速い。
速い速い速い!!
「すごい……自分の身体じゃないみたい。まるで、潮の流れにでも乗ってるみたい!」
スピードに乗って、思いきり脚を伸ばすと、身体が浮かんで地面のほうが勝手に飛びさっていく。
そうか……きっと、サトツさんもこうやって歩いてるんだ。
でもダメだ。
このままじゃダメ。
纏のままじゃ……オーラの流出が止まったおかげで、動きはさっきよりずっと楽だけど、気配を消さないとヒソカに近づくことだって出来ない。
ギタラクルもそれだけじゃムリって言ってた。
つまり、これはただのおいかけっこじゃないってことだ。
速く走れれば勝てるってわけじゃない。
気づかれれば、ヒソカは逃げてしまう。
なんだか、これって、海の中を覗いているみたいだ。
食べるものと、食べられるもの。
とらえるものと、とらえられるもの。
泳ぎが速いものだけが、獲物を得られるわけじゃない。
じゃあ、動きの鈍いものはどうしてる?
「たとえば、イモガイはわざとゆっくり動く……獲物に悟られず近づいて、毒の銛を噴射……」
でも、私は武器なんかもってない。
それならほかの生き物は?
隠れるのが上手い生き物。
地形を利用し、獲物の不意をつくのが上手い生き物…… 。
「プランクトンは目に見えないくらいに小さく、貝類は砂場に潜って隠れる、クラゲは体を透明にして、餌を触手に絡めとる…………」
あっ!
これだあ――――っっ!!!!
これならできる!
きっと、念を覚えたての私にもできるはず!!
それに加えて、この世界では私にしか知ることのできないある情報を利用すれば……。
上手くいく!
絶対に上手くいく!!
頭の中に、ふとゴンの笑顔が浮かび上がった。
“約束して?最後まで、自信を持ってがんばるって!”
うん。
うん、うん、うん!!
がんばるよ!
今の自分にどこまでのことが出来るのか、精一杯やってみる!
***
「……仕掛けてこないなぁ★」
あれから数時間。
わざと分かりやすい位置を走ってあげているのに、がむしゃらにつっこんでくる気配も、背後から襲ってくる気配もない。
「退屈だなぁ……少しは楽しめるかと思ったケド。ボクの見込み違いだったかなぁ……★」
……つまらない。
なら、殺してしまおうか。
あの子がエレベーターから降りてきたとき、あんまり無防備にオーラを噴出させているものだから、興味を引かれると同時に、珍しく心配なんかしてみた。
念を覚えたての初心者か。
あんな状態で走り出せば、五分と持たないうちにオーラが尽きて、倒れてしまうだろうに。そう思った。
なのにあの子はヘトヘトになりながらも、そんな状態でかれこれ一時間近くも走り続けて見せたのだ。
これはすごい才能だ。
生まれつきの生命エネルギー、オーラの生産量に優れていなければ、成せることではない。
それなのに……。
「勿体無いなぁ★臆病というか、平和主義者というか……ああいう性格じゃなかったら、もっと早く熟す果実だと思うんだけどねぇ★」
才能にだけ優れていても、本人にその気がなければ仕方ない。
最悪の場合、熟す前に腐り落ちてしまうだろう。
そんな果実は見たくもないし、不愉快だ。
「このまま、ゴールまで一度も仕掛けて来ないつもりなら……★」
そっと開いた右の手のひらに、ジョーカーのカード。
口元に、死神そっくりの微笑みが浮かんだ、その時だ。
「☆」
後方から、彼女(ポー)の気配が近づいてきた。
「ずいぶん弱々しいな。ふむ……大方、イルミから絶を聞きかじったってトコロか。クックックッ!そんな付け焼き刃じゃあ、するだけムダなのにネ★」
だいたい、覚えたての絶が自分に通用すると盲信している点が気に食わない。
イルミのことだ。
絶を教えるなら、その前提として、念の基本である纏も伝えていることだろうに。
「残念……★纏で溢れ放題だったオーラを身体に留め、練でそれを増幅して向かってくれば、上手くすれば指先くらい触れられるかもしれないのに」
しかし、ポーはあえて練ではなく絶を選択した。
精孔を閉じ、オーラの流れを止めるということは、同時に、全ての身体能力を低下させることに等しい。
普通に走ってでも追いつくのは困難な相手に対し、あえてリスクのある絶を使用する……気配を潜め、隠れるための技を選んだ。
「あくまで、真っ向勝負は避けるつもりか★気に入らないな……少しお仕置きしようかな★」
ニイ……と、笑みを浮かべた瞬間、周りの受験者たちの足取りが変わった。
試験官の男が振り向いて、口の見えないポーカーフェイスで言う。
「さて、そろそろラストスパートです。ちょっと速度を上げますよ」
おやおや。
がっかりだ。
これでボクのスピードが今より上がったら、ますます追いつくことなんて出来なくなるよ……そう、ひとりごちて、前方を見つめた。
しかも、地下道の出口までは急なカーブを描く坂道だ。
天井は低くなり、道幅だって狭くなる。
「まあいいか。どうせ、こんなのいつもの気まぐれだしネ★」
ため息をつき、後方に向けていた注意を前へと反らした。
ストンッと、なにかが腕の中へ降り落ちてきたのは、その直後だった。
「捕まえたあ―――っ!!!!」
「!」
「作戦成功!!ヒソカさん破れたりっ!さあっ!約束通り、そのスケートボードは返してもらいますからねっ!!」
弾けるような笑顔を浮かべて。
黒い瞳をキラキラと星のように輝かせて。
得意満面に胸を張るポーが、そこにいた。