ~、やっちゃった。ごめん、私、海に入ると時間の経つのを忘れちゃって――これからは気をつけるね。すぐにお昼にしよう!」
「誰かフォローしてくれよコフ―!!ちょっと、ポー姉!?マジで俺は水だけなのかよコフ――!!?」
ガバア!と私に縋りつくミルキに、にっこり笑ってチーちゃんが言う。
「当たり前や、ボケ」
「文句言うなら海水飲ますよ、ミル」
「チーちゃん、イルミも。意地悪なこと言わないの、健康な身体を作るには、健康な食事がなにより大事なんだから、ミルキくんもちゃんと三食食べてもらうよ。ただし、間食は我慢してね?」
「やっりい!ポー姉、恩に着るぜコフー!」
「えー。そんな悠長なことで大丈夫なの?ミルの入らなくなったスーツのウェストサイズは95で、今のこいつの腹回りは120以上あるんだよ?それを、たったの四日間で痩せさせるには断食させるしかないと思うんだけど」
「そんなことしても、またすぐにリバウンドして戻っちゃうよ。大丈夫。いい手があるんだから!」
***
「というわけで、マーレ諸島本島のラブハリケーンアイランドにやって来ましたー!」
「口に出すのも恥ずかしい名前だよね」
「まあまあ、そう言わずに。すごくいい島なんだよ?大抵のマリンアクティビティーはここで楽しめるし、娯楽施設も充実してるし!」
私の前いた世界で言うと、まさにハワイ!オアフ島!!
海岸沿いには高級ホテルがズラリと立ち並び、棕櫚の木の並ぶメインストリートにはオシャレなショップやブランド店がズラーリと……。
勿論、ご飯やさんだって沢山あります。
お腹も減ったし、まずはごはんだね!
眺めのいいビーチサイドのシーフード・レストランに決めた私たちは、真っ白なテーブルクロスに雪崩れ込む勢いで席についた。
も~ダメだ、お腹ぺっこぺこ。
「チーな、ロコモコ丼食べたい!ロコモコ丼!!」
「オッケー!あとねー、このへんはマグロも美味しいんだよ?マグロとアボガドをごま油と魚醤油であえてあるの。イルミ、これと一緒にビール飲もっか?」
「あー、いいね」
「喧嘩売ってんのかコラコフ――ッッ!!!酷いぜポー姉!ダイエット中の俺の目の前で真昼間っから!!!」
「何怒ってるの、ミルキくん。ミルキくんも好きなもの食べればいいじゃない。あ、でもこの島では未成年者の飲酒は禁止されてるから、アルコールはダメだよ?コーラにしときなさい」
「へ……?」
「それはいくらなんでもこいつに甘すぎると思うんだけど。ポー、親父と約束したってことは、それは契約を交わしたってことだよ?もし、期限どおりにミルのダイエットを成功させないと、あの島を買い取るよりももっと莫大な賠償金を支払わなくちゃならないことになる。うちは、身内にも容赦ないからね」
ダイビング用のラバァスーツから、サラリと涼しそうなリネンのシャツに着替えたイルミが、ちょっと心配そうな顔で私を見つめてくる。
そんな彼に、私は大丈夫、と片目を瞑ってみせた。
「はい、ミルキくん。これ飲んで!」
「な、なんだよこの見るからにあやしい緑色の液体はコフ―!?」
「怪しくなんかないですぅ~。これは、私の念のバクテリアの能力を、ミルキくんの体内脂肪燃焼にのみ特化させた『痩せるんDEATHデラックスα』!いいですか?メタボリックシンドロームを予防、解消するにはいくつかのポイントがあります。すなわち、朝食を抜かない、夜食を食べない、脂質を控える、糖分を控える、塩分を控える、アルコールを控える、そして、ゆっくり食べること。これら、食生活に関することは、この念ドリンクで解消できます。あと、もうひとつ。大事なポイントがあるんだ!それは、ストレスを溜めないこと!」
「ストレス?」
くりっと首を傾げるミルキの丸顔に、ピッと人差し指を突きつけて、
「そう!実は、私がゾルディック家に来て、皆のごはんを作ることになってから、全員の体内データをとり続けて来たんだけどね。その結果によれば、ミルキくんの身体に蓄えられた脂肪はただの脂肪じゃないんだよ。体内に取り込まれた毒を、脂肪細胞に取り込んで無害化、蓄積する。さらに、生命エネルギーを常に脂肪に補充しておくことによって、自然と纏の形がとれるようになってるわけ。だから、ゾルディック家の中で、最も毒や念攻撃への基礎防御力値が高いのはミルキくんなんだ。で、こういうものは内外からストレスを与えたら与えただけ増えていくの。だから、私がこの島に連れてきたのは、ミルキくんのストレスを発散させるためでもあるんだよ!」
「マジでコフー!?」
「えー、ミルキが一番?なんかそれムカつく。俺は何番目なの?」
「三番目くらいかなあ?でも、イルミの場合は、操作系の強力なオーラが働いてるから、毒が効く前に毒を追い出しちゃうんだ。身体そのものが毒に強くなくても対処できるから、毒体勢の基礎値は高くある必要がない」
「……」
おう!
