4 午前四時半の仲直り!

 

 

 

 

 

 

ひょい、とテンタくんを伸ばして、ベッドサイドのトレイから例の怪しげなアンプルを取り上げる。

 

 

 

開封し、中身を吸収、分析。

 

 

 

「砂糖、果糖ぶどう糖液糖、ムラサキキャベツ果汁、食塩、カテキン、塩化K、乳酸Ca、アミノ酸、塩化Mg、ビタミンC……」

 

 

 

「あ、もうバレちゃった」

 

 

 

あーあーと悪びれもなくのたまうのは、さっきまで確かに寝ていると思っていたイルミである。

 

 

 

顔半分だけシーツから出して、パチクリ瞬きする大きな猫目を見つめること、しばし。

 

 

 

「ていっ!」

 

 

 

「痛。なにするのー。痛いじゃない。やめてよデコピンなんかするの」

 

 

 

「イルミ――ッ!!これのどこが媚薬なの!どれをとっても栄養成分ばっかり、点滴飲んだようなもんじゃない!!」

 

 

 

「そうだけど。プラシーボ(偽薬)効果って、聞いたことない?」

 

 

 

あるよ。

 

 

 

薬じゃないけど、薬だって言って飲ませると、実際に薬を飲んだ時と同じ効果が現れる(ことがある)ってアレでしょ。

 

 

 

要は、暗示効果ってやつ。

 

 

 

そーれーをー!!!

 

 

 

「バカあああああああああああ!!もう嫌だ!!アレが全部暗示だったなんて信じられない――!!」

 

 

 

「は?何言ってるの。海月は自分で言ってたじゃない。“薬のせいじゃない、イルミが好きだから何回されても気持ちいい”って」

 

 

 

「そんな利己的な解釈は認めません!!もう……もうダメ……恥ずかしすぎてもうお嫁に行けない……!!」

 

 

 

「そんなことないってば。可愛かったよ、海月。最後の方なんか泣きながら俺が欲しいって強請って――」

 

 

 

「わ――っ!?」

 

 

 

ぼっす、とイルミの頭を枕で封印。

 

 

 

数時間前までつながれていた鎖をテンタくんでイルミに装着。

 

 

 

シーツをはぎとり、芋虫になったまま「イルミのバカー!!」と逃亡を企てようとした私だったのだが。

 

 

 

「うわあ!?」

 

 

 

脚が言うことをきかない!!

 

 

 

踏み込もうとも力が入らず、ついにはペタンと床の上に座り込んでしまった。

 

 

 

愕然とする私の後ろで、コホン、と咳払いが一つ。

 

 

 

振り向くと、手足に鎖を絡ませたまま、実に色っぽくポーズを決めたイルミが寝台に寝そべっていた。

 

 

 

「残念だったね。戻っておいで」

 

 

 

「イルミ……」

 

 

 

無言で、床に落ちていた携帯電話を手に取り……。

 

 

 

カシャ!

 

 

 

「あ、ズルい。俺は撮ってないのに、海月の写真」

 

 

 

「ズルくない!いいの!イルミだって私のこと嘘ついて騙したんだから、これでお相子!」

 

 

 

「意味がわからないんだけど。まあ、一枚くらいならいいよ。それより、早くこっちにおいで」

 

 

 

ひゅん、と投げ縄のように鎖を操るイルミである。

 

 

 

私の腕にクルクル絡まったかと思ったら、カツオの一本釣りのごとく釣り上げられ、

 

 

 

「うわあ!?」

 

 

 

「海月……」

 

 

 

横抱きにされ、再び、シーツの海に沈みこんでしまった。

 

 

 

お仕置きとはいえ、さすがにこれ以上無体をされるわけにもいかない。

 

 

 

文句を言おうと口を開きかけた私は、イルミの表情を見て固まってしまった。

 

 

 

「イルミ……どうしたの。私、ちゃんと反省したよ?もう、イルミとの約束を忘れたりしないから。だからもう、そんな悲しそうな顔しないで。お願い……」

 

 

 

「……違うんだ」

 

 

 

ぎゅう、と、イルミは小さな子どもみたいに私の胸に顔を埋めてくる。

 

 

 

なんとなくそうしてあげたくて、私は真っ白なイルミの背中に手を伸ばし、ゆっくりとさすってあげた。

 

 

 

「どうしたの」

 

 

 

「……ごめん。今更になって怖くなってさ。途中から止まらなくなって、海月にかなり無理させた。海月が壊れなくてよかった……俺、キルに対してもそうだったけど、昔から自分が執着したものには加減が効かなくてさ。可愛がりすぎて、壊しちゃうっていうのかな。父さんにも散々言われてきたし、自分でも分かってて、自制してたつもりだったんだけど」

 

 

 

チーン、と深く深く項垂れて、落ちこむイルミである。

 

 

 

落ちこむイルミ!?

 

 

 

「え!?イルミ、落ち込んでるの!?珍しー!!」

 

 

 

「……落ちこみもするよ。俺、海月のことだけは大事にしようって……絶対に、俺の手で壊したりなんかするもんかって思ってたのに……」

 

 

 

「だ、だだだ大丈夫だって!!私、見た目より丈夫だっていつもイルミが言ってるじゃない!それに、確かにちょっと怖かったけど、そもそも悪かったのは私なんだし、怒られて当然のことちゃったんだし、叱られるのは当たり前だってば!!」

 

 

 

「でも」

 

 

 

「でももだってもないの!私がいいって言ったらいいの!ほら、男の子がいつまでもウジウジしない!」

 

 

 

両手でほっぺたを挟んで上向かせると、思いの外、面白い顔になった。

 

 

 

うーん。

 

 

 

そう言えば、今までは恐ろしくってこんな真似出来なかったんだけど。

 

 

 

思ったよりイルミって大人しいんだなー。

 

 

 

「痛いよ」

 

 

 

「あ、ごめん」

 

 

 

はっと気づいて手を離す。

 

 

 

イルミはちょっと迷惑そうに眉間に小さなしわを浮かべてほっぺたをさすっていたけれど、やがて、くりっと首を傾げた。

 

 

 

「ほんとにいいの?俺を選んで。いつか、今度は本当に海月を閉じ込めようとするかもしれないよ?」

 

 

 

「私を置いてどこかに行っちゃうよりは、いいよ。それに……もしもそうなったとしたら、きっとその原因は私にあるんだよね。これからは、イルミを不安にさせないように気をつける。そうだ!まずは、お仕事で離れてる時でも連絡がとれるように、深海3000メートルでも快適にメールが送れて通話できる通信環境を、ミルキくんに整えてもらおうよ」

 

 

 

「……うん」

 

 

 

ごめんね、と強く強く私を抱きしめてくるイルミに、負けじとしがみつく。

 

 

 

「大好きだよ」

 

 

 

「うん、私も!」