「お腹空いたあ―――!!!!!」
すいたーすいたーすいたー………。
谷の底へ、何度も反響しながら消えていく私の声。
ううう……高い。
怖い……。
全員失格になった二次試験、飛行船とともにあらわれたネテロ会長のとりもちで、原作通りにはじまった追加試験の卵採り……やっぱり、あのカツ丼で意地でも合格しとくんだった……!!
「……し、試験の内容を説明するわよ。いい?あそこに見えるのがクモワシの巣。中心にぶら下がっているのが卵よ。あれをとってきてもらうわ!」
言うなり、谷底目掛けてダイビングするメンチさん。
蜘蛛の巣みたいなクモワシの巣をパシッとつかんで、タイミングを見計らって鈴なりになった卵に飛びつく。
一度は落下したものの、風にのって急上昇。
私たちの前へストッと降り立った。
「はい、お手本終了!」
「うわ~!すごい!!」
「ふふん、ざっとこんなものよ」
目をキランキランさせるゴンとは正反対に、私の気分は落ち込む一方だ。
お腹も減ってるし。
怖いし。
高いし………。
ううう……ここまでかっ!
そろおり、と後退りしかけたとき。
「カタカタ……(ナニしてるの?)」
「ひい!」
「カタカタカタカタ……(ゴンたち、もう飛び込んじゃったよ)」
「そ……そうですね」
「カタカタカタカタ……(まさか、ここまできて逃げ出そうだなんて思ってないよね)」
「う……!」
「カタカタ……(いきなよ)」
「あうう……!」
「カタ……(いけ)」
ドンッ!!
問答無用、とばかりに谷底へ突き飛ばすギタラクル。
この鬼畜兄貴!!!
意地悪天然操作系!!!
あ~~れ~~っっ!!と、糸をひく叫びも虚しく、私の身体はどんどん落ちていく。
「ポー!!」
「……っ!!」
ゴンの声が聞こえたときだ。
指先に、なにか綱のようなものが触れた。
とっさに握りしめる。
重力にしたがって、身体は思いっきり下に引っ張られたものの、次の瞬間にはそれが反動となって、ぐんっと吊り上げられた。
………よ。
よかったああああ………!!!!
「つ……掴めた!!」
「ポー、やったじゃん!でも、本当に大変なのはここからだぜ?油断するなよ」
近くにぶら下がっていたキルアが、片手を突き出して親指を立てる。
無論無論、ここまできて油断なんかしないもんね。だって、次はいよいよ卵をとらなきゃいけない。
そのためには、谷底から吹き上がる風を待たないと。
私はゴンたちと一緒に、目を凝らして霧につつまれた谷底を見つめた。
こうしてみると、何だか海溝みたい。
そんな風に思ったときだ。
足の裏がふわっと持ち上がるように、空気の流れが生まれた。
「今だっっ!!」
いっせいに、卵に向かって飛びつく私たち。
繊維につつまれた大きな卵を、確かにつかんだ。
そのときだ。
あとから飛びついてきた誰かが、私の手から卵を奪い取った。
トンパだーー!!
「おさきにっ!!」
「あっ!!」
な……!!?
なんてことを――――っ!!
怒鳴るまもなく、卵を過ぎて落下していく。
起こったことが信じられない。
谷底に向かっておちながら、焦りと不安が波のように押し寄せる。
でも、心のどこかで冷静に囁く声があった。
大丈夫。
まだチャンスは残ってる。
風にのって、身体が谷の上まで吹き上がる瞬間。
そのとき、もう一度だけ卵の側を通るはず。
そこを、逃さず捕らえろ。
「……やるしかない」
絶対に合格するんだ……でないと、なにもかも中途半端なまま。
理由はなんであれ、せっかく来ることのできたこの世界でも、新しいスタートを切れるこの世界でも、私、なにも出来ずに終わっちゃう!
そんなのは嫌だ!!!
下降する身体。
霧のせいでなにも見えないけれど、下のほうで、ヒュッと空気がなる音がした。
きた!
上昇気流だ!!