イルミのにゃんこ目がきゅっと瞑って眉間にシワが……不服そうである!
そんなイルミを目の前に、ミルキは命知らずにも勝ち誇った笑みを口元に浮かべた。
「ふーん、そうか。俺って実はイル兄よりも身体的基礎能力は高かったんだなコフ~。へっへっへっ。やっぱりなあ~、能ある鷹は爪を隠すっていうけど、イル兄より毒耐性が高いなんて殺し屋としての格も実はイル兄より俺のほうが高かったりしてグフウゴフウヘグウッ!?ギャアアアアアアアアアアアアアアアイル兄冗談だってギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ミル。だったら、今月の俺の残りの仕事を全部譲ってやるよ。俺よりも、殺し屋としての格が上らしいお前にね」
「イイイイルミ!!ちょっとイルミ!?だめだって本気で頭にフォークが刺さってるから、気持ちはわかるけどやめてあげてお願いっ!!」
せ、せっかくウェイターさんが出来立てほっかほかのシーフードを運んできてくれたのに、流血の惨事とかやめてお願い!!
ひしっと腕にしがみつくと、イルミは目を眇めつつ淡々と、
「でもさー、このまま脳みそをクルクル巻き取ったら、スパゲッティーみたいになって面白いと思わない?」
思わないよ!!!?
ああ、でも、これは流石に冗談だったみたいで、無表情にミルキの頭から銀のフォークをズッコ抜いた。
あーあ、血がダラダラ……ほんと、身内にも容赦無いよね。
ばったり、青い顔して言葉も無くテーブルに突っ伏したミルキに、先程の念のドリンク(試験官入り)を手渡す。
「はい。ミルキくん、早くコレ飲んで。私の念は生命維持を第一に働くから、小さな傷くらいなら短時間で治癒できるよ」
「うう……し、仕方ねぇなコフー……」
グビグビ、緑色の液体を嚥下するミルキを、隣の席のチーちゃんはロコモコ丼を抱えつつ、目を光らせて見つめていた。
およ、この目は覚えがある。
実に興味深い、そう言いたげな熱い目線。
彼女が何に興味があるのかは――薄々分かっていたけれど、止めなかった。
案の定、彼女はミルキがドリンクを飲み干すや否や、念の刺胞細胞を発動させたのである。
「痛ええええええええ――っっ!!!!テメエこの野郎!!何しやがんだいきなりコフー!!」
「今のは即効性の神経毒や。たったの0,1ミリグラムで、クジラでも気絶するほどの猛毒くらってもピンピンしとるとはおもろいな。うん、ミルキ。アンタ、気に入ったわ。チーのモルモットになりぃ!」
「はあ!?んなもん誰がなるかボケ!!」
「あかん。もう決めた。アンタをあのけったいな鎖から開放した分の手間賃や。チーの持っとる毒という毒を試して貰うで。それに、これはアンタのためにもなりそうや……なあ、ポーちゃん」
ピンク色の唇を歪ませて、ロコモコ丼をパクリ。
ニンマリと笑うチーちゃんに、私は苦笑した。
「うん……実を言うとそれ、お願いしようと思ってたんだよねー。ダイエットして脂肪を減らしちゃうってことは、それまでミルキくんを守ってた鎧がなくなっちゃうってことだから。脂肪を取り除いても毒耐性がキープできるように、強力な毒の攻撃を受け続ける必要がある。だから丁度いいよ。借りも返せて一石二鳥だよ。モルモットになっちゃいなよ、ミルキくん」
「だんだん言うこと成すことがイル兄に似てきたぞコフ――ッ!!!」
「え……っ?」
ピキン、と固まる私。
そんな私に、イルミは珍しく楽しそうに笑いながら、運ばれてきたビールを手渡した。
「ははは。当たり前じゃない。俺達、夫婦になるんだから。ね、ポー」
「……うん」
そんな風に、嬉しそうに笑う彼から、ゆーっくりと目を逸らす……うう!
そうかなあ?
そんなに似てきたのかなあ?
まあ、確かに夫婦は似てくるって言うけど……けど!
イルミにそっくりになるって、どうなんだろう……。
「ポー?」
どうしたの?と首を傾げるイルミに言葉尻を濁しつつ、非常に複雑な心境でビールを口にした私なのでした。