「おや、もう気がついたのですか?」
目を冷ますと、ベッドの脇にサトツさんがいた。
消毒液の匂い。
「ここは……」
「飛行船内の、医務室ですよ」
パタン、と読んでいた本を閉じて、サトツさんはちょっとほっとした顔をした。
「よかった。次の試験会場につくまでに目覚めなければ、あなたを失格にしなければならないところでした」
「うそっ!?ふわあ、よかった~目が覚めて」
「お友達も心配していましたよ。後で、皆のところに顔を出してあげるといいでしょう」
「はいっ!早速行ってきます!」
「立てますか?」
「勿論、もうすっかり元気です!!」
えいえいおー、と腕をふる私に、サトツさんは驚きと、嬉しさを混ぜたような顔をして、
「……ポーさん、あなたには本当に驚かされます。念を覚えたてのあなたが、こんなにも早くその力を形にしたことにも、こんなにも早く消耗したオーラを回復させたことにもね。通常なら丸一日、悪くすれば二日はかかります」
「私、どれくらい寝ていたんでしょう……」
「三時間ほどです。二次試験終了が4時でしたから、丁度、今は夕食の時間のはずです。皆さんは食堂に……」
ビュン!!
ごめんなさい、サトツさん。
最後までお話をきけなかったごはん!!
ごはんだごはんだごはんだ!!!
だって私、朝からなにも食べてない!!
ステーキ定食しか食べてない!
ステーキ……うう。
じゅるり。
考えてみたら、クモワシの卵も食べれなかったんだもの。気絶してたんだもの!ごはん!!
ごはん!!!!
「おーい、ちょいと待ちんさい」
「うわっ!?」
くいっと首根っこに杖をひっかけられたかと思ったら、視界が一回転。
気がついたらその場に正座していた。
目の前にはネテロさん……。
「ハロー、お嬢ちゃん!わしが誰だか覚えとるかな?」
「ネテロ会長……ハンター協会の」
「ピンポーン!当たりじゃ」
「私に、何かご用でしょうか?」
「ふむ。用事というよりは、お前さんと少し話がしたくての。目が覚めるのを待っとったんじゃよ」
「……今じゃないとダメですか?私、お腹空いちゃって――」
「ダメぢゃ」
ですよねー。
有無を言わさず連れて来られたのは、ネテロ会長の特別室。
机の上には……。
「ステーキ!!!」
バシュッ!!
自分の身体から飛び出したオーラが、触手になって伸びるのが分かった。クモワシの卵のときと同じだ!
やっぱり、気のせいじゃなかったんだ。
でも、触手の先がステーキに触れるか触れないかで、忽然と、ステーキが消えた。
「え!!?」
「なるほど。それがお前さんの念能力かの?限りなく見えにくい、自然体で陰をまとったような不思議なオーラじゃ」
「ネテロ会長!意地悪しないでくださいよう!!」
いつの間にやら、焼きたてのステーキはネテロ会長の人差し指の先に。
お皿が少しも傾かない辺り、流石と言おうかなんと言おうか。
「意地悪?なんのことかの?こいつはわしの夜食にしようと思って運ばせたんじゃ。食べたければ分けてやってもいいが、お前さんに出来るかな?」
つまり。
つまりだ、食べたければ力ずくで取りにこいと言いたいのだこの爺さんは。
いいだろう……そっちがそのつもりなら。
シュッ!
シュッ!
シュッシュッシュッシュッシュッ!!
ダメだ!捕まらない……!!
も~~!!
お腹すいてるのに!!!
「……ネテロ会長。ところで、お話はそれだけですか」
「うん?」
「それだけでしたら失礼します!!」
バタン。
廊下に出たら、ネテロ会長はあわてて追いかけてきた。
「こりゃ~!!待ちんさい!まだ話は終わっとらんのじゃ!!」
「普通にステーキ食べさせてくれるなら、いくらでも戻りますよ!!」
「むう……根性のない嬢ちゃんだのう」
「無益な争いはしません。これじゃ、ステーキにありつけても消費するカロリーの方が上回っちゃう。食べられても余計にお腹がへったんじゃ、意味ないじゃないですか。食堂へ行って食べます。海の捕食者だってそうですよ?深追いはしない。無理なものは無理」
「むむう……よかろう。食べたいなら好きなだけ食べたらよい」
「やった!!」
部屋に戻って30分。
五皿目のステーキを胃に納めたところで、ネテロ会長が聞いてきた。
「お前さん、発を行ったのはさっきの試験が始めてじゃな」
「ふぁい、ほーへふほ――って、気づかれてたんですか?」
「あったり前じゃい!だてに化け物集団の長はやっとらんて」
「発どころか、念を覚えたのも今回のハンター試験に参加してからなんです。それまでは、自分でも知らないうちに精孔を開いて、オーラを流出させてたみたいで、ちょっと運動しただけで、ヘトヘトに疲れちゃってたんですよね」
「ほほう、興味深いの。一体、いつからだったんじゃ?」
「あるひとが、私が産まれる直前に、津波に飲まれたことが原因じゃないかって言ってました。身体が弱かったのも、小さい頃からだから、私もそれが正しいんじゃないかって思います」
「ふむう……自然に洗礼を受けて、能力に目覚めた例は過去にもあるの」
「本当ですか!」
「うむ。あるものは雷に打たれ、あるものは数十年の間を山中で暮らし……じゃが、産まれる前にというケースはわしも聞いたことがない。お嬢ちゃんは面白い逸材じゃの」
「ふうん……でも、なんで触手だったんでしょう?オーラを触手に変化させるってことは、私、変化系なんですよね?」
頭の中でうねる触手をイメージする。
すると、今度はちゃんと目の前に表れた。
うでよりも少し太いくらいの触手。
半透明で、イカみたいだけどツルンとしている。
「一概にそうとは言えんの。じゃが、分かったことがひとつだけある。その能力は、“生き物”じゃ。従って、さっきのようにお嬢ちゃんの本能が働いたとき、最も優れた力を発揮する……気がするの」
「本能……あ、そっか!さっきも、クモワシのときも、私、すっごくお腹すいてた!」
じゃあ、会長はわざと意地悪を……と思いかけて取り消した。
なんか、騙されちゃダメな気がする。
「そうかあ、じゃあ本当に、私にぴったりの能力のような気がします」
「というと?」
「私、海洋研究生なんです。小さい頃から、研究者になるのが夢で、今でも、海に暮らす生き物について研究してるんです。だから、この念能力が生き物だとしたら、すっごく相性がいいなって。どんな可能性を秘めているのか、どんな風に成長して、どう進化していくのか……今から楽しみで堪らないですよ!」
「面白い考え方をするのう!いや、わしも楽しみじゃよ。お嬢ちゃんと、お嬢ちゃんの能力が、これから先どう育っていくか、じっくり見守ることにしよう」
「ありがとうございます!」
「うむ。では、時間をとらせたの。もう、行ってよいぞ」
「はい。あ、ネテロ会長!」
「ん?」
「私の名前はポーです。よかったら、覚えておいて下さいね」
「ふふん。よかろう。覚えておくとするよ、ポーちゃん」
***
「いかがでしたか、彼女は」
「素直で率直ないい娘じゃよ。わしがあと80年ほど若かったらのぅ」
「会長、私は真面目にお尋ねしたのですが……」
「わーかっとるわい、サトツ。おぬしは真面目すぎるところが甘ちゃんじゃわい」
「それは、申し訳ございません。それで、彼女への処分は?」
「ポーに言ったとおりじゃよ。見守ることにしよう。時々おるんじゃなあ、ハンター試験という、極限の精神状態に置かれる場で、いち早く念能力に目覚めるものが……」
「ハンター協会が危険因子と見なした場合、強制的に精孔を閉ざす処置をする。彼女が対象にならなくて、本当によかった」