「なにこれ!!!」
おっかなびっくり、試練の扉をくぐった私は盛大に声をあげた。
だって、目の前にあるのは石造りの大きなプール!
冷たそうな水の中をなにかが泳いでる。
うわー、うわあー…………。
『第三の試練、鍵の路ではゴールへの鍵を見つけてもらう。ただし、鍵は水の中だ。この巨大な水槽のどこかに沈んでいる。しかし、不用意に飛び込むようなことはオススメしない』
ボドン!!
天井の穴から、生肉が落ちてきた。
水柱が立った途端、
「うわっ!!!」
ザバアアアアアアン………!!!
跳躍する、巨大な影。
泳ぐことに特化した流線型の体躯。
先の尖った鋭利な鰭。
みたこともないような大きさのサメだった。
しかも、いるのはこの一匹ではないらしい。
水の底に、少なくとも十匹。
飛び出してきた鮫は、何重にも重なった牙を肉に突き刺し、噛みちぎることなく丸のみにした。
肉だけでなく、勢い余って壁に突っ込むと、石であるはずのそれをえぐって飲み込んでしまったではないか。
なんてあごだ!!
ヒソカとイルミは、水槽を見下ろせる位置にある路の上で、この様子を眺めている。
「サメか……☆いかにも悪趣味だねぇ」
「たしか、泳ぎは得意だって言ってたはずだけど、平気かな」
「クックック……ッ!怖がって、泣きながらすがりついてくるポーの姿もなかなか魅力的だから、楽しみだねぇ……おや?」
ガタガタ……さっきから身体の震えがとまらない。
どうしよう、どうしよう。
こんなサメがいるなんて……しかも、あんなにたくさんだなんて……ああ。
ああああ~~っ!!
「すごいっっ!!あんな大きなサメ、普通は深海にしかすんでいないはずなのに!!しかも、なんでこんな水を張っただけの水槽で飼育できるわけ……?知りたい!!君の全てが知りたい……!!!」
「あらら☆」
「どうやら大丈夫みたいだね。心配して損した」
「……☆」
***
ああああああああ~~っ!!!
水だあああああああ―――!!!!!
プールだああああ!!
しかも、その中にあんなサメがうようよ泳いでるなんて!!!!
なんて!!!!
幸せ!!!!!!
「よっしゃ!海洋研究生の本領、見せてやるもんね!」
ま、目的は鍵なんだけどさ。
時間はたっぷりあることだし、置いとこうよそれは!!
「見たところ、視力は低そうだな。水音と臭いに反応するわけか……なら、餌のある今は逆にチャンスってことね」
私は担いでいたバックパックの中から、ウェットスーツとシュノーケル、ウェイトを取り出して素早く装着した。
これは服の上からでも着れる、便利なラバァスーツだ。
それから波音を立てないように、そっと水の中に身体を滑らせる。
ダイブ成功……!
***
「……何分経った?」
「20分。これ以上の潜水は俺でもキツいレベルだよ。ノンブレスだし。円を使ってみてるけど、ポーの気配は分かりにくいからなー」
「ボクも☆これで死んでなかったらスゴいよ。水の中にいる、というのはわかっても、どこにいるのかはわからない☆完全に、水のオーラに溶け込んでる」
「どうしよっかなー」
「イルミ、さっきからソワソワしすぎ☆」
「ヒソカこそ。その殺気どうにかしてよ、鬱陶しい」
む。
二人が見あったその時だ。
ザバアアアアアン。
巨大な水柱が立ちあがり、サメの一匹がプールサイドに打ち上げられた。
嬉々として、その背中から飛び降りたのはポーだ。
ガパッと開いたサメの口の中に、ずかずかと入っていく。
「暴れないでねー、今とってあげるから……っと、あったあ!ゴールの鍵ゲット!!!」
***
触手がこんなに役に立つなんて思わなかった。
鮫の内蔵が傷つかないように異物を取り出したり、泳いでいる鮫に絡みついてとらえたり。
プールサイドに別の触手を吸い付けて、バネの要領で陸揚げすることも出来た。
便利便利!!
パチパチ……と、拍手が聞こえ、見上げるとヒソカさんがニコニコしながらこっちを見てた。
「ポー、お手柄☆鍵はサメの胃袋の中にあったんだ?プールの底に落ちてたんじゃなかったんだねぇ」
「問題はそこなんですよね……」
問題?
と、イルミが首を傾げたとき、出口上にかかっていた大きなモニターに、あのモヒカンの試験官が映った。
『どうやら手違いがあったらしい。鍵は、飼育されていた鮫の一匹が飲み込んでいたようだ。だが、「プール内にある鍵を見つけ出し、手に入れる」という条件は満たしている。従って、この試練の路はクリアしたものと見なそう。44番、301番、406番。君達三名は合格だ。出口は塔の最下部に通じている。試験終了時刻まで自由に過ごしてくれ』
そのままモニターを消そうとするので……。
「ちょっと待った!!!!」
『……なにかね、406番』
「ヒソカさんっ!」
ヒュッ!!
「おっと☆」
ゴールの鍵を投げて渡すと、ヒソカは“伸縮自在の愛”で受け取ってくれた。
「二人は先に行っててください。私は物申すことがあるので、後から追いかけます」
「合格したのに、なにか不満な点があるのかい?」
「大ありですとも!!」
『406番。悪いが、試験に関することで受験生である君が干渉できることはない』
「試験に関しないことならいいってことですよね?この水槽と、サメの飼育者に話があります。今すぐこの場に呼び出してください」
『鮫の飼育者?なんの用があるというのだね』
「これを見れば分かります」
ゴボォ……!!
陸揚げした鮫の口から、おびただしい量のコンクリート片や、金属片が吐き出された。
『な……っ!?』
「退化した目、餌を丸のみにする捕食方法……そして、この歯。この歯には金属が含まれています。私はこのサメを見るのははじめてですが、同じように、金属を体の一部に吸収しうる生き物を知っています。深海の、熱水噴出孔付近に生息する貝類の一種です」
『……』
「彼らは体内にバクテリアを飼い、噴出孔から吹き出す鉱物成分を自らのエネルギーに変えています。その際、不用になった金属などののこりは、皮膚の一部に吸収される。貝類の場合は貝殻。このサメに関しては、丸飲みした獲物を消化するために、歯以外にも胃や内蔵などの内壁に、無数の金属歯が生えているのを確認しました。ちょうど、牛の胃のセンマイみたいにね。そういった金属の多くは、消耗品です。彼らは常に、新しい材料を補給しなきゃいけない。でも、この水槽にそんな豊富なミネラル分はありません。だから、彼らはしかたなく、水槽の壁や中にある金属パイプをかじってたんですよ。さっき、天井から生肉が落ちてきたとき、おかしいと思った。あばらが透けるほど痩せているのに、どうして若い一匹しか飛びつかなかったのかって。この水槽にいる鮫は、慣れない環境に弱りきっています。飼育者を呼んでください。直接文句言わないと気がすみませんっ!!」
『……そこで待っていたまえ』
そこから先はスムーズだった。
要望どおりに現れた飼育者のおじさんたちは、サメの異変に気がついていながらも、正しい処置が出来なかったことを詫びてくれた。
そして、私達は互いに持っている知識と経験を振り絞り、現状で出来うるかぎりの処置をした。
刑務所内のシャワーを借りて汚れを落とし、やっと待機場所についたときにはもうヘトヘト。
「ただいま~~………」
「おかえり☆やっと気がすんだんだ?」
「大仕事でしたよぅ、全部のサメの胃を洗浄しなきゃいけなかったし……」
「ヒソカと話してたんだけどさ。ポーって、極端な面だけ賢いよね」
「誉められてない!!」
「そんなことないよ」
真顔で言われてもなぜか信用出来ないんだよな。
「あっ、でもね、いいことがあったんですよ!あの飼育員のおじさんたち、もし私がハンターになれたら、うってつけの働き場所を紹介してくれるって」
「そうなんだ☆よかったね。ところで……ポーはハンターになって何がしたいの?」
「それ、決めてなかったんですよね。正直、ゴンたちと会ってなりゆきで参加した試験だったし。でも、さっきの鮫見て決めました!私、幻獣ハンターになります!海洋生物専門の……!!」
「幻獣ハンターか☆ハント以外にも、保護や育成も行っているそうだから、ポーにはピッタリの役職かもね☆イルミはどう思う?」
「いいんじゃないの?でもまずは、この試験に合格することを考えなよ。ポーは熱中すると本来の目的を忘れるからね」
ほんと、殺し屋には向いてないよ。
と、針を顔に刺しながらため息をつく。
ふーんだ、そんなの向いてなくていいもんね。
イルミからギラタクルへの変装が終わるころ、試験を終えた他の受験生たちが続々とやってきた。