27 ドキドキ☆二択クイズ!? 嫁と姑の大決戦!!

 

 

 

 

 「シィラ、どういう意味」

 

 

 

 

 

イルミの声音が厳しくなる。でも、彼がシィラに問いただすよりも早く、私には彼女の言いたいことが、なんとなくだけど、分かってしまった。

 

 

 

 

 

「花嫁候補は、全員で100人……」

 

 

 

 


戦っている時から、おかしいと思っていた。

 

 

 

 

 

会場に倒れている花嫁候補の数は、全部で30人にも満たない。

 

 

 

 

 

途中で逃げたのは、約半数。

 

 

 

 

 

じゃあ、残りの40人はどこに……?

 

 

 

 

 

「まさか、最初からこの場に集まっていたのは60人足らず……どうして、花嫁候補は全員このパーティーに参加するはずじゃないんですか!?」

 

 

 

 

 

悪い予感が止まらない……!!

 

 

 

 

 

震えだす私の身体を、イルミが支えてくれる。

 

 

 

 

 

「シィラ、知っていることを全て答えろ……」

 

 

 

 


「脅さなくても教えてあげるわ。彼女達は二手に分かれ、闇に紛れて無差別暗殺を計画しているの。一方は、パドキア共和国にあるデントラ港。そして、パーティーの途中で逃亡した者達を加えた一団は、ここ。マーレ諸島本島、ラブハリケーンアイランド。彼女達からのメッセージはこうよ。“光を生きる者よ。争奪戦を辞退せよ。さもなくば、お前の大切な仲間を皆殺しにする”」

 

 

 

 

 

「そんな……!!」

 

 

 

 

 

血を塗ったような紅い唇が紡ぐ言葉に、頭の中が真っ白になった。

 

 

 

 

 

「デントラ港、マーレ諸島本島……そんな、皆は全然関係ないじゃないですか……!!」

 

 

 

 

 

「そうね。殺し道から外れた下賎な手だわ。でも、あの娘達も、あの娘達の親も、もうそんなこと眼中になくて、ただ、自分の家の面目を保ちたいだけなのよ。自分たちを差し置いて、殺し屋でもない貴女がゾルディック家の嫁になるのが我慢ならないだけ……ちょっと、イルミ。いい加減、殺気を飛ばすのはやめて頂戴。私もたった今知ったんだから。この件に関しては、シーカリウス家はノータッチ

 

 

 

 

 

「……っ、シルバさん、ジェット機借ります!!」

 

 

 

 

 

「ポー、俺も行く」

 

 

 

 

 

間に合うか、わからない。

 

 

 

 

 

でも、駆けつけずにはいられない。早く、一刻も早く皆に知らせないと――でも、走りだそうとした私とイルミの前に、目にも止まらない速度で回り込んだキキョウさんが立ちはだかった。

 

 

 

 

「お待ちなさい!!」

 

 

 

 

 

「キキョウさん……!!」

 

 

 

 

 

「母さん、どいて」

 

 

 

 

 

「いいえ、ダメです。ポー、いい機会ですから、この場で選択なさい。貴女がこの先、ゾルディックの潜む闇の世界と、貴女が築き上げた表の世界。どちらで生きていくのか」

 

 

 

 


「え……?」

 

 

 

 

 

 

どちらで……って?

 

 

 

 

 

質問の意味がわからず、見返すばかりの私に、キキョウさんは短く息を吐き出して、ゴーグルを取り外した。

 

 

 

 

 

サラリ、とこぼれ落ちる黒髪。

 

 

 

 

 

ビスクドールめいた、白く抜けるような肌――口元に塗ったルージュの紅がなければ、本当に、イルミと見間違えてしまいそうなほど似ている。

 

 

 

 

 

綺麗に整えた細い眉を不機嫌そうに潜めたまま、キキョウさんは続けた。

 

 

 

 


「貴女には、覚悟が足りなさすぎます! いいこと、他人の命を奪うものは、同時にいつなんどきも、殺される覚悟をしていなければならない。犠牲になるものは、なにも己の身だけの話ではありません。今回のように、仲間や友達を脅しに使われる場合もあるのよ。だからこそ、私達は口を酸っぱくして言うの。殺し屋に、友達は必要ないと……!」

 

 

 

 

 

「……っ!」

 

 

 

 

 

「ゾルディック家の一員になる以上、仲間を人質にとられ、家に迷惑をかけるような真似があってはなりません! だから、今この場で選びなさい。イルミか、貴女の仲間たちか」

 

 

 

 

 

そんな……そんな選択って、まるで。

 

 

 

 

 

ゴンたちと、ハンター試験を受ける前に応えた、ドキドキ☆二択クイズそのものじゃないか……。

 

 

 

 

 

『母親と恋人、助けられるのは片方だけ』

 

 

 

 

 

どちらを選ぶか――あのとき、私が出した答えは、原作どおりに“沈黙”だった。

 

 

 

 

 

でも、駄目だ。

 

 

 

 

 

あんなの、本当の答えじゃない。

 

 

 

 

 

現実に突きつけられた選択に対して、沈黙なんて、なんの意味もなさない……!!

 

 

 

 

 

「そんなの……そんなの、選べません……!」

 

 

 

 

 

デントラ港にも、マーレ諸島にも、これまで私が海洋生物ハンターとして生き抜いてきた、それを支えてくれた、大切な仲間がいる。

 

 

 

 

 

私を慕ってくれる、教え子たちがいる。

 

 

 

 

 

彼等が、私の選択一つで皆殺しにされてしまうだなんて――そんなこと、想像もできない。

 

 

 

 

 

でも、皆を選んだら……私の、一番大切な人を失ってしまう。

 

 

 

 

 

どうしよう……どうしたらいい。

 

 

 

 

 

そのとき、私の右手を握る手のひらに、力がこめられた。

 

 

 

 

 

「イルミ……」

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

「イルミ、私――わっ!」

 

 

 

 

 

イルミは何も言わなかった。

 

 

 

 

 

何も言わずに、私の手を引く。

 

 

 

 

 

前に立ちふさがるキキョウさんを押しのけて、構わず進んでいく。

 

 

 

 

 

「何してるの。早く行くよ」

 

 

 

 

 

「い、行くって、でも、そしたらイルミは」

 

 

 

 

 

「俺はポーと結婚する」

 

 

 

 

 

真っ直ぐに私の目を見つめたまま、イルミは言った。

 

 

 

 

 

 

「これってもう決定事項だから、ポーが今更どっちを選択したって同じだよ? ――っていうかさ、暗殺一家同士のお家騒動に無関係の一般人を巻き込んで皆殺しだなんて、そんな馬鹿な真似する馬鹿女なんか娶れるわけがないじゃない。一家まとめて馬鹿だよねー、ポーもそう思わない?」

 

 

 

 

 

「イ、イルミ、でも」

 

 

 

 

 

「ポーは、俺を選んで」

 

 

 

 

 

「……!」

 

 

 

 

 

「でさ、ポーが選べなかった分は、俺が選んで守ってあげる。それで、どっちも手に入れられるんじゃないの?」

 

 

 

 

 

「イ……ルミ……」

 

 

 

 

 

はっとして、彼を見上げる。

 

 

 

 

 

「どうして……イルミは言ってたのに、本当に守る価値のある相手なのかは、よく考えることだって――繋がりのある人間を増やすことは、自分の弱点を増やすのと同じだって……」

 

 

 

 

 

「うん。言ったけど」

 

 

 

 

 

この島に来て、初めてビスケさんに会ったとき、衛兵に追われていた彼女を助けようとした私に、彼は尋ねた。 

 

 

 

 

大切なものを、全部守りきれるくらい強くなれるのか。

 

 

 

 

 

なれないなら、いざというときに失うだけだと。

 

 

 

 

 

その言葉は厳しくて、とても、正しかったのだと思う。

 

 

 

 

 

「でもさ、仲間を失ったら、ポー、壊れちゃうだろ?」

 

 

 

 

 

「え……」

 

 

 

 

 

「きっと、声と涙が枯れるまで泣いて、その後も、何日も何日も苦しんで、後悔して、また泣いて、そのうち海にもいかなくなって――そんなの、ポーじゃない」

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

「だから、俺がポーの仲間を守ることは、ポーを守ることと同じなんだよ」

 

 

 

 

 

「イ、ルミ……イルミ……りが、と……!」

 

 

 

 

 

ありがとう、という言葉は、嗚咽に混じってろくに言えなかった。

 

 

 

 

 

でも、イルミが私を抱きしめてくれたとき、どういたしまして、と囁く声がした。

 

 

 

 

 

涙も鼻水も、ぐすぐずになって泣く私の顔を、ハンカチで拭ってくれる。

 

 

 

 

 

「嬉しいのはわかったから、今は泣き止んで。ほら、急ぐよ」

 

 

 

 

 

「うん……!」

 

 

 

 

 

「お、お待ちなさい、二人ともっ!!」

 

 

 

 

 

ヒステリックに怒鳴るキキョウさんを振りきって、私とイルミは今度こそ全速力で会場を駆け出そうとした――のだけれど、

 

 

 

 

 

『ちょーっと待ったあああああああああああっ!!』

 

 

 

 

 

『イル兄! ポー姉!! 盛り上がってるとこ悪いけど、その必要はないぜ、コフーッ!!』

 

 

 

 

 

その声は、チーちゃん……ミルキくん……!?

 

 

 

 

 

会場を取り巻く天幕を割って、中になだれ込んできたのは――ゴトーさん率いる黒服の執事たち!

 

 

 

 

 

「ゴトーさん、これは一体……」

 

 

 

 

 

 

「イルミ様、ポー様。ミルキ様より緊急のご連絡です」

 

 

 

 

 

 

ガタイのいい執事さんが、総勢十人がかりで運んでくる、大型の液晶モニターが二枚。

 

 

 

 

 

一枚には、黄色いパレオ姿のチーちゃん。

 

 

 

 

 

もう一枚のパネルには、タキシード姿のミルキくんが、それぞれ映っている。

 

 

 

 

 

二人とも、そう言えば姿を見ていないと思ったら、会場には来ていなかったんだ。

 

 

 

 

 

パーティーに来ないで、どこに行っているんだろう。な、なんだか、どちらのモニターの映像も、背後に映っている光景が何やら騒がしい。

 

 

 

 

 

「な、なになに? チーちゃん、ミルキくん、必要がないってどういう意味!?」

 

 

 

 

 

『言葉の通りやで! 心配せんとき、ポーちゃんがたった今知った情報は、ミルキっちがとっくに掴んどったんよ。で、チーとミルキっちで二手に分かれて、事前に現地のメンバーに知らせに行った。ただ今、殺し屋花嫁軍団と交戦中や!』

 

 

 

 

「へ……?」

 

 

 

 

ぽかん、と見つめる画面の向こう。

 

 

 

 

 

チーちゃんの細い肩ごしに見えるのは、ラブハリケーンアイランドのメインストリートだった。

 

 

 

 

 

夜闇が降り、松明の灯る石畳の道を群れになって駆ける、暗殺服に身を包んだ花嫁候補達――それを、一網打尽に叩きのめしているたくましいお背中がひとつ。

 

 

 

 

 

『かかって来いや!! 小娘共が――っ!!』

 

 

 

 

 

ビスケさん……。

 

 

 

 

 

「え、誰? あのゴリラみたいなおばさむぐっ!」

 

 

 

 

 

「イルミ!! しー、しーっ!!」

 

 

 

 

 

すんでのところで口を抑えてセーフ!!

 

 

 

 

 

「イルミ、ダメだって……! それは禁句中の禁句なんだから。死にたいの!?」

 

 

 

 

 

聞こえちゃっただろうか。ドキドキしながら見つめていたら、ビスケさん(真の姿)は、ゆっくりとモニターを振り返って、サッと姿を消した。

 

 

  

 

そして。

 

 

 

 

『ほ、ほ、ほほほー!! ポー、イルミ! あんたたち、今なにか見たかしら?』

 

 

 

 

チーちゃんを押しのけ、金色のツインテールを弾ませて、ひょっこりと画面に現れたのは普段通りの可愛いビスケさん(仮の姿)であった。

 

 

 

 

「い、いいえ!!」

 

 

 

 

「……うん、なにも見てないよ」

 

 

 

 

『ゴッホン! だったらいいわさ。それより、その様子だと上手くいったみたいね、ポー。新技完成のついでに、イルミとの婚約おめでとう!』

 

 

 

 

「ありがとうございます!!」

 

 

 

 

「失礼だなー。ついでにって何」

 

 

 

 

『細かいことはいいの! イルミ、あんたポーに感謝しなさいよー! 男だからって、浮気は文化だなんて思ってるんなら、アンタの自慢のその髪、クリックリに丸めてやるだわさ!!』

 

 

 

 

「……へー、おもしろい。やってみなよ」

 

 

 

 

「ちょっとイルミ! 画面の向こうに殺気なんか飛ばしたって意味無いでしょ? ……じゃなくて!! ビスケさん、そっちは大丈夫なんですか!? ラブハリケーンアイランドで、殺し屋名家の令嬢が集団暗殺を企ててるって……!!」

 

 

 

 

『はあ? そんなの、大丈夫に決まってるでしょ? なんったって、このアタシがいるんだから。それにほら、見てみなさいよ。アレ』

 

 

 

 

す、と白い指先が指し示した先を見て、絶句した。

 

 

 

 

 

『HAHAHA――!!』

 

 

 

 

 

闇夜に舞う、ピンクのアフロ。

 

 

 

 

 

ハート型の金輪の鎖をきらめかせ、逃げ惑う暗殺者達を次から次へとお縄にかけているのは――

 

 

 

 

 

“愛に囚われし死刑囚(LOVE OR DEATH?)”!! このワタクシの収める愛の島に、陰気なシングル、陰気なコロシヤなど断じて不要!!  神妙にお縄につきやがれデース!!』

 

 

 

 

 

 「バ、バ、バレンタイン島長さん……!?」

 

 

 

 

「うわー、適任だね。確か、あの鎖は恋をしないと解けないんだったね。あ、あいつもいる。ポーと行った宝石店のオーナー。名前は確か、アダマス・ジュビリーだっけ?」

 

 

 

 

「ほんとだ! そっか、あの人もストーンハンターだもんね……うわあ! すごい、アダマスさんって変化形の能力者なんだ! グローブみたいに拳に纏わせたオーラを、鉱物か何かの結晶に変えてる。綺麗だねー!」

 

 

 

 

『アダマスのあれは、正真正銘のダイアモンドだわさ!』

 

 

 

 

「うそおっ!?」

 

 

 

 

『ほーんと! でも、オーラがなくなるとダイヤも消えちゃうから、商品価値はゼロなのよね~』

 

 

 

 

そ、それは、残念だ……。

 

 

 

 

――じゃなくて!!

 

 

 

 

「よ、よし、イルミ! このお三方に任せておけば、ラブハリケーンアイランドの方は大丈夫だよ。私達はデントラ港に急ごう、あそこには漁師さんや大学の研究室の学生さん達が――」

 

 

 

 

 

『心配すんなって! こっちも大丈夫だぜ!』

 

 

 

 

 

「え……!」

 

 

 

 

 

突然聞こえた男の子の声に、真っ先に反応を示したのはイルミとキキョウさんだった。

 

 

 

 

もう一つの方のモニターの中で、いつのまにかミルキのかわりに、銀髪猫目の男の子が手を振っている!

 

 

 

 

「キル」

 

 

 

 

「キル!! キル、キルなのね――っ!! ああ……ちょっと見ない間に大きくなって!!」

 

 

 

 

 

『うっせえババア!! 家を出てからまだ半年も立ってねーだろ! それよりなんだよ、さっきの話。無理難題ふっかけてポーのこと困らせやがって、このクソババア!』

 

 

 

 

 

「全くだよ。母さんにも困ったものだよね」

 

 

 

 

 

『イル兄も人のこと言えねーだろ!! ポーに隠れて浮気まがいの情報収集してたの、ポーから聞いてちゃんと知ってんだからなっ!!』

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

ひゃあう、怖い……!

 

 

 

 

 

「ご、ごめんってば、そんな目で睨まないでよう……! あのあと、どうしたらいいか分からなくなって、キルアに電話で相談しちゃったの! ――でも、なんでキキョウさんの話まで知ってるの?」

 

 

 

 

『ああ、その会場にはミルキが盗聴器とカメラを仕掛けてるから、そっちの様子は俺達にも筒抜けなんだよ。わっ!? おい、お、押すなよ、ゴン!!』

 

 

 

 

 

『ズルイよー、キルアばっかり! 俺も映らせてよ!!』

 

 

 

 

 

「ゴン?」

 

 

 

 

 

慌てるキルアをどーんと押しのけて、続けて画面に現れたのは、つんつん頭の元気な野生児だった。

 

 

 

 

 

「ゴン!!」

 

 

 

 

 

『ポー! 久しぶりだね!! 二人とも、このたびは、ごこんやくおめでとうございますっ!!』

 

 

 

 

 

『あー!! 先に言うなよ! 俺だって言いたかったのにっ!!』

 

 

 

 

 

『それじゃあさ、キルアももう一回、俺と一緒に言おうよ。せーのっ』

 

 

 

 

 

『『ご婚約、おめでとうございまーす!!』』

 

 

 

 

 

「二人とも、ありがとう……! ヨークシンから生中継のビデオレターだなんて、大変だったでしょう?」

 

 

 

 

 

すると、キルアはにやっといたずらっぽい笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

『へへーん、俺たちがいるのは、ヨークシンじゃねーぜ?』

 

 

 

 

 

「へ?」

 

 

 

 

 

『俺達、今、デントラ港にいるんだよね!」

 

 

 

 

 

「ええっ!? でで、でも、ヨークシンからパドキア共和国までどうやって帰って来たの? 半日以上かかるよね!?」

 

 

 

 

 

『それがさー、ポーからの電話を切った後、そっちの様子が気になってミルキに連絡してみたんだよ。そしたら、花嫁候補たちの集団暗殺の話を聞いて、なんとかパドキアに戻れないかってゴンと相談してたら、町で偶然、レオリオのおっさんに会ってさ』

 

 

 

 

 

「……え」

 

 

 

 

 

『で、おっさんがクラピカにも連絡して、そしたら、クラピカがハンターライセンスを使えば、片道くらいならジェット機をチャーターできるんじゃないかって。ダメ元で空港に向かったら、これまた偶然、ヒソカに出くわしてさー』

 

 

 

 

 

「ええ!?」

 

 

 

 

 

「ヒソカ」

 

 

 

 

 

嫌な予感、とイルミ。

 

 

 

 

 

『そうなんだよ。んで、なかば無理矢理、事情を聞かれて話したら、「面白そうだからボクも行くよ~☆」って言うからさ、あいつの奢りで、空港でいっちばん早いジェット機をチャターして、マッハでこっちに来たわけ!』

 

 

 

 

 

『ものすっっっごく速かったよねー!!』

 

 

 

 

 

『ああ。ゴンなんかすっげービビってさ―! 俺は全然だったけど。訓練してるから』

 

 

 

 

「じゃ、じゃ、じゃなくって……!! え、てことは、キルアもゴンもレオリオもクラピカも、ついでにヒソカさんも、本当にデントラ港にいるの!? 暗殺名家の暗殺者達が集団暗殺を目論んでるっていうデントラ港に!? 危ないよ!!」

 

 

 

 

『大丈夫だって! 俺も一応、元プロだし』

 

 

 

 

『そうだよ! それにほら、なんてったって、ヒソカもいるしね!』

 

 

 

 

 

『そういうこと☆』

 

 

 

 

「うわあっ!?」

 

 

 

 

 

出た……!!

 

 

 

 

出てきてしまった……!!

 

 

 

 

ド派手なピンク色のオールバックも鮮やかな、殺人ピエロ!!

 

 

 

 

『いいいいきなり出てくんなよ! この変態野郎!!』

 

 

 

 

『酷いなあ、二人とも★ ボクだって、愛するポーとイルミに心からのおめでとうをいいたいんだよ?』

 

 

 

 

「……死ね」

 

 

 

 

 

不穏な気配をダダ漏れにしつつ、イルミが無言のまま、すっと手を動かす。

 

 

 

 

 

「イルミ駄目――!! 気持ちはわかるけどエノキしまって!! モニターを壊したら、キルアだって見えなくなっちゃうんだよ!?」

 

 

 

 

 

「そうだけど。だってムカつくんだもん」

 

 

 

 

 

『イルミったら、相変わらず素直じゃないねぇ……なにはともあれ、二人とも。このたびはご婚約おめでとう☆ キミタチ二人の旅路が幸せなものであることを、共通の友人であるボクは、ずっと祈ってるよ☆』

 

 

 

 

あ、案外とまともなこと言ってる……!!

 

 

 

 

 

「ほらほら、ヒソカさんもおめでとうって言ってくれてるじゃない。悪意なんかないってば!」

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

『当たり前じゃないか☆ ところで、ポー。キルアから聞いたんだけど、こともあろうに婚約発表パーティーの前日に、イルミに浮気をされたらしいね★」

 

 

 

 

「え」

 

 

 

 

ピクン、とイルミの肩がすこ~しだけ動いた。でも、そんなこと気にしないふりで、ヒソカさんは人差し指で目頭をぬぐいつつ、

 

 

 

 

『さぞや、ショックだっただろうねぇ★ でも、そう気落ちしないで。もし、これから先、辛いことや一人で寂しい夜があったら、ボクはいつでも予定を空けてあげるから遠慮無く連絡をしてくれて構わないんだよ☆ 愛する君のためなら、ボクはいくらだって悪人に――』

 

 

 

 

「……死ね、ヒソカ」

 

 

 

 

「きゃ――っ!! 駄目だってば、イルミ、イルミ!! 可愛いキルアが見れなくなってもいいの!?」

 

 

 

 

リアルに見るからいい、と青筋を浮かべたイルミが画面に向かってエノキをぶちかまそうとする寸前、黒髪と金髪の二人組が、見事な飛び蹴りで悪いピエロを一蹴してくれた。

 

 

 

 

おおー、流石! ナイスタイミング!!

 

 

 

 

『ヒソカ!! 馬鹿なことを言ってないで、Aブロックの援護に入れ! ――ポー、久しぶりだな。この度は、ご婚約おめでとう』

 

 

 

 

 

『おめっとさん! クラゲ娘。聞いたぜ~! ハンターライセンス取得八ヶ月で、ダブルハンターに昇格したんだってな!! すげえことだよなあ、クラピカ!』

 

 

 

 

 

『ああ、まったくだ。受験勉強の最中、ことあるごとに私に電話をかけてくる不真面目なお前とは、雲泥の差だ』

 

 

 

 

『わ、悪かったな……』

 

 

 

 

「クラピカ、レオリオ……二人とも、本当にありがとう……!! 大変なときなのに、力を貸してもらって、私、なんてお礼をしたらいいか……!」

 

 

 

 

特に、クラピカだ。本誌の流れを知っている私には、彼がこの場にいてくれていることが、どれだけ大変なことなのか分かってしまう。

 

 

 

 

でも、クラピカは、そんな苦労は微塵も感じさせない笑顔で、首を振った。

 

 

 

 

『いや。仲間を助けるのは、当然のことだ。それに、私はポーに、私と同じ苦しみを味わって欲しくないのだよ』

 

 

 

 

「クラピカ……」

 

 

 

 

 

『それに、私達の力はほんの一部だ。港の様子をよく見るといい』

 

 

 

 

 

ほら、と指し示された手のひらの向こうに、私のよく知るデントラ港の風景があった。

 

 

 

 

夜にもかかわらず、港はまるで、真昼のように明るい――光源は、漁港に沿うように停泊された大量のイカ釣り漁船、その電光だ。

 

 

 

 

煌々と照らされた港町を、俊敏に走り回る三つの影……オレンジ頭の少女と、真っ黒に日焼けしたガタイのいい青年二人。み、見覚えがあるっ!!

 

 

 

 

『おい、トモチカ! 右に三人行ったぞ!!』

 

 

 

 

『オッケー! んじゃ、一班でCブロック手前の第3ルートを封鎖。二班は第五ルートからBブロックに回りこんで下さい! 挟み撃ちの上、殺し屋集団を一気に捕獲!!』

 

 

 

 

 

『了解。捕鯨用、二班、念縛ロープの追加を急ゲ!』

 

 

 

 

ポー、と、イルミが画面を指さし首を傾げた。

 

 

 

 

「あの三人って、ポーの教え子達だよね」

 

 

 

 

「人違いだと思いたいけど、間違いなくうちのゼミ生だよ……!! もう、マサヒラ、トモチカ、カラ――っ!! 三人とも、危ないからとっとと避難しなさーいっ!! いつもの捕獲調査とは訳が違うんだから、相手はプロの殺し屋さんなのよ――っ!?」

 

 

 

 

思わず、画面に向かって怒鳴ると、私の声に気がついたのだろう。三人は、ててっとこちらに駆け寄ってきた。

 

 

 

 

『先生、ご無事でした!? うっわあ! ドレスアップなんかしちゃって、綺麗ですよ! この度は、イルミさんとのご婚約おめでとうございまーす!!』

 

 

 

 

ひゅーひゅー、と、いつにも増してハイテンションなトモチカは、駄目だ。もう誰にも止められない……。

 

 

 

 

その横で、黒のタンクトップ姿に捕鯨用の銛を携えたマサヒラがにやにやしながら、

 

 

 

 

『大丈夫だっての。こっちは俺たちに任せて、先生はイルミさんとのんびりバッカンスを楽しんでこいよ。約束すっぽかしたお詫びにな!』

 

 

 

 

「う……」

 

 

 

 

相変わらず、痛いところを突っつくんだから……猪突猛進なトモチカと、血気盛んなマサヒラの隣で、一人、柔和な笑顔でにこにこ様子を伺っていたカラが、間延びした口調で言う。

 

 

 

 

『先生、そんなことより、朗報ダヨ。殺し屋連中が、港に乗り付けてきた特種高速船。未登録のモノばかりだったカラ、デントラ自警団の権限で全隻押収してあるんダ。エンジン音を消せるなんテ、何かと役にたつと思ってサ。使うなら、先生の研究室に回してもらえるよう、申請を出しておこうと思ッテ』

 

 

 

 

「……!? カラ……それ、本当?」

 

 

 

 

『ウン、ほんと』

 

 

 

 

『カラったら、違うでしょ? あれはもともと全隻、アタシらの船なわけ。いいこと? 港に流れ着いてきたものは、それを拾った人のものなの。だから、あの船はぜーんぶ、我が研究室の調査船なのです!!』

 

 

 

 

『あ、ソウカ』

 

 

 

 

あっはっは、と笑い合う弟子達である。彼等の様子を黙ってみていたイルミが、くるりとこちらを振り向いた。

 

 

 

 

「ポー、弟子に一体どんな教育してるの?」

 

 

 

 

「えっ!? ええっと……どんなときにも強かに、かな?」

 

 

 

 

 

『じゃ、あの船全隻こっちに回してもらえるよう、手配しとくぜ。あ。そういや、その中に水陸離発着可能のすんげージェット機があったけど、あれももらっていいんだよな?』

 

 

 

 

……え。

 

 

 

 

「ちょっと待って。それって、うちのジェットじゃないの? ミルキがそっちに行ったとき、乗って行ったんだよ、多分」 

 

 

 

 

「いいよ!! がっつりしっかり申請出しとい痛いっ!!」

 

 

 

 

 

スコーン! と、後頭部にナイフの柄が当たったと思ったら――シルバさんが睨んでた、くっそう。

 

 

 

 

 

そうこうしているうちに、港に新たな連絡が入ったらしく、仲良し三人組は元気よく手を振って、行ってしまった。

 

 

 

 

全く、先生の言うことなんてまるで聞かないんだから。

 

 

 

 

と、その後に続いたのは大小、対照的な二つの影だった。

 

 

 

 

 

「メンチさん、ブハラさんっ! あっ! それにあっちには、港にお店を構えてる美食ハンターの皆さんが――あそこにいるの、サトツさんとリッポーさんじゃないですか! な、なんで?」

 

 

 

 

 

画面に釘付けになる私の前に、主人公チームが再び現れた。

 

 

 

 

 

『あのねあのね! サトツさんは、最近、この近くで発見された海底古代遺跡の発掘調査に来てたんだって! リッポーさんは、近海で暴れまわる海賊たちを捕まえに来てたんだって!』

 

 

 

 

『どっちも偶然なんだけどさー。あらためて思ったけど、ポーの作ったこの港ってすげーよな。どこもかしこも、ハンターだらけ!』

 

 

 

 

 

『陸揚げされる巨大な深海生物――その肉は、珍味にして美味。しかも、食することで大量のオーラを得ることが出来、基礎オーラ値の向上にも効果がある。ポーの研究成果に注目しているハンターは、美食ハンターや遺跡ハンターだけではないからな。今やこの港は、多くのハンター達にとって保養地であり、修業の場、ビジネスの場にもなりつつある。常時、複数のハンターが滞在している、ハンターによるハンターの港……喧嘩を売る相手を間違えたとしか言い様がない』

 

 

 

 

 

『全くその通りだぜ!』

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

ギギギギイッ! と、モニターから目をそらし、こちらを振り向くイルミが怖い!

 

 

 

 

 

「ポー……あの小さな港がそんなことになってたなんて、俺、知らなかったんだけど」

 

 

 

 

 

「私だって知らなかったよ!? だってほら、仕事中はずっと深海に潜ってたんだから!!

 

 

 

 

 

「それはそうかもしれないけど」

 

 

 

 

 

『驚くのはまだ早いぜ~!』

 

 

 

 

 

「う、な、なに、キルア。まだ、誰かいたりするの? ウィングさんとか??」

 

 

 

 

 

『ブー!! 正解は、この人っ!』

 

 

 

 

『やっぽー、ポーちゃん。久しぶりじゃの!』

 

 

 

 

 

ネテロ会長……!!

 

 

 

 

 

しかも、夏らしいタンクトップに、首からタオル、カーゴパンツにサンダル姿のラフなお姿で……!

 

 

 

 

 

「なななな、なんで会長までデントラ港に――」

 

 

 

 

 

『メンチ君から旬のイカの刺身が美味いと聞いてのぅ。それに、お前さんへの昇格通知をあの男に任せっきりにしておったのも気がかりじゃったものでな。ちょっと顔を見るついでに一杯ひっかけに来てみたら、なにやら面白そうな事に巻き込まれてしまってのお~』

 

 

 

 

ひょっひょっひょ、となんとも言えない笑顔で応える会長に、ぐっとガッツポーズ。

 

 

 

 

 

「勝った!! 暗殺花嫁集団敗れたり。これは確実に勝った痛いイルミ!! なに? なんでデコピンするの!?」

 

 

 

 

 

「別に。ただ、俺って一体なんだろうと思っただけ。俺が助けなくたって、ポーを助ける強い奴がいっぱいいるじゃない」

 

 

 

 

 

「何言ってるの! 大丈夫、ネテロ会長に助けられるより、イルミに助けてもらったほうが100万倍嬉しいよ!」

 

 

 

 

 

『喧嘩売っとんのか……まあ、なんにせよ、ワシの出る幕はなさそうじゃよ。お前さんの仲間と弟子たちがおれば、なんとかなるじゃろう――ポーちゃんは、人に恵まれておるの。ワシがお前さんをダブルハンターに推薦したがった最大の理由は、そこにあるのかもしれん』

 

 

 

 

 

「……ありがとうございます、ネテロ会長。私、まだまだ弱くて、未熟ですけど、これからもっと強くなって、大切な人達の力になれるように、頑張ります!」

 

 

 

 

 

『うむ、期待しとるぞい』

 

 

 

 

 

ひらひらと手を降って、ネテロ会長は背後から投げつけられたナイフをひらりとかわし、去っていった。

 

 

 

 

 

な、なんか、なんかすごいことになってるぞ、デントラ港!!

 

 

 

 

 

ハンター大集結、今、この場に行ったなら、ありとあらゆる念能力を見放題の観察し放題の研究し放題じゃないか……!!

 

 

 

 

 

なによりも、こんな機会、ハンターファンなら見逃せるわけがないじゃない!!

 

 

 

 

 

見たい!! 是が否にも、この目に収めねば……!!

 

 

 

 

 

「イルミ、行こう!! はやくしないと皆の戦いが終わっちゃう!!」

 

 

 

 

 

「言うと思った。あの爺さんがいるなら、100パーセント勝てるじゃない」

 

 

 

 

 

「勝ち負けが問題じゃないの!! 見れるか見えないかが大事なの!!」

 

 

 

 

 

「はいはい、わかったよ。――ってことで、父さん。さっきの取引の内容は、用紙にまとめて改めて提出するから。いってきます」

 

 

 

 

 

「早く、早く―っ!!」

 

 

 

 

 

ついさっきまで号泣していたことも忘れ、大興奮でイルミの背中を押していく私を、ゾルディック家の面々はどこか柔らかな眼差しで見守ってくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                     ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気が済んだか、キキョウ」

 

 

 

 

「……ふん!」

 

 

 

 

くつくつと喉の奥で笑うシルバに、キキョウはふいっと顔をそらす。

 

 

 

 

外していたゴーグルを付け直し、

 

 

 

 

「まったく、殺し屋名家の令嬢が揃いも揃って、情けないったらないわっ!! シィラさん! 貴女も貴女ですっ、なんですか、あっさり諦めたりして!!」

 

 

 

 

「申し訳ございません」

 

 

 

 

ふふっと、意味深な笑みを浮かべつつ、シィラは深紅のドレスから、濃い紫色の暗殺服へといつのまにか着替え終えていた。

 

 

 

 

空からは、極めて静かなプロペラ音。漆黒の飛行船の船艇から伸ばされた縄梯子が、するすると彼女の手元へ伸びた。

 

 

 

 

「でも私、あの子のことを気に入ってしまいましたの。キキョウ様、あの娘が死んだら、是非、我がシーカリウス家に……!」

 

 

 

 

「さっさと行っておしまい!! 全く、どいつもこいつも……!!」

 

 

 

 

「キキョウ」

 

 

 

 

「……っ」

 

 

 

 

いつの間にか、傍らに立ったシルバが肩を抱いてくる。

 

 

 

 

その落ち着いた声音に、責めの響きはない。

 

 

 

 

「……分かっています」

 

 

 

 

濃紺の夜天遠く、シィラを乗せた飛行艇は去っていく。

 

 

 

 

風を切るエンジン音が波音に紛れて消えた後、キキョウは肩に触れられた手に、自らのものを重ねた。

 

 

 

 

「認めるわ。全く……大した嫁だこと」