身体が一気に浮き上がる。
クモワシの卵のまわりには、霧はなく、晴れていた。つまり、この霧が途切れたそのときが最後のチャンス。
やってやる……絶対に捕まえてみせる!!
「……見えた!!」
霧が晴れた。
でも、卵は。
―――遠い!!
手を伸ばしても、届く距離じゃない!!
どうする……!?
『トラエロ』
「……!!?」
『トラエロ、ノバセ』
頭の中から……いや、違う。
意識の、本能の、底から。
声がした。
『テ(触手)ヲノバセ……』
「触手……、!?そうか、発!!」
やったことなんてない。
やりかたなんて知らない。
だから、私は必死でイメージしただけだ。
海の捕食者たちのことを。
これまでずっと、一日として欠かさず観察してきた、彼等の柔軟な武器のことを……。
「いけええええっっ!!!!」
ブワッ!
身体の底から沸き上がったオーラが、卵に向かって一直線に伸びた。
その、水のように透明な触手に触れる感触を、空気の流れを、私は自分の腕や指であるかのように感じていた。
触手の先が卵に触れ、吸いついて、捕る!!
***
「おいトンパ!!てめぇって野郎は、どこまで腐ってやがるんだ!!」
「お前がポーにした行為は、私たち全員が見ていたぞ。卑劣極まりない愚行をな!!」
「おいおい、なにを怒ってる?これはハンター試験だ。油断した奴が悪いのさ。それに、卵が全員分あるとは限らないだろう?他人から奪ったって失格にはならないよな、試験官さん」
「勿論。人道に沿っているかいなかは別だけど」
「へへん、そうら見ろ。いちゃもんつけるお前さんたちの方が、間違ってるのさ」
「……こいつ」
悪びれもなく笑うトンパに、キルアの右手の爪がビキッと伸びる。
しかし、それを静かに制したのはゴンだった。
「間違ってるとか、間違ってないとか、そんなのはどうでもいいんだ」
「ゴン……」
「ただ、俺はお前のしたことを許さない……!!!」
「ひっ!?」
ゴンが、小さな拳を思いきり握りしめたそのとき、すぐ後ろで、怖かったああああ、と、なんとも間の抜けた声がした。
「ポー!?」
「ポー!!無事だったんだね!!」
***
谷底から生還してみると、おや、何だか剣呑な雰囲気。
あ、そうか!
ゴンたち、私から卵を横取りしたトンパに怒ってくれてたんだ。
風によって運ばれた身体が、トンッ、と地面に降り立つ。
とたん、その場にへたりこんだ。
怖かったのと、緊張が一気に緩んだのと、なにより、ものすごく疲れた……。
「ポー!?」
「ポー!!無事だったんだね!よかったあ~!!」
駆け寄ってきたキルアとゴンに支えられて、私は息もたえだえ、なんとか立ち上がった。
「あら、卵を持ってるのね。いいわ、ちょっとタイムラグがあったけど、あなたも合格!」
「……えっ!?」
「ほんとだ……トンパに奪われたはずじゃなかったのかよ!?」
「おそらく、上昇するときに掴んだんだね☆あの一瞬のチャンスを逃さなかったとは……う~ん、見事だ☆」
「……カタカタ(ま、及第点だね)」
ははは。
いいですよ、もう。
ヒソカにいいこいいこしてもらうから、イルミにはしてもらわなくってもいいもんね、と思っていたら、ヒソカの手にブッスリとエノキが刺さった。
痛そうだなあ。
皆のざわめきが収まったところで、すっと前に出てきたのは……そうそう。
この追加試験を提案してくれたネテロ会長だ。長い髭をなでつつ、ゴホン、と咳払いした。
「では、これより第三次試験会場に向かう。合格者の諸君は、この飛行船に乗りたまえ。試験の行われる島までは、少し時間がかかるでの。各々、好きに休息をとるがよいぞ」
「やった~!!」
休めるぅ~……気を抜いた瞬間、私の意識が完全にフェードアウトしたことは言うまでもない。