エレベーターで地下へ降りた私達は、原作どおりにバッチを手渡された。
うーん。
私のナンバーは406番か……。
ポッケに入れとこっと。
だって、万が一、四次試験まですすんじゃったら、アレがあるじゃないの。
用心するにこしたことはないよね。
そしてそして、目の前に広がる光景は、暗くてしめっぽい地下道と思わしき場所。
そこには……。
「……前言、撤回したいかも」
「も~!またそんなこと言って!」
「だって!怖いよ!みんな目付きは悪いしむさいし厳ついしなんか凶悪な武器ちらつかせてるし!!なんでわざわざ怖いものをより怖く見せる必要があるわけ!隠そうよ、イモガイみたいに隠そう!!!」
しかも、こっちをギロッと睨んでるのよ!?
多いなあ……私の番号が406だから、ざっと400人あまりの受験者達が、この狭い地下道のなかに押し込まれているのか……うう、ヤだ。
ポー、と、額を抑え、ちょっと困った顔でクラピカがため息をついた。
「その……前から言おうと思っていたのだが、ポーの例えは専門的すぎて理解しづらい。なんだそのイモ……なんとかというのは」
「イモガイです。イモガイというのは、円錐形の殻をもつ貝の仲間で、アンボイナとも呼ばれています。主に、暖かい海の海底にいて、動きは鈍いのに、その補食方法っていうのが面白いの!舌歯を発達させた毒の銛を体内で形成し、肉眼ではとらえられないくらいの素早さで獲物の体内に打ち込むんだ!!しかも、その毒っていうのが、場合によっては人も死んじゃうってほどの神経毒で――」
***
「ま~た始まったか。ポーの『海の面白生き物講座』」
「うん!ねえ、レオリオ。ポーってばすごいよね、海に棲んでる生き物のことなら、なんでも知ってるんだもんね!」
「ああ。さすが、海洋大学の学生やってただけはある。あの知識の豊富さにゃ、俺も感心するぜ。だが……」
「だが?」
「このハンター試験、ほとんどなりゆきでくっついてきたポーにとっては、正直辛いかもしれねぇ。場合によっちゃ、死ぬことだってある。ここは、早めに辞退させたほうが……」
「そんなの駄目だっっ!!!!!!」
***
「ゴン?」
「どうした、ゴン。大きな声を出して」
ちょっと離れた場所にいたゴンが、いきなり怒鳴ったものだから、私もクラピカもびっくりして駆けつけた。
キッと、ゴンが私の顔を見上げる。
「ポー!」
「は、はい……っ!?」
「ポーは、ハンターになりたいんだよね」
「え……っ?そりゃあ、だって……他にやることも、行くとこもないし」
「なりたいんだよね!?」
「な……っ、なりたい……です」
「死ぬ危険性を伴うとしてもか?」
ハッと顔を上げると、珍しく真剣な目をしたレオリオと視線があった。
「うん」
……それは、嘘じゃない。
だって、私、この漫画が好きだもん。
この世界が好きだから、なりゆきであれなんであれ、私も物語の一員になれる可能性があるなら、突っ込んでいきたいと思う。
大学院……海洋研究の場に必要とされず。
恋人にも必要とされなかった私を、引き入れてくれた世界。
ここで、私がどこまでやれるのか。
何ができるのか。
…………試してみたいんだ。
「ククク……ッ☆」
「ひえっ!!!???」
びっくうううう!!!
「な、なんだなんだいきなり!」
「わ……わかんない。でも、なんか今、スッゴい悪寒がした!!」
「風邪か?」
「さあ……違うとは思うんだけど」
キョロキョロと辺りを見回してみる。
ひょっとしたら……ひょっとしたら、いるのか?
アノヒトが、近くに……。
ポンッ!
「わああっ!?」
「そ………そんなに驚くなよ、お嬢ちゃん」
振り向けば、背の小さなおじさんがいた。
ずんぐりむっくりした体型で、髪をオールバックに流している。
四角い鼻が、特徴的。
なんだか、いやに人のよさげな笑顔だ。
こ、こいつは知ってるぞ……!
「背後からいきなり声をかければ、誰といえど驚くと思うが?」
「誰だオッサン。こいつにおかしな真似をしたら、承知しねぇぜ」
「ポー、下がって」
おおう……!!
ゴンとクラピカとレオリオに守られている私……くはあっ!!
嬉しすぎて悔いなくなってきた……!!
心中でドッタンバッタン身悶えする私をよそに、この小柄なおじさんは、「いやー、悪かった悪かった。そうだ、驚かせたおわびに……」なーんて言いながら、皆に怪しい缶ジュースを手渡し、自己紹介なぞ始めようとしてる。
この人のことはよーく覚えてるぞ~、序盤で一番嫌いなキャラクターだったからね。
「はい、これはお嬢ちゃんの分」
差し出された缶ジュースを、私は受け取らなかった。
「ありがとうございます。新人潰しのトンパさん!」
「ゲェ………ッ!!?」
ふ。
真っ青になって震えていやがる。
怯えろ怯えろ。
そして二度と関わって来るな―!
あっちいけー!!
「な、なななななななんのことかな!?」
「またまたー。とぼけないで下さいよ!毎年、こうやってルーキーに声かけてるんですか?十歳の時から始めて、今年で確か35回目ですよね。これって長く続いてるハンター試験の中でも記録的な参加回数ですよね。すごいな~あ」
この暇人め!!
「は、はははは………」
淡々と言い含めてやるうちに、周りで盗み聞きしていた他の受験生から、たまらないと言わんばかりの吹き出し笑いが上がった。
「諦めろよ、トンパ!」
「相手が悪いぜ!」
「どう見たって、その嬢ちゃんの勝ちだ!!」
その野次を聞いて、レオリオやクラピカの視線がますます剣呑になる。
「……ってぇことは、ポーの言ったことはハッタリじゃねぇってか」
「助かった。危うく、信憑性のない情報をうのみにしてしまうところだったぞ」
「じゃあ、おじさんからさっきもらった、このジュースも?」
「うん。確か、ものすごい効き目の下剤が入ってるから、絶対飲んじゃ駄目!」
「ちょ、ちょっと待て!!!」
ん?
「なんですか?」
「さっきから黙って聞いてりゃ、ひとのことを散々じゃねぇか!なあ、あんたら!俺とこの嬢ちゃんは、正真正銘の初対面同士なんだぜ?ということは、さっきの言葉は、全部根も歯もない情報だってことよ!本当の俺を知らないんだからな。それをうのみにするってことは、大事な先輩のアドバイスを失うことにも繋がるぜ!?」
「ふぅん……」
さすがはベテラン。
ちょっとやそっとじゃ引いてくれないか……だったら。
「論より証拠を、ってことですね」
「そーいうこった!」
「では、実証してみましょう。あなたの手には、さきほど私に配ろうとした缶ジュースが握られています」
「あ?」
「まだ未開封のはずです。また、私は受け取りませんでしたから、小細工をすることは出来ません」
「……」
「では、トンパさん。今からその缶ジュースを開封して……」
ズダダダダダダダダダダ!!!!!
「……逃げられた」
「だが、ま。これでポーの正しさが証明されたってこった」
「新人潰しか……全く、厄介な人物もいたものだな」
「ほんとですよ。試験内容だけでも大変だっていうのに……」
ふと視線を感じて下を見てみると、ゴンがなにやら、くりんくりんの目をキラッキラ
させてこちらを見ている……
「な、なに?」
「ポー、かっこよかった~!!」
「へ」
「だってさ、俺も、レオリオもクラピカも、力で威嚇したでしょ?なのに、ポーは言葉だけであの人を追い払っちゃったんだ!それってすごいことだよ!!」
「……」
「だからさ、ポーはもっと自分に自信を持たなきゃ駄目だよ。俺と約束して!このハンター試験では、最後まで自信を持ってがんばるって!!」
「……うん!」
ありがとう、って呟いて、小指を結ぶのが精一杯だった。ほんとに、ほんとにこの子は~!!!
「うう~!ゴンの馬鹿あ~!」
「むぎゅっ!!?」
感極まって、もちもちのほっぺたごとぎゅうっと抱きしめていたら、
「ギャアアアアアアア――!!俺の両腕が!!!!!」
斜め後ろで悲鳴があがった。
液体の噴出する音。
血の臭い。
「……!!??」
「ポー、見ちゃ駄目だよ」
「うん……!!」
悲鳴にまじって、低い笑い声がしてる。
駄目だ……やっぱり生はキツイ。
生ヒソカは、キツイ。
「クックックック……ッ★駄目だよ、ひとにぶつかったら謝らなくちゃ★」
……あ、生で名言聞けた。
なんて嬉しがってる場合じゃないよ!!
あああ!
両腕を切り落とされた男の人がのたうちまわてるよー!!!
「クックック……ッ☆」
そして、ヒソカが何故かこっち見てるし!!!
うわわわわわわわほんとにピエロみたいだ!!
怖い!怖い怖い怖い怖い……!!!
これ、絶対アレだ!練だ!!オーラを高める練に違いない!!くっそうヒソカさんめ、私、念なんか使えないのに!!天空闘技場の200階どころか、1階クリアもムリなのに!!
「てか、それ以前にここ、ハンター試験会場なんですけど!?まだ一次試験も始まってないうちから、ペーペーの新人相手にいきなり念使うってどんだけドSなんですかヒソカさんの変態意地悪戦闘狂!!!!!」
「ポー!ポー!!声に出てる!!!」
「うそおっ!!?」
バッと振り向くと……………うわあ。
聞かれてた。あの顔は絶対に聞かれてた……!!
ダメだ。
もうダメだ。
なにもかも全て終った……一次試験開始前から私の命運は尽きてしまったんだ。
「ス、スタートの合図とともに首が飛ぶ気がする……」
泣きそうな声で、そう呟いた時だ。
ニタアーっと笑ったヒソカさんの肩を、紫顔のカタカタさんが叩いた!
注意が逸れた、その隙に。
「ゴン、みんな!しゃがんで!」
「うおっ!?」
「そうか!レオリオ、クラピカ。このまま、あいつから離れよう!」
「了解した」
ほふく前進!
ふう……なんとか乗りきれた。
かなあ~????
***
「ちぇっ★面白そうなコだったのに、キミのせいで逃げられちゃったじゃないか★」
「カタカタカタカタカタカタ……」
「うん?ああ。彼女、ボクのしたことに気づいてたみたいだねぇ☆
念についての知識もありそうだ☆」
「カタカタカタカタカタカタ……」
「え?」
「カタカタカタカタカタカタ……」
「違う違う、ボクが気になったのは、戦闘能力とはまた別のトコロだよ☆」
「……」
「彼女も……彼女と一緒にいた奴等も……クックックックッ!今年は楽しめそうだ……☆☆☆」