ゴンとキルアと一緒に、戦艦の中をひととり探索し終える頃、お昼になった。
島に残ることを決めたメンバーは、それぞれ状況を把握するために、ホテル中、または島中を歩き回っていたからみんなお腹ペコペコだ。
そこで、手分けして食料を調達してくることに。
「ポーとゴンとキルアは海の幸をたっぷりたのむぜ!宝捜しのときに泳ぎをみたが、大したもんだ。これ以上の適任者はいない」
「まっかせて下さい!」
ハンゾーさんの指示により、私は魚を獲ってくる組になった。
「キルア!釣りを教えてあげるよ!」
「ほんとか!?やっりい!ポーもやろうぜ!」
うう……。
せっかくのお誘いだったのだけれど、私は申し訳ない気持ちで首を振った。
「ごめん!久し振りの海だから、もっと泳ぎたくってさ」
「そっか、ポーってほんとに海が好きなんだね!」
「よっしゃ。なら、どっちがたくさん魚をゲット出来るか、競争しようぜ!」
「オッケー!負けないからね!」
というわけで、ふたたび海中にやって来た私には、試したいことがあった。
「昨日のアレ……何回試しても出来ないんだよね」
“驚愕の泡(アンビリーバブル)”の中で膝をかかえて漂いながら、私は昨日の夜のことを考えていた。
イルミを張り倒したこと……私の渾身のビンタを当然のことながらイルミは避け、確かに、手のひらはくうを切ったはずだった。
なのに。
「はっとしたときにはイルミ、ほっぺたを押さえてたんだよね……なんで叩けたんだろ?」
うーん。
心当たりは、あるにはある。
あの触手だ。
でも、なんともおかしなことに、あの触手、クモワシの卵やネテロ会長の手からステーキを奪おうとしたときは目にもとまらぬ早さで伸ばせたのに、それ以降はさっぱりなのだ。
触手を出してみてもうねうねとうごめくばかりで、あのときの俊敏さには程遠い。
吸い付いたり、巻き付いたりは出来るので、高いところに上ったり、水流に流されずに身体を固定するのには便利だ。
“驚愕の泡(アンビリーバブル)”と名付けた守りの泡とは、別の能力……この触手のことはまだ、イルミにも話していない。
「……ちゃんと形にしたら、役に立つかな」
イルミの言う通り、性格的にも私には防御系の念が合っているのだと思う。
でも、もしも、この先なにか危険なことがあったとき。仲間や友達に危険がせまったとき、何もできないのは嫌だ。
塔での闘いのときのように……今の私には、ヒソカのように何十人もの敵を相手に闘う力はないし、イルミのように、敵の攻撃をよけ続けることも、きっとできない。
“驚愕の泡(アンビリーバブル)”は、攻撃を防ぐだけでなく、滑りのあるオーラでプルンと受け流すから、反応が遅れて動きが間に合わなくても回避することができる。
さらに、水中では水のオーラと一体となり、気配を絶って隠れられるから、敵との戦闘も回避できる。
回避。
回避。
――逃げの気持ち。
この能力はきっと、そんな諦めの気持ちから生まれたんだ。
せっかく形になった発なのに、私には、そんなふうに思えて仕方がなかった。
「攻撃、か」
足元に広がる珊瑚礁を、なんとなく見つめた。
たくさんの小魚が群れている。
イシダイの稚魚の縞模様。
ルリスズメの青。
そこへ、すうっとあらわれた透明な生き物がいた。
「イカだ……」
しかも、アオリイカだ。
エンペラが丸く、身体の中の甲が白く透けている。
硝子のような身は甘く、なにもつけなくてもとっても美味しい。
捕まえて、お刺身にでもしようか。
そんな風に思ったのだけれど、そのとき目にしたイカの動きに釘付けになった。
それはまるで、捕鯨船の槍のように伸びた。
普段は他の八本のゲソにまぎれて姿を見せない、狩りをするための取っておき。
二本の食腕だ!
「そうか、補食……!!ネテロ会長が言ってた、私の能力は生き物だって。ただ危険から身を守っているだけの生き物なんていない!!食べるために、生きていくためには、色んな武器を備えなきゃいけないんだ!!」
敵を攻撃するとか、相手を傷つけると思うから怖いんだ。
なら、敵だと思わなければいい。
餌だ。
ただ、餌を捕まえる。
それでいいんだ!
そうと分かれば……。
少し離れた位置に、大きな魚影を見つけた。他の小魚を追うのに夢中で、私には気づいていない。
チャンスだ。
「縮めた触手を一瞬で発射……先端の一点にオーラを集中させる!!」
***
「たくさん釣れたね―!」
「ゴンが35匹、俺が28匹だろ?合わせて63匹。こりゃ楽勝だねー」
「あっ、ポーがホテルの前にいるよ!」
「ほんとだ!おー…………いっ!?」
「なんだアレ!!!」
「クロマグロ!通称、海の黒いダイアモンドとよばれる大型の回遊魚です。暖かい海流にのって北上し、南下を繰り返します。身に蓄えられた脂はとろけるような絶品!いやー、運よく群れを見つけちゃって。大漁大漁!」
捕まえたのはざっと10匹。
当分の食料には足りるだろう。
どの個体も1メートルはざらにある。
ゴロン、と甲板に横たわった魚体に、レオリオとハンゾーさんは目を点にした。
「すっげぇ……」
「ヨークシンの料亭じゃ、こいつの刺身に何万って値のつく超高級魚じゃねーか……」
「ほんとは、北上したときが一番脂が乗ってて美味しいんですけどね。でも、充分いい味だと思います。よく太ってるし……あっ!ゴンにキルア!おかえりー!!!」
ドタドタとやってきたちびっこ二人は、魚で一杯になった網やバケツをつきだした。
「俺達63匹も釣ったんだからね……!!」
「競ったのは数なんだからな!俺達の勝ちなんだからなっ!!!」
「えっ!すごーい、いっぱい釣れたねー!」
「くっそおー!!」
「うおー!なんか勝ったのに勝った気がしねぇ――っっ!!!」
あはは。
「まあまあ、いいじゃない。美味しけりゃ。さて!日もすっかり登ったことだし、さっそくさばいて食べますか!」
さっそく調理場に向かった私たちは、びっくりして固まった。
二次試験で使用した調味料が、一式揃って並んでいたのだ。
いつの間に……。
「やっぱコレ、試験なんだ……」
みんなが確信した。
これから起こることを、ここで迎え撃つんだと。
試験会場はここなんだと。
きっと、ここにいるみんなが一丸となって頑張らなきゃいけないんだ。
――と、言うことで。
「これから何が起こるかはわかんないけど、腹がへっては戦は出来ぬと言います!!」
「それで、ボクらの分の食事も持ってきてくれたんだありがと、ポー」
「あ。マグロだ」
イルミの部屋にヒソカもいた。
テーブルに小皿を並べてお醤油を注ぐ。
「俺好きなんだー、マグロ」
でーんと持った船盛にさっそく箸を伸ばしたイルミは、しかし、すぐに食べることをしないで、じいっと私を見つめた。
「えっ!?何っ、毒なんか入ってないよ!!?第一、イルミ効かなさそうだし!」
「効かないよ。そうじゃなくてさ、これ、どうやって捕まえたの?」
「どうって……」
あ、まずい。
「確かに、釣りじゃ無理だよね大きな魚だし……一メートルはあるよね」
「どうやって捕まえたの?」
「ええっと……」
まずい!!
まだ触手の念能力の方は内緒にしときたいのに……!!
「き、企業秘密ですっ!!」
「待て」
ズ……ッと伸びてきたイルミの手は、だがしかし、ぬるんと滑った。
そのスキに部屋を飛び出し廊下を走る!!!
ふぅ……危ない危ない。
***
「全く……逃げ足ばっかり速くなるんだから」
「キミが脅かすからだろう?怖いと逃げるよ、ポーは」
「……」
それは大事なことだけど、とイルミ。
「でも、俺はなにもしてないよ?」
「……シてるじゃん」
気づいていないだけで……喉の奥で笑うヒソカに、イルミはくりっと首をかしげた